『雪山の温泉旅館』殺人事件
※『第5回なろうラジオ大賞』参加作品です。
くそ、あんなエセ探偵の手を借りなきゃならないなんて、警察の面子丸つぶれだ。
だがもう時間がない。三日前からの記録的な大雪で、この温泉旅館の裏の急斜面は、いつ雪崩が起きてもおかしくない危険な状況だ。
昨夜の殺人事件の容疑者は住込み従業員の5人。近所に住む従業員すら来られない猛吹雪で、人の出入りがあった可能性はない。
客は休暇で偶然来ていた俺と、ばったり鉢合わせしたエセ探偵だけ。犯行推定時刻には、いつも事件に首を突っ込んでくるあいつと口論していたので、お互いのアリバイはある。
だが容疑者たちも、それぞれの証言で互いのアリバイが成立してしまっているのだ。
電話で上に報告したところ、犯人を特定するまでは絶対に誰も外に出すなと厳命されたんだが──このままだとみな雪崩の餌食だ。
「さて、皆さん」
全員を集めた広間で、エセ探偵が得意げに切り出す。
「昨夜の事件、ここにいる皆さんが容疑者でそれぞれ動機も明白。全員にアリバイはありますが──」
『あたしはやってないわ!』
一人が大声を上げたが、皆が慌てて制止した。
「お静かに。大きい音を出すと雪崩が起きますよ。
今から僕が、嘘をついている人を見つけます」
確かにこいつの言葉は嘘じゃない。忌々しいが、こいつが犯人の嘘を見破ったおかげで解決できた難事件はいくつもある。
だが、それは推理に基づいたものではないのだ。
「では警部さん、全員の証言をひと通り読み上げてください。皆さんは最後に返事をしていただくだけで結構です」
『それで何がわかるっていうんだ?』
「僕は『嘘アレルギー』でしてね。目の前で嘘をつかれると、必ず何らかのアレルギー症状が出るんですよ」
皆が胡散臭いものを見るような目であいつを見る。うん、気持ちはよくわかる。
だが、こいつの身体が嘘に100%反応するというのは事実だ。どうしてなのかはわからないが。
そして俺がメモを読み上げ、最後に『間違いないですね?』と訊くと、全員が声を揃えて『はい』と答えた。すると、やつが鼻に手をあてて苦しみ出した。
「こ、この強烈な反応は──!? 警部さん、嘘をついているのは全員です!」
「何? まさか5人で口裏を合わせての共謀殺人という事か⁉」
容疑者たちが青ざめた顔を見合わせて狼狽える中、やつは堪えかねたように顔をしかめて──。
へ──ヘークションッ! ブェックション!!!
その豪快なくしゃみの音から少し遅れて、裏山の方から不気味な地響きが聞こえてきた。