16.ようやく
監禁されていた部屋の外に出ると、その屋敷にはそこら中に大勢の帝国の騎士がいて、彼らはニールス侯爵の手下を捕縛していた。
聞けば最初にライノが窓を壊してクレアのいる部屋に突撃すると同時に、騎士達は玄関や裏口から突入していたのだという。人質であるクレアの安全はなんとしてでもライノが確保するので、他は全て彼らに任せた形だ。
クレアは目の前で起こるライノの戦闘に気を取られていて気付かなかったが、部屋の外も大変な喧噪で満ちていたのだ。
「さ、行きましょう、姫様」
「ええ。でも私ここがどこなのかわからないの。手間を取らせて悪いのだけど、皇城までの道を教えてくれる?」
「何言ってるんですか、姫様はもう皇城に戻る必要なんてないでしょ?」
「え? えぇ?」
その後、クレアはその足でフレドリックに報告に行こうとしたのだが、後始末を他の騎士に任せたライノに彼の屋敷へと連れて行かれてしまう。そしてたどり着いたそこで、大勢の使用人達に賓客として手厚い持て成しを受けることとなった。
「ライノ、私フレドリック様に報告を……」
「いいのいいの。誰かが説明しているし、詳しいことはニールス侯爵自身が白状してるでしょ」
「でも……」
「姫様、今は平気かもしれないけど、拐われて心身共にショックを受けているんですよ。報告はゆっくり休んでからでも、遅くないよ」
「ライノ……」
クレアが困って眉を下げると、それをじっくりと見たライノが一つ頷いた。
「分かった。じゃあ俺からフレドリックに連絡しておくよ。それなら、今日はお休みに出来るでしょう?」
「うん……それなら。連絡、お願いしていい?」
「勿論!」
城への連絡はライノが快く引き受けてくれたので、クレアはようやく落ち着くことが出来た。
ライノ屋敷のメイド達は心得ていて、クレアの世話をとても親切に焼いてくれる。久しぶりにたっぷり湯を張ったバスタブに浸かり、ぴかぴかに磨かれ肌をつやつやに保湿され、最後にシンプルだか仕立てのいいドレスを着せられた。
勿論、ニールス侯爵に殴られた頬は医者に診てもらい、丁寧に治療を受けた。
そうして、まるで貴族令嬢のような装いになったクレアが応接室に姿を現すと、ライノがすぐさま駆け寄ってくる。
「姫様! よく似合うね、可愛いです。それにいい匂い」
「恥ずかしいから、嗅がないで……」
犬のように擦り寄ってくるライノに、クレアは顔を赤くした。
「姫様が俺の家にいるなんて夢みたいです。服は急だったから既製品を買ってきてもらったけど、今度ちゃんと作りに行きましょう」
「何を言っているの、あなたは」
クレアははしゃぐライノが可愛らしくて、つい苦笑してしまう。
着の身着のままで誘拐された為身支度の為に一時的にここで世話になったが、クレアはこの後はまた下働きに戻るつもりだ。
服を作ってもらっても、着る機会なんてない。
「おーい。お二人さん、そろそろいいか?」
突然聞こえた声にクレアが驚いてライノの横から顔を出すと、皇城にいる筈のフレドリックが脚を組んでソファに座っていた。上等だが暗い布地の衣服を身に纏っていて、お忍びの様子だ。
「皇太子殿下……!」
慌てて礼を執ろうとしたが、何故かフレドリックの前には恐らく元はテーブルだったものの残骸があって、首を傾げる。
天板の真ん中から真っ二つにひしゃげて砕けていて、その勢いを受けてテーブルの脚も折れていたのだ。
「……?」
気になりすぎてクレアが戸惑っていると、ライノが手を引いてフレドリックの向かいのソファへと導いた。
「気にしなくていいよ、姫様」
「いや、気になるだろコレは」
「お前がこうなってるよりは、マシだろ?」
クレアと並んでソファに座ったライノは、冷たい目でフレドリックを睨む。
「まぁ! あなたがやったの? ライノ」
「だってコイツが、姫様のことを囮になんてしたから許せなくて」
ぎょっとしてクレアが問うと、叱られた子犬のように彼はしゅんとする。分厚い天板が割れるほどの力で殴ったのだとしたら、ライノの手が心配で慌てて彼の手を引いた。
「怪我はない?」
「平気だよ。心配しくれるんですか?」
ライノは嬉しそうだが、クレアには信じられない。昔からライノは具合が悪くても大丈夫と言い張る頑張り屋だったのだ。
自分の膝の上に大きな手の平を置いて、骨に異常はないか怪我はしていないかと真剣に見つめるクレアに、ライノはパッと顔を赤くする。
ライノからすれば、クレアのほうこそ自分ではしっかりしているつもりなのに世間知らずで天然なところがあるのだ。そこがたまらなく可愛いのだが。
「えぇ……ライノ、お前、クレア嬢の前じゃめちゃくちゃ猫被ってるんだな」
フレドリックが失礼なことを言うが、今幸せの真っただ中にいるライノには関係ない。
「姫様といる時の俺が素に決まってるだろ。お前には比較的冷たく接してるけど」
「俺上司かつ、皇太子なんだが?」
「今まで通り友達として接しろ、って言ったのはお前だろう」
「ここまで塩とか聞いてない」
ぽんぽん飛び出す応酬に、クレアは目を丸くした。
フレドリックがライノのことを友人として大切にしているのは知っていたが、ここまで親しく気さくな関係だとは予想外だ。
ぽかん、としているクレアに気付いたフレドリックが、わざとらしく咳払いをして不毛な会話を打ち切った。
「あーそれでだ、俺が直々にここに来たのは他でもない」
「……はい」
クレアはソファに座った姿勢で居住まいを正す。
緊張して手が震えたが、膝に置きっぱなしになっていたライノの大きな手が重なって、ぎゅっと手を繋いでくれた。
「まず、囮にすることを了承してくれたあなたのことを、守り切れず誘拐させてしまったことは申し訳なかった」
フレドリックが謝罪の言葉を口にしたので、クレアは慌てて首を横に振った。
「殿下、謝ったりしたら……」
「これは友人の屋敷への、非公式な訪問だ」
キッパリと言われて、何故自分が皇城ではなくライノの屋敷でフレドリックと相対しているのか、クレアは納得する。
この皇太子は嫌味だし、クレアのことを決して好いてはいないが、自分の失態をきちんと謝りたくてこの場を設けたのだ。
「大丈夫です。ライノが……助けてくれたので」
ちらりと視線でライノを窺うと、彼はたまらなく愛しい、という雄弁な瞳でこちらを見ていた。恥ずかしくなって、クレアはすぐに視線を逸らす。
「許してもらえるなら、俺もこのテーブルと同じ運命を辿らずに済むから助かるよ」
フレドリックはヤレヤレと溜息をついて、クレアがニールス侯爵に誘拐されてからの事のあらましを教えてくれた。
あの時逃がしたサナは無事城に辿り着き、侯爵が現れた件はすぐにフレドリックに報せがいった。
しかし帝国側が追いかける頃には、協力者のおかげでニールス侯爵一派は既に城を出て行ってしまった後だった。
そのタイミングで皇城を出て行った者は業者なども含め何人もおり、誰が侯爵一派なのか絞ることは出来ない。だから仕方なく、その時間帯に出て行った全ての者を至急追跡させることとなった。
「…………それは、かなり大がかりだったのでは」
驚いて、思わずクレアは口を挟んだ。
下働きとなってから知ったことだが、城には終始大勢の者が出入りしている。いくら時間が絞られるからといって、全てとなるとかなりの数に及んだだろう。
フレドリックは頷いて、深い溜息をついた。
「……仕方がないんだ。サナが報告に来た時に」
「サナ! サナは……あの、殿下、サナは無事ですか……!?」
サナの名前が出たので、ようやくそこに思い至ってクレアは慌てた。
当然彼女が駆け込んでクレアの誘拐を知らせてくれたからこそあそこまで早くライノが駆け付けてくれたのだろうけれど、皇太子であるフレドリックの耳に入るまでに情報元のサナは嫌な思いをしなかったのかが気がかりだった。
「無事だ。彼女はそもそも、俺があなたに付けた見張り役だからな」
「え……サナが?」
フレドリックの言葉にクレアは目を丸くする。
友人が実は見張りだったと聞いて、クレアが傷つくことを心配してくれたのだろう。膝に投げ出していた手を、ライノがぎゅっと握ってくれた。
しかしクレアの心は意外にも落ち着いていた。当初からサナが何くれとなく自分に親切にしてくれたことに答えが得られてスッキリしたぐらいだ。
「あーだから、サナが報告に来た時にコイツもいてだな……」
フレドリックがそう繰り返し、コイツと言われたライノは鼻白む。
「俺に秘密で、姫様を囮になんかするからだ」
「言ったら絶対反対してただろうが、お前は」
「当たり前だ」
ライノはキッパリと言いきって、話を先を促すように顎をしゃくる。その横柄な態度にクレアは驚いたが、フレドリックは慣れた様子で話を再開した。
「サナの報告の際に執務室にはライノも在室していたので、あなたを囮にしようとしていたことが全部コイツにバレた。それからは、ライノが出て行った者を全て追尾するように、自分の部下に号令を掛けやがったんだよ……」
「まぁ……」
ライノは、帝国最強の黒衣の騎士。
一人の騎士としては、破格の地位と権力が与えられていた。精鋭部隊を任されているのは勿論、別隊であってもその強さに憧れている者も多くいる。
だがライノ自身はクレアの為に強くなった為、権力をひけらかすことも、行使することもこれまでなかった。そこにきて、他ならぬクレアが誘拐された為に、怒り狂ったライノの大号令。
日頃彼の役に立ちたいと願う部下や信奉者達は奮い立ち、大捜索が行われた次第だった。
大勢が協力してくれたおかげでニールス侯爵一派の足取りは異常な速さで発覚し、最後はライノが自ら突撃、あとはクレアも見ていた通りである。




