七話『滅びへのカウントダウン』一部ジェイド視点
トムがアンネローゼを訪れた日から数日。
依然として、アンネローゼは病床に伏していた。熱は上がり続け、悪夢に魘され、食事も睡眠もろくにとれない日が続いた。
第二王子ジェイドは、王太子である兄と共に、諸々の対処に追われていた。
多忙が極み、私生活に時間を割けず、美しいエメラルドグリーンの瞳の下にはクマができている。
「殿下、少し休まれては……」
おずおずと声をかけたのは宰相子息のカールだ。気の弱さがが今後の課題ではあるが、将来ジェイドの側近となるべく、今回も手伝いとして王宮に通っていた。
「……そんな時間はない」
ジェイドの声は酷く硬い。
それを聞いたカールも押し黙る。
突然の現れた異界の少女と、聖女交代。
それだけならばまだどうということもなかった。
まとめた書類をカールに手渡したジェイドは、窓の外を見る。
外は、神の雷が落ちる豪雨。
「これを、各所に。この束はそのまま兄上に」
端的に指示だけ告げると、カールもこくりと頷いて部屋を後にした。
ふぅ、とジェイドの口からため息が漏れる。
空の見えない黒い曇天は、そのままこれからの世界を表してるようにすら見えた。
こうしている今も、各地域から異常気象とそれに伴った被害報告があがってきていた。
主に被害があるのは王都周辺、中心地である王城の外は歩くのも大変な有様だ。
「……アンネローゼ…………」
ジェイドは、かつての自分を救ってくれた聖女を思い浮かべていた。彼女は今どうしているだろうか。せめて、ひとり泣いてなければいい。
彼女の涙を拭うのは自分でありたいが、状況が予断を許さないこともジェイドは理解していた。
思い出すのは、天気の崩れた日のことだ。
異界のアンナに御璽が出た翌日。彼女は御璽を確認するなり何度も能力を使っていた。
雨を降らせる、花を咲かせる、強風、大雨、虹、それらを使いこなせる自分こそ聖女なのだと高らかに周りに宣言しながら。
「カンノ殿、もうお力はわかりましたのでむやみやたらに使用するのを控えていただけませんか」
「ジェイド、どうしてそんなこというの?」
焦げ茶の瞳がこちらを睨む。
ふわふわとした髪は肩口に切りそろえられていて、こちらの貴族では見ない長さだと毎回思う。
批判されたのが気に食わないのか彼女の眉は怒りを示すようにつり上がっていた。
「天候を変えるのは本来神の御業。それを聖女が借り受けているだけに過ぎません。
そして、聖女は貧しき土地に恵みを与え、荒れ狂う大地を沈めるのが役目であり、そのように私利私欲で操ってはいけません」
何度も急な豪雨や突風、はては火の季節のような熱気のある晴天まで、そう一日の中でコロコロと天気を変えられては人だけでなく植物や動物にも良くない。
それくらい、言わずとも分かってほしいというのは過ぎた願いなのだろうか。
「でも……! じゃあ、私が聖女だって! あの女が偽物だってはやく認めてよ!!」
金切り声。耳に障る不快な音。
内容も呆れるしかなくて、ため息が出た。
「御璽が出た貴方は聖女でしょう。
しかし、貴方に御璽が出るまで5年以上をアンネローゼが聖女として勤め上げたのも事実です。
先達であるアンネローゼを悪く言わないでください」
「アンネローゼアンネローゼアンネローゼ!!」
地鳴りが聞こえる。
「聖女は『杏奈』って言ってるでしょ!!」
絶叫が響いた。
「きらい!! きらいきらいきらい!!!」
「キャラのくせになんでゲームと同じようにしてくれないの!!!」
「なんでアンナのことすきにならないの!!!」
「アンネローゼなんていなかったじゃない!!」
「思い通りにならないこんな世界なんていらないわよ!!!!」
雷鳴が嘶く。
空は今まで見たことのない真っ黒な分厚い雲に覆われて、紫電が何度も閃くように落ちていく。
雨はあっという間に豪雨となり、窓を叩いてうるさい。
目の前で怒鳴り、泣きじゃくって地団駄を踏む彼女を私は信じられないものを見る目で見ていただろう。
この国を滅ぼさないためには、自分のプライドなどかなぐり捨てて、アンネローゼを蔑むようなことを言い彼女の機嫌をとれば良かったのかもしれない。
しかし、こんな自分勝手で幼稚な彼女に尊敬できるような魅力などなくーー。
今更機嫌を取ろうとしても無駄よ!
そう一際大きく叫ばれてから手遅れであること悟った。それからは、話しかけても「うるさい!」と「黙れ!」しか返ってこないのがその証左だろう。
「あたしを大切にしてくれなきゃどうなるか思い知ればいいわよ!!」
そう尚も叫ぶ彼女を、自室で軟禁するのが精一杯だった。
天候は大荒れ。
地震、大雨、河川の氾濫などなど…聖女に護られる国であるがゆえにこのような未曾有の天災に誰もが翻弄され続けていた。
頼みの綱は、暴れるばかりとなった異界のアンナと、高熱に寝込むアンネローゼ。
どちらも頼れない現状、それでも自分は未来の王弟として、王族としてできる限りのことに尽力するしかなかった。