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13.彼のことすら守りたいと思った時があった

 

「なっ!? 姫!」


 まさかあの大人しかった“フィガロの王女”が、ここまで思い切った行動に出るとは考えていなかったニールス侯爵は、完全にフイを突かれて倒れ込む。

 倉庫の外にはニールス侯爵の協力者である男達が四・五人いたが、皆突然のことに動けずにいた。その隙を突いて、クレアは構わず彼らの包囲の隙間からサナと共に駆け抜ける。


「逃がすな!」


 小屋の中からのニールス侯爵の怒声に、慌てて男達が追いかけて来た。

 この倉庫は皇城の端にあり、彼女達の足では城に到達するまでには男達に捕まってしまうことは明白だ。そして端にあるがゆえに、騒ぎを聞きつけて城で働く誰かが気づいてくれる望みも薄い。


 背の高い木が植えられた人工の小さな森のようなゾーンに来ると、クレアはサナを抱きしめて木の影に隠れる。男達は気付かずにすぐ傍を駆けて行き、少し先で立ち止まってキョロキョロとクレアを探しているのが見えた。

 走ってきた所為だけではなく、恐怖に身が竦んで鼓動が激しく跳ねる。


「クレア……」


 心配そうにこちらを見るサナに、しかしクレアはわざと強気に微笑んでみせた。

 自分はもう王女ではないし、そもそも王女の時だって民を助けることは出来なかった。でも今は、優しくしてくれたサナを信じて、守ってあげたい。


「私が囮になるから、あなたは向こうへ逃げて」

「そんな……!」


 サナの瞳が驚きに揺れ、クレアの腕を掴む。


「大丈夫。元々囮になる予定だったし、彼らは私の命を取ったりしないわ」


 死ぬ方がマシな目には遭うかもしれないが、とチラリと考えたが勿論口にはしない。

 ニールス侯爵に必要なのは「フィガロの王族の生き残り」だ。この煌めく瞳を持ったクレアを担ぎ上げる為に、生かしておく必要がある。


「二人纏めて捕まるか、私だけ捕まるか、は大違いよ。あなたは逃げて、助けを呼んできてちょうだい」


 優しいサナが断りにくいように、クレアはわざとそう言った。彼女が頷いたのを確認して、クレアは城とは逆方向に走り出した。


「いたぞ!!」


 ガサリと木々の揺れる音がして、追手の男達の注目がクレアの背に集まる。

 彼らがドカドカと追いかけていく足音が過ぎ去り遠ざかるのを待ってから、サナは唇を噛みしめて反対方向へと走り出した。

 クレアは後ろを振り返ることなく、走り続ける。

 王女の時代のドレス姿で労働を知らない体力のないあの頃であったならば、ここまで時間を稼ぐことは出来なかっただろう。下働き生活で培ってきた体力と根性が、今のクレアを突き動かしていた。

 ニールス侯爵を突き飛ばして逃げるだなんて大胆な行動も、そのおかげだ。


 とはいえ、運動選手でもないクレアが逃げきれる筈もない。森を抜けたところで追いつかれてしまい、腕を掴まれた。


「大人しくしろ!」


 なおも逃げようと藻掻いたが、次々に男達が集まってきてクレアは焦る。ここまで走って来た所為で呼吸も荒く、四肢は震えていた。再び走り出せば脚が縺れて転んでしまいそうだった。

 それでも屈するものか、と鋭い視線で彼らを睨みつけた。


「っ、離しなさい!!」

「よくも逃げたな!」


 そこに、ようやく追いついてきたニールス侯爵がやってきて、躊躇いもなくクレアの頬を平手で殴った。

 びくっ、と震えたクレアは、痛みよりも暴力を振るわれたという事実に目を丸くする。信じられない、と侯爵を見ると彼はまたニヤニヤと笑っていた。


「もう王女でないのなら、敬意を払う必要もないでしょう」

「……女性に手を上げるなんて、紳士じゃないわね」

「逃亡した下働きへの、指導ですよ」


 クレアは、暴力に対してショックを受けた自分を恥じて唇を噛む。囮になることを了承していたのだから、この程度で怯んだ姿を侯爵に晒してはいけなかったのだ。


「おや、もう一人の下働きがおらんな」


 そこで侯爵はサナがいないことに気付き、眉を顰めた。

 この場に集まっている追手の男達の人数は、倉庫を飛び出した時と同じ。サナの方へは追手は行っていない。

 内心でホッとしつつ、クレアは今度は表情に出ないように意識した。


「……逃がしたか。まぁ下働きの言うことなど、誰も信じないだろう。まして消えたのは、嫌われ者の亡国の王女だ」


 嫌味たっぷりに言われて、クレアも眉を顰める。


「さて、我々と来ていただきますよ、姫」


 先程はクレアを下働きと称して頬を殴ったというのに、都合のいい時ばかり王女として扱ってくる。

 結局ニールス侯爵にとってクレアはそういう存在なのだ。自分の為に都合よく使う傀儡。分かっていた筈だが、守りたいと思い続けていたフィガロの民の一人である彼にそのように扱われることは、悲しかった。


 文句の一つも言おうとしたところで、後ろから男の一人に薬を嗅がされて、クレアの意識はそこでふっつりと途絶えた。




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