第三十七話 間近で見る赤い電波塔
不安材料は一切なく無事に朝を迎えられた俺は、いつもなら先に声をかけてくるヒメを起こすため、女子部屋のドアを数回ノックする。
中から眠たげな声が聞こえてくると、目を擦り半分寝ているヒメが出てきた。
寝間着はないため少しだけ、はだけた胸元に自然と目が移りかけて制止する。
ローブを脱いでいたヒメは、胸元が少しだけ空いたレースのある白いブラウスを着ていた。
中心に大きめのリボンがついているのが、どこか魔法少女を思わせる。
全体は落ち着いた薄めの茶色系。
ローブがラベンダー色をしているから落ち着いてみえた。
「おはよぉ……。あっ! ごめん! 直ぐに整えてくるから待っててぇ!」
「あっ、ああ……。下で待ってるよ」
バタンッ
俺の視線に気がついて思い切り音を立てて閉められるドアに溜息をつく。
泊まっている部屋は、二階にあって左右にいくつも部屋がある広い宿屋だ。
俺は誠に伝えると二人で先に一階のラウンジで待つことにする。
今日は早朝に出ていくことを決めていて、事前に頼んでいた朝食はラウンジの一角にあるテーブル席で食べることになっていた。
そのため、先に三人がけソファーに座ると手軽な朝食が運ばれてくる。
卵とトマトにハムという、シンプルながら自然とお腹が鳴るサンドイッチ。
食パンとは違った真っ白なパンが食欲をそそった。
それから、オニオンスープの匂い。軽めの朝食にはうってつけだな。
運ばれてくる間に髪も整えて準備万端なヒメと、まだ眠そうにしている多月が合流する。
どこか目線が合わない隣に座るヒメに首を傾げるが、向かいに座った多月がニヤニヤしていた。
今度は二人の間で何かあったらしい。しかも、知らずに俺も関わっていそうだ。
「えーっと……二人も集まったことだし、冷める前に食べようか?」
「そうだね! いただきま〜す」
ぎこちなさはあるが、普通に食べ始める姿に敢えて聞くことはせず俺もサンドイッチに手を伸ばす。
直ぐに食べ終わると宿屋から出た俺たちは空を見上げて、白黒の現実を実感した。
この街だけが異様であって、他は相変わらず白黒をしている。
「んじゃ、ヘンテコを目指すかァ! 野郎共」
「そ、そこは……ナイトじゃ、ないんだ……」
「いや、俺は士気を上げるタイプじゃないからな。それに、先頭は多月だし」
先頭切って多月が歩き出すと、続くように俺、誠、ヒメと行列のように歩き出す。
街には数名の冒険者がいたが、俺たちのような異世界人はいなかった。
歩き出して10分もすると、街の人間からヘンテコと呼ばれていた赤い建物に辿り着く。
思わず首を曲げて見上げると、本物さながらの出来栄えに感心した。
周辺も可能な限り調べるが、東京タワーしかない。
空を飛んで確認しようとするヒメが魔法で浮いた瞬間、何かに弾かれたように尻もちをつく。
「だっ、大丈夫か!?」
「う、うん……。魔法は普通に使えそうだけど、空を飛ぶ魔法は阻害されているみたい」
「ほォ……。中々考えてるじゃねェかよ」
倒れたままのヒメに手を伸ばすと、引っ張りあげた。
外傷はなさそうでホッとする。ヒメが着ているローブは全身を覆うような形で、膝下まであった。
初めて会ったときから魅力を削いでいないか感じていたが、今は肌を露出しないで欲しいと思っている……。
それに、雨具のような姿が可愛らしく見えた。
「……有難う。ナイトくん」
「大丈夫みたいで良かった。それじゃあ、まともなルートで行くか」
「よっしゃ! 真正面だなァ! 会いに来てやったぜ! クソ野郎ォオ!」
東京タワーの正面まで歩み寄ってすぐ、元の世界とは異なりドーンと置かれた透明の円柱の箱がそびえ立っている。
外からはボタンのようなスイッチはなく、多月の声に反応したようにスーッと正面のガラスだけが粒子のように消えた。
未来的なエレベーターに感動する余裕はない。
多月は驚きの一つも顔に出さず、高揚して見えた。その反面、一番後ろにいる誠の顔は青くなっている。
「相手もヤル気満々ってことで、良いよなァ?」
「ひっ! と、扉みたいな線がない、と思ったら……消えちゃったよ!?」
「もう、此処は相手の砦なんだ……。誠は、いつでも領域支配が使えるようにしておいてくれ」
首を縦に強く振る誠に顔を引きつらせた。
横を見ると、ギュッと杖を握りしめる緊張したヒメの肩に軽く手を置くと首を縦に振る。
お世辞にも広いとはいえないガラス張りのエレベーター内に足を踏み入れると、再び蓋をするように出入り口は塞がれ、音もせずに動き出した。
そして、その瞬間エレベーター内に男の声が聞こえてくる。
『――ようこそ、諸君。一年ぶりの来訪者かね? 実は、試したいことがあってね……丁度良い実験をお見せしよう』
「なっ……アンタが元神で、この世界から色を奪った張本人か」
『――元神、というのは心外だな……今でも神と変わらない存在だよ。それでは、余興といこう……面白いね、異世界は――』
最後に不穏な言葉が聞こえてきたのは気のせいか……?
異世界は、この世界のはず――。
元神の声が聞こえなくなると同時に、狭いエレベーター内に不穏な空気が漂ってきた。
何もなかった足元から黒い液体が上に伸びてくる。
そして、竜巻のような動きを見せる何かに対して、同時に反応した多月が竜化させた片腕を横に振り切った。




