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6.下働きのみる夢


 

 フレドリックの執務室を出て、大急ぎで水場に戻ると置きっぱなしだった籠からシーツはかなり減っていた。


「あ、クレア戻ってきた!」

「サナ……?」


 水場ではそれをじゃぶじゃぶと洗う同じ下働きのサナがいて、クレアは驚いて目を丸くする。


「サナ……ああ、そんな。手伝ってくれたの? あなたにも仕事があるのに……!」

「あたしの方は今日の分は終わったからさ。この前手伝ってくれたお礼!」


 茶色の髪に同じ色の瞳という帝国出身の平民であるサナだが、彼女はクレアのことを色眼鏡で見たりせず屈託なく接してくれる唯一の同僚だ。


「てか、手伝いに来たらクレアいないんだもん、ビックリしちゃった!」

「あ、ええと……呼び出されていて……」

「どうせまた、合間に雑用押し付けられてたんでしょ? 断っていいんだよ、あんなの!」


 クレアはその出自の所為で他の下働きにも良く思われておらず、雑用を押し付けられがちだ。いかにも不当なイジメには先程のように言い返すことが出来るが、仕事だ、と言われてしまえば頷くしかない。

 今回は皇太子の呼び出しだったので、どう足掻いても断ることは出来なかったが、それとはまた別の話である。


「……ごめんなさい」

「他の言葉がいいなぁー」


 クレアの落ち込んだ雰囲気を、サナの明るい声が吹っ飛ばす。そこでようやくクレアも笑顔になれた。


「ありがとう、サナ」

「どういたしまして!」


 サナの隣に並び、クレアも別のシーツを洗いだす。正直手伝ってくれるのは、本当に助かるのだ。


「それにしてもコレひどいね、またあの子達にやられたの?」


 クレアは、自分を転ばせてきた下働きの少女達を思い出して苦く笑う。当然のように嫌がらせを受け入れてしまっているクレアが歯がゆく、そんな彼女を虐める下働きの少女達に怒りが募ってサナは憤慨した。


「あの子達、クレアが元王女様で、おまけに黒衣の騎士様と仲がいいから妬んでんのよ」

「……憎まれているんじゃなく?」

「あたし達はフィガロの人じゃないもの、クレアを憎む理由はないでしょ」


 サナにけろりと言われて、クレアは目から鱗が落ちる。


「そうか……確かにそうね」

「そりゃそうでしょ。というか、自分に関わらないのに、クレアがフィガロの元王女だからって理由で憎むなんて勝手じゃない」

「……そう。ずっと、私は全ての人に憎まれているんだと……それが当然だと思ってたわ」


 クレアが目を丸くして言うと、止まってしまって手を咎めるようにサナがぴしゃりとその手を叩く。


「口も手も動かすの!」

「はい!」


 急いで手を動かし始めると、サナは満足そうに笑った。


「クレアは、この世の不幸が全部自分の所為だとでも思ってるの? そんなわけないじゃない!」


 明るく笑い飛ばしてくれるサナの笑顔は、深刻に考えがちなクレアにいつも光を齎してくれる。


「本当に、ありがとう。サナ」

「いいってことよ!」


 サナのおかげでなんとか午前中にシーツを洗い終え、干すことが出来た。だがやはり、パリッと乾くには時間が足らなかった。

 皇太子殿下に呼ばれていたことは極秘だし、フレドリックはそのフォローをしてくれるほどクレアには配慮してくれないので、彼女は上役に叱られて夕食を抜かれた。サナは当然のように自分の分を分けてくれようとしたが、それはきちんと断った。

 手伝ってもらった上に、そこまでしてもらうのは申し訳ない。


「下働きって大変ね……」


 下働きの宿舎に戻り、粗末な宿舎のベッドに寝転んだクレアはぽつりと零す。

 王女だった頃には全く知らなかった世界だ。仕事は散々だったし、食事は抜きだし今日は悪い日だった。

 だが、ライノの顔が見れたので、幸福だったともいえる。単純な自分に、クレアは笑いが込み上げてきた。


 本当は、ライノの望みがただ「クレアが幸せに生きていること」なのだとしたら、フレドリックに頼んで皇城から遠く離れた地方の村にでも追いやってもらえばいいのだ。

 きっとそこでのほうが、こんな風に周囲から「亡国の悪辣王女」として無碍に扱われるよりもマシな暮らしが出来る。


 それが出来ないのは、ライノがクレアを放したがらないこともあるが、クレアの方もせめてライノの傍にいたい、と願っている所為だ。


 どんな境遇になっても、せっかく再会出来たライノの姿を見ていたい。時折話が出来たら、食事抜きでもこうして幸福な気持ちで一日を終えることが出来る。

 彼の優しさを拒否しているくせに、でも完全には離れたくない。ライノにとっても迷惑な話だろう。

 そんなずるくてみっともない葛藤が、クレアの身の内で常にとぐろを巻いているのだ。

 ライノの為を思えば他にもっといい方法がある筈なのに、それを選ぶことの出来ない自分の弱さがクレアは嫌いだった。


「……愛してる、なんていう権利は私にはないのよ」


 わざと声に出してみると、驚くほどクレアの心を締め付ける。


 しかし、フィガロ政権の生き残りが動いているとなると、さすがにそろそろ潮時だ。

 クレアの命が助かったのは、ライノの嘆願のおかげだけではない。

 一部のフィガロの民も、それを望んでくれたのだ。勿論人数は少なかったが、こっそりと民を逃がしたり財を分け与えたり、クレアが出来る精一杯をしていたことを知っていた人達は、クレアが生き永らえることを望んでくれた。

 そして何より、今回のようにフィガロの残党が動き始めた時に囮になる為に帝国はクレアを生かしていて、彼女はそれをよく理解していた。


 クーデターは何も、突然起こったわけではない。

軟禁状態だったクレアさえ感じ取れたのだから、政治に関わっていた大臣達には動きは詳細に伝わっていただろう。事が起こる前に、彼らは沈む泥船からさっさと降りていたのだ。

 そんな彼らが、フィガロ時代の甘い汁の味を忘れられなくて、クレアに接触してくる、とフレドリックは言った。


 今更クレアを担ぎ上げる意味だけは理解出来なかったが、帝国の目論見通り、無防備で何の力も持たない亡国の姫にはそれぐらいしか利用価値はない。


 空虚な看板か、囮としてしか、クレアにはもう価値がなかったのだ。



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