番外 After the end 1
杏奈のその後です。
序盤ほぼモブしか話してませんが、本編のあらすじを兼ねて、国民に一連の出来事がどう伝わっているかに焦点を当てました。明日から3日連続で更新予定、全4話です。
とある国には、聖女がいた。
聖女は、神の使いとして『御璽』をその身体に宿し、心麗しく、人々を思う尊き祈りは天を操るという。
それゆえ、聖女の護りを得たその国は、大雨や日照りに悩まされることなく、植物はよく育ち、動物達も穏やかで、人々は貧しくとも平和に暮らしていた。
「おい! もうきいたか?!」
その平穏が崩れたのはほんの少し前。
王宮に突如現れた一人の少女が、当代の聖女アンネローゼから、その地位と能力を奪おうとする事件が起きたのだ。
「偽聖女が、処刑場で謝罪するらしいぞ!」
偽聖女は異界の不思議な力を使って、御璽とその力を奪い、王都周辺の天候をまるで世界が滅びてしまうかのように荒らし、王国史史上、類を見ない大災害を引き起こした。
王太子の指示により第二王子は偽聖女アンナを取り押さえ幽閉。異界の力は長くは続かないものだったのか、聖女が力を取り戻したため、荒れ狂い黒雲渦巻いていた空は、今では何事も無かったかのような快晴であった。
「謝罪? 処刑の間違いじゃないのか?!」
「偽聖女なんて処刑しろ!」
暴動は落ち着いたものの、騒ぎの発端である偽聖女の処刑を望む声は予想を超えて大きかった。
天候が神の気まぐれであることを知る国ならば、ここまで問題にはならなかったであろう。
だが、この国は聖女に平穏を約束された国。
災害に備えてる者などおらず、しかも大災害を起こした張本人が「聖女」を名乗り、意図的にこの悪天候を生み出していたというのだから、許しがたいと思われるのも無理のない話だった。
・・・・・
「それがよぉ、当代の聖女様のご希望らしいぞ」
「は? なんでまた……」
王都は朝からこの話題で持ち切りだった。
誰も彼もが口々に偽聖女と聖女について噂した。
「このような事態になってしまったのは自分にも責任がある、本当に聖女の素質はあったのに未熟な状態で暴走させてしまった、って王子に減刑を申し入れたらしい」
「聖女様は力を奪われたせいで高熱で寝込んでたって話じゃないか、それなのにそんなことを?」
「ああ、それでさ、ここだけの話なんだが、聖女様も処刑場に現れるらしいぞ」
「なんだって!?」
大きな声に周囲が振り返る。
人々の怪訝な目を受けながらも会話は続く。
「おいおい、声がでかいって」
「すまねえ。
……しかし、聖女様ってあの白い塔から出られねえらしいじゃねえか。
他国から誘拐や暗殺を受けたら大変だから、家族どころか王族ですら会うのが難しいって……」
そう、聖女は自分たちの前に姿を現さない。
姿絵などが売られていても、本当に聖女など実在するのか?と疑うものすらいる。
しかし、この国から出れば、天気の様変わりなど珍しいことではなく、いかにこの国が特殊なのかを理解して、だいたいの人間が黙るのだ。
「特例らしいぜ」
「国も教会も、今回は重い腰をあげてるってことか……」
「そんなところだろうな。
処刑じゃねえのは俺も正直不満だが、聖女様を一目みれるっていうなら多めに見てやってもいいかもな」
王族ですら会えない聖女、遠目だとしても一目みれたなら値千金の幸運として自慢話にできるだろう。
「偽聖女には石ぐらい投げてやろうぜ」
「ほどほどにしとけよ。
聖女様の前で人死なんて縁起でもねえ」
「それもそうだな」
「まあ、ただじゃ済まねえだろうな偽聖女も。
それじゃあ旦那、長話に付き合わせて悪かったな」
男の片方が軽く挨拶に帽子をあげて、被り直し、くれぐれもここだけの話にしてくれよ!と念を押す。
「ああ、いい話をありがとよ!」
「いいって、俺と旦那の仲だろう?」
にこやかに笑って帽子の男が踵を返す。
そしてまた同じように知ってる顔を見つけては「ここだけの話」をするのだ。
同じように今その話を教えてもらった男も、今度は自分の知り合いに、さも自分で調べたかのように「ここだけの話」をするのだろう。
・・・・・
「聖女アンネローゼ、面会室にジェイド殿下がお越しです。」
偽聖女の処分については、事件収束の数日後。
改めて謝罪を、とジェイドが訪問してきたところから始まる。
私室ではなく、面会室でアンネローゼを待っていたのは彼なりの誠意だろう。入室したアンネローゼを見ると、ジェイドは立ち上がった状態で深く頭を下げた。
「聖女アンネローゼ、この度は私が連れてきた者が無礼極まりない態度、済まなかった」
「いえ、殿下も苦肉の策であったのはわかりましたので」
そういってやんわりと微笑むアンネローゼは、暴言を吐かれたにもかかわらず、杏奈のことを全く気にしていないようだった。
「アンナ・カンノのことなんだが、処罰を、決めかねている」
「前例がないですものね」
「それもある。
……罰として処刑を望む声も多いが、本来聖女候補になれる人間というのはそれだけで保護対象になる」
そう、大罪人となった杏奈は、しかしその能力だけで見れば、貴重な聖女候補なのだ。
力の制御は年数をかけて仕込むことができる。
「王宮では、君になにかあった時のために生かしておくべきとの声もある」
聖女が途切れず産まれる保証はない。
老婆になるまで務めあげた者も、十数年で代替わりした者もいた。
「……世論的には罰は重くなければならないが、政治的観点から彼女を生かしておきたいと?」
「ああ。もちろん、君が罰を望むのであればどれだけでもつらい罰を与えられる」
「私からは特には。しかし、処分については多少でしたらお役に立てるかもしれません」
こんなことを思いつくなんて、自分はもしかして性格が悪いのではないだろうか。もしかしたら、気にしてないといいつつ、イグナ殿下やジェイド殿下に無礼なことをした彼女に対して怒っているのかもしれない。
アンネローゼはそう思いながら、口を開いた。
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