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17.手を繋いで

 





「それは……ええと、とんだことで……」

「いや本当に。秘密裏に侯爵一派の足取りを追っていたのでは、人手も時間も足りなかっただろうから助かったと言えば助かったんだが……」


 フレドリックとしてはクレアを囮にしたことは伏せておきたいし、ニールス侯爵以外のフィガロ政権残党を芋ずる式に一網打尽にしたかった。

 しかし結局、今回捕まえられたのは侯爵一派だけだったのだ。大捕り物にした所為で騒ぎになってしまい、他の残党は地下に潜ってしまったようだ。

 ニールス侯爵は一番の大物であり、今度残った残党達だけではフィガロ再興は難しいと予想されるが、それでももっと捕まえたかった、と言うのがフレドリックの本心らしい。


「姫様を囮にしないと捕まえられない、ヌルいことをやってるお前が悪い」

「それは確かに返す言葉もないな」


 ライノの言葉にフレドリックは疲れた様子で同意し、それから変な顔をした。真剣に話を聞いていたクレアは、首を傾げる。

 そこで繋いだままだった手をライノに引かれて、そちらを向いた。


「だから、ヌルいことはやめることにしたんです」

「ん?」


 ぱちぱちと青い瞳を瞬くと、見つめられていることがこの上もなく嬉しい、とライノは笑った。


「姫様の手を煩わせるまでもない、フィガロ残党は俺が全部捕まえて牢にぶち込むことにしました」


「まぁ……! それは誉れ高い黒衣の騎士の仕事じゃないでしょう⁉︎」


 帝国にとって、残党狩りは目障りなネズミ捕りのようなものだ。フレドリックが直々に指揮しているのも意外だったのに、帝国最強の騎士の仕事ではない。フレドリックは深い溜息を吐いている。


「姫様を守るのは、俺の役目だよ」

「と、言い張るのでもう……俺に止めることは出来ん」

「えぇ……?」


 活き活きとしているライノとは対照的に、頼みの綱のフレドリックはすっかり疲れきった様子だ。

 クレアがメイド達に磨き抜かれている間に、この部屋で彼らはどんな話し合いをしたのやら。チラリとテーブルの残骸を見て、深く考えることを放棄した。


「任せてください、姫様。俺、猟は得意なんです」


 にっこりと笑うライノは、幼い頃の面影があって可愛い。だが、内容はとんでもなかった。


「で、殿下……止めてください。この子、本気です」

「クレア嬢こそ止めてくれ、こいつの飼い主はあなただろう」


 二人で責任と押し付け合うが、当のライノは晴れ晴れとした顔をしている。


「だからもう、姫様は城で下働きなんてしなくていいんだよ」

「あ……」


 言われてみればそうだった。クレアが皇城で下働きをしていた表向きの理由は、囮になる為だ。

 その口実がなくなった現在、城を出て地方の村に移住しても、囮を依頼していたフレドリックとしては構わない。あとは口実を隠れ蓑に、ライノの傍にいたかったクレアの気持ちだけだった。

 そう考えて顔を上げると、向かいのソファに座るフレドリックはとても苦々しい表情を浮かべていた。ハンサムな皇太子殿下が台無しの顔である。


「殿下?」

「あー……俺は、今回の件はあなたに対して本当に申し訳なかったと思っている。ひとつ、借りだ」

「はい……?」


 まるで市井の少年のようにガリガリと頭を掻いて、フレドリックは言葉を絞りだす。

 話の見えないクレアは首を傾げた。この件に関しては先程謝ってもらったばかりだし、借りという軽い言葉は好まないが、貸しだとも思わない。

 フィガロに関することは、クレアこそ当事者。囮だって望むところだったし、いざという時の覚悟もそれなりにしていた。


「…………あと、ライノからの申し出を、断り続けるように仕向けていたのもバレてだな……」

「まぁ…………」


 さてはテーブルはこの時無惨な姿にされてしまったね、とクレアは確信した。

 クレアの物言いたげな視線が、フレドリックに痛いほど突き刺さる。

 この件に関しては言わば二人は共犯者であり、ライノを手放したくないフレドリックと、ライノに捕まりたくないクレアとで利害が一致していた。それを簡単にバレてしまったなどと言われては、つい失望をあらわにしてしまっても無理からぬことだろう。

 チラリと見ると、ライノの方もフレドリックを睨んでいた。


「これ以上あなたに干渉するならばライノを敵に回すことになる、そんなことは俺は御免だ。……と、いうわけで俺はあなたから手を引くことにした」

「そんな、ひどいです殿下……」


 クレアがつい愚痴ると、フレドリックはヤンチャな子供のように笑った。


「そんなわけで、あなたはただのクレアで、自由だ。自分の身のフリ方は自分で決めてくれ。借りがあるから、どう決まっても手伝うことは約束する」

「そんな急に、しかも一方的に言われても困ります……」


 クレアが困惑して焦った口調で言うと、未だに繋がれたままだった手をライノが引く。


「大丈夫だよ、姫様。俺がいるよ」


 全然大丈夫じゃない。大丈夫じゃないのだ、ライノがいるから。

 フレドリックからのプレッシャーやフィガロへの責任感なくして、ライノからの提案を断り続けることは難しい。クレアだって、ライノのことが好きなのだから。

 囮としての役目が終わっても、輝かしい黒騎士の相手として悪辣王女が相応しくない事実は変わらない。

 まだこの件についてクレアは落ち着いて考えられていないのに、刻一刻と変わっていく事態に頭がついて行かない。


 その後、話しは済んだとばかりにフレドリックは帰ってゆき、クレアとライノが応接室に残された。相手は皇太子だというのに、見送りもしないことに驚く。

 フレドリックの方もそれを当然と捉えているようだった。


「……それにしても、あなたと殿下は本当に親しいのね」


 クレアは彼ら二人が揃っている姿を見るのは今日が初めてである。

 ずっとフレドリックから、ライノのことを特別に思っていることは聞いてはいたものの、主従関係としての色が強いのだとばかり思っていた。


「どうなんでしょう……知り合った時のままの態度でいて欲しい、と言われたのでそうしているだけなんですが」


 ライノは僅かに眉を顰めた。

 皇太子であるフレドリックの気持ちが、元王女のクレアには少しだけ分かった。対等な関係の友人というものは、得難いものだ。ライノの阿ることのない態度が、フレドリックには心地よいのだろう。


「殿下にとって、あなたは自慢の友達なのね」


 正直なところクレアにはフレドリックを好ましく思うのは難しいが、帝国に来たばかりのライノにとってフレドリックはいい友人だったのだろう。二人の少年時代を思うと、微笑ましい気持ちになった。


「アイツのことはどうでもいいですよ。それより姫様、せっかくなので庭に行きませんか? 庭師がとても綺麗に整えてくれてるんです」


 まだフィガロが平和で、ライノとクレアが一緒にいた頃。クレアは花が大好きでよく庭で過ごしていたことを、彼は覚えていたのだ。


「……ええ」


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