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帝国・サタンフォード

皇室の双子兄妹は恋愛に奥手なので、協力して片想い相手の婚約を破壊することにしました

作者: sasasa




 帝国の第四皇子エルドレッドと第二皇女アリアドネは双子の兄妹である。


 子沢山な皇室の中で双子として生まれてしまった二人は、幼い時分は何でもかんでも一緒くたにされて育った。


 寝食はもちろん、着る服や玩具も常に揃いもので、家庭教師や習い事も常に一緒だった。その為幼い頃の二人は互いの目を見るだけで考えていることが分かる程に、一心同体であった。


 しかし、誰よりも仲の良かった双子は、成長し男女の差が現れるにつれ次第に距離を置くようになる。そしてアカデミーに通う思春期になると殆ど会話さえしなくなっていた。


 双子といえど、所詮は男女の兄妹。そんなものなのだろうと特に寂しさもなく、互いが互いに不干渉になっていった二人は、アカデミー入学から二年目のある日、とある出来事をきっかけに再び結託することになる。









 皇女アリアドネはその日、いつものように図書室にいた。


 勉強熱心なアリアドネは放課後の日課として、図書室で授業の復習をする。しかし、アリアドネが図書室に通う本当の目的は別にあった。


 本を読むフリをして、アリアドネがそっと目線をやったのは、二つ先の机で頬杖をついてパラパラと本を捲る、伯爵令息のイーサン・オリフィス。


 背が高くハンサムで、だけど口数が少なく一人でいることを好むタイプの彼は放課後、決まって本を読みに図書室に来る。


 それを知っていたアリアドネは、少しでもイーサンの近くにいたくて健気にも図書室に通い詰めているのだ。そう。帝国の第二皇女であるアリアドネは、彼に片想いをしていた。


 イーサンが顔を上げると、アリアドネは慌てて目線を手元の本に戻した。その頬や耳は赤く染まっているが、本人にその自覚はない。


 暫くすると、本を読み終えたイーサンは立ち上がり、本を棚に戻して行ってしまった。その後ろ姿を目でそっと見送りながら、アリアドネは溜息を吐く。


「はあ……今日も話し掛けられなかったわ……」











 同時刻、皇子エルドレッドは、いつものように美術室にいた。


 クラブに所属しているエルドレッドは、皇子でありながら絵の才能があった。しかし、それだけでわざわざクラブに参加しているのではない。


 筆を持って静物画を描くフリをしながら、エルドレッドがそっと目線をやったのは、同じクラブに所属している伯爵令嬢のレリナ・ルリチェ。


 愛らしく淑やかな彼女は、笑みを絶やさず友人に囲まれている気立の良い令嬢だ。その姿を見つめながら、エルドレッドは筆を止めた。


 レリナの笑顔を盗み見るためにわざわざクラブ活動にまで参加しているエルドレッド。そう。帝国の第四皇子であるエルドレッドは、彼女に片想いをしていた。


 レリナがふと、エルドレッドの方を見る。視線が合う前に慌てて逸らしたエルドレッドは、頰と耳先を赤らめていた。


 そうこうしているうちにクラブの終了時間が来て、絵具を片付けたレリナは友人達と談笑しながら帰っていく。その背中を見送りながら、エルドレッドは溜息を吐いた。


「はあ……今日も話し掛けられなかったな……」











「「はあ……」」


 皇宮にて。食事の最中。同時に溜息を吐いた双子は、久しぶりに目が合った。


「お前。辛気臭い顔してどうした?」


「あなたこそ。その疲れた顔は何?」


 三ヶ月ぶりの双子の会話は、どこか殺伐としている。かと言って睨み合いが長引くわけでもなく、二人はそれぞれに肩をすくめて視線を外すだけだった。


 兄弟姉妹の多い二人は、生まれた順に並べられた座席の隣同士にありながらも、普段は会話すらしない。


 しかし、二人の周りはそれなりに賑やかだった。


 歳の差婚ではあるものの、帝国一のオシドリ夫婦として有名な両親は熱い視線を交わしながら談笑し、皇太子である優秀な兄と、国一番の才女として名高い第一皇女の姉は政治の議論を交わしている。一方で二人より下の弟妹は楽しそうに会話をしては笑い声を上げていた。


 そんな中、不意に二人の元へ両親の会話が聞こえてくる。


「そういえば、今時珍しく政略結婚なんて考えてる家門があって、婚約が決まりそうだと聞いたのだけれど。どこの家門かしら?」


 母である皇后がその大きな瞳を向ければ、父である皇帝は愛おしさを目一杯詰め込んだ瞳を妻に向けて答えた。


「まだ決定ではないが、話が出ているのはオリフィス伯爵家の令息とルリチェ伯爵家の令嬢だ」


 ガチャン!


 皇帝の言葉を聞いた途端、双子が同時に食器を落とした。和気藹々としていた食卓は静まり、両親と兄弟姉妹の視線が双子に向かう。


「……エルド、アリア? 二人ともどうかしたの? 大丈夫?」


 母の言葉に我に返った双子は、見事なシンクロで顔を上げ、周囲に目を向け、互いを見た。


「「…………」」


 直感的に何かを悟り合った二人は、同時に席を立つ。


「「体調が優れませんのでお先に失礼いたします」」


 矢のように押し合いながら出て行った二人を、皇帝も皇后も、兄弟姉妹達も、ただただ呆気に取られて見送ったのだった。






 双子は速足で自室に向かいながらも。その頭の中は大混乱に陥っていた。片想いの相手が婚約する。それも政略結婚。その事実は驚くほど重く二人の胸にのしかかり、好きが過ぎるあまり話しかけることすらままならない自分自身をとても惨めに思った。


 そして双子は、同時に足を止めて互いを見た。


「…………」


「…………」


「……そういえばお前、オリフィス家のイーサンに向かって熱い視線を送ってなかったか?」


「そういうあなたこそ。ルリチェ家のレリナがいるからって美術クラブに入ったんでしょ?」


 疎遠になっていたとはいえ、流石の双子。アカデミーで見かけた互いの行動から、何となく察していたことを指摘すれば、互いに驚きで目を見開いた。


「……アリア。お前とは何だかんだ言って、たった二人の双子だ。こういう時は手を取り合うのも悪くないよな」


「……そうね、エルド。私達は何と言ってもたった二人の双子ですもの。協力し合うのはとても大事だと思うわ」



 そして、両親譲りの優秀な頭脳を働かせた二人は、片割れである自分の半身へと手を伸ばし、固い握手を交わしたのだった。



「二人の婚約を」「阻止するわよ」



「まずは、話がどこまで進んでいるのか確かめましょう。お父様はまだ決定じゃないって仰っていたもの」


「そうだな。そもそも恋愛結婚を推奨している今の帝国で政略結婚だなんて、何か事情があるのは明白だ」


「二つの家門の現状を調べて婚約話の真相を突き止め、破談にするのよ」


「何があっても絶対に本人達の意思を無視した政略結婚なんてさせない」



 頷き合った二人は、数年ぶりに手を組んだ相方へと企みたっぷりの笑みを向け合ったのだった。















 翌日アリアドネは、早速休み時間にレリナの元を訪れていた。


「ご機嫌よう、レリナ」


「アリアドネ様!? ご、ご機嫌よう」


 突然皇女に話し掛けられたレリナは驚きつつも、姿勢を正して丁寧に頭を下げた。


 洗練された仕草に、双子の片割れもなかなか見る目があるじゃないと内心で感心しながら、アリアドネは親しい友人に話し掛けるようにレリナへと笑みを向けた。


「少し小耳に挟んだのだけれど、オリフィス家の……イ、イーサン……との婚約が決まりそうというのは本当かしら?」


 笑みを浮かべながらも、想い人の名前を口にするだけでアリアドネはドキドキだった。


「……はい。両親に勧められています」


 グッと崩れ落ちそうになる自分を奮い立たせたアリアドネは、一番聞きたいことを、平静を装って問い掛けた。


「それは……あなたも望んでいる婚約なの?」

 

「…………いいえ。実は私には、他にお慕いしている方がいるのです」


 それを聞いたアリアドネは、心の中で拍手喝采をした。しかし、同時に双子の片割れエルドレッドへと同情する。


(レリナには他に想い人がいるんですってよ、可哀想なエルド……あなたの初恋は叶いそうにないわね)












「イーサン、ちょっといいか?」


「はい」


 一方のエルドレッドはイーサンの元を訪れていた。突然の皇子からの呼び出しにも関わらず、全く動揺する素振りもないその姿を見て、双子の片割れもなかなか見る目があるなと思いつつ。エルドレッドは、人目のないところまでイーサンを誘導した。


「悪いな。ちょっと教えて欲しいんだが、ルリチェ家の……レ、レリナ……と婚約をする予定があるのか?」


「何故、殿下がそのようなことを気にされるのか分かりませんが。確かに両親から打診はありました」


 グッと前のめりになったエルドレッドは、内心でドキドキしながらも平気な風を装って問い掛ける。


「それは……君も望んでいる婚約か?」


「…………いいえ。私は、彼女とは別に、守りたいと思う女性がいます」


 その力の籠った声を聞き、エルドレッドは内心でホッと安堵した。それと同時に、双子の片割れアリアドネへと同情する。


(イーサンには他に想い人がいるみたいだぞ、可哀想なアリア……お前の初恋は叶いそうにないな)












「なんだその目は」


「あなたこそ何よ」


 作戦会議と称して久しぶりに二人でお茶をしていた双子は、互いに互いを憐みのこもった目で見ていたが故に、訝しげな目線を投げ合った。


「取り敢えず、レリナはこの婚約について乗り気じゃないようよ」


「本当か!? イーサンも、婚約については望んでいないらしい」


「本当に!? じゃあ、やっぱり家門同士の政略結婚でしかないのね!」


「ああ。だから根本となる政略結婚の原因さえ何とかすれば解決する!」


 互いの嬉しそうな顔を見た二人は、互いに言い出すことができなかった。お前の(あなたの)想い人には、他に好きな人がいるらしい……と。喉まで出かかった言葉を呑み込みあって、双子は次の作戦を考えた。


「政略結婚の事情は聞いたか? 何でもオリフィス家の紡績業とルリチェ家の機織業に関係があるらしいな」


「ええ。隣国のリンムランドから輸入している綿花の価格が高騰した影響で、事業提携を考えているそうね」


「その綿花の高騰さえ何とかできれば、わざわざ政略結婚までして事業提携する必要もなくなるだろう」


「となれば、隣国との貿易問題を解決する必要があるわ。幸運にも私達にはとても強い味方がいるわね」


 こうして双子は、兄のいる皇太子宮へと向かったのだった。







「お兄様、ちょっと宜しいかしら」


 皇太子エドウィンは、執務室にやって来た珍しい弟妹の姿に興味深げな目を向けていた。


「エルドにアリア? 二人で来るなんて珍しいな。どうした?」


「教えて欲しいことがありまして」


「ふーん? 二人とも体調はもういいのか?」


 何でも見透かしているかのような兄の緑色の瞳にギクリとしながらも。エルドレッドとアリアドネは笑顔で頷いた。


「昨日は失礼いたしました」


「一晩休めば治りましたわ」


「そうか。座って待っていてくれ。この書類を処理したら話を聞くよ」


 皇太子である兄はペンを素早く動かすと、神業のような速さで積まれた書類を処理し、涼しい顔で二人の前に腰掛けた。


「それで?」


 父である皇帝にそっくりなエメラルド色の瞳が、楽しんでいるかのようでありながらも鋭く双子に向けられた。目を見合わせたエルドレッドとアリアドネは、息を合わせて兄に問いかけた。


「隣国の、リンムランド王国についてなのですが」


「ここ最近、我が国との貿易に問題があるとか?」


「ほう。二人がどうしてそのことを気にするのか知らないが、確かにそういった話は出ている。ふむ。急に外交に興味が出てきたわけでもないだろうし……昨日の体調不良と何か関係があるのかな?」


 ニヤリと笑う鋭い兄にドキリとしつつ、双子は何とかポーカーフェイスを取り繕った。


「私達もそろそろ成人ですから」


「単純に興味があるだけですわ」


「……成程? そう言えば昨日、父上と母上がオリフィス家とルリチェ家の政略結婚の話をした途端、二人とも体調を悪くしたようだったね」


 ポーカーフェイスをギリギリで維持する双子の額から、同時に汗が落ちる。


「あ、あの時、兄上は姉上と政治の話をしていませんでしたか?」


「ど、どうして……お父様達の会話の内容までご存知なのです?」


 明らかに動揺している双子を見て楽しそうに目を細めた兄は、何でもないことのように言った。


「誰と話していようと、同じ空間で起こっていることには常に気を配っているからね。特に父上と母上の言動は国の政治に強く影響することだから……まあ、大抵はイチャついてるだけだけれど……とにかく。あの話の直後に様子がおかしくなったお前達と、件の令息と令嬢はアカデミーの同級だろう?」


 ギクギクッと唇の端を震わす双子を見下ろしながら、兄は核心に迫った。


「そして私は昨日あの後、早速オリフィス家とルリチェ家の事情について調べた。そうすると、リンムランドから輸入している綿花の高騰が原因で事業提携をしようとしていることが分かった。事情が分かった途端、お前達が他でもないリンムランドの貿易について、揃って私のところに聞きに来るだなんて。あまりにもタイミングが良すぎじゃないか」


 双子は、既にこの兄に全てを見透かされていると確信して手で顔を覆った。


「さてはお前達、それぞれオリフィス家の令息とルリチェ家の令嬢に恋をしてるな?」


 断言した兄に、耳まで真っ赤になった双子は降参する。


「……そうです。どうか、兄上の力を貸して下さい」


「お願いです。どうしても婚約を阻止したいんです」


 漸く素直になった弟妹に満足した兄は、ふむふむと訳知り顔で顎に手をあてながら答えた。


「婚約を阻止したいなら、とても簡単でいい方法があるじゃないか。お前達が、それぞれと恋人になればいい。この国では父上と母上が結婚して以来、恋愛結婚が推奨されるようになった。政略結婚は当事者に特定の恋人がいた場合、婚約の許可すら降りない。とっとと告白でも何でもして、恋人になることだな」


「こ、こ、告白!? 私達は相手に話しかけることすらできないのですよ!?」


「無理ですわっ!! そんなの想像しただけで心臓が破裂してしまいます!!」


 真っ赤になって叫ぶ双子を見て、兄は情けないとでも言うかのように溜息を吐いた。


「……まったくお前達は。あの父上と母上の血を引いていて、どうしてそんなに奥手なんだ?」


 反論しようとした双子は、揃いも揃って口を引き結んで押し黙った。何せこの兄は、ラブラブが過ぎる積極的な両親の血を色濃く受け継いだのか、アカデミーに入学する前に自分の伴侶を見つけて口説き落とした男なのだ。


 当時十三歳にして、使節団と共に来た隣国の王女に一目惚れした兄は、ありとあらゆる手段を使い王女の帰国を長引かせ、短期間で皇帝と皇后である両親はもちろんのこと、相手国の国王と王妃、そして王女本人にさえも求婚を了承させてそのままの勢いで婚約まで持ち込んだ強者であった。そして今は皇太子妃となった王女をこれでもかと溺愛している。


 以来、『兄=強い』という謎の方程式が双子の中にはできあがり、今なおその図式は少しもブレていない。




「まあ、いい。それならば、お前達がリンムランドとの貿易問題を解消しろ。一番打撃を受けているのは綿花だが、他の輸入品も高騰している。貿易問題さえ解決すれば、オリフィス家もルリチェ家も、わざわざ白い目で見られる政略結婚なんてしないだろう」


 そう言って兄は、双子の前に資料を差し出した。


「お前達の姉、アフロディーテが纏めた資料だ。ここにリンムランドからの輸入品の物価高騰について原因が書かれている。アカデミー卒業後のことを考えるいい機会だ。この件はお前達に一任しよう。資料を読んで対策を考えてみろ」


 渡された資料を、双子は左右から熱心に読み込んだ。外交官として敏腕を発揮する姉の資料は分かりやすく、要点が纏められていた。



「成程。リンムランドと帝国を繋ぐ貿易街道で、大規模な土砂災害があったのか……」


「復旧の見込みが立っていなくて、別ルートを通るから輸送費が値上がりしてるのね」



 姉がご丁寧に添付してくれた地図を見て、双子は頭を突き合わせた。



「被害があったのはリンムランドと帝国の国境線上か。そのため勝手に復旧作業を進めるわけにもいかないようだな。何よりリンムランドが非協力的だと」


「リンムランドはケチですものね。これを機に必要以上に輸出品の価格を釣り上げようとしているんじゃないかしら。帝国側だけで道を新設できないの?」



「難しいな。北に回れば渓谷で、南は砂漠だ」


「うーん……やっぱりこの山道しかないのね」


「ここを迂回するのはどうだ?」


「悪くない案だと思うけど……」


「……結局、この山が邪魔だな」


「……結局、その山が邪魔だわ」


 二人が指したのは、閉ざされた街道のすぐ近くにある山だった。ちょうど崩落現場を迂回するルート上にあるその山を、地図上からジッと見つめる双子。


「運がいいことに、この山はお祖父様の領地の端っこにあるようだ」


「本当ね。つまり、私達が頼み込めば、如何様にもできるわけね?」


 無言で見つめ合った双子は、大きく頷き合った。


「アリア。これは俺達にとって一大事だ。そうだろ?」


「そうね、エルド。アレを試してみる価値があるわね」







 エルドレッドとアリアドネは恋愛においては超がつくほどの奥手である。好きが過ぎて相手に話し掛けることすらできず、目が合おうものなら動けなくなる。それでも一途過ぎるくらいに初恋の片想いを拗らせていた。だからこそ必死だった。片想い相手の婚約が決まる前に、何としてでもこの話をぶち壊す。


 そんな決意を固めた二人は、翌日には例の山の近くに来ていた。この辺りの領主であり祖父でもある大公の許可は既に貰っており、祖父の住まう大公城で家令を務めるテディの案内で、山へ向かう。


「お祖父様が孫に甘くて優しい人で本当に良かったわ」


「恋のためだと言ったらすぐに許可してくれたからな」


「相変わらず、ロマンチックな人なのよね」


「お祖母様も了承してくれてるんだろう?」


 エルドレッドが問うと、道案内をしていたテディは頷いた。


「ええ。お二人とも、エルド様とアリア様の恋をそれはそれは応援しておりましたよ」


 祖父母の城に行く度に、よく遊んでくれた家令のテディは、確か母と同じくらいの年齢だが、二人にとっては歳の離れた兄のようなものだった。


「テディにも手伝ってもらって悪いわね」


「お役に立てて何よりです」


「今度また、剣の練習を見て貰えるか?」


「もちろんです。さあ、着きました」


 テディが指し示した聳え立つ山を前に、双子は準備体操を始めた。


「山にいた動物は避難させてるんだよな?」


「ええ。魔法で全て転移させております」


「周辺への影響については大丈夫なのね?」


「ええ。山一帯に結界を施しております」


 目を合わせて頷き合った双子は、手を取り合った。


「それじゃあ遠慮なく、俺達の恋の障害となるあの山を破壊してしまおうか」


「ええ。遠慮なく、私達の恋の障害となるあの山を破壊してしまいましょう」






 現皇帝と現皇后との間に生まれた皇室の兄弟姉妹は、程度の差はあるものの、揃いも揃ってそれぞれが魔力を持っている。


 一番強い魔力を持つのは双子のすぐ上の兄、第三皇子だが、それに比べて双子が持つ魔力は微弱なものだった。


 そのため両親も、周囲の者達も、双子が魔法を使い熟すのは難しいだろうと思っていた。


 しかし、双子が幼かったある日のこと。とんでもない事態が起こった。祖父母がいる大公城で遊んでいた二人は、悪戯心から手を取り合って魔力を解放してみたのだ。


 すると、微弱なはずの二人の魔力は繋がった手から共鳴し合い、増長と増長による相互の増幅効果が作用し合い、とんでもない勢いで膨れ上がった。


 幸いにも大公城には二人の祖父である、魔力の扱いに長けた大公がいたので大事には至らなかったが、あのまま魔力が暴走すれば城どころか大公領が吹き飛んだだろうとまで言われる程だった。


 以来、エルドレッドとアリアドネは、手を繋いで魔力を解放することを禁じられた。しかし、今回は一大事。二人の初恋が掛かっている。


 孫の一途な恋を応援したい大公は、安全対策を施した上で双子が力を使うことを認め、更には領地の端にある山を丸ごと破壊する許可を出したのだった。




 こうして数年ぶりに魔力を解放し、手を取り合った双子の間に、尋常ではない魔力の塊が出現する。まるでブラックホールのように漆黒のその塊は、拗らせに拗らせた双子の恋心のように巨大化し、やがて周囲のものを呑み込み出した。



 目を合わせた双子は、息を合わせてその魔力の塊を山に向かってぶつけた。


 バキバキと木々が折れ、ゴオッと土が崩れて山が崩壊していく。何もかもが双子の魔力に呑まれるこの世のものとは思えない程恐ろしい光景が広がる中、エルドレッドとアリアドネは親の仇でも見るかのように山を睨み、力を解放し続けた。


 結果として双子の強大な破壊力により、そこに在ったはずの山は跡形もなく消え去って遮断していた街道に新たな道が拓けた。


 後日談ではあるが、運搬経路が確保されたことで高騰していた綿花の価格は通常に戻り、オリフィス家とルリチェ家の政略結婚は双子の思惑通り、無事に白紙に戻されたのだった。

















 アカデミーの廊下を歩いていたアリアドネは、呼び止められて後ろを振り向いた。そこには双子の片割れの想い人、レリナ・ルリチェがいた。


「アリアドネ様! リンムランドとの貿易問題に尽力して下さったと伺いました。お陰で婚約の話はなくなりました。本当にありがとうございました」


「いいのよ。私にも利があったんですもの。それより、レリナ……あなたに一つ聞きたいことがあったのだけれど」


「はい? 何でしょうか?」


「この前言っていた、あなたの好きな人のことだけれど……どんな方か、聞いてもいいかしら?」


「えっと……」


 少しでもエルドレッドの初恋に協力したいと思ったアリアドネの問いに、恥じらいながらもレリナは小声で答えた。


「私がお慕いしているのは……」


 その答えを聞いて、アリアドネは目を見開く。そしてレリナに駆け寄ると、心を込めて提案した。











 エルドレッドは、自分を呼び止めた相手を見た。そこにいたのは双子の片割れの想い人、イーサン・オリフィスだった。


「殿下がリンムランドとの貿易問題に尽力して下さったと言うのは本当ですか?」


「まあな。しかし気にするな。俺にも利があったんだ。それより、君に一つ聞きたいことがある」


「何なりと」


「この前言っていた、君が守りたいと思う女性のことだが。どんな女性だ?」


「それは……」


 少しでもアリアドネの初恋に協力したいと思ったエルドレッドの問いに、イーサンは真っ直ぐ答えた。


「その女性は……」


 その答えを聞いて、エルドレッドは目を見開く。そしてイーサンの肩を叩くと、心を込めて提案した。














 いつものように図書室で本を読んでいたアリアドネは、ふと机の向かい側の椅子が引かれた音に気付いて顔を上げた。


「……!?」


 そして驚愕しながらも叫び出さなかった自分を褒めた。アリアドネの向かいには、絶賛片想い中の相手であるイーサンが座っていたのだ。それも、頬杖をついて気怠げな目でアリアドネを見ている。


「あ、イ、イ、イーサン……?」


 え? なんで?? とパニックになりながらも、アリアドネは何とか正気を保った。憧れの相手が目の前に座り、自分を見ているのだ。今すぐ倒れてもおかしくない程、アリアドネの心臓は激しく高鳴って飛び出しそうだった。


「アリアドネ様。少しだけお時間宜しいですか」


 イーサンに正面から見つめられ、真剣な顔でそんなことを言われれば。アリアドネは、顔からぷしゅーっと湯気が出る勢いで赤面しながら頷くしかなかった。


「……は、はい……」








 




 いつものように美術室で絵を描いていたエルドレッドは、ふとキャンバスに掛かる影に気付いて顔を上げた。


「……!?」


 そして驚愕しながらも叫び出さなかった自分を褒めた。エルドレッドの絵を覗き込むようにそこに立っていたのは、絶賛片想い中の相手であるレリナだった。その遥か後方にはこちらを見てクスクスと笑っているレリナの友人達の姿。


「レ、レ、レリナ……!?」


 え? なんで?? とパニックになりながらも、エルドレッドは何とか正気を保った。憧れの相手が目の前に立ち、頰を染めて自分を見ているのだ。エルドレッドは心臓が破裂するかと思った。


「あの、エルドレッド様……少しだけ、宜しいですか?」


 羞恥に潤んだ瞳で見つめられ、エルドレッドの顔も一気に赤くなる。


「あ、ああ。……どうしたんだ?」




















 その日の皇宮の晩餐会にて。両親と兄弟姉妹の生温かい目が、双子に向けられていた。


 ニヤける口元を隠し切れていない双子に向かい、母である皇后が問い掛ける。


「エルド、アリア。二人とも何かいいことでもあったのかしら?」


 興味津々なキラキラした母の目に頰を染めた双子は、モジモジしながらも幸せそうに報告した。


「実は……」

「実は……」


「好きな人と」

「好きな人と」




「「文通を始めることになりました!」」




「…………は?」


 顔を真っ赤にして恥じらう双子と、飛び出した言葉の内容があまりにも幼稚過ぎて、母である皇后は頭を抱えた。話を聞いていた父も、兄も姉も弟も妹も。双子の奥手ぶりに呆れ果て同じように頭を抱える。


 周囲の空気になど気付かない双子は、互いに『良かったじゃないか』『良かったじゃないの』と健闘を讃え合っていた。




「まあ、あなた達が幸せなら、それでいいのだけれど……」


 てっきり交際宣言かと思いきや、文通程度でここまで浮かれるこの二人が恋を成就させるのはいったい、いつになることやら。


 ある意味で皇室の大問題児と言える双子を、両親と兄弟姉妹は相変わらず生温い目で見守るのだった。





















皇室の双子兄妹は恋愛に奥手なので、協力して片想い相手の婚約を破壊することにしました 完






読んで下さりありがとうございました。


以下、見づらいですがシリーズの簡単な家系図です




【メフィストの祖先】

初代大公 ルシフェル

大公妃  エリナ



【現大公夫妻】

先代女帝 イリス(現在は息子に皇位を譲り引退)

皇配   メフィスト(現サタンフォード大公)



【イリスとメフィストの子】

 エヴァンドロ 現皇帝



【エヴァンドロの前妻】前皇后(病死)


 [第一子]エドワード 第一皇子→皇太子→廃太子→幽閉先の離宮で死亡(書類上)



【エヴァンドロの後妻】現皇后 マリアンジェラ


 [第一子]エドウィン 第二王子→現皇太子→後の皇帝

 [第二子]アフロディーテ 第一皇女

 [第三子]??? 第三皇子→後のサタンフォード大公

 [第四子]エルドレッド 第四皇子

 [第五子]アリアドネ 第二皇女

 [第六子]???

 [第七子]???

 [第八子]???




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くてシリーズ一気読みしました。 [気になる点] 家令のテディは廃太子のエドワード? 祖父母の元で人生やり直し中なのかな
[良い点] シリーズ新作きてたー!シリーズまとめていただいてありがとうございます!全部面白いのでまた最初から読み直ししよっと!双子ちゃん可愛いしマリアンジェラの子供だと思うと余計ににまにましちゃいます…
[良い点] やはり双子は力を合わせてパワーアップがお約束! というかあの二人の子供なのに、この奥手とは
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