第三話 女神のギフト
「正直、比べるものがないからピンとこないな」
彼女のステータスは、どうなのかと目を合わせるが、今度はそらされる。
そんなに悪かったのだろうか……。
「わ、私はいいの……それより! 大人の人でも、この世界で3桁は滅多にいないよ! ギルドでも見たことないよ」
「ギルド? やっぱり、ファンタジーな世界だけあって、冒険者か?」
ギルドなんてありふれたフレーズを聞くとは思わなくて、少しだけゲーム感覚が芽生える。
だけど、この世界で万一、死んだらどうなるんだ……?
不穏すぎて、聞くに聞けない……。
「うん、色々とこの世界のこと教えてあげる。だから、私のことを信じてほしい……あなたと一緒に、元の世界に帰りたいの」
真剣な彼女を見て、自然と首を縦に振る。
「ああ、一緒に帰ろう」
「でも……これだと、女神様に狙われるかも……」
「えっ?」
女神はギフトを渡して、異世界人をこの世界に縛るだけじゃないのか?
それとも、この魅力の高さに……。いや、王道でいうなら、これは魔物を使役するテイムとかに役立つスキルか?
腕を組んで頭をひねっていると、いつの間にか近くにある彼女の顔に肩を揺らす。
しかも、頑張って背伸びしていた……ブーツを履いてるからって、身長差は大体15cmはあるぞ。
少し、照れくさい……。
「女神様の誘惑に気をつけてね。あの方、魅力500もあるんだから」
「うはっ……さすがというべき、なのか? 警戒しておくよ」
俺の魅力をはるかに超えていた。
まぁ、女神だから無限と言われても疑わない。
結束さんは、何かを思い出したようにローブの懐に手を入れる。その仕草が、少しだけ男心をくすぐって視線を外すと、ラベンダー色の紐を差し出された。
「そうだった。これ、お守り。私と、あなたを……この世界に繋ぐもの」
それは、一昔前に一時流行っていたって聞いたことがあるミサンガに似ている。
待てよ……コレにも、初めから色がある。
「一緒に帰ろうね。神崎くん……」
「ああ」
俺は、彼女の笑顔に惹かれていた。
だが、ミサンガを受け取った瞬間、暗闇が視界を覆う。
白黒の世界ではあるが、コレは明らかに違う……光すら透さない、純粋な闇に近い。
当然、彼女の姿は見えなくなり、手に握ったミサンガの感覚だけが辛うじて分かった。
「神崎くん! 絶対に、ギフトを受け取らな――」
――彼女の声が、遠くなっていく。
気がつくと、俺の視界は白い世界に包まれていた。
さっきの闇といい、この世界は白黒が好きらしい……。
そして、不意に視線を感じて前を向くと、目の届く先には美しい女性が白い椅子に座って、ティータイムをしている。
眩しいほどの金の糸に白い肌。青く透き通った瞳は、すべてを見透かしているかのように映る。
だが、そんなことはないようだ。
「何かの手違いで、貴方をこの世界に招いてしまったようです。申し訳ございません」
カップを置いた女神は、立ち上がると軽く頭を下げる。
想像していたよりも、礼儀正しい相手に気が緩んだ。
しかも、白い肌にも映える白いワンピースドレスに自然と目が向いて、頭がボーっとし始める。
そんなとき、右手に握りしめたままだったラベンダー色の紐が視界をさえぎった。
頭にかかった霧が晴れるような感覚にハッとする。
女神の行動すべてが魅力的に映って、俺の視界は奪われていたらしい。
ああ、そうだ……惑わされるな。
「私は、この世界を管理している女神エムプーサと申します。どうか、ご安心ください。大人の異世界人を喚ぶつもりはありませんでした」
女神エムプーサか……神話とか、そういう類は分からない。
いや、ここは異世界だから関係ないか?
「ただ……帰すまでには、少々時間がかかります。そのため、申し訳程度に、貴方にギフトを与えましょう。どのような願いも叶えられます」
彼女が心配したとおりの王道すぎる展開。
さて、どう切り抜けるか……。
先ずは、そうだな……この世界の知識を得よう。
結束さんも教えてくれると言っていたが、1番知っているのは女神サマだ。
「その前に。俺は、まったく知らない世界に連れてこられたんだ。と言うか、言葉が悪いと誘拐された」
まぁ、コレは彼女に……。
だが、嘘も方便という言葉がある。使い方は間違っていそうだが。
「ギフトを貰ったとしても、この世界のことを何も知らないのは、正直怖い。気がついたら、白黒の世界で、生命体だけに色があるようにみえた」
「ええ、そうでしたね。色についての認識はそちらで間違いありません。生命体だけに色がある、白黒の世界……」
女神は、ギフト以外にも嘘をついている。
白黒なのは、生命体だけじゃない。
魅力が500もあって、今し方その影響をまんまと受けていたわけだが……。
この世界を管理している女神が知らないはずがない。
生命体以外でも、色がついているモノがある理由。
俺の服や、ミサンガに色があるのは、この空間にいるからというつもりか。
でも、正直隠す理由が分からない……。
コレでも、営業職5年。
高校生のときに、自分でも認めた、この容姿を活かしてエースと言われている俺の、高等テクニックを見せるとき。
「その名も――【モノリス】一本の、とても大きな円柱の上に、この世界はあります。ちなみに、ここは別空間なので、色があります」
「えっ……嘘だろ――」
円柱って、どれだけの大きさだよ……。想像以上の世界観に、言葉がでない。
普通は、世界地図みたいな形だろう。箱庭……にしては、規模が大きい。
「貴方の世界との違いがあるのなら、島がなくなると海があるのと違い、1番端に行くと……深い、闇の底があります」