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8.友達


そんなことがあってから、しばらく経った。


クレアは、今日は庭師の手伝いで雑草抜きの仕事をしている。

秀でた能力もなくこれまでの職歴もない身であり、今も下働きとして日によってあちこちで雑用を言いつけられているのだ。その雑用すら最初の頃はまともに出来なかったが、最近ではいい加減ようやく慣れてきて仕事のスピードも上がっている。

庭師に借りた麦わら帽子を被り、クレアはせっせと雑草を抜いていく。長年王女として暮らしてきた所為で肌は弱く、日焼けすると真っ赤になって火傷のようになってしまう為、日除けだけはしっかりするようにしていた。

今のクレアを誰が見ても、フィガロの王女だと思う人はいないだろう。そう考えて彼女は複雑な気持ちで微笑む。


王女という地位に未練はない。こうして日ごとの糧を得て暮らしていくのも悪くないものだ。

だがその一方でクレアにはまだ王女としても矜持と責任が根強く残っていて、ああも腐敗するまで見ていることしか出来なかったフィガロと民への悔恨の気持ちが強く彼女を苛んでいた。

その感情が囮などという危険な役目を受け入れ、自罰的な気持ちに彼女をさせているのだ。


「クレア! お昼にしましょう!」


サナが昼食の包みを抱えてこちらに向かってくるのが見えて、ハッとしたクレアはうーん、と背筋を伸ばす。今日はサナもクレアと同じ仕事を言いつけられていて、朝から二人でせっせと雑草を抜いていたのだ。

昼休憩を告げる鐘が鳴ったので協議の結果、クレアは雑草抜きを続けサナは二人分の昼食を食堂まで取りに行っていた。


「ありがとう、サナ」

「どういたしまして! わぁ、結構進んだじゃない、クレア!」


クレアの傍らに摘まれた雑草を見て、サナが歓声をあげる。

二人は庭に植えられた大きな木に向かい、その木陰で食事を摂ることにした。硬い紙に包まれていたのはパンと蒸し鶏、カットされた野菜。水の瓶に、小さな柑橘もあった。


「あ、果物。嬉しいわ」

「陽の下での仕事だしね、水分も酸っぱいものもちゃんと食べとかなきゃもたないわよ」

「そうね」


サナに言われて、クレアは大きく頷く。

下働きになったばかりの頃は体が疲れすぎて眠れない夜すらあったが、今はぐっすり眠れるし食事の大切さも身に染みて分かる。こうやってだんだんフィガロの元王女から、帝国の平民に移り変わっていくのだろう。


感傷的なクレアを余所にサナは手早くパンを中央で割り、蒸し鶏と野菜をぎゅうと詰めて纏めて食べている。大きく口を開く姿が清々しい。

クレアは水場で手を洗ってから、パンを千切って口に運んだ。蒸し鶏にはゴマのソースが掛かっているので、そちらも小さく千切って食べると柔らかくて美味しい。


「しかし、こう広くちゃ今日中には終わらないわねー……」

「そうね……」


サナが盛大に溜息を吐くと、クレアもややうんざりと同意する。

抜いてはいけない花などがない代わりに雑草を全て抜くようにと言いつけられていて、さすがに二人がかりでも今日中には終わらない範囲だった。

数日はここに通うことになるだろう。


「終わる頃には、最初に雑草抜いた辺りで別の芽が出てるんじゃない?」

「怖いこと言わないで、サナ」


クレアは口元を手で覆って笑った。

実際にそうなると考えるとゾッとするが、サナの語り口が面白かったのだ。そんな彼女は逸早く食事を終え、のんびりと瓶を傾けて水を飲んでいる。

サナの倍の時間をかけてようやく食事を食べ終え、クレアは柑橘の皮を剥いてひと房口に放り込む。すると、すぐさま甘酸っぱい香りが鼻に抜けて、心地いい。

瑞々しい果実は滅多に甘い物を食べる機会のない今のクレアにとって、ご馳走だ。


「美味しい!」


嬉しくなって思わずニッコリと微笑んでいると、ふと視線を感じる。

不思議に思って周囲を見渡すと庭の向こうの外廊下に黒衣の騎士が立っているのが見えて、クレアは柑橘で和んだ気持ちがぎゅっと引き締められる思いがした。

彼が寂しそうにこちらを見つめてくるので、つい手招きたい衝動と戦わなければならない。そちらから顔を背けるのには、力が必要だった。

クレアのそんな様子を、隣で一部始終を見ていたサナが瞳を瞬く。


「黒騎士様にそんな態度を取るのは、あなたぐらいねクレア」

「え?」

「ケンカでもしたの?」

「……」


ライノがクレアの助命嘆願をしたことにより、二人が幼馴染であることやかつて主従関係にあったことは広く知られている。

だがサッパリとした性格のサナは詳しく聞いてはこないので、現在の複雑な状況を説明したことはなかった。どう言えばいいのかクレアが戸惑っていると、サナは明るく笑う。


「あ、いいのいいの。聞き出したいわけじゃないのよ、それに男女のアレコレなんて説明出来ないわよねぇ」

「そういうわけではないんだけど、どう言えばいいのか……ライノのことが大切だから……私達は一緒にいない方がいいのよ」


クレアが唇を噛んで言うと、サナは僅かに頷いた。


「クレアは、責任感が強いのね」

「……これは、責任感なのかしら。大切な人にとって自分が害となるのなら、離れるべきでしょう?」

「それが正しいと思うの?」


サナの大きな茶色の瞳が、こちらを覗き込んでくる。

正しい、と断言出来た行いなど、思えばクレアには一度もなかった。悪辣王女は無力で、ただ愚直なだけ。


「分からない。それでも、正しいと思える選択肢を選んでいくことしか、私には出来ない」

「そう……」


もの言いたげにサナは唇を尖らせたが、午後の作業の為にクレアは立ち上がった。もう廊下の向こうにライノがいるかどうかは確認せず、麦わら帽子を深く被って軍手を嵌める。

この前は彼に傍にいて欲しい、と甘えてしまったが、なんだって一人できちんとこなすべきなのだ。

同時期に下働きとして勤め始めたサナはめきめきと頭角を現し、作業の中では難しいものも任されるようになっている。彼女はとびきり優秀だが、追いつけないにしても足を引っ張るようなことはしたくなかった。


「あーららぁ」


そこで意味ありげにサナが小さく呟いたので、クレアはついそちらに目をやってしまう。外廊下の、ほうへと。

そこにはまだライノが立っていて、いつの間にか現れた下働きの少女達に取り囲まれていた。


「……」


自分から彼を遠ざけておきながら、女性に囲まれているライノを見て傷ついたり嫉妬したりする権利はない、とクレアはまた無理矢理目を逸らす。


「まったく……あの子達、あなたを散々虐めておきながら、あなたのことを大切に思っている黒騎士様に好かれるとでも思ってるのかしらね?」


不愉快気にサナはそう言って、いかにも腹立たし気にズンズンと向こうへと行ってしまった。そのまま見ていると、彼女はかなり離れた場所に陣取ってテキパキと雑草を抜いていく。


その横顔を見ながら、クレアは少しだけ疑問を抱いた。

明るくて捌けていて、器用なサナ。彼女はクレアと同じ時期に下働きに入ったが、どんな仕事もテキパキと器用にこなすし、王城の使用人達ともすぐに親しくなっていっている。

あっという間に下働きを卒業してメイドになると思っていた。だがどんなことでも出来るのに、何故かまだ下働きをしていた。

ひょっとしてクレアに優しくしている所為で、サナに対する上役の心象が良くないのではないか。

クレアは彼女の傍まで向かうと、同じ様に雑草を抜きながら恐る恐る口を開いた。


「ねぇ、サナ」

「なぁに? どうしたの」


真剣なクレアの様子に、サナはこちらに向き直ってくれる。


「その……サナはすごく優秀なのに、どうしてまだ下働きなのかしら……?」


そう告げると、サナの表情が固まった。言い方が悪かった、とすぐに気付いてクレアは両手を振る。


「失礼なことを聞いてごめんなさい。あ、あの、ひょっとして私に良くしてくれる所為で、上役から睨まれているんじゃないかと思って……!」

「……ああ、なんだ、そんなこと」


サナは肩から力を抜いて明るく笑った。


「確かに一度メイドにならないか、て言われたけど断ったの」

「え? すごい……! どうして断っちゃったの?」


優秀だと思っていたが、既にメイドへの昇級を打診されていたとは驚く。サナはクレアの尊敬の眼差しを受けて、なんてことない様子で手を振った。


「だってせっかく下働きの仕事を覚えたのに、メイドになったらまた仕事覚えなおしじゃない」

「そう言われるとそうだけど……皆メイドになりたがるものだと思い込んでいたわ、私」

「まぁあの子達はそうなんでしょうけどねぇ。私は今のままで十分!」


早々にライノに素っ気なくされて、しょんぼりと廊下を去っていく意地悪娘達を指して、サナは意地悪く笑う。


「それに、友達も出来たしね!」


そう言われて、クレアは胸が温かくなり赤面した。

だからクレアは、知らない。







「ええ。クレア嬢は、ブレイク卿とは距離をとっているようです。彼の方はまだ心配して様子を見に来ているようですが……」


その日の夜、サナがある部屋に呼び出されて、何者かにクレアの動向を報告していたことを。



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