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侍のお見合い

作者: 瀬田一

時代は江戸。数多の剣客が己の武を磨き、自らの力を世に知らしめんとしていた。佐々木小次郎もその一人だった。幼少期から剣の天才と言われ、長剣から繰り出される「燕返し」という技で数々の猛者を打ち破ってきた。しかし、日本一に近い人間にも悩みがあった―


 時同じくして、時代に倣い最強を目指している者がもう一人いた。その人物は宮本武蔵。幼い頃から父親から厳しい修行をさせられ、剣術の頭角を現し、後に二天一流という二刀流の流派までつくった。しかし、自分で流派を開くほどの人間にも悩みがあった―


「小次郎、剣術ばかりでなくそろそろ結婚したらどうだ」

「お言葉ですが父上、まだまだ修行の身であるのに女などに現を抜かすのはどうかと。」

「剣術も大事だが家の存続はもっと大事だ。小次郎が見つけられないなら儂が縁談を取り付ける」

 小次郎の父親はそう言って立ち去った。


「武蔵、いい年なんだから剣術だけじゃなくて恋人の一人くらい連れてきてもらいたものだ。」

「お父様、私は剣術一本で生きていきます。他の者に頼ることなどしません。何度この話をされても私の意思は変わりません。これ以上、この話をするのであれば家を出ていきます。それでは」

 武蔵は足早にその場を去った。


「父上め、確かに結婚も大事だが、ああも口うるさく言われてはその気も失せてしまう。どうしたものか…」


「お父様には少しきつく言い過ぎたかもしれない。でもあれくらい言わないとこれからもしつこく言ってきそうだし。どうしたものか…」


親からの結婚の催促に悩む二人は舟島(巌流島)で出会った。


「遅い。遅すぎるぞ、宮本武蔵。あちらから決闘を申し込んできておいて時間通りに来ないとはどういうことだ。剣の腕前は一流と聞くが武士としての礼儀は全く知らないようだな」

 小次郎は崖の先に立ち海を見て待っていたが、相手の到着があまりに遅いので苛立ちを隠せずにいた。一刻も待っていたのでもう帰ってやろうかとも思っていたが、先に帰ったらこちらが恐れをなして逃げ帰ったと思われそうだから帰れずにいた。小次郎の我慢の限界がくるかというころに背後から足音が聞こえた。

(「ようやく来たか。こんな大遅刻をするとは一体どんな男だ。」)

 振り返ると、現れたのは美剣士だった。後ろで一つにまとめられた長い黒髪は女のように艶やかで肌は雪のように白く透き通っている。特徴的な切れ長の目からは殺気と色気が溢れている。並の男ならその殺気に身震いし、女であればその色気にあてられて魅了されるだろう。体格は小柄だが、噂に違わぬ剣士の風格と予想以上の男前な姿に小次郎は言葉を失った。

「あなたが佐々木小次郎殿か?」

「ああ。ということはお前が宮本武蔵なのか?」

「そうだ。遅刻してすまない。今日はよろしく頼む」

「お前、これだけの大遅刻をしておいて一言謝っただけで済むと思っているのか!」

 小次郎は武蔵との距離を詰め、胸ぐらを掴みながら怒鳴った。

「だから謝っているではないか。それに来たんだから決闘に支障はないだろ。」

「ふざけるな!剣の腕は一流と聞いていたが礼儀は…」

 武蔵に説教しようとしたが、胸ぐらを掴んだままの状態で小次郎は何かに気が付いた。掴んだ胸ぐらの隙間から胸元に巻いてある晒しと胸の小さなふくらみが見えた。

「まさかお前、女だったのか?」

 小次郎は少し赤面しながら掴んでいた胸ぐらから手を離した。

「それがどうした」

「す、すまなかった。別にそういうつもりで胸ぐらを掴んだのではないのだ」

「そんなこと気にしていないさ」

「だが遅刻といい、女であることといい、お前は拙者を愚弄しているのか!」

「遅刻した件については悪かったと思っている。だが、私が女であることがあなたを侮辱したというのは意味が分からない。もしやあなたは女が相手だと本気が出せない、とでも言うのか」

「ああそうだ。拙者は武士。か弱き女に振るう剣など持っていない」

「なるほど。多くの男と戦ってきたが、私に負けた時の言い訳として皆『お前が女だから本気を出せなかった』と言って負けを認めなかった。男装を始めたのもそれがきっかけだった。かの有名な佐々木小次郎も私に負けた男達と同程度ということか。なら、勝負せずとも私の勝ちだな」

「黙って聞いていれば好き放題言いやがって。そんなに死に急ぎたければお前が女であろうと切り殺してやる」

「その女扱いはやめてもらいたい。私は女である前に一人の武士だ」

「いいだろう」

 二人は話終わるとお互い距離をとった。そして刀を構え、睨み合いが始まる。


 小次郎は思考する。相手は女だが一流の剣の使い手。男前な容姿だが宮本武蔵は女だと言う。本当に女なのだろうか。

小次郎は武蔵が髪を下ろし、着物を着た姿を想像してみる。

あれ?宮本武蔵ってめっちゃ美人?

そこでふと胸ぐらを掴んだ時に見えた光景を思い出す。小次郎はこれまで剣術一筋で女との交流は無縁だった。そんな男が美人の柔肌を間近で見てしまえば脳裏に焼き付いて離れないのは当然。小次郎は顔を真っ赤にして少し俯いた。

「どうした、佐々木小次郎。こっちを見ろ。それと顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」

 様子がおかしい小次郎を武蔵が問いただす。

「な、何でもない。」

 小次郎は明らかに動揺している。

 くそ、さっきからあいつのことを意識しすぎて直視できない。

「何でもないならこちらを見ろ」

 拙者よ、落ち着くんだ。最初に会った時は普通に話せていたではないか。その時との違いは何だ。宮本武蔵を男と認識していたということだ。それだ。宮本武蔵は男、男、男、男、男…。

 小次郎は暗示をかけ、ゆっくりと顔を上げて武蔵の顔を見る。そして明後日の方向を向く。

 無理――。美人すぎる。可愛すぎる。尊とすぎる。しかも今拙者と一瞬目が合った。

「貴様、さっきからふざけているのか! もう貴様のお遊びには付き合ってられん。その腐った性根ごと叩き切ってやる。はあ!」

 武蔵は刀を大きく振り上げ小次郎まで一瞬で肉薄する。

 小次郎は武蔵個人にばかり意識を取られていたが、命の危機を察して咄嗟に刀を構え何とか紙一重で攻撃を防ぐ。二人の刀が交差し、鍔迫り合いになる。

「今の一撃を止めるとは中々やるではないか、佐々木小次郎」

「くっ」

 くっ、やっぱ可愛すぎるーー。今拙者の目の前に宮本武蔵の顔がああああ。まつ毛も長いいいいい。何かいい匂いもするーー。やばい、拙者やばい。命のやり取りをしているはずなのに別のことで心臓がバクバクしてる。これってもしかして、恋?  ってそんなことを考えている場合ではない。このままでは命が危ない。とにかく距離を取らねば。

 小次郎は全身に力を込めて武蔵の刀を押し返し、距離を取る。

 男の力で思い切り後ろに押し返された武蔵だが、転ばずに何とか踏みとどまった。

 その隙に小次郎は

「やはり女であるお前に本気で剣を向けることなどできない。さらば」

そう言い残して足早に立ち去った。


何たる失態。拙者としたことが敵前逃亡とは。だがあのまま戦いが続けば拙者は平常心を保てずに負けていただろう。しかも敗因が敵の色香に惑わされたことによって生じた隙。きっと後世に語り継がれるだろう。佐々木小次郎と宮本武蔵の決闘は佐々木小次郎が宮本武蔵の色香に惑わされて敗北した、と。

そんなの嫌だー!それなら敵前逃亡したという汚名を被るほうがまだまし。幸い、宮本武蔵は拙者がどうして逃げたかはわからないはず。だから色香に惑わされたなんて噂は流れない。そうだ、これは逃げたのではない。拙者の気持ちを悟られぬようにした戦略的撤退なのだ。だから仕方ないことだ。もしまた決闘を申し込まれようとも絶対に応じぬ。拙者の気持ちがばれてしまえば今回の戦略的撤退の意味がなくなる。金輪際あいつとは会わないようにしよう。


翌日、小次郎は父に呼ばれて部屋に向かった。

父上は拙者に何の用なのだろうか。まさか昨日の決闘で逃げたことがばれたのだろうか。いや、昨日のことだ。まだばれるはずがない。でも、ばれているとしたら相当厳しく叱られるだろう。父上は厳格で曲がったことや卑怯なことが大嫌いだから「負けるときは潔く負けを認めろ」といつも口酸っぱく言っている。だから昨日のことがばれていたら厳しい罰を受けることになる。

小次郎はそんなことを考えながら恐る恐る襖を開けた。

「し、失礼します」

「そこに座れ」

「はい」

 小次郎は言われた通り父の対面に座った。

「昨日あったことなんだが」

 やべー。ばれてるよ、これ。もう先に謝っといたほうがいいんじゃないか。でもまだ昨日しか言ってない。昨日だけじゃ話の内容は特定できない。第一、昨日は色々あったじゃないか。ええと例えば、宮本武蔵に会った、決闘した、逃げた。あれ、よく考えたらこれしかなかった。どうしよう。やっぱりここは父上の教え通り潔く謝ろう。

「父上、実は先に謝りたいことが…。」

「今、話を遮るな。最後まで聞け。」

「はい」

 やべー。怒り心頭だよ。もう覚悟を決めよう、佐々木小次郎。罰とはいっても殺されはしない。精々背中に何発も竹刀で叩かれたり、うさぎ跳びで町内を十周させられたり、爪をはがされたりするくらいだ。…。死ぬよりつらいじゃん。神よ、来世ではもっと優しい家に生まれるようにしてくれ。南無阿弥陀仏。

「話を続けるぞ。昨日あったことなんだが、縁談が決まった。たまたま飲み屋で仲良くなった人がいて、その人には娘がいるらしい。その娘はかなりの美人だが剣術ばかりで男にはまるで興味がないらしい。だが例外がある。その娘は自分より強い男となら結婚しても構わないと言っている。だから町で剣術に長けた男を集めて決闘させることにした。結果は娘の全勝。未だに結婚できていないというわけだ。そこでお前に白羽の矢が立った。儂がお前の剣の腕前のことを話したら是非とも娘と会ってほしいとのこと。善は急げということで今日その娘が来る」

「へ?」

 縁談? 罰は? もしかしてまだばれてない? ばれてないのか。よっしゃー! でも待て。縁談だと? しかも今日。急すぎる。

「父上、お待ちください。今日というのは急すぎるのでは? もう少し日を空けたほうが」

「急だとは言うが、儂からすればお前の結婚も遅すぎる。もう待ちくたびれた。いい加減孫の顔を見せてくれ。ちなみにあと半刻ほどで娘さんたちが来るから客間で準備しておけ」

「そんな…」


 小次郎が身支度を整えて客間で待っていると玄関の戸が開く音がした。

「来たか」

 小次郎の父たちが挨拶などを終えると程なくして例の娘だけが現れた。

「失礼します」

 部屋に入ってきたのは絶世の美少女だった。長く艶やかな黒髪、切れ長の目、紅で赤く染まった細い唇、雪のように白く透き通った肌。着物は華やかだが派手過ぎず、着ている本人の美しさを引き立てている。

また、その立ち居振る舞いも美しかった。まさに、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉を体現した女性だった。   

小次郎はその美しさに圧倒されて茫然としていた。

 その女性は小次郎の対面に座ると丁寧な所作で挨拶を始める。

「お初にお目にかかります…ではないですね。昨日会いましたよね、佐々木小次郎殿。宮本武蔵と申します。」

 昨日の男装姿とは大きく異なる女性らしい姿で現れた武蔵に小次郎は言われるまでその人が昨日戦った武蔵だとは気がつかなかった。武蔵は驚きで固まっている小次郎に気づかず話を続ける。

「まさか昨日の今日で会うなんて。実はお父様から縁談の話は聞いていたのですが相手のことは聞いていなかったのです。まさかその相手があなただなんて。運命というものでしょうか」

 そう言いながら武蔵は微笑む。

「本当に昨日の宮本武蔵と同一人物なのか? 口調や態度が全然違うのだが。」

 小次郎は驚きを飲み込みようやく会話を始める。

「ええ、本当です。口調や態度が違うのは服装が違うからでしょう。男装をしている時は一人の武士ですが、こうして女の恰好をしている時はただのうら若き乙女です。それよりも今日の着物似合ってますか?」

 武蔵は立ち上がって自分の着物姿を見せる。

「ま、まあまあだな。馬子にも衣裳と言ったところか」

 嘘だよー。めっちゃ可愛い!昨日の男装姿も十分魅力的だったのに女の恰好なんてされたらたまらないよ。

「まあ、小次郎殿はひどいことをおっしゃりますね。でも、顔が赤いのはどうしてですか?」

「う、うるさい。というかお前は男に興味がないと父上から聞いていたがなぜ縁談に応じたんだ?」

「確かに男に興味がないとは言いましたがあれは方便です。あまりにもお父様が結婚にうるさいのでああ言っただけです。私よりも強い男と条件をつけたのもそうすれば諦めてくれるだろうと思ったからです」

 なるほど、確かに昨日拙者が受けたあの一撃は並大抵の男なら防げないだろう。自分よりも強い男という条件をつけたのもうなずける。

「だがその条件に従うと拙者は昨日の結果から条件から外れるはず。」

「そうなるのですが、実は私の本気の一撃を止められたのは小次郎殿だけなんです。残念ながら小次郎殿は逃げてしまったので実力はわかりませんでした。小次郎殿ほどの強さの持ち主なら逃げたのにも何か事情があるのでしょう。逃げた事情と小次郎殿の本当の実力、私、気になります。」

 両方の説明を聞くまで絶対に逃がさない、という強い意志を感じる眼で小次郎を見つめている。

「……」

 拙者が逃げた理由など言えるわけがないだろう! お前が可愛いくて恥ずかしくなって逃げた、なんてどの面下げて言えばいいんだ。

「何も語ってくれないのですね。では、実力行使です。」

 不敵に微笑みながら、どこに隠し持っていたのだろうか、木刀を取り出し小次郎に向かって一直線に振り下ろした。

 パシッ

 小次郎は白刃取りをして、直撃を防いだ。

「流石ですね。でも、読んでました。」

 武蔵は木刀を持った手を放し、両手がふさがった小次郎に向かって飛びついた。そして脇腹や腰、背中、足などをくすぐり始めた。

「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ。」

「わはははははははははははは、ふふはははははははは。や、や、やめてくれ~。くすぐったい。はははははははは。」

 小次郎は手や足をばたつかせて抵抗するが、武蔵は逃がさない。

「なら観念して白状してください」

 くすぐる手の動きをさらに早くする。

「それは無理だ。でももうやめてくれ。笑いすぎて死ぬ。ははははははははは」

「いいえ、白状するまでやめません」

「拙者も絶対に言わん。あははははははははは」

「笑いながらなので恰好つきませんが強情ですね。では、こちらの条件を飲んでください」

「ふはははは。条件ってなんだ?ていうか本当に笑い死ぬからその条件を飲む。だから勘弁してくれ」

「ようやく折れてくれましたか」

「はー、はー。ようやく終わった。で、条件ってなんだ?」

「条件は私と結婚していただくことです」

 えーーーーー!今、拙者プロポーズされた? どうしよどうしよ。昨日剣を交えただけでドキドキしてたし、さっきくすぐられてる時なんて肌が触れ合ってたよ。もう心臓の鼓動の早さ半端なかったよ。それなのに今プロポーズされた。心臓と・ま・る。めっちゃうれしー! だがここで表情に出してはいけない。出してしまったら、昨日の理由がばれてしまう。ここは冷静に無表情で平常心で心を落ち着かせて、そう、まるで風の吹いていない海面のように穏やかな心持ちで話すのだ。

「え、な、な何で拙者と結婚~? もう、困るよ~。拙者は剣術をもっと極めたいのに~」

「なぜ小次郎殿はそんなにニヤついているのですか?」

しまったーーーー。表情に出てしまっていたーーー。ここはごまかして話を変えよう。

「ごほん、何のことだ?それよりどうして拙者と結婚を?」

「私より強いかもしれないと感じたからです。昨日と今日の小次郎殿の動きをみてそう思いました。それに、夫婦になってしまえば一緒に住めます。そうすれば昨日逃げた理由を聞くことも決闘の続きをすることもでます。条件も既に飲んでもらってますし、もう逃がしませんよ。」

 こうして拙者と宮本武蔵の新婚生活が始まることになった。拙者はこの気持ちを悟られずに生活できるだろうか。もしばれたら恥ずかしくて死んでしまう。


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