高校2年生
第5章(7月25日)
学校の体育館ぐらいの池、深い緑色で濁った水中から伸びた海藻が水面をゆらゆら泳いでいた。
イッペイ「すごいなぁここ。フェスやな。」
池の側に2人は立っていた。周りは雑木林で近くにお地蔵さんが立っていた。
ヒカル「フェスってなんですか?」
イッペイ「あれ、さっきは見えてたのに、これは見えへんのか?」
どうやら池の上で、幽霊が集まってフェスをしているらしい。
イッペイ「あのDJ1人では荷が重すぎるな。」
お地蔵さんを見ながら、イッペイはスマホを取り出し、グーグルマップでこの辺りを調べた。その間、ヒカルは池に意識を集中して幽霊を見ようとしていた。
イッペイ「ほぉおお、これか。原因。」
ヒカルにスマホ画面を見せてくれた。
イッペイ「ここが池や。ほんでこの池、ずっと上った所に滝行スポットがある。おそらくこれやな。」
ヒカルは、困った表情で左眉毛をこすった。
イッペイ「滝行言うんは、自分の邪念とか自分に憑りついてる変なもん流す素晴らしい修行やねん。本来山から川を通って海へ流れんねんけど、今回は、そのまま海まで流れずに、こういう池に溜まったちゅうことやな。」
ヒカル「滝行で流した邪念が池に溜まってフェスしてるってこと?」
イッペイ「せやで。とりあえず、全部祓う準備するから、ヒカルは滝行の場所探して、調査してきてほしい。」
ヒカル「調査って何するんですか?」
イッペイ「まず、インスタ投稿用の写真やろ。次に、滝行管理してる人がいれば、いつから滝行してるか聞く。可能ならお祓い料請求する。ほんで帰りに焚火出来る木、集めて帰ってきて。」
ヒカル「滝行スポットって歩いてどのくらいですか?」
スマホで確認する。
イッペイ「歩いて30分や、自分のスマホで道調べて行きや。このままそこの山、上に登っていくだけやから迷わん思うけど。ほな任せたで。」
指をさした方向を見ると整備されてない山であった。
ヒカル「嫌です。というか無理です。」
少し考えにやりと笑う。
イッペイ「実はここ、俺が心霊体験の掲示板で拾ってきた場所で依頼ちゃうねん。つまりお小遣い稼ぎのボーナスチャンスや。管理人に請求するお祓い料、今回特別にヒカルに半分あげるわ。どうする?」
大工さんが渡していた、厚み3cmの封筒を見ているヒカリは、やる気がみなぎった。
ヒカル「行きます。」
兎のようにぴょんぴょん走って、山に向かうヒカルを見送り、イッペイは近くに止めていた自分の車から必要な荷物を取りに行った。
亀のように一歩ずつゆっくり登るヒカルの顎に汗がつたう。
ヒカル「あぁもう疲れた、熱い。」
16時を過ぎていた。そろそろ門限が迫っているヒカルは、家族のグループラインに、少し遅くなるかも。と連絡を入れた。かすかだが水の流れる音が聞こえてくる。ヒカルは、登るペースを上げた。音の方へ向かうと滝の音が次第に聞こえてくるようになった。枝につかまり大きな岩を上ると目の前に、獣道があった。その道なりに登っていくと木造の小屋見えた。小屋の前には行衣をきた男性が立っていた。白髪交じりの長い髪を後ろで束ね、眉毛と顎鬚の長い細身の男性に、話しかけた。
ヒカル「こんにちは。はじめまして。」
男性「はい、こんにちは。滝行ですか?」
細身にしては、低い張りのある声である。
ヒカル「いえ、この滝行場所についてお聞きしたいことがありまして。」
男性は、腕を組み仁王立ちしてヒカルの目をまっすぐ見ている。返事がないので自分のターンであることを悟る。
ヒカル「ここは、何年前から滝行として営業されているんですか?」
男性「ここは、戦国の時代から武士や修行僧が邪念を祓い、身を清めていたそれはそれは由緒ある滝行場所でございます。」
テンプレートのような発言を聞き出してしまったヒカルは修正した。
ヒカル「では、営業を始めたのは、いつごろでしょうか?」
男性「んん?あなたもしかして行政の方ですか?うちはちゃんと土地の所有者さんにも許可を取って営業されておりますが?」
武術の師範のような威厳ある言動に、ヒカルは戸惑う。
ヒカル「いえ、私は学生です。」
男性「そうですか。学生さんですか?どおりでお若い。」
ヒカル「それで営業はいつから?」
ヒカルの声はだんだん小さくなり、態度も控えめになっていく。
男性「1年前からですが、それが何か?」
ヒカル「いえ別に何もございません。」
男性「未成年の場合、滝行をするには親御さんの同意が必要になりますが、今日は一緒ですか?」
ヒカル「いえ、今日は滝行をしに来たのではありません。」
男性は、滝行場所に滝行をする気のない未成年の学生に対して困惑していた。眉間にしわを寄せ首を傾げ、長い白い髭をさすった。
ヒカル「この滝行場所の30分徒歩で降りた先に大きい池があります。そこに、滝行で流れ落ちた悪いものが溜まって良くないものが集まっています。それを今から祓うのですが・・・」
緊張しながら、話したため呼吸が乱れ、詰まる。再度深呼吸して、息を整える。その様子を、じっと男性は伺っている。
ヒカル「それで、お祓い料金を請求しに来ました。」
ヒカルはまだ高校生であり、伝え方、営業の仕方を知らなかった。交渉の能力がないとこんなにも詐欺師のように見えるのかとヒカル自身、発言しながら感じた。男性は、動じず答える。
男性「新手の詐欺にしては、やり方が卑怯ではないですか?このような若い娘さんを使うなんて、学生さん今から一緒に警察のところに行きましょう。強制されているのであれば、罪は軽い。主犯は今どこにいますか?」
男性は、右手を伸ばし、ヒカルの左手を掴もうとした。ヒカルは、想定外の展開になってしまいパニックになり、その場から逃げた。後ろは振り返らずにイッペイのところまで走って山を下りた。木を避け、枝を掻き分け、岩を飛び越えた。木の幹につまずき転んでしまった。そのまま転がり1m下に仰向けで落ちた。
ヒカル「ぃったぁー。背中痛―い。」
体を丸めて落ちたため、頭は打たずに済んだが背中が猛烈に痛い。背中をさすり立ち上がると腰も痛くなってきた。
ヒカル「ぁああぁ、もう最悪。お金もらえなかったし、写真撮り忘れた。」
あの男性が追いかけて来てるような気がしたので、休まずにゆっくり下山した。急こう配な下り坂なため木の枝に捕まりながら降りた。
ヒカル「あれ?こんな道通ったかなー?」
行くときはこんな急こう配な所登った記憶は無い。階段の踊り場のような空間が急こう配の坂の途中にあったので、少し休憩がてらスマホで現在地を確認した。幸いこのまままっすぐ降りればあの池に着く。辺りを見回し、後ろを振り返るとそこに、崩れた石碑のようなものと、そこに寄り添うように横たわる動物の骨があった。ヒカルは初めて動物の白骨化した死体を見た。怖くはなかった、サウナを出て、室外浴をした時のような感覚になぜか襲われた。腰を上げ、ゆっくりと歩を進める。腰の痛みが治っていることに気づき、あの白骨化した動物が直してくれたんだと思った。山の坂が次第に緩くなり、乾燥した枝を集めて坂を下りた。
イッペイ「おっそいのぉ。」
ヒカルが登っていった山を気にしつつお祓いの準備を進めていた。
ヒカル「イッペーイ」
左手に枝を抱え、右手を大きく振り、ヒカルが山を降りてきた。
イッペイ「呼び捨てかい。おっそいねん。ダッシュで戻ってこい。」
イッペイは、安心した表情でヒカルを急かす。
イッペイ「その枝もらうわ、ご苦労さん。ほんで、どうだった。」
ヒカル「まず、滝行は1年前から営業し始めたって。あと写真撮るの忘れた。」
イッペイ「ほんで、一番重要な金は?」
ヒカル「新手の詐欺師って言われて追い返された。」
子供みたいに不貞腐れているヒカルを見て笑った。
イッペイ「ええがな、そんなもんや。交渉術今度教えたるわ。山登り降り大変やったやろ。お疲れさん。」
イッペイは、ヒカルの子供みたいな口調を察して優しくした。ヒカルも安心した。
意思をファミコンほどの大きさで平坦に積み、そこにヒカルが拾ってきた枝を三角形になるように積んだ。
池の周りを囲むように杭が打たれており、杭の先端に縄が通してある。
イッペイはしゃがみながら右手を三角形に積んだ枝のてっぺんに触れ小声で何かを唱え始めた。すると枝のてっぺんに火が付き、積んだ枝すべてに火がまわり焚火のようになった。白い煙が空へと伸びていくとイッペイは、持鈴を鳴らしながら池の周りを半時計回りに歩いた。この間もイッペイは何が小声で唱えている。
ヒカルは、しゃがんで焚火の炎を眺めていた。ふと幼稚園の頃に、親の迎えにが遅れて寂しかった記憶を思い出した。
イッペイ「その炎、あんま見んなよ。あと煙も吸うな。」
ヒカルは、しゃがみながら後ろに下がった。
三角形に積んだ枝が全て燃え終えた所で、イッペイは、池に刺した杭と縄を回収した。ヒカルは、イッペイと逆回りで回収していった。
イッペイの車に道具を乗せ、二人は車に乗り、山道を通って高速道路の入り口に向かった。山道を降りる手前、何台かのパトカーとすれ違い、ヒカルは、あの男性が通報したのだと思い、汗をかいた。
イッペイ「すまん5時過ぎてもうた。親だいじょぶか?」
ヒカル「はい、夕飯までには帰るって言ってるから大丈夫です。」
イッペイ「あの滝行付近に、神社ってあった?」
ヒカル「滝行付近には、ありませんでした。でも変な道から行ったので、正規の道であればあったのかもしれません。」
イッペイ「そうかぁ。あと滝行の営業1年前からって言ってたやんな。」
ヒカル「はい。」
イッペイ「まぁお客さん利用量にもよるんやろうけど、1年であんなフェスみたいになるのおかしいねんなぁ。急激に増えすぎや。」
何か引っかかるような様子でおでこをさすった。ヒカルは、背中が痛み両手でさすった。その様子を見てイッペイは、
イッペイ「山登って背中筋肉痛か?」
ヒカルは、ハッと思い出した。
ヒカル「そうだ。イッペイさんに言おうと思ったことがあったんです。私、下山中、転んでしまって低い崖から落ちちゃったんです。そしたらそこに崩れた石碑と動物の白骨化した死骸があって、不思議な感覚がしたんです。」
イッペイ「それやー。それホンマやんな?言うの遅いって。今からあの池に戻ってええか?」
全てが解決したかのように、イッペイはテンションが上がった。ただヒカルは、今あの池に戻ったら、警察がいると思ったので親を理由に断った。本当はすごい気になっていたが、イッペイが捕まるよりかはマシである。
イッペイ「ほな、明日朝一で案内してくれや。」
ヒカルは、これを承諾し、家の近くのコンビニまで送ってもらった。
イッペイ「これ今日の日給。初仕事お疲れさん。ほなまた明日。」
小太り大工からもらった封筒から1万円を出し、ヒカルに渡した。やっぱりあの封筒には大金が入っていた。
ヒカルは、コンビニの駐車場から出ていくイッペイの車を見送り、初仕事を終えた。
第5章(完)