第五話 再会した彼女の正体は?
女神の言葉を信じるなら彼女は、なんらかの形で、あの者というヤツに肉体と魂を切り離されたんだ。
そして賢者ゆえに、何らかの魔法によって、生きている……。魂の消滅もそうだが、肉体が腐敗していたり、失われていたら……もう、戻る場所がない。
これは、絶望的な状況だ。
だけど、彼女は俺に助けを求めて誘拐している。つまり、生きていることを自覚しているのか……?
彼女に会って確認する必要がある。
「あの者とは、元神であり……この世界を管理していた者です」
「えっ……?」
「詳しくは、こちら側の事情により話せませんが……不祥事を起こしそれを断罪しました。それが失敗し、魂が残ってしまった」
まさか元神であり、この世界を管理していたにも関わらず、他の神に断罪される何かをしたのか……。
それに魂が残るって。異世界人のヒメについては、わからないのに……元神は分かるのか?
「どうして、魂が残ったと分かったんだ? 魔物だけだと言っていたよな」
「それは、色が戻らなかったからです。肉体の消滅は確認しました……本来なら、あの者を断罪した時点で色が戻ります」
それは理解できる。
だから、魂という発想はあるわけか。
「そして、あの者の魂を倒せる力があるのは、ギフトを手にした異世界人なのです」
「それで、誘拐していたわけか……線と線は繋がった」
まだ聞きたいことは山ほどある。だが、こういう場合そろそろアレがくるはず……。
「ああ……時間を忘れて、こんなにも異世界人と話をしたのは、何十年ぶりでしょうか……時間がきてしまいました」
ビンゴ!
なぜかは知らないが、女神との時間には制限がある。
つまり、1度は解放されることが俺の企みだ。
「時間? 女神サマと会うのに、制限があったなんて知らなかった……」
まったくの大嘘。
25年生きてきて、1番大きい嘘かもしれない。
「ギフトを……貴方が望むものを教えてください」
「悪い、直ぐには思いつかない。もう会えないわけじゃないだろ?」
「ええ……それでは、そのときに必ず――」
時間がきたようで、俺の視界は再び暗闇に染まる。
「か――……神――!」
遠い声が聞こえてきて、懐かしさがあった。
アレは……そう、草原で――。
「神崎くん! 起きてっ! 起きろ〜!」
「うわっ! なんだ、結束さんか……」
飛び起きると、そこは最初にいた白黒の草原だった。
服装は……寝間着のまま。
立ち上がったことで、裸足であったことも思い出した。
女神サマは、この世界の服すらくれなかったらしい。
ギフトを拒絶して話し込んだせいか……。
俺は、思わず彼女の色を確認する。変わらず、ラベンダー色のローブに、大きな杖……栗色の艶のある髪に、焦げ茶色の2重。
それに、少し薄ピンクにみえる頬と肌色。
彼女は、生きている……。
「神崎くん……? 大丈夫? その、ギフトは……」
「貰ってないから、安心して……それより、聞きたいことがある」
俺は、おもむろに彼女の肩に両手を置いた。
彼女は緊張した面持ちで――魂の存在に、触れる?
再び頭が混乱してきた。
コレをどうにかするには、彼女本人に確認するしかない。
「ひゃい!? い、いきなりどうしたの……距離、近いんだけど――」
男性に触れられることに慣れていないのか、慌てる彼女を尻目に真剣な表情で問いただす。
「結束さんは、幽霊なのか?」
「えっっ……」
手に肩が揺れる振動が伝わり、明らかに動揺していた。
寝間着姿で格好もつかないし、傍から見たら、変態と誤解されかねないが……生憎、此処には誰もいない。
「女神サマから全部聞いた。この世界のこと、そして……結束ヒメのこと」
「うっ……! そっか、あの女神様も、そこは嘘、つかなかったんだね」
顔が曇る様子に、肩から手を離す。
そうして、今更ながら先程も感じた身長差。
小学4年生だったときは、彼女と同じ身長だったのに……今は遥かに、小柄だということに。
「その……女神サマに聞いたんだ。辻褄が合わないから。俺を見つけたときの状況」
それだけで彼女は察したようだった。少しだけ、白黒の空に顔をあげ、風でなびく前髪を押さえる姿は儚くみえる。
「――女神様の力でも、私の存在……見えなかったんだ」
よく見ると、彼女は髪を後ろで結んでいた。
真ん中は、大きな三編みをしている。
それなりに、女性とは付き合った経験はあった。だけど、印象に残っている相手は少ない。
まして、髪型なんて今まで気にしたこともなかった。
明らかにショックを受けている様子に頭を掻く。
そして、自然と彼女の頭に右手を置いていた。
「えっ……?」
ポンポンと、数回撫でるように手のひらを押し当ててから離す。
それから、お客さんにも絶賛される笑顔を向けた。
「大丈夫……。俺は、キミと一緒に帰るために、ここに来たんだ」
「ふふっ……私が、誘拐したんだけどね?」
「うっ……少しくらい、カッコつけさせてくれ」
格好良く決めたつもりが、彼女によって阻止される。
結束さんが笑っているなら、それも悪くないか。
女神から聞いたことを結束さんに話をして、辻褄を合わせると、これからのことを話し合う。
「でも、なんで女神サマは、生命体にしか色がないなんて嘘をついたんだ……」
「分からない……私たちが身につける装備品に色がつくくらい、気に留めることじゃないのに」
そういわれて思い出した。
女神が見せたあのビジョン……俺の寝間着に色がなかったぞ。
これは、共有すべきことだろうか。
口を開こうとしたとき、なぜか挙手をする結束さんに合わせる。
「ハイ、結束さん」
「ずっと思っていたんだけど……そろそろ私たち、さん付け止めない?」
「あっ……そう言われたら。それじゃあ、結束さ……ヒメも、俺のことを呼び捨てで呼んでくれないか?」
さん付けを止める勢いで、下の名前で呼んでみた。
少しだけ、気恥ずかしい。
「ひゃい!? ひ、ひひひめって――」
ヒメも、まさか下の名前で呼ばれるとは思っていなかったようで、声にならない声をあげてから、両手で顔を押さえながら下を向いてしまう。
今まで、どうしていたか忘れるくらいに女子も呼び捨てだったり、さん付けだったりした。
こんな形で、提案されたことは1度もない。
「そ、それは、それだよ! それに、私は……みんなのこと、くんとか、ちゃんで呼んでるのが普通なの!」
「あー……なるほど? それなら、せめて下の名前で呼んでほしい」
「うっ……ナ、ナイトくん――」
少し冷静になったらしいヒメは、おもむろに顔をあげて反論する。
どこか視点の合わない彼女が、下の名前を呼ばれた以上に恥ずかしがっていることが分かると、嬉しかった。