第1話 変人トリオと暮神紅理亞
今話は主人公出てきます!
新年度を迎えた劉邦院学園。
二年C組の教室の各所では35人の生徒が雑談に花を咲かせていた。
しかし、教室の隅にいる三人の男子生徒は少し違った。
「彼女欲しいよぉぉぉぉぉぉ」
「それより知ってる? 最近都内の裏路地に大きな爪痕が残る怪事件が起きてるんだって! 血もない死体もない! 爪痕だけ! これ何なんだろうね!」
「爪…爪……あ、朝爪切るの忘れた……………お昼ご飯何にしようかなー……眠い…」
雑談というより一人一人が好き勝手に喋っている。
彼女ができないことを机に突っ伏して嘆いている男子は折宮海差。
黒髪に青縁眼鏡。スラっと伸びた身長。左腕には眼鏡と合わせた青い時計を巻いている。理知的な印象を受けやすいが、滲み出る残念オーラが容姿のアドバンテージを全て台無しにしている。不憫属性の代表格とも言うべき男子だ。
いつも人目を憚らず不平不満を口にしている。
巷の怪事件について熱弁している男子は貝納笹斗。
長い前髪で隠れた片目。首からは歪な形をした悪魔の翼のようなアクセサリーをぶら下げている。緑色の鎖に繋がった黒い歪んだ翼ははっきり言って趣味最悪だ。ついでに『怪』と刺繍されたリストバンドも趣味が悪い。しかし好きなものは好きと周囲の目を気にしない。
奇妙・奇怪・不思議という言葉が大好きで、常に怪事件について調べている。
人の話を大して聞かず虚空を見上げながらぼやく男子は椋帷。
髪色は白と黒のツートンカラー。瞼が少し閉じた半眼から覗く瞳の色は左右で違う。右眼が紫で左眼が青のオッドアイだ。その両眼からは無機質で無感情で無関心な思いがあふれ出ている。背筋は大分猫背だ。中性的な容姿も相まって神秘的な雰囲気を持ちつつも、空洞のような瞳と猫背から放たれる狂気と根暗感が椋帷という男に深みを持たせている。
ちなみに、劉邦院は黒を基調とした制服なのだが、帷は制服の上着を着用せずに、灰色のカーディガン姿で登校している。
愚痴を毎日のように言う折宮海差、怪奇事件マニアの貝納笹斗、感情が希薄でマイペースな椋帷。C組では変人トリオと呼ばれている。俗にいうスクールカースト三軍だ。
「あー、そう言えばなんか俺達の担任って新しく赴任する先生になるんだっけ?」
嘆き疲れた海差が興味無さそうに言う。
「なんかそんな噂流れてるよね。でも確かに今日の入学式で5人、新任の先生紹介されてたから誰かがなっても不思議じゃないよね。……帷は誰がなると思う?」
笹斗が少し間を置いて、帷に尋ねた。何気なく聞いたように見えて、その片目は何かを期待しているようにも見える。
「……多分、三番目に自己紹介してた暮神紅理亞って先生じゃないかな…」
帷があっさりと答える。
「へー、理由は?」
海差が促す。
「あの先生だけC組の生徒一人一人の顔に視線を向けてたから」
「「ッッ!」」
あっさりと帷が口にした事実に、海差と笹斗が息を呑んだ。
「マジで言ってんのか? いくらお前でも少し信じられねっ」
「でもこの手の冗談は絶対言わないよね、帷って」
「まあな…え、そういうのわかるもんなのか?」
「うん…」
帷がこくんと頷く。
「その暮神先生だけ全校生徒を見渡しつつも…二年C組の生徒全員をちらちら見てたから…あ、この人が新しい担任なんだろうなって…ちなみに一人目に紹介された先生は三年A組……二人目に紹介された先生は一年F組……四人目に紹介された先生は一年B組……五人目に紹介された先生は担任を持たずに実技専任になる……と思う」
「いつも思うけどお前マジですげーな! そんなボーッとしてる癖にどうしてそんな洞察力いいわけ!?」
すかさず海差がツッコミを入れる。変人トリオと言われているが、その中では一応常識人枠でありツッコミ役でもある。
「さすが筆記だけは学年トップなだけあるねっ」
そう。笹斗が言う通り、椋帷は単純な学力だけなら常に学年トップの成績を収めている。ガリ勉と貶す声もあるが、海差と笹斗は帷がほとんど勉強をしていないことを知っている。
(……ん。暮神先生が檀上に上がった時に暁さんと側近の満原さんと桃久保さんが反応していたことは説明面倒だし言わないでおこっと……)
帷が内心でそんなことを考える。
「となると本当に担任は暮神先生か……うぅぅ」
「どうしたの海差? 暮神先生かなり美人だから喜ぶと思ったんだけど」
「いや美人だけどさ…なんか怖くね? ミステリアスっていうか、アンニュイっていうか…」
「……魔性の女とか……?」
「そうそれ! ただ男を転がすっていうより全人類を転がして遊ぶような悍ましさがあるっていうか…」
「会う前から散々な言い様だね…あははっ」
「……でも海差の言いたいこともわかる……あの先生、僕もやだ……怖い…」
「帷がここまで言うなんて珍しいね。まあ言われてみればヤバい雰囲気は感じるけど」
「しかも元々はアメリカの大学で講師してたんだろ? ぜってー遊んでるって…」
「それは偏見じゃない?」
「偏見だね」
「あれ一気に味方いなくなった!?」
■ ■ ■
ガラガラ、と教室のドアが開き、その人物は姿を現した。
暮神紅理亞。
銀髪ロングヘア。前髪に赤のメッシュを入れている。歳は二十代後半。瞳は胡乱だが奥底に怜悧さが宿っている。アイシャドウ・アイライナー・マスカラ・リップ・マニキュアを全て紫系で統一している。服装は豊かな谷間を大胆にはだけさせた白いブラウスに、サスペンダー付きのロング丈のワンピース。彼女が着ると夜のカジノを闊歩していても不思議ではない雰囲気を放っている。ミステリアス、アンニュイ、魔性の女、大人の女性を構成する要素が全て当て嵌る。
入学式で一度目にしているが、こうして間近で見ると比べものにならない刺激が生徒達に押し寄せる。固唾を呑み、ほとんどの生徒が緊張で体が硬くなっている。
暮神は上品な足取りで教壇を上がり、C組の生徒をゆっくり見渡し、「ふっ」と妖艶に微笑んで、告げた。
「名門校の生徒とはいえ、やっぱりまだまだね」
「「「ッッッ!?」」」
その台詞はプライドの高い幾人かの生徒の心に刺さった。
生徒達が何か言うよりも早く、暮神が自己紹介を進める。
「改めて、暮神紅理亞よ。昨年度までアメリカ・ボストンの大学で戦術心理学の研究をしつつ講師として勤めていたわ。公私共に良い関係を築ければと思ってるから、なんでも相談してちょうだい。……もちろん、恋愛面に関しても、ね」
魅惑的な表情と瑞々しい紫色の唇から紡がれる甘い声に、一部の生徒はまだ緊張してしまう。
「質問、よろしいですか?」
そんな空気を打破するように、一人の男子生徒の声が響き渡った。
暮神がその生徒を視界に捉える。
「あら、気が早いのね、新甲斐くん」
新甲斐岳耶。
燃えるような赤毛が特徴的な男子だ。真っすぐで悪を許さんとばかりに光る眼光。ぴんと伸びた背筋。微動だにしない姿勢。一目見ただけで彼の誠実で真摯で正義に満ちた心が嫌でも伝わってくる。
先日学年別最強決定戦の準決勝で揆渡見凌駕と大接戦と繰り広げたその実力は本物だ。正に二番目に強い男である。
「看過できない点がありますので」
岳耶が敵意を隠さず告げる。
「ふふっ。そう、それなら仕方ないわね。……質問をどうぞ」
暮神は半分面白がりながら、岳耶の質問を受け入れた。
暮神の小バカにした態度に岳耶が眉をぴくりと動かすが、構わず続ける。
「教師としてその服装と化粧はいかがなものかと思います。俺も教師の身だしなみに口を出すつもりはありませんが、明らかに空気を乱しています。明日からは普通の恰好でお願いできませんか?」
「面白いことを言うわね」
暮神がくすりと笑う。
「……どういうことですか…ッ」
岳耶が侮蔑するように目を細めながらと聞く。
「空気が乱れてるのは貴方達が未熟なだけじゃない」
「「「ッッッ!」」」
これには岳耶だけでなく他の生徒も瞠目した。一様に憤怒の感情が漲っている。
「だってそうでしょ? 確かに私の恰好は場違いかもしれないけれど、それで緊張して空気が乱れるなんて心の持ち方が甘いっていう証じゃない。
貴方達は将来六道士として鬼獣や裏組織との戦いの場に送り込まれることだってあるかもしれない。実際、去年の八月に星十鬼獣に襲われる災害事故も起きた。それなのに自分の未熟さを棚に上げるのは恥ずかしいんじゃないのかしら?」
暮神の物言いは的を射ていた。
絶対に自分が正しいと思っていたC組の生徒達の自信が喪失していく。
「なるほど。確かに一理あります」
しかし岳耶は声を張って沈んだ空気を取っ払う。
「ですがそれとこれとは別です。どう考えても生徒の前で晒していい恰好ではありません。TPOを弁えた格好をお願いします」
「ほんと頭硬いのね」
言うと、暮神は教壇を降りて岳耶の前まで歩み寄って来た。暮神も岳耶も身長は高いが、ヒールを履いている分暮神の方が少し高い。
その状態で岳耶の目の前に立つと……、暮神のはだけた胸元が岳耶の眼前に広がるのだ。
「なんの真似でうぁっッ!?」
岳耶が言い終わるより早く、暮神の手が岳耶の首を掴む。
至近距離から伸びた手に岳耶は反応こそできたが回避することは叶わず、あっさり首を掴まれてしまった。
力はないので痛くはないが、振りほどくことはしない。矜持が邪魔してできない。
首を掴んだまま、暮神は言った。
「言っておくけれど、これは貴方レベルならぎりぎり躱せるはずよ」
「……ッ」
その自覚があるらしく、岳耶が何も言えず押し黙る。
暮神は岳耶の首から手を放し、教壇に戻りながら話した。
「これはあくまで私の持論だけど、今の若い六道士はすごい気を抜きすぎてる。はっきり言って質の低下が顕著だと思ってるわ」
名門校の自分らに対する辛辣な物言いに、プライドがどんどん踏み荒らされていく。
「業気量、六道術の精度、身のこなしももちろん大事だけど、根幹を担うのは〝心〟。私はこれまでの人生でそう学んだわ」
一拍置いて、暮神が告げた。
「だから、私からは自己コントロールを中心に教えるつもりだから、心してね」
「「「………」」」
一方的で他者の意見の割り込む隙も与えない暮神に、生徒達は完全に圧倒されていた。
当然生徒の中には納得せず否定的な者もいるが、この場で何を言っても言い返されてしまうと悟ったのだ。気圧されたことに変わりはない。
(……随分と教師らしいこと言うわね…! 『皇家』直属の『影城』のスパイの癖に…!)
そんな暮神に対し、暁風鈴は形容し難い複雑な感情を募らせていた。
(正論ではあるかもしれないけど~、暮神紅理亞の狙いは全く別……! そのカリスマ性でこの場を支配し~、心を掌握すること……! そうして徐々に私達の信頼を勝ち取り、その上で何かを探ろうとしているのね~…。暁家の参謀部でもまだ『皇家』の目的も何も掴めてないし、やっぱりしばらくは好きなようにさせて、観察するしかないかしらね~)
ちなみに、椋帷はというと、
(……入学式の時も思ったけど……暮神先生の視線の動き………誰かを探してる……?)
既に真相に近付いていた。
■ ■ ■
数カ月前のこと。
次年度から劉邦院学園二年C組で暮神紅理亞として潜入することになる『皇家』直属独立部隊『影城』の構成員。コードネーム『コクエイ』は、『影城』本部の隊長室で次なる任務の説明を受けていた。
「……なるほど」
常に余裕を露わにする暮神が若干冷や汗を流す。
「近頃『皇家』直属隊の幹部層がやけに騒がしい理由がようやくわかりました。……まさか、『皇家』の血を引く者が一般社会に紛れていたとは…」
「八月下旬のことだ」
『影城』の隊長を務める眼鏡を掛けた〝いぶし銀〟という表現が相応しい四十代中頃の男性が述べる。
「劉邦院学園一年C組が地方の山へ遠征演習に行った。そこで太古に封印された星十鬼獣『顔無ノ鵺』の封印が解かれ、大暴れする未曾有の危機が起きた。当然『皇家』のレーダー室でその狂暴な業気を確認し、逸早く対処できるように準備を整えていたが……、はっきり言ってC組の生徒達の命は諦めていた。
しかし、その数分後、ある強大な業気と共に『顔無ノ鵺』の反応が消失した。その強大な業気というのが、『皇家』だけが持つ『覇業気』だ。それは間違いなく日本の『徳邑原皇家』の『覇業気』と完全に一致した」
「つまり、『徳邑原皇家』の血縁が劉邦院学園一年C組の中にいる、と。確かに今でこそ『皇家』の人間の血筋管理は徹底されてますが、歴史を遡れば戦乱の時代に『皇家』の人間が行方不明になった事件や、『皇家』の男が外の女と火遊びした記録は幾つかあります。……しかしこの資料を見るに、業気検査やDNA鑑定には誰一人として引っかからなかった。親兄弟含めて三親等以内の親戚の検査も行ったけれど、徒労に終わった」
「六道術はある意味万能とも言える力だからな。おそらくは何十年も『皇家』の目から逃れて暮らしてきたのだろう。『覇業気』を用いれば正規の検査を欺く術はこの私でも思いつく。そこで我々は大胆に切り口を入れることにした」
「それが潜入捜査。白羽の矢が立ったのが私というわけですね」
「そうだ。おそらく隠れた『皇家』の人間も自身の『覇業気』が観測されたことはわかっているはず。だけど転校などして逃げたら正体を白状しているようなものだ。故に逃げられない。このまま卒業されれば完全に振り切られてしまう。
今、劉邦院学園に固まっている今がチャンスだ。幸い劉邦院学園は団結力を校訓にしているらしく、新学期に伴うクラス替えがないらしい。これをチャンスと見て、現在アメリカで講師を務める『コクエイ』を担任教師として赴任させることにした」
「私が肩書的に適任なのはわかりますが……、要するに劉邦院学園に『皇家』から圧力をかけるつもりでしょうか?」
「ああ。表向きは『皇家が考案した人材育成プログラム』の試験台という体で五人の教師を推薦し、その内の一人に君を入れるつもりだ。その後の担任決めにも参加させてもらい、星十鬼獣に襲われた元一年C組の担任を自己コントロール・メンタルケアに精通したお前を、という体でさりげなく推す算段となっている」
「……確かに自然な流れのようにも見えますが、見る人が見れば違和感を覚えるはず。何より『皇家』の直属隊がここ最近妙な動きをしていることは『御六家』を始め『六道協会』の上層部も嗅ぎ付けているはずです。そこでいきなり何の前触れもなく学園の教育方針に口出ししたら……」
「ああ。お前が『皇家』の裏部隊である『影城』の人間だということは勘づかれるだろう」
「……自分で言いますが、私は優秀な潜入捜査員だと思います。そんな私の正体明かす……わかっていましたが、それほど重要な任務というわけですよね」
「……先程お前が言ったように、肩書的に適任というのもあるが、私は『影城』の中で君以上に適任者はいないと本心で思っている。……頼んだぞ」
「はい。承知しております」
かくして、暮神紅理亞は劉邦院学園へ足を踏み入れることとなった。
自分より心理戦に長けた人はいないという自信を胸に。
お気に入り登録、高評価、感想などお願いします!
何か意見があれば是非下さい!




