閑話 暗い過去と明るい未来
「事情は分からねェけど、アタシらと話して、一歩前進なんじゃねェか?」
「えっ……? あ、そうかも……家族、以外と……話すのも、女神様……以来だよ」
財前さんの少しだけ照れ臭そうにする様子に、目を細めた。
多月はもちろん、俺も引きこもっていたことを、とやかく言える人間じゃない。
それに、生きていると精神的に抱えるものは肉体的より多いだろう。
それが、彼は子供心に自分を否定してしまっただけ……。
それに、引きこもる人間は優しいと思う。きっと色々な事情があって、その中には加害者がいる場合の方が圧倒的に多い。
財前さんが、話したくなったら――そういえば、財前って名前、どこかで聞いたような……?
「だけどよォ。オマエの両親は何してたんだよ。そんなちっこいオマエを放置してたなんて、そっちのがムシャクシャするぜ!」
俺たちと違って多月は、おおらかとは違う意味でズカズカと他人の事情にも踏み込むタイプだったらしい……。
「うっ……それは……。ぼ、僕には、優秀な兄が……いたから。僕は、世間に……迷惑かけなければ、好きにして良いって――」
「だから、引きこもってる息子を放置したってかァ!? 一発殴ってやろうか!」
「ちょっ! 多月さん、抑えて~! ドードーだよっ」
握りこぶしを作る多月に、俺より先にヒメが止めに入る。まぁ、ここに当の両親はいないのだから心配する必要はないが……。
目を泳がせて、ソワソワしている財前さんに視線を向ける。
両親にも見捨てられたのだとしたら、異世界から帰りたくないと思うのが普通だ。
なんせ、彼はここの生活でも不自由せずに暮らしている。
彼が帰りたい理由を見つけない限り仲間になってほしいと頼めない。この領域支配は確実に俺たちの力になってくれる。仲間になってくれたら心強いが、無理強いは出来ない……。
「僕の、父親は……資産家なんだ。だから、僕は御曹司……に近い存在。家は、もちろん優秀な、兄が継ぐけど……僕は、何もしなくても、家に泥を塗らなければ、お金には困らず人生を終わらせられる――」
「あのなー。世界は広いんだ。見ろよ、穴から見える外を! こんなこと、体験できたオマエはラッキーだ。異世界に誘拐されたヤツなんて、一握りだぜ?」
「まぁ、これで元の世界に戻っても信じてくれる人は居なさそうだけどな?」
俺は思わず茶々をいれると、多月の腕で首を絞められる。
その姿を見て、財前さんは会ってから初めて笑った。
多月に首を絞められたことで、テレビで観た年越しのカウントダウンを思い出す。
季節の花園が有名な遊園地のサポーターをしている企業が、報道で個人的なことを訴えていた。
「そうだ……。財前さんの名前、なんか聞き覚えがあったんだ」
「えっ……? ぼ、僕の名字、おかしいかな……」
多月の腕を振りほどくと、少し前のことを思い出すように目を閉じる。
「『18年前、急に下の息子が行方知れずとなり、また新たな1年を迎えてしまいます。家族である私達は、いつまでも息子が帰ってくることを待ち望んでいます』」
「えっ――」
番組のテロップに財前財閥と書かれていた。
財前さんは肩を震わせて、床にポタポタと水滴が落ちる。長い前髪で顔色を窺うことは出来ない。
「ぼ、僕……とてもお兄ちゃんが好きだった……金持ち学校で、いじめにあって引きこもった僕を、唯一見捨てないでくれて……漫画を教えてくれた」
涙ぐむ声で話す財前さんは、両手で目元を拭う。
「実は、僕……こんななりだから、分かると思うけど……オタクなんだ。それでもって……気持ち、悪いかも、だけど……魔法少女が好きなんだ!」
「えっ!? 魔法少女!?」
「うっ……うん」
急に前のめりとなるヒメに、俺は呆れつつ宥めた。ヒメは、ハッとしたように「後で話をしよう」と提案する。
心臓を押さえるように身体を震わせる財前さんに、続きを促した。
「実は、そんな、お兄ちゃんが、最初に……魔法少女が、好きで……そのときも、借りた本を返しにいこうとして……お父さんに、プレッシャーをかけられている姿を見て、部屋に戻ろうとして――」
「誘拐されたわけか。なるほどねェ……魔法少女ってのは、アタシには分からねェけど、魔法ってつくくらいだから想像力は申し分ねェな」
女神が、どのような形で選んでいるのかは不明だ。
ヒメも、事情については未だに話してくれていない。
何か思うことでもあるのか、おとなしくなったヒメは下を向いて何か考えているように見えた。
「アタシは、なんで誘拐されたか謎だなー。なんせ、人生に不満はなかったし。両親は、高齢出産だったから、すげェ優しかった。あ、ドラゴンになりたいって頼んだのも、父親の影響。考古学者でさッ。恐竜について調べてた……懐かしいな」
今度は、多月の話へと移り変わる。
やはり、ドラゴンに憧れた理由は誰かの影響であり、それは多月にとって大切な父親だった。
恐竜を選ばなかったのは、ファンタジー世界ならドラゴンの方が強そうで、カッコいいからというものらしい。
さすが、小学4年生。
多月は背もたれに寄りかかると両腕を後ろに回して天井を見つめていた。
「ほら、多月って名前も、龍って感じだろう? 最初、男だろうって思って考えたらしいんだけどさ……女だったから、母さんが好きな月と合わせたらしい。多っていうのは、多くの幸せがありますようにってことなんだとさ……」
その話を聞く限り、多月と財前さんが誘拐された関わりは一切ない。
やはり、女神の言っていた想像力なのだろうか。
女神の話を聞く限り、この世界ですら、すべてを見通す力を持っていない。
つまり現代風にいうとガチャのようなもの……。
多月が言うように、こんな体験はそうそう出来ないだろう。
だけど、俺以外の全員が、ハズレを引かされて人生を踏みにじられたことに間違いはない。




