一話『異世界から降る少女』
その日、王宮に激震が走った。
こことは異なる世界から来たという、少女が突如現れたからだ。
他国からの到着した賓客を迎えるために要人達が集まる大広間の真ん中に、突如目がくらむほど眩しく光る大きな玉が現れた。そして光の玉は徐々に輝きを薄くしていき、代わりにひとつのものが見えてゆく。
少女だ。
眩いばかりの輝きが消え、そこにはあどけなさの残る少女が座っていた。
前例のないことに、状況の対処にあたるべく急遽、魔術師や神官、騎士らも招集されることとなった。
そして、こことは異なる地、『異世界』なる場所から来たという少女「アンナ」は、医者や魔術師、それから国外情勢に詳しい文官と話をし、王族を目の前にしても怖気づくことなく、そしてその場でこう言ったそうだ。
「私、アンナです。この国の聖女です」
・・・・・・
聖女アンナを名乗る謎の少女が現れて、しばらく王宮に滞在することになった旨の連絡がきたそうだ。
「聖女アンナよ」
「はい」
「しばらくの間、お前の元にも王宮から客が来るだろう。……アンナという少女は、お前にも会わせろと言っているらしい」
ふぅ、とため息を吐くのは大司教であり師匠でもあり、私にとっては父のような人だ。
会いたい、と言われても少しばかり困ってしまう。こちらには会う意味や必要がないし、極端な話「聖女」である私を殺して成り代わりを考えている可能性もある。
まだ見ぬ異界の聖女様は、もしかして私とそっくりな見た目だったりするのだろうか……?
この国の第二王子、現宰相のご子息、騎士団員など、他にも何人かに対し彼女は「会わせてほしい!」と言っているらしいが、聞いたかぎりでは関連性が見つからない。
比較的年齢の近い男性が多いらしいが、かなり高位の貴族令嬢をいきなり呼びつけたという噂もあるようで……。
異なる世界から来たなら礼儀もこちらとは違うであろうしあまり大事にもできないが、かと言って大人しくしていて欲しいと言っても聞き入れて貰えていない。
どうやら目の前の手紙にはそんなあまり公にできない愚痴が綴られているらしかった。
「聖女になるのは自分、今聖女アンナがいるのはおかしい、その聖女は偽物……などと言っているらしいぞ」
馬鹿にしたような言い草で、可笑しそうに口元に笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていない。司教としてか、聖女の父としてかはともかく、彼は怒っているらしい。
実の娘のように育てた当代の聖女を偽物呼ばわりしてるんだものね。
王宮としても、彼女の意味不明な言動には困っているが、なまじ何故かこちらの情報を持っていることでどう対処すべきか検討中のようだ。
「私が聖女になり5年ほどでしょうか」
「ん?」
「聖女になりたがる人には初めて会うのかもしれませんね」
聖女なんて美しく優しい癒しの乙女みたいなイメージの呼称かもしれないが、自分からすればそんなキラキラした素敵なものではないのだが……。
「そうだな。とはいえ、向こうが聖女になりたいというからと下げ渡せるものではない。お前には苦労をかけるが、つつがなく聖女たれ」
この部屋に来てから険しい顔ばかりしていた御師様はやっとここにきて本当に柔らかい微笑みを見せた。
御師様のいなくなった部屋で窓の外を見る。
いつも通りの青空。風が人々の汗を拭い、小鳥はさえずり人々に安らぎを与え、草木はほほえみ人々の恵みとなる。
うっすらと浮かぶ雲が出てきたが、人々を暑さから守ってくれるといいな。
そう思いながら私はいつものように日課のお祈りを再開した。