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15.何度でも手を伸ばす

 

 万が一にも生き残ってはならないが、当然自刃など初めてで単純な恐怖が込み上げる。でも、確かに開放される喜びもあった。

 王女としての立場に苦しみ続け、下働きとなってからも自分を責め続けた。これが不甲斐ない自分への罰なのだと言い聞かせてきたが、楽になりたい気持ちもあったのだ。

 元々フィガロが滅んだあの夜にクレアはジェラール達と共に首を刎ねられる筈だった、だからあるべき状態に成るだけ。

 しかしこんなことなら、やはり、仕事を終えた後の約束なんてするべきではなかった。


 ごめんね、ライノ。


 心の中で、彼に謝るとクレアは短剣を掴む手に力を込めた。


 その瞬間、ガシャンッ! と、大きな音をたてて窓ガラスが割れ、窓枠が吹っ飛んで反対側の壁に当たって無残に砕けた。


「え……」


 ニールス侯爵とルーカスが立つ扉側と、クレアの立つベッド側のちょうど真ん中にあった窓は、今や開口部だけの状態になっている。

 そのぽっかりと空いた箇所から、何でもない様子で部屋に入ってきたのはライノだった。いつもの黒衣の騎士服、腰に大剣を提げている凛々しい姿。

 その顔は怒りに満ちていたが、クレアを見てホッと表情を和らげた。


「二度と俺を置いていかないでくださいね、姫様」

「ライノ……」


 呆然と呟くと、ライノは悠々と歩み寄って短剣を取り上げてクレアの腕の拘束を解く。


「あなたの剣は俺です、あなた自身が持つ必要はありません」

「……どうしてここが……どうやって……?」


 彼が目の前に立っていても、クレアにはまだその事実が信じられない。そんな彼女に、ライノは僅かに目元を和ませた。


「後で説明します。すぐに片付けますから、少しだけ待っていてください。いいですか?」


 優しく言い聞かされて、クレアは呆然としたまま頷く。それを確認したライノは、こちらも呆然としている侯爵とルーカスに向き直る。


「なんだお前は!」

「奴を倒せ!!」


 それからは、一瞬だった。

 ライノは素早く動き、まず見張りの男を蹴り飛ばすと、その勢いを利用してすぐさま第二撃として回し蹴りを侯爵へと叩き込んだ。

 独楽のようにくるりと回転したライノの姿は、クレアの目にはまるで踊っているかのように見える。

 あっという間に二人を昏倒させた彼は、ルーカスに対峙して舌打ちした。


「お前か」

「黒騎士……お前は今朝遠征任務に出た筈だろ」


 ルーカスが青褪めて呻くと、ライノは凶悪な表情を浮かべる。


「俺もお前も、フレドリックに騙されたんだよ」


 言うや否や、ライノはルーカスへと殴りかかる。

 ルーカスはバックステップで避けたがその動きは誘導されたもので、無防備になった脇腹にライノの痛烈な蹴りがまともに入った。


「がっ……! う……!!」


 すかさずライノはルーカスの顔にパンチを叩きこんで脳を揺らすと、気絶させる。

 そして倒れるルーカスをもはや確認することなく、ライノは宣言通りまたすぐにクレアの傍へと戻ってきた。


「おまたせ、姫様」


 褒めて欲しい子供のようにこちらを見つめて少し屈んできたので、クレアは戸惑いつつもライノの銀糸の頭を撫でた。すると彼はその手を取って頬を押し付けて来る。


「よかった……無事で」


 しかしそこでふとクレアの頬が赤くなっているのを見つけて、途端ライノの目が険しくなった。


「それ、殴られた痕ですか? 誰にやられました?」


 これは言っちゃいけないやつ、と思ったが、クレアはつい床に倒れているニールス侯爵に視線を向けてしまう。


「あ」


 しまった、と思った時すでに遅く、クレアの手の平にちゅっ、とキスをしたライノはそのままくるりと振り返り、倒れた侯爵へとトドメを刺すべく向かっていく。


「ライノ! 落ち着いて! かすり傷だから!」

「あなたに傷をつけた奴に、生きてる権利なんてないでしょう?」

「いいからっ!」


 クレアはライノの背中に体当たりするようにして抱き着いて、彼を止める。

 先程目にしたライノの強さでは、本気で侯爵の息の音を止めかねない。侯爵が死んでしまっては、フィガロの残党の情報を得られなくなってしまう、クレアの囮としての犠牲も無駄になるのだ。

 離すものか、とライノの体に回した腕にぎゅっと力を入れると彼はぴたりと停止する。


「……ライノ?」


 やけにのそのそとライノがこちらに向き直ったので、クレアは不思議に思い彼の顔を見上げて驚く。いつもは顔色ひとつ変えないというのに、今は頬が朱に染まっていたのだ。耳まで赤い。


「大丈夫?」

「姫様に抱きつかれて、大丈夫なわけがないでしょう……」

「抱き……わ、私、そんなつもりじゃ……!!」


 体を張って止めていただけのつもりだったが、確かに抱き着いていた。それにようやく気付いたクレアの顔も、真っ赤に染まる。

 二人して向かいあって赤面していると、扉の外で大きな歓声が上がる。それに驚いて怯えたクレアに、ライノはそっと手を差し伸べた。


「大丈夫です、姫様」

「……でも」


「今のは俺が率いてきた騎士達の声です、勝鬨を上げたんでしょう」

「?」


 意味はわからなかったが、クレアは差し出された手に自分のそれを重ねる。そうすると、ライノは面映ゆい様子で口元を綻ばせた。


「やっと俺の手をとってくれた、姫様」

「……」


 そういう意味じゃないと言いたかったが、ライノが嬉しそうなので言わないでおいた。

 あれほどフィガロへの思いがあった筈なのに、自死を覚悟した時に脳裏に浮かんだのは、ライノのことばかり。

 ライノに告げるかどうかはまだ決めきれないが、クレアはもう自分に嘘をつくのだけはやめようと考えていた。


 薄情だと言われても、責任感がないと罵られても、いい。クレアにとって、一番大切で愛しいのはライノなのだ。


「助けにきてくれて、ありがとう。ライノ」

「俺、今度は間に合ったでしょう? 褒めて、姫様」


 そう言った彼は紛れもなく、可愛くて愛おしい、クレアのライノだった。



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