第四話 女神サマと心理戦
動揺を隠せない俺を尻目に女神の話は続く。
しかも、また爆弾を落とされた。いや、そんな端まで行くことはないはず……。
それに、この世界で生きる者なら必要な知識だが、これは俺たちには不要だ。
「私が知る限りの知識を与えましょう」
「それじゃあ、もう1つ。大人を連れてくるつもりはなかったってことは、子供を誘拐しているのか?」
コレは、結束さんにとっても有益な情報になるはず。
「語弊がありましたね。私は、この白黒の世界に色を取り戻してほしく、想像力など、感性が豊かな子供に協力をお願いしています」
少しの間が、事実と違うことを物語っていた。
「――拒否したら?」
「記憶を失くして、元の世界に帰します」
これは彼女から聞いた話と類似する。
だけど、結束さんが言っていた言葉と異なる点は、ギフトを貰ったら帰れなくなるという話がないことだ。
俺は、右手を握りしめたまま核心にせまる。
「ギフトをもらった子供は、帰れなかったのか?」
女神エムプーサはまた、少しだけ沈黙したあと顔をあげた。
「――いえ。こちらが、勝手に喚んだのですから、帰りたいと申した子供は、ギフトを返してもらい、記憶を失わせて元の世界に帰しました」
コレは嘘を言っているようには思えない女神エムプーサの言葉に、俺は困惑した。
いや、彼女が15年も経った今になって、俺を誘拐する理由はない。
この女神、俺が動揺しているのを逆手にとって、真実に嘘を織り交ぜている。
そういう心理戦は、嫌いじゃない。
女神エムプーサは長くなると感じたのか、いつの間にか、もう1つ増えた椅子に座るよう、促してきた。
断る理由もないため、ゆっくりと近づいていき与えられた椅子に座る。
「それなら、安心だな。俺は、想像力がないって他人から言われるほどの大人代表なんだ」
「そうなのですか? それは、残念な代表ですね」
お世辞にも残念そうに見えない女神エムプーサに、感情はあるのだろうかと別の意味で興味を持った。
紅茶も勧められたが、さすがに首を横に振る。小さいことでも警戒するに越したことはない。
ただ、寝起きで誘拐されたことで、昨日の夜から水分を補給していない身体は干からびそうだ……。
俺は、両手をテーブルに置く。
まだまだ聞きたいことは尽きない。
「それで、どうして世界は白黒なんだ? 理由があるはずだ」
「それは……奪われたのです。あの者によって」
これは、王道でいうのなら、魔王か、それに近い存在。
想像力のない大人代表とは言ったが、それは自分で何かを生みだす能力がないだけで、趣味は漫画と言えるほど読みあさっている。
つまり、神隠しのように他の世界から子供を誘拐して良くある勇者のように、世界を救わせたいのか。
それにしては、賢者になった彼女は相当強いと思う。
なのに、15年間……何かをしていたようには思えない。
いや、小学4年生だったんだ。
魔法少女には小学生もいるが、あれはあくまで創作。現実じゃない……。
大人になるまで……彼女は、どこで過ごしていたんだ?
それに、今は18で大人扱いだとすると、7年間……。女神エムプーサは、ギフトを与えるだけで、そのあとは関与しないのか?
「女神サマは、この世界を管理していると言ったが、誘拐した子供にギフトを与えたら、放任なのか?」
「いえ……月に数回。子供たちの様子を眺めています。そして、大人に成長した子供たちに、ギルドを介して依頼をだしています」
なんだか、急に現実味をおびてきたぞ。女神が、ギルドを介して依頼って……。
でも、待てよ……つまりは、監視の目は、甘いってことか。
「なるほど……ギルドについても教えてもらいたいが、その前に。俺のことは、この世界に来てから、いつ気がついたんだ?」
この言い方は、警戒心を抱かせないため。実際は、監視について詳しく探りたい。
女神エムプーサは直ぐに首を左右に振った。つまり、彼女との会話や、俺たちが出会ったことも知らないかもしれない。
「私は、女神ですが。見通す眼を持っていません。それは、神の目とも呼ばれる能力でして、選ばれた神だけが所有しています」
「それは、凄い能力だな……。でも、女神サマは俺を見つけた。そのときの状況を教えてくれないか?」
いつの間にか、テーブルには水晶のようなモノが置かれていた。
ソレに手をそえて軽く左右に動かすと、粒子のような輝きが空中に弾けた瞬間、ビジョンが浮かび上がる。
よくある魔法の類だ。
つまり、アレは魔法道具の一種。
「貴方は1人で草原にいました。そして、魔物に命を狙われていたところを、私が燃やして助けたのです」
女神エムプーサが見せるビジョンは、俺を映していた。つまり、自分が知る過去なら他人に見せることも可能ということ……。
でも、一つだけ疑わざるを得ない部分がある。女神エムプーサが見せるビジョンに彼女の姿がない――。
「えっ? また1つ聞きたいことが増えた。結束ヒメという少女は知らないか?」
思わず食い入るように前のめりとなって聞く。
「ああ……彼女は、1番優秀でした。賢者の称号を与え18の時に単身で依頼に挑んだ。そして、25の年に敗北して亡くなりました」
女神エムプーサは視線を下に向けて、明らかに残念がっていた。
だが、そんなことよりも……俺は、動揺を隠せず震える手を握りしめる。
「嘘、だろ……だって、さっきまで――いや、遺体は? 見たのか?」
「いえ。ですが、彼女の生命エネルギーが消失しました。この世界での死を意味します」
女神エムプーサに喚ばれるまで彼女は、普通に会話をして笑っていた。
それに、ギフトをもらわないでと……。
「それじゃあ、この世界に幽霊って発想はあるか?」
「ありますが。それらは、全て魔物になります」
彼女は到底魔物には見えなかった。
「人型の幽霊は、異世界から人を召喚なんてすることは出来るのか? それに、会話やモノを渡したり……」
「出来ません。魔物ですから。肉体のある魔物でしたら、手渡しは出来ます。それと、あの者なら……魂と肉体を分離させられるかもしれません」
先ほども言っていた白黒の世界に変えた張本人。
やはり、詳しい話を聞く必要がある。
「あの者について教えてくれ! それと、最後に……その魔物は、色がついているのか?」
アンデッドだから1度死んでいる。死んだ魔物が目の前で白黒になるのは見ていた。
「白黒です。何を聞きたいか、分かりませんが……幻影や、幻覚の類も全て白黒となります。生命だけが色を持っているのです」
それが真実なら彼女は生きている。