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3.革命前夜

 

 その夜。

 突如として轟音が鳴り響き、寝所で横になっていたクレアは飛び起きた。

 もう長い間深く眠っていない彼女は、すぐさま傍に置いてあった喪服の上着を着こみ、革靴に足を突っ込むとベッドを飛び出す。

 それから首に琥珀石をきちんと提げていることを確認し、枕の下から鞘に収められた小さなナイフを引っ張り出した。


 窓から外を確認したが、城下は騒ぎになっている様子はない。

 どうやら何者かに攻めこまれているのはこの城だけらしい。それだけは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 ついでクレアはナイフを隠し持ったまま、廊下へと続く扉をそっと開いた。扉の向こうは騒がしく、慌ただしく大勢の人が走りまわっていた。その誰もが焦った様子で、あちこちで怒号が飛び交い遠くで何かが壊れる音がしていた。


「何が起きているの……?」


 廊下を走る衛兵や使用人達の姿、それから見慣れない紋章の鎧で武装した騎士達。ドォンッとまた遠くで大きな音がして、地面が揺れた。


「ひゃっ……!」


 その衝撃で壁にぶつかったクレアは、怯える膝を叱咤して前へと進む。事態を把握している人を見つけて、必要ならば手助けをしなければ。

 父・オーギュストには子供はクレアしかいなかった為、いずれ国を背負って立つべく政治に関する知識は幼い頃より叩き込まれた。その為権限の及ぶ程度の書類は処理することが出来たが、まさか父もクレア自身が戦うことは想定していなかったのだろう。

 ナイフを持っていても、所詮小娘に過ぎない彼女には戦う能力も力もない。


「あ、ちょっと! 何が起きているか、分かる者はいるかしら!?」


 通りがかった衛兵を呼び止めたが、相手が悪辣王女だと認めると慌てて逃げて行ってしまう。がしゃがしゃと鎧の軋む音をたてて走り去る衛兵を見送って、クレアは苦く笑った。


「自分で仕向けたこととはいえ、人望がないことのなんと辛いこと……」


 仕方なく、彼女は玉座の間へ向かうことにした。

 少なくとも有事の際、王はそこに向かう筈だし大臣達も同様だ。さすがのジェラールもまさか、逸早く逃げている、なんてことはない。と、思いたい。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人達に避難経路を伝えながらも、クレアは廊下を小走りに駆けて急いだ。


 ようやく玉座の間にたどり着くと大きく扉は開け放たれていて、異国の騎士がまさにジェラールに剣を向けているところだった。


「叔父様!」


 思わず叫ぶと、ジェラールはハッとクレアを見遣る。


「……そうだ。そうだ! あの女! あの女が正統なこの国の後継者だ!!」


 突然そう言われて、クレアは困惑した。

 いつの間にか扉の前に立つ彼女のところまで別の騎士が来ていて、彼女は中央へと導かれる。

 ジェラールに剣を向けている黒鎧の騎士はクレアをじっと見遣る気配がしたが、兜越しでは意味は伝わらない。


「叔父様? 一体何がどうなっているの……」


 入口からは見えなかったが、叔母と従兄は既にロープで縛られて部屋の隅に座らされているのが視界に入りゾッとする。


「こいつらは、帝国の騎士だ! フィガロの難民からの要請で、王政を廃止しに来たと言っている!!」


 ジェラールが大声で言い、唾が飛ぶ。

 周囲は騒がしいが玉座の間だけは静かで、彼の声はひどく響いた。


「王政を、廃止……」


 こんな物々しい様子で王城に乗り込んできて、ただ穏便に仕組みを変えるというだけの筈がない。つまり、王の首を刎ねるということだ。

 そこでクレアは、ベリルが先日言っていたことだと思い当たる。

 民衆が助けを求め他国に働きかけている、と。まさか相手が大陸で一番大きく権勢を誇る帝国で、その上実際に帝国が動いたとは驚きだ。

 非現実的で、思わずぼんやりと考え込んでしまったクレアの頭をガッと掴んで、ジェラールはクレアを無理矢理跪かせた。


「っ!?」

「王の血筋は、この女が正統だ! 殺すなら、こいつをやれっ!!」


 それを聞いて、クレアは意味が分からなくて混乱する。確かに自分は先代王の娘なので王族だし、乱れた王国の責任を取って罰を受けるべきなのだろう。

 とはいえ、それを他ならぬ現国王のジェラールに言われるのは、意味が分からない。帝国の騎士達からも戸惑った様子が伝わってくる。


 だが、それ以上にジェラールの前に立ち剣をこちらに向けている黒鎧の騎士から明らかに殺意のような、怒りのようなものがにじみ出ているような気がして、クレアは震えあがった。

 フィガロ王族に強い恨みがある人なのだろうか?

 ジェラールの言葉よりも黒鎧の騎士の方が気になって、ぶるぶると震えているとその彼が動いて、ジェラールの腕を外させた。

 それから恭しい仕草でクレアは立たされる。


「?」


 何一つ状況も意味も分からなくて、ただクレアは騎士を見上げて首を傾げた。その拍子に、喪服の首元から琥珀石のペンダントが見える。

 ハッとした様子の黒鎧の騎士から、途端先程まで冷え冷えと漂っていた怒気が消え、ますますクレアには意味が分からない。


「何をする! そいつは王の娘だぞ!」

「……王は、お前だろう」


 黒鎧から抑えた声が漏れる。低く、耳に心地いい音だった。


「俺じゃない! 俺はその娘が王座に就くまでの、中継ぎだ。そもそも俺は王家の血も引いていない!!」

「え?」


 ジェラールの突然の言葉に、クレアは目を丸くする。足元が震え、頭の中を誰かがガンガンと殴っているかのような衝撃を受けた。


「俺は第二妃とその側近の男が不義密通して出来た子、フィガロ王家の血は一滴も流れていない!! 真に罰せられるべきは、王家の血を引くその女だ!!」


 錯乱したかのようにどんでもないことを叫ぶジェラールに、クレアは眩暈がした。

 王の一族ではない? ではジェラールは、今まで何を理由にあの尊い椅子に座って、威張っていたのか? 何故あれほどまで国を放り、己の快楽だけを追求してきたのだ。


「帝国の騎士ども! 殺す相手を間違えるなよっ!」


 見苦しく叫ぶジェラールの前に、クレアは強い意志を持って立ちはだかった。後ろで黒鎧が戸惑う気配がする。

 最初は彼が恐ろしく当然ちっとも気持ちは分からなかったのに、今は何故かよく伝わった。


「なんだ、クレア。お前だって悪辣王女として好き勝手やってきたんだ、偉そうなことは言えないだろう……っ!?」


 皆まで言わせずに、クレアはジェラールの頬を平手で叩いた。

 パシン、と音はしたものの、非力な彼女の力ではさしてダメージにはならない。しかし、その行動にジェラールは激昂した。


「何をする馬鹿者!!」

「馬鹿はあなたでしょう!!」


 負けじと怒鳴り返す。


「私が罰を受けるのは当然。そして仮初であろうと嘘であろうと、この玉座に座っていた男として、あなたも罰を受けるべきだわ!」

「な……」

「みっともない真似はやめなさい、見苦しい!!」


 クレアの鋭く叱る声が、弾丸のようにジェラールを打つ。

 これまで自分に対しては大人しくただ我儘なだけの美しい少女だと思っていた姪が、まるで女王のようにその場に君臨して、自分よりもはるかに年上の叔父を叱っているということに衝撃を受けたのだ。

 周囲は唖然とし、捕縛されて床に転がされている王妃や王子もぽかんとしている。

 

「民に拒否された王など、不要です! 私もあなた達も、潔く己の本分に殉じましょう」


 クレアが揺るぎない決意をもって、ハッキリとそう言うと黒鎧の騎士が少しだけ笑ったのが、分かった。




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