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三話『二人のアンナ』



「取り乱してすまなかった」


「いえ」


もう一人のアンナは、私に比べて随分と楽天的で積極的な性格らしい。そして、ジェイド殿下に猛アピールしようと彼の心の柔らかいところを無遠慮に踏み込んでしまったと見える。


「彼女は、なぜか私やラスアンの好みや過去を知っているようなんだ」


聖女を名乗るだけあり、人智を超えた力を彼女は持っているのだろうか。

ラスアンは彼の友人であり、騎士団に所属する青年だ。彼女が会いたがっていたらしい人物のひとりでもある。


「それは……彼女特有の力、ということですか?」


「わからない。教えてもないのに名前を知っていたり、苦手な食べ物を嫌いになった幼少期のエピソードなどを知っていることもあった」


「恐ろしいですね」


率直な感想を漏らせば、ジェイド殿下もこくりと頷く。


「詳しく聞いても『聖女の力』と誤魔化されるが、どうやら今彼女がその力を自在に使える訳では無いらしいのがせめてもの救いだ」


ふぅ、と疲れたようにジェイド殿下は言う。

先程だいぶ乱れた発言をしていたが殿下は賢いひとだ。アンナの発言に矛盾があったり、彼女が嘘やごまかしの発言をしているのがわかるのだろう。


それにしても異界のアンナは全く聖女に向いていないように見える。


「彼女は、君に会いたがっている」


恐らく、これが今日彼がここを訪れた本当の目的だろう。

彼は一つの封筒を取り出した。

薄桃の便箋をテーブルに置きつつ、彼はそれを差し出しては来ない。


「中身はこちらで確認した。覚えたての拙い文字で、アンネローゼを侮辱している」


「聖女をやめろと?」


「一言でいうならそうなるな」


自分が本物の聖女であり、今いる私は偽物というのが王宮に滞在しているアンナの主張なのは変わらないらしい。


ふと窓の外を見る。

広い青空にはいつもより雲が多い。

雨が降るようなものではないだろう。


「……代われるのなら、そうしています」


ぽつりとこぼれた言葉に、ジェイド殿下は耐えるように眉を寄せて顔をしかめた。


「アンナ、君を……」


不意にジェイド殿下が手を伸ばす。

私は自分が不用意な発言をしたことに気づいたがもう遅い。

ジェイド殿下のエメラルドのような瞳は揺れている。私が聖女でなければーーと、思っている彼にとっては、アンナが聖女になるほうが幸せなのかもしれない。

しかし、その先の言葉は聞いてはいけない。


「殿下」


呼ぶと、びくりと彼の肩が揺れた。


「私は聖女です」


「……あぁ、」


仮にそのアンナが聖女として認められるのであれば、聖女としてこの生活を望んで引き受けてくれるというならば、私が先代として若くに聖女を辞めることもできるのかもしれない。

しかし、アンナに御璽(みしるし)があるとか、そういった話は聞こえてこないし、未来はともかく今の時点で、かの少女は聖女ではないのだ。


それに、私も聖女として誇りも覚悟もある。

周りがどう思おうと、なんと言おうと、今の聖女は私である以上、聖女のつとめを放棄する気はない。


「聖女アンネローゼ」


私のそういった気持ちをよく知るジェイド殿下は、気持ちを切り替えた公の顔で私を呼ぶ。


「聖女に異界の少女から面会の希望がきている。いかがするか」


「お断りをお願いします」


聖女はこの国に一人しかおらず、国が豊かになるも滅びるも聖女次第とすらいわれている。

そんな聖女には、善意だけでなく、欲や悪意を持った人間が近づいて来ることも多く、基本的にどんな人間であろうとも、聖女には容易に会えない。


目の前のジェイド殿下すら第二王子という立場だからこそ私と会えるし、そんな彼ですらいくつもの手続きを踏まなければいけない。


「そうか、私もそれが良いと思う」


ジェイド殿下は明らかにほっとした様子だった。にっこりと微笑み、断りについてはこちらで手続きをするよ、と後押ししてくれる。


聖女である私には、当然のことながら面会の申し出を断るという権利があるのだ。

ごめんね、アンナさん。




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