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 ラティエラの街。

 昼と夜で別の顔を持つ素敵な街。

 昼は紳士。夜は夜王。昼は淑女。夜は娼婦。

 夜の帳に降り立った男二人。

 当然踏み出す先は女や子供はお断りな店かと思い内心ウキウキしていた道行くウキウキした顔する男どもを人類皆兄弟よなと博愛の精神を持って眺める心地だった。

「マジでいいのかよおい。俺、暴れちゃうよ。普段は紳士な俺もこの時ばかりは暴れん坊になっちゃうよ」

「はっはっは。無論、構わないとも。ハルくんやレイくんを連れてくるわけには流石にいかないけれどね。もしかしたら僕とも兄弟になってしまうかもしれないね。おお、弟よ!」

「それは嫌だ」

 すいすいと慣れた風に道を進んでいくザシャ。こいつ実は結構なスケベなのかもしれない。正直、見直した。

 見上げてる夜空は深い藍色。光でほの明るく照らされた空はこの街が躍動している証明だった。

 ラティエラは大きく四つの区画に分けられている。この街の住民たちが居を構え、協会の支部もある居住区。バルタサーリ商会なんかの公社が詰められている商工区。観光客相手の宿泊施設や店が立ち並ぶ観光区。そして大人未満は足を踏み入れてはいけない歓楽街。

 俺たちが今いるのは歓楽街。

 そこに何があるのかなんて誰だって分かるだろう。あれとかそれとかして気持ちよくなってしまうお店が立ち並んでいる。いや、普通にお酒を提供する店や賭博の店だってあるけれど。ここに訪れるやつらの大半の目的はそれだろう。

 道行く男も女もだらしない猿面晒して一晩だけのお相手を探してる。ガラスに映った自分の猿面を発見してしまう。だらしなく緩んだ顔面を引き締めた。きりり。

 この空気は嫌いじゃない。誰も彼も浮かれてボケた笑顔で目の向け所を探している。狂ったような熱を宿して懸命になっている。明日のことなどないように、目の前だけに必死になってる。悪いことじゃない。そんなことを伝えたら歓楽街から追い出されたっけ。

「で、どこに連れていってくれるつもりだ」

 この区街に入ってからそれなりに歩いている。

 そういう店にも当然ながら格式や等級といったものが存在する。ここの場合は奥に行けば行くほどに敷居が高くなり、同時にご利用料金も恐ろしいほどに高くなっていく。

 俺のような小市民はまず入り口付近のゴブリンだかオークだか分からない、男だか女だかも分からない顔面偏差値の人間擬きが出てきたりする店の方によく通う。

 安い酒をかっくらって高くもないつまみをつまんでしょうもない話に花を咲かせて顔も知らない誰かと方を組んでしょうもない躍りをして、翌朝に誰だよお前と初対面で指差しあって二日酔いで死にそうな顔をお互い晒してしょうもないと苦みばしった表情を浮かべてさよならする。

 基本、俺ってそっち側だから。あんまり敷居が高すぎると文字通り、役に立たなくなってしまうかもしれん。なんという恥辱!

 だが、ザシャが先導する道はそちらから外れた裏道の方へと逸れていった。いや、全然がっかりとかしてないけど、期待とかしてなかったし。本当に全然してないし。

「なんて綺麗な涙なんだ。君はそんなにもこれから連れていかれる場所に期待しているんだね!」

「うるせえよ」

 些細なすれ違いだ。

 そうして連れていかれた場所はまあ、言っちゃあれだが場末の飲み屋だ。そんなに客の姿も多くない。うるさいザシャのイメージに合わないがラティエラに来たら必ずここに立ち寄るらしい。

 注文を聞きにすら来ない愛想のないオヤジ店主が一人で切り盛りしているようだった。そりゃ流行んねぇよな。

「店主殿。いつもの奴をお願いします」

 いつもとは違って声を張り上げずに落ち着いて見えるザシャがなんだか不気味だった。逆に俺の方が落ち着かなくなってきた。

 あのザシャが大人しくしているってことはなんかある。そのなんかがまるで予想がつかないからあっちやこっちやと目線をウロウロさせる破目になる。

 お洒落とは無縁の店で品目に値段が書いてあるだけで俺は嫌いじゃない。俺がなにか頼む前にザシャがさっさと決めてしまった。まあいいさ。酒とつまみがあればおおよそ天国だ。

 出てきたのはなんの変哲もないジャーキーだった。首を捻ったり店主を見てみたりしたがぼわんと煙が出てジャーキーがゴブリンに変わったりもしなかった。ついでにザシャが裸になったりもしなかった。

 いやいいよジャーキー。俺好きだし。保存食にもなるし酒のつまみにもなるし噛めば噛むほど味が染み出てくるし。はっきり言って最強の一つに数えられるんじゃないかと思う。時間はかかるけどお手製で作れるし、ちょっとした味の変化もつけられるし。つまりはジャーキー最高ってことだよ。だいたい懐に忍ばせてるんだよ。たまにレイにあげたりしてんだよ。結構ねだられたりしてそれがまた、いやなんでもない。

 食べると味が口の中にじゅわっと広がって良い感じに酒が飲みたくなる。普通に美味しいよ。普通に。普通なんだよな。わざわざ外行って食う物でもないっつかね。いや、美味しいんだよ。美味しいけどね。

「ふむ。どうして僕がここに君を連れてきたか分からないといった顔をしているね」

 ザシャが安っぽい麦酒を頼むとすぐに出てきた。

「両親がいなくなった後、僕はすぐにツィラに引き取られたわけじゃない。両親の親友だとか見たこともない親類縁者にサービサーの名を騙る業者に色々と良いようにされてしまってね。ま、それなりの間は浮浪児やってたんだよ」

「それは得難い経験だったな」

「ふふふ。置き引きにかっぱらいに荷運び。強盗や殺人には手を染めなかったけれど一歩手前までは踏み込んでたね。とにかく生きるために薄汚いことはなんでもやったよ。それでも子どもだったからね。当たり前のように行き倒れた」

「まあ珍しくもない話だよな」

「そういう君も確かご両親がなくなってその後は結構な畦道に入ってしまったそうだけど」

 俺のことはいいんだよどうでも。

「捨てる女神あれば拾う女神ありとは言ったもので、ここの店主がまだ連邦で店をやっていた時にこれを恵んでくれたのさ。以来、ここのジャーキーは僕にとっての命を繋げる食べ物なのさ」

 だからこいつにしては店主に気を遣って大人しいのか。

「そして、毎回、冒険に出る前の願掛けとして大量に貪って行くのだよ」

「ふーん。そんで」

「もちろん、君をここに連れてきたのは何もそれだけのためではない。色々と話しておくべきことが散在しているからね。例えば」

「例えば両親と同行していた誰かについてとか」

「ふむ。知っていたのかね。それは君だけに知っていてほしかったのだよ。下手をすれば他の人も危険だからね」

「婆さんは知っていたようだが」

「あの人ほど有名になると手を出す機会はないしそもそも手を出す相手でもない。彼女を害する利がなにもないからね」

 逆に言うと、利があるなら手を出すことも厭わないってか。

「僕に知られるとすっ飛んで行くと思われていたんだろうね。僕だって考えながらすっ飛ぶくらい出来るというのに失礼な話さ」

「すっ飛びながら考えんな。だから言わなかったんだろ」

 いやはや全く汗顔の至りだねなんて全く反省していないような物言いだ。反省なんて言葉はザシャの辞書にはないかあるいは意味が俺らとは違うのだろう。

「ヘルダルフ・アレクセイ。煌士である君なら知っているかもしれないね」

 その名前を頭の中でぐるぐると検索してぼうぼうに伸びた雑草の中から一つを引っこ抜くのに成功した。

 ヘルダルフ・アレクセイ。

 イオニア猟兵団。団としての規模はさほど大きくないが熱狂的な武闘派で構成員は軒並み精強かつ精悍。色んな地域の紛争に雇われて協会とも何度か敵対したことがある猟兵団。その団長がヘルダルフ・アレクセイ。

 名前の知られている猟兵団で厄介じゃない奴らはいないが当然、彼らもそれに含まれる。彼らの行動で特異なのはどんなに金を積まれても、どんなに好条件を出されたとしても他の猟兵団と行動を共にしないという点にある。

 自分達の実力に自信があるのかはたまた群れるのが嫌いなだけなのか。それとも彼ら自身に何らかの秘匿性があるのかは不明である。

 まあ、要するに、実力はあるが何をしたいんだか分らん連中ってのが協会も他の猟兵団も、雇う側も含めての大方の意見だ。

 そんな分からん連中だからこそ行動には何かしらの目的があると俺は考えたい。理解できないとしてもな。そんな奴らの頭がザシャの両親と一緒にいた。ここにどんな背景があったのか。

「父と母も職業柄猟兵団とは付き合いがあった。けれどそれは比較的温厚な、言ってみれば君たち協会に近い立場の者が多かった。だから彼がそこにいた理由が分からない」

 婆さんはどう思ってるんだろうな。色々と掴んでるんだろうが込み入った話はしていない。ザシャの立ち位置からするとあまり関わらせたくないかもしれないが。

「で、肝心な部分を聞いていないな。お前はヘルダルフ・アレクセイを、イオニア猟兵団をどう思ってるんだ」

 想像はついているが。

「彼らが両親を追いやったと僕は確信した」

 まっすぐ俺を見据えて言い切った。

 確信とはまた大きく出たな。婆さんはそこまで言いきってなかった。何らかの関係性、誰かに雇われて害したのだろうと推測していたけど。ザシャがそう言うからにはこいつにしか分からない何かしらの理由があるんだろう。

「実は殺されそうになった」

「は!?」

 まったく何でもないことみたいにサラッと言うなよ。恥ずかしいほどに驚いてる風な声あげちゃったじゃんか。

 いやいやいやいや。落ち着け落ち着け。ザシャは確信していると言った。だったらその時に何かがあったんだろう。

「その理由はこの地図にあるんじゃないかと思ってる」

 地図。初めて会った時に見せられた地図。改めて見てもよく分からんな。どこをどう見たらいいのかさっぱりだ。

「イオニア猟兵団のシンボルマークを知ってるかい」

 猟兵にはそれぞれが描く象徴的な意味合いの記号がある。戦場でどこの所属かをはっきりさせる為に猟兵たちは体の一部や衣服、装飾品に目印としてつけておかなくてはならない。猟兵の絶対の仁義みたいなもんだ。

 ザシャに言われて思い描こうとしたがどんなんだったか。もっと有名な猟兵団なら覚えてんだけどな。なんかこう、逆三角みたいなのに棒が一本あって……。周囲をふと見回してみるとオヤジが別の客に皿を振る舞うところだった。

「そうだ。逆になったイカ焼きみたいな感じのな!」

「それは絶対彼らに言わない方がいい感想だけれど概ね間違ってはいないかな。そのイカ焼き、もとい象徴をこの地図に書かれたある物に通じると思わないかい」

「似てるかもしれないがそいつは流石にこじつけが過ぎんだろ」

「殺されそうになった時に聞いたのさ。彼らが聖樹の御為にとか言ってるのをね」

 言えよ。先に。それを。象徴の下り必要ないじゃないか。

 象徴を偽る真似は出来ない。そいつをしたが最後、猟兵の世界では生きていけなくなる。倫理も道徳も知らないような外道も多いがそいつらだってその一線は守る。

 なんで下手人についてはある程度信じてもいいはずだ。

 地図を奪うついでにザシャを殺そうとしてったところなのか。彼らはザシャが聖樹の都に行く可能性を潰したいと考えている……?

「どこで襲われたんだ」

「君たちのもとから去ってラティエラに戻るまでの間さ。偶然にも魔物除けの街灯交換業者の護衛に立ち会った煌士さんがいてくれたのさ。彼らがいなかったら僕は死んでいたかもしれないね。ありがとう煌士さん」

 本当にありがとう。どこの誰だか知れない煌士さん。

 冒険家なんて成功している奴は基本的に運が良いがご多分に漏れずこの男もそうみたいだ。全く羨ましい話だ。いや、状況は羨ましくないか。

 ……ラティエラ支部でその当たりのことも一通り聞いてこないとだ。

「止めるつもりはないのか。次は本当に死ぬかもしれないぞ」

「ないよ」

 そうかい。俺も一度引き受けた以上は下りるつもりはないが。

「お前もう不用意に出歩くな。誰か護衛をつけろ。どうぞ襲ってくださいと言わんばかりの真似はするな。せめて目立つな。騒がしくするな。より具体的に言うとしゃべるな」

「任せたまえよ。君が話していいというまで僕は静寂に沈みゆく女神の沈黙の中に身を浸していようではないか。より具体的に言うとご主人様と奴隷プレイさ。ときめくね!」

「ああそうかよ」

 この先、不用意な真似をするわけにはいかない。既にこんな場所に来ていること自体が不用意すぎる。もっと早く言えよ馬鹿やろうなんて無駄に怒鳴ったとしても後の祭りだ。

 目だけで左右前後を見渡した。大男が機関銃片手に躍りかかってくるなんてのはなかったが念の為。

「とりあえず商館に戻るか。あそこなら安全だろ」

 安全でないと困る。あそこにはレイとハルだっているんだぞ。一応、ハルには身を守れるだけの武器を持ってもらってるけども。

 そう言って店を出る。店主のオヤジが親指立ててザシャを応援していた。ザシャはというとアホのように両手親指で返した。いや、やっぱり普通にアホだわ。

 しばらく無言。

 しばらくは、無言だった。

 無言なんだけど、さ。

 ソウルミュージックなんて俺の耳には聞こえない。

 聞こえないが奴には特殊な音波を聞き取る能力でもあるのか体を必要以上に左右に揺らし、肩甲骨を使って肩を上げ下げ、両脇を締めながら両手を振り振り、時にはくるっとターン、時には小粋に小ジャンプ、腰に両手を当ててずいずいずいっと前に出る。

「ザシャお前煩い」

 動きが煩い。

 なんで真顔で踊り始めてんの。どこ見てんのこいつ。その視線の先にはなんにもないよ。薄汚い壁しかないよ。

 踊りつつ俺を見てくる。

 やばい、と思ったね。

 だって頭の中にはっきりと雄弁に言葉が届いてきたもん。

『さあ、君も踊ろう。シャバダバダー……』

 いや踊んないよ。恥ずかしいっていうか頭おかしい人以外の何者でもないからね。

 両手の指をパチンと鳴らしてそのまま俺を指さす。なんだその決め顔は。

 なんだかむかついたのでその両手を掴んでちょっと捻る。

 がくんとザシャの首が下がり肩が下がり膝が下がり体が下がる。そうしてさくりとザシャの首があった場所を刃物が通過した。

 銃じゃなくて良かった。嫌いなんだよね銃。撃つのも撃たれるのも。

次回予告

襲い掛かる謎の影。

それは冒険家たちを窮地に追いやる刃の持ち手かあるいは未来を引き寄せる手綱なのか。

しかし今この時はそれらを見通す時間を与えてはくれない。

全ては命あっての物種。

優先すべきは冒険家の生存である。

少年は彼を守り切れるのか。

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