番外 After the end 4
頭をおこしたアンネローゼは、杏奈が話そうとしていることに気づくと、また横にかがみ、彼女の背中に手を添えた。
「あたしっ……そんな、こと、するつもりじゃなくて……っ」
しゃくりをあげる声は聞き取りにくい。
「天気変えるだけで、こんな、なるって……っ」
杏奈は幼かった。
愛されたくて、上手くいかなくて、癇癪を起こした。子どものように。
「……わから、なくっ、て」
彼女のいた世界であれば、川の氾濫の対策も、土砂崩れに備えることも、災害後も、救助や復興に迅速に対応できただろう。
「傷つける、つもりじゃ……っ」
アンネローゼに敵意を向けた。
聖女と呼ばれ、愛されてるアンネローゼが羨ましくて、暴言を吐いたりした。
恋愛ならそういうこともあると思ったから。
杏奈は、想像していなかった。
自分が人智を越えた力を得て、それを我が物顔で使って「天気を変えただけ」でこれほどまでに多くの人から敵意を向けられるなんて、全く想像していなかったのだ。
「ええ、あなたは誰かを傷つけるつもりではなかった。聖女になりたかったんですよね」
聖女アンネローゼは優しく彼女に語りかける。
「しかし『そんなつもりはなかった』と言っても何も許しは得られません。
貴女がどんなつもりであっても、多くの人を混乱させ、傷つけ、眠れぬ夜を過ごさせてしまったのです」
殺す気がなかったのなら、浮気する気がなかったのなら、傷つけるつもりがなかったなら、彼らの罪は許されるのか。
答えは否。
してしまった罪は、なくならない。
「でも、それじゃ、……あたし、っ」
鼻をすすりながら、杏奈はアンネローゼをみた。
至近距離ゆえに、ベール越しでも顔が見えた。
面会の時と同じ顔だ。どこにでもいるような、絶世の美女ではない、普通の顔。
しかし、彼女の瞳はまっすぐに杏奈を見ていた。
「貴女の罪は消えません。
ただひとつ、真摯に謝ることはできます。心から」
ジェイドがそう言っていたな、と杏奈はぼんやり思い出す。
「あたし、アンタのことだいきらい」
「……そうですか」
「その澄ました顔! ほんとに腹が立つ……」
ジェイドもラスアンもカールもイグナも何度も攻略して、何度も恋におちた。面会でイグナと並んでいたところは今でも思い出したらイライラした。
「……ほんとに、きらいよ」
一番言いたい言葉は口から出ないみたいだなとどこか他人事のように思いながら杏奈は立ち上がった。
身体中が痛い。髪も服も顔も酷い有様だ。
前を向くと、たくさんの人の目がこちらを向いていて心臓が冷たくなった。
だが、最初のようにあからさまな敵意を向けている人はいなかった。手が震えてるのをぎゅっと握りしめて隠す。
「みなさん」
震える声は、聖女の力で遠く最後尾まで届く。
「二度とこんなことしません。本当に、ごめんなさい」
杏奈は、ジェイドが言ったように、心から謝罪したのだった。
・・・・・・
「ありがとうアンネローゼ、君のおかげだ」
「いえ、彼女があの場で理解して、謝罪しなければ上手くはいかなかったと思いますよ」
あそこでも暴言を吐いて自分に掴みかかってきたりしたら、もうどうしようもなかっただろう。
処刑か、それに類する重刑になったはずだ。
「しばらくは修道女として生活し、態度が改められてはじめて聖女候補として認められることになる」
処刑場から、今度は教会に送られるもう一人のアンナを見ながら殿下は言った。
「今回のことで、国の意識の低さを思い知ったよ」
「え?」
「君にーー聖女という存在に甘えていた」
日照りも長雨もすべて調整され、極端な不作や災害がおきないこの国。
国民は快適かもしれないが、それらは聖女と呼ばれる一人の少女が支えているのがこの国の真実。
「兄上と、最低でも災害時に対応できるようにすべきだ、と話していてね」
ジェイド殿下はこちらを見て穏やかに笑う。どこかやる気に満ちた笑顔だ。
「災害や不作など他国では一般的に起きることについては、対応策や予防に取り組む予定だ。
その上で、行き届かない部分を、民が飢えることないよう聖女に助けて貰えたらと思う」
なるほど、と思った。嬉しい、とも。
彼は、王太子である兄と、聖女に依存したこの国の現状を変えていこうと話してくれていたのだ。
「……正直に申し上げて、大変嬉しいです。
ありがとうございます、殿下」
にっこりと笑って喜びを伝えると、ジェイド殿下の王子然とした顔がかあっと赤く染った。
「今日は、よく星が見えると思いますよ」
雲が晴れるような気分だった。
今日は久しぶりによく眠れる気がした。
番外完結です。お読み頂きありがとうございました!
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続きや続編製作の活力となります!
続編として更に書けたらな、という思いから杏奈はこんな感じのオチになりましたので、更正の余地なしENDが良かった方には物足りなかったかもです……。