第三十五話 色のある町並み
目は覚めたが、昨日のことで眠れた感覚が薄い朝を迎える。
案の定、昨日のことを一切覚えていない誠に、イラッとする感情が芽生えつつも冷静に精神統一すると、内に秘めた。
それについて、何か疑いの眼差しを向けてくるヒメの曇りの無い大きな瞳に見つめられると、思わず視線を反らしてしまう。
「むむっ……私の直感が言っている〜。昨日、何かあったでしょ〜?」
「えっ……何も、ないけど……。そもそも、男同士で何かあるわけないだろう?」
「ふえっ!? ぼ、僕は……酔ってたから、覚えてない……というか、寝てた……と思うけど」
睨まれる誠に対して、今回は哀れみも何もなかった。
実際には、軽く襲われたに等しい……。本人に自覚がないことから、酔ったとき限定の二重人格のようなものなのか。
今後は酔わせなければ問題ない……多月に注意しよう。
そんな多月は、窓を開けて気持ち良さそうに伸びをしていた。
俺は欠伸をかみ殺すと、ヒメと共に朝食をもらいにいく。
ここの宿は、朝食だけは何も言わなくても出るらしく、他は事前に頼むと別払いで作ってくれた。
「ふーん? 本当は、何かあったんじゃねェのかァ? あァん?」
「ヒッ……! お、覚えてないから……」
戻ってくるとドアの前で首に腕を回されて拷問を受けている誠の助けを求める視線がぶつかる。
覚えてなくて良かったのか、悪かったのか……。
いや、今後に支障がありそうだから良かったんだと胸にしまう。
でも、今後誠に抱きつかれたとき無条件で反応してしまいそうで、困るぞ……。
勿論、攻撃するという意味で……。
「まぁ、酔ってないナイトくんも、何もなかったって言ってるから」
「あ、ああ……なんか、圧があるような。ヒメが、心配するようなことは何も――」
無いと言おうとして、口を閉じる。
ヒメに、何を心配して欲しいのか分からなかったから。
逆に多月とヒメが、そういうことになっても……。俺は俺で、ヒメのことが――。
それに、女性同士のそういう関係も良く分からないけど、多月は酔っても無理強いはしない気がする。
男版多月だった誠は……信用が薄い。
「ナイトく〜ん? ご飯冷めちゃうよ〜」
「えっ……あ、そうだった。いただきます」
「これからが本番なんだから、気合入れてけよォ! オマエらァ!」
運んできた朝食をテーブルに置いたまま考え込んでいたようで、自分の皿を手に取ると、ヒメの横に座って食べ進める。
そういえば、こっちのベッドはヒメが寝ていたんだったか……。
思わずベッドに視線を向けるが、痕跡もないくらいキレイに整頓されている。
淡い下心で、意識を切り替えようとしたが駄目だった。
準備を済ませると、俺たちは後ろを振り返ることもなく町を後にする。
報復を恐れていた様子のギルドマスターたちは、隠れるように出口付近を見守っていたが、構っている暇はない。
無駄にした一日を取り戻すべく半日以上歩くと、誠がギブアップする前に次の街についた。
「えっ……この街――」
「――色が……あ、ある……!?」
「はァー……面白れェじゃねェか! おい、ヒメ。この街に立ち寄ったことはあるのか?」
一人だけ立ち尽くしたように停止していたヒメに多月が声をかけると、人形のように首だけ動かすヒメは、ゆっくりと縦に振る。
つまり、この街が色を失っていないことを知っていたということ。
もしかしたら、嫌な記憶がフラッシュバックしているのかもしれない。
「――此処は、女神様が討伐依頼をした元神のお気に入りの街だったから……」
おもむろに口を開いたヒメの顔は少し具合が悪そうに感じた。
他の二人もヒメを心配して、街に入る前に安全地帯である誠の空間内で休憩する。
ベッドに座る誠に、自分の部屋のように冷蔵庫から缶ジュースを取り出す多月の自由さに呆れた。
二本の缶ジュースを手渡されると、一本を隣に座り込むヒメに手渡す。
寝袋を畳んで端に寄せると、ヒメの隣りに座って顔を覗き込んだ。
「大丈夫か……?」
「う、うん……。なんか、距離が近づいてきたら……少し、ぐってくるものがあって……」
「あー……ヒメの話だと、この街から目と鼻の先だったよなァ。そりゃあ、こみ上げるモノがあるぜ」
しかも、少し遠目で分かりにくいが、視界に捉えられる位置に見覚えのある風景があった。
赤い灯台のようにそびえ立つ日本のシンボル。
今でも、年に数回メンテナンスが行われ夜になると、さまざまな色で輝きを放ち、日本人の目を楽しませてくていた。
あれは……元の世界にあった建物に良く似た施設。
――東京タワーだ。
そういえば、異世界に誘拐される前に俺は、夢を見ていたように一瞬だけ元の世界で白黒の空を見た気がする――。
普通なら色を失っているはずなのに、元神によって造り出されたからか、東京タワーにも色があった。
「自由自在だよな……」
「うん……。私の身体……無事だと良いな――」
「無事に決まってるだろ? もしも、傷でもつけていたら……ただじゃ置かない」
一瞬のことで負けたときの記憶がないと言うヒメは、気がついたら最初の町である草原にいたらしい。
俺がヒメと最初に出会ったあの場所だ。
俺の予測では、元神が他の神にされたこととは違って、なんらかの方法でヒメの魂と肉体を切り離し、理由は分からないが所持している。
女神エムプーサが教えてくれたのは、元神の肉体は完全に消滅し辛うじて魂だけ残ったと……。
またも俺の勘が嫌な予想を立てているが、頭を振って追い出した。
そんなやり取りをしているのを、ニヤニヤした顔で見てくる多月に気がつくと、俺はあからさまに嫌な顔を向ける。




