私、クビになった会社の筆頭株主になりました!
株主総会当日、緊張に満ちた顔つきの経営陣や株主たちが会場に集まっていた。筆頭株主として私は発言を求めた。
「皆様、本日は会社の未来のために重要な情報をお伝えしたいと思います」
「なんだ、あの子は……。どうして大株主に?」
かつての上司である佐藤の驚いた顔が目に入った。彼が出席しているのは都合がよかった。
「この会社には、セクハラやパワハラの事実があります」
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私は空気の読めないタイプの女だ。大学では常に最前列に座って講義を受けていた。試験前にノートを貸してほしいと頼まれることはあっても、遊びに誘われることはなかった。
父は腕利きの証券マンで、私が中学生の時に亡くなった。母は美しく優しかったが、病弱で社会経験はなかった。しかし、父が加入していた保険のおかげで生活には困らなかった。大学を卒業し東京の商社に就職したとき、母は喜んで泣いた。そして、父の墓前で私が立派に育ったことを報告した。
最初に配属された職場は受付で、上司や同僚は女性ばかりだった。気の利かない私は半ば追い出される形で、経理に異動することになった。
経理では、大学のときに習得したExcelやWordを使い、自分のペースで仕事ができた。口頭の依頼はこっそりICレコーダーに録音し、落ち着いて聞き直すと適切に対応できるようになった。そうして、パソコンが苦手な上司からも頼りにされるようになり、自分が会社のお荷物ではなく、きちんと役割を果たしているという実感が生まれた。
上司からは仕事の話を口実にたびたび飲み会に誘われた。評価されているという嬉しさと、空気の読めなさを克服しようとしていた私は、上司との二人きりの飲み会に付き合った。
ある時、上司が妻との不仲について語り始めた。私は男性と付き合った経験がないので、そういう話題はよくわからないと正直に伝えた。そうすると上司は経験させてやろうと言い出した。断り方もまずかったのかもしれないが、私は人員削減の対象にされた。
退職して実家に戻ると、母は悲しみにくれ泣いた。そして、しばらくして心臓の持病で亡くなった。私が悲しませたことが死期を早めたのではないかと考えた。死後、母は土地や株式を大量に保有していたことがわかった。私が生まれる前に亡くなった祖父母から相続したらしいが、生前の母はそのようなことを一度も話さなかった。関心がなかったのだろう。
母から相続した財産は十数億円の価値があった。遊んで暮らすこともできるが、セクハラの苦い想い出や、理不尽なリストラで母を悲しませた記憶を引きずったまま残りの人生を送るのは嫌だった。私は、かつての会社への「ささやかな復讐」を決意した。
それほど大きくない企業であったので、株式をこつこつと買い集めることにした。いくつかのダミー会社を利用して、大株主として個人名が出ないように配慮し、数年で過半数の株式を取得できた。経営陣が証券会社にそそのかされて上場しただけの会社なので、買収に対する防衛策は十分でなかったらしい。そして、直前に株式を自分の名義に変更し、私は筆頭株主として株主総会で発言している。
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「この会社には、セクハラやパワハラの事実があります」
会場がざわつく中、ICレコーダーを再生した。
― あなたは態度が硬すぎるんですよ。いままで彼氏ができたことがないのが原因だろうな。男性経験があると、もう少しリラックスして楽しめるし、仕事もうまくいくんだよ。このあと私が教えてあげようか? ―
「こちらは、財務部経理課の佐藤誠氏が部下の私にセクハラ行為を働いている様子を記録した音声です。これ以外にも、私は彼が不正に経費を着服していたことを証明する書類も持っています」
佐藤は顔を真っ赤にしていた。
「馬鹿な……! こんなものがどこから出てきた?」
「私は在職中、上司であるあなたの指示を聞き逃さず仕事に打ち込むため、できるだけ記録を取っていました」
「み、みなさん、これは業務終了後で、社外での食事のときに言った、じょ、冗談です。ですからこれはプライベートなことで、セクハラやパワハラではありません!」
「定時後ですが、食事をしながら仕事の打ち合わせがしたいとのことでしたので、私は業務の一環として録音していました」
「それでも、黙って録音するなんて卑怯だわ!」
最初の職場であった受付の元女性上司の声が聞こえたが、私はそれには取り合わず、続けた。
「私は、この会社の未来を救いたいのです。コンプライアンスを遵守できない会社は社会や顧客からの信用を失います。彼には適切な処分をお願いしたいと思います。これ以上、会社を傷つけることは許されません」
佐藤は頭から湯気を上げていた。
「これは全部、誤解だ! 私は部下を大切に指導しようとしていただけだ! こんなことで私を切り捨てるつもりか?」
そんな言い訳は誰にも通用しなかったようだ。会場の空気を読んだ社長はもっともらしく宣告した。
「佐藤、お前の行為は許されない。これ以上、会社に迷惑をかけるな! 解雇だ! 出て行け!」
うなだれて会場を後にする佐藤を見送り、そして社長を見据えた。
「社長、一見あなたは正しい判断をしたようにみえます。しかし、これはトカゲの尻尾切りにすぎません。その、社長の鶴の一声で従業員の解雇を決めるような体制にも問題があります」
一旦言葉を切った。再び会場全体が私に注目した。
「株主のみなさん、私は、会社の収益が悪化している原因は、会長のみならず経営陣のコンプライアンスを遵守しようとしない姿勢、そして放埒な経営にあると考えています」
経営陣が口々に反論した。
「経営方針への提言ありがとうございます。このような提言は株主様の権利であり、また私たちがより良い経営をするための重要なフィードバックだと捉えております。しかし、私たちの経営方針がこれまでにもたらした成果と、これからもたらすであろう成果を考慮に入れていただければと思っております」
「我が社は、短期的な利益追求ではなく、長期的な成長と安定を経営の方針にしています。この方針は時には短期的な成果を犠牲にすることもありますが、長い目では必ずプラスになるはずです」
「それに、市場は私たちの経営を評価していますよ。ここ数年、株価は上昇傾向にありますし、これは我々のビジネスモデルと将来の成長に対する信頼の証だとお考えください」
こいつら、何もわからない小娘だと思って、ナメやがって。一気にまくし立ててやった。
「なに寝ぼけたことゆうてんねん! 株価下がらんかったんは、あたしが買い支えてやってたからや。お前らが言う市場ってのは、実質的にはあたしのことやったんや! もしあたしが市場で株式を売却したらどうなる思てんねん? 連日ストップ安や! そんなこともわからん連中が経営してる会社に未来はないわ。おまえらに自浄能力期待したんは間違いやった。まぁ、経営はクソやけど土地建物とかの資産はけっこうあるから、外資のファンドにでも売却するわ。会社バラして売り飛ばされんよう、せいぜい頑張れや。以上、これが会社の未来のための重要な情報や!」
私は騒然となった会場を後にした。