二話『聖女とは』
「急な訪問ですまない。久しぶりだな、アンネローゼ」
そう言ってこちらを見るのは、この国の第二王子であるジェイド殿下だ。実り深き月の稲穂のような黄金の髪に、力強き芽吹きの緑を宿した瞳。
麗しき黄金の君、と呼ばれる彼はうっすらとした微笑みを浮かべて私の前に跪いた。
「ここに来た理由が理由だから、あまり大きな声では言えないが、君に会えて嬉しいよ」
「……どうぞ、お掛けください」
つれない私の言葉に、彼は少し落胆したようだったが、何も言わずに席に着いた。
小さなクローゼット、ベッド、それから窓際におかれた小さめの丸テーブルと二脚の椅子。たったそれだけの殺風景な私の部屋。
丸テーブルを挟んで向き合って座る。王子のお付きの方には立っていてもらうしかないが、それもまたいつもの事である。
「ーーアンネローゼ、話はもう聞いているか?聖女を騙る「アンナ」について」
「……騙るとは、また穏やかではないですね」
異界のアンナとなにかあったのだろうか。
世の中の理想の王子様を体現したような彼は、いつも穏やかで優雅な立ち居振る舞いを心がけているのだろうあまり人前でそのような言葉を使う人ではなかったのに……。
「聖女を騙る偽物はあちらの方だろう」
ジェイド殿下は眉を寄せて、腕を組んだ。
「君が聖女であることは私がよく知っている。聖女としてどれだけのことをしてくれているかを、ただ聖女を崇める人間に比べたら、ずっと理解しているつもりだ」
「……民は、知らなくても良いことです」
「私は君のそんな意思を尊重している。
しかしだからこそ、聖女を知りながら、それをどうにもできぬ憎らしいこの身だからこそ、ーーあの女に嫌悪しかない」
冷たい瞳だった。
私に向けているのではないけれど、とても冷ややかな目。異界の彼女が会いたがっていた人の中に、ジェイドもいたはずだ。
「会ったのですね、アンナに」
「あれはアンナなどではない!!」
バンッッ!!!
と、彼がテーブルを叩いた。
黄金の君と呼ばれる彼は、美しい顔を怒りに染めていた。王族として振る舞うことも忘れたように彼は声を荒らげた。
「なぜあの女が『アンナと呼んで』と言ってくる!」
翡翠の瞳は揺れていた。
「私のアンナは君なのに!!」
「なぜだアンネローゼ、君にこそ言われたい言葉を、なぜあの女が口にする……!!」
アンナと呼んでも良いかと聞かれた事がある。すげなく「どうかアンネローゼと」と返した事がある。
「あの女は聖女がここに幽閉されてるのも知っていた!」
「しかし自分は学園に行くのだと! 多くの人と関わりながら聖女の力を使いこなせるようになれば塔に閉じこもる必要などないと!」
「私と貴方で皆の前に立つ未来が来るのだと!!!」
「なぜ私と君とで描きたい未来をあの「アンナ」が語るのだ……!!」
ジェイドは泣き崩れた。
王子の顔もなく、ただ許せぬと泣いていた。
自分が求める理想を恋した女に跳ね除けられ、相手の為と諦めようとしていたものを、違う形でチラつかされて。
それでも私は彼に寄り添えない。
聖女なんて、彼は愛すべきじゃない。
王子と聖女の恋愛譚なんて聞こえはいいが。
聖女とは、ただの人柱なのだから。