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六話『神の気まぐれ?』



ーーーーアンナに御璽(みしるし)が出た。


その一報は、瞬く間に王宮を駆け巡った。

もちろん、それはすぐに教会にも伝えられ、この閉鎖的な塔でもその話題で持ち切りのようだ。


そんな周りの慌ただしさのなか、私はベッドにひとり、寝込んでいた。


急に倒れた。

おそらく、アンナに御璽が出たのとほぼ同じタイミングで。

立つこともままならない高熱と全身の痛み。

外の状況が気になったが、話によれば天気は荒れてはないらしくて。


本来、聖女は流行り病などとは無縁だ。

女神の加護で、強力な毒くらいじゃないと体調を崩さない。そうじゃないと、体調に共鳴して簡単に世界が荒れてしまうから。


「アンナが、次代の聖女なのかし、ら」


(かす)れた声に答えてくれる人はいない。

何十年とこれから続いていくであろう聖女としての生活が、こんなに突然終わりを迎えるかもしれないことに驚いている。

もしかして、このまま死んでしまうのが私の天命なのかしら……。


そうだとしたらーー。


私が死んでしまうなら、その前に急遽次代の聖女が用意されたのが女神の思し召しならば。

異なる世界からの少女も、聖女を名乗ることも、その子に御璽が出ることも、納得できる気がした。


私の御璽は消えていない。しかし、血のように赤かった御璽は、消えかかっているかのように薄い桃花色になっていた。


ーーコンコン、


「……?」


「邪魔するでー」


ふらりと入ってきた声は、西方の国で使われている言葉だった。

西方らしい浅黒い色の肌と、黒く見える深紫の髪、ジェイド殿下のエメラルドとは違う淡いアクアマリンの瞳。


「…………トム様……」


「様はええって言うてるのに」


へらりと笑った彼は、窓際の椅子をベッドサイドに持ってきて腰を降ろす。

腰掛けるだけの仕草がいやに優雅な彼と会うのはもう何度目になるだろうか。数年に一度、この国に来たついでに私のところに顔を出している。


「申し、訳……ありません、このような……」


「ええてええて。そんなこと言わんとき。

……身体、しんどいんやろ? 大司教に聞いたで」


起き上がろうとした私を手で軽く制し、額から落ちたタオルをサイドボードに置いてあった手桶で濡らし直してくれる。


彼は、西のファーラン帝国の大商人と聞いているが、おそらくはかなり高名な貴族か、王族に類するような高貴な身分なのだろう。

トムというのも、偽名にしか見えない見た目をしている。本当にトム様なんだったらどうしようか。


「ちょっと無理言って入れてもろたけど、来てよかったわ。……あの女、本物なんやな」


汗でへばりつく髪を指先で優しくすくってくれる。額に置かれた濡れタオルが気持ちいい。

トム様の言い方に、掠れた声が漏れた。


「……彼女に、お会い、に、なったのですか」


アクアマリンの瞳は軽く見開かれ、それから労るように優しく微笑むのが見えた。


「気にせんとき。俺は姫さん一筋やし」


そういう話じゃない、と、言いかけてやめた。

気分を和らげるための軽口だとわかるそれに、私は少し安心してしまったから。


見返りのない奉仕は聖職者なら当然かもしれないけれど、自分のように喜びも悲しみも満足にできないそんな生き方が、息苦しくなるときもある。この間はひとり弱音だって吐いた。


それでも、頑張ってきたこの6年に誇りも自信もあったのだ。


「……会ったで。わけわからん女や。

気味の悪い目でこっちを見よる。好んで関わりたくない性格しとるが、力は使えるらしいわ」


聖女である証明に、晴天の下で雨を降らせて見せたらしい。西方の国は雨が少ないことを知っていて、自分と結ばれたら西方は助かると自分を売り込んできたーー。


そんな話を聞きながら、私は自分の心が暗く深く沈んで行くのを感じていた。

用済みになるのだ、と思うと、聖女の役目から解放されるかもという話をどうしても喜べなかった。


「落ち込んどるん?」


「……どうでしょう、私は、自分の感情を意識しないようにしてるので……。

でも、正直なところ、どこか暗い気持ちです」


こんなことを言ってしまうのは、熱のせいだ。

トム様が優しい手つきで、幼子にするように、ずっと頭を撫でてくれるからだ。


「もし、聖女やなくなるんやったら」


今だけだ。


「この国を出て、俺と来ぉへん?」


そんな言葉に揺らいでしまうのも、きっと今だけ。





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