第六話 初めての町
草原から近いという理由で初めての町に向かった俺たちは、入口に辿り着くと、ある重要なことを思い出して足を止める。
「――そういえば……。俺、寝間着だった」
「――そうだったね。さすがに、その格好で町に入ったら怪しまれる、かも……」
「いや、普通におかしいだろう……」
今はヒメの魔法によって保護されているが、ベッドに寝ていたときに誘拐されたことで俺は裸足だった。
すると、杖をくるくる回しながらヒメは何かを閃いたように手を叩いた。
「そうだ! 魔法なら、なんでも使えるって言ったでしょう?」
「あ、ああ……言っていたな?」
「なんと! 洋服も作れちゃいますっ」
胸を張るヒメは、どこか誇らしげに宣言したが、実は魔法少女と聞いてから俺には可愛く見えてしまう。
採寸を測るらしく、俺は要望通りにヒメの前で一回転した。
これだけで良いなんて、便利な魔法は少し羨ましい。
「よ〜し、できた〜! いくよ〜。この者に、新たな衣装を授けよ! ――組み合わせ服!」
ヒメが魔法を使うのを見るのは初めてだったが、どんなイメージの服を作ってくれたのか楽しみだ。
顔から下にかけて、白いモヤがかかったように寝間着が変化すると、それが消えて露わとなった姿に思わず絶句する。
口を押さえて視線を下に向けると、そういう趣向だったり、セクシャルではない男性が着る服では明らかにない装い。特に足元が先ほどよりも寒い感覚は、丈が短くなったからだった。
いや、丈が短くなったんじゃない……。これは、下着しか履いていないような感覚。
ヒラヒラと風でなびく心許ない赤い布が下半身を包み込み、白い布に中心部で輝く赤い大きなリボンが主張する上半身。
つまり、これは――。
ミニスカートに、袖のない服!
いや、上下くっついているから、ワンピースだ。
おもむろに顔を上げると、青ざめているのか、赤くなっているのか、精神状態が明らかに普通じゃないヒメと目が合う。
「ひゃう! ご、ごごご……ごめん、なさい!! これは、その……違うの! そういう、趣味はないからね!?」
「――いや……万一でも、そんな趣味があったら……少し、考えるよ」
「戻れ! 戻れ! 戻って〜!!」
ヒメは早口で言い訳をしながら、大きな杖をブンブン上下に振っていた。
懸命に言葉をかけると、魔法が解除されたように元の寝間着姿に戻りホッとする。
思わず2人して、ため息をついた。
彼女は、天然かもしれない。
「あっ……でも、貴重なワンショットだった気がするから……写真とっておくんだった……」
「えっ? 何か言ったか?」
小声でブツブツと何かを呟いているヒメに気づいて問いかけると、なぜか勢いよく左右に首を振って否定する姿に俺は首をかしげた。
「な、なんでもないから! あと、今さっきのは……その、私が着たい物が、具現化しちゃったみたい」
「ああ……なんとなく、そう思ったよ。それにしても、すうすうして、寒くないのか?」
もう着たいとは思わないが……着てみて、風が吹いたことで、いっそう寒さを感じた俺は疑問を投げかける。
すると、食い入るような眼差しで即否定された。
「スカートはね、女子の頑張りなの! 冬は当然寒いよ〜……でも、女子力には欠かせないアイテムなの」
乙女心を分かってないなと、ばかりに肩を落とす様子には、思わず顔が引きつる。
そして、結局寝間着のままたどり着いた町も、やはり白黒だった。
町には大きな立て看板があるタイプみたいで、それも当然白黒をしている。
「初めての町だ……まぁ、当然色はないけど」
「うん。私も、色を見るのは生命体が装備してるものと、大事に身につけてるアイテムくらいかな」
15年もこの世界で暮らすヒメも、付喪神のように装備品ではない財布代わりの布袋が、数年前に茶色になったと話してくれた。
それから、俺の知らないことはまだある。
小学4年生から誘拐された彼女は、一体どこで大人になったのか……。
この世界については、女神との辻褄合わせに教えてもらったが、繊細な部分は俺からは聞けない……。
寝間着姿に多少の羞恥心を感じながら、先ずは防具という名の着替えを買いに行くことにする。
正直、この格好で町を歩きたくはない。
運良く防具屋は、宿屋などがある賑やかな大通りではない裏通りにあるとのことで、ヒメを先頭に向かっている。
最初、ヒメが自分のローブを貸そうかと言ってくれたが、ラベンダー色は女性らしさを感じて断った。
残念ながら足も素足のため、ときおり町の人間に出会うと距離をとられ、ひそひそ話をされる。
「し、仕方ないよ……もうすぐだから!」
「あ、ああ……大丈夫だ」
防具屋にたどり着くと、思わずため息がでた。
ゲームや、マンガなどで見慣れた盾の看板が屋根から垂れ下がり、風に揺れてカランカランと音を立てている。
そして、防具屋と主張する大きな看板も……少し、かたむいているのは気にしないことにした。
「えーっと、服みたいな防具も売ってるのか? 初心者装備的な」
「うん! 初心者から中級冒険者までの防具が揃えられてるよ〜」
お金は心配しないで大丈夫だと言うヒメの言葉を信じて、店内に足を踏み入れる。
中も思ったとおり壁には、さまざまな盾が飾られており防具の姿はない。殺風景ではあるが、整頓されているため思ったよりも広さを感じた。
客は俺たちの他に誰もいない。そんな中、奥のカウンターに座っている男に気がつく。
厳かな出で立ちをしたヒゲを生やした小柄な男性の姿。
これも良くある展開かもしれない。
ドワーフとか、そういう類だはなさそうだが……。