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前書きとかって何書いたらいいんだろう。
線路は続くよどこまでもってか。
皇国西方から皇国南方は最南端の都市ラティエラへ。
一端、皇都を経由して列車に揺られながら美人添乗員さんにお茶を注文したり美人添乗員さんにご飯作ってとお願いしたり美人添乗員さんに耳かきプリーズと要求して蹴られたりと大したことも起こらず無事に到着した。
途中でハイジャックとか起きたらどうしようとか思って本気で心配した。
鉄道警備員さんに聞き出そうとインディアンポーカーして盛り上がったりしたけどすっごい楽しかったね。肝心の警備体制は聞き出せなかった。はっはっは。
ハルは呆れ返って「カナタさんはいつも楽しそうですねぇ」と嫌味を言ってきたがいつも湿っているよっかマシだろと言い返すと黙り込んでレイの髪弄りに専念しだした。楽しそうで何よりだ。
そしてレイはと言えば窓の外に流れる景色を表情一つ変えずにずっと眺めていた。なんか感じ入るものでもあったらいいんだけどなぁとかしみじみ思っていると陽気が心地よかったのかそのうち寝た。行動様式やらが猫のそれと大差ないとこにいつかは成長を感じたいところである。
列車が緩やかな傾斜を上へ上へと目指して行くと目的地に近づいてきたのだと感じる。
景色も背の高い木々がなくなり草原へと移り変わっていく。
「カナタさんはラティエラへ行ったことがあるんですか?」
「三年ぐらい前な。まだ四等煌士でもなかった頃に一度だけな」
「どんな街なんですか」
「昼は紳士。夜は夜王」
あるいは昼は淑女。夜は娼婦。
「え?」
行ってみて自分の肌で感じみないと分からんだろう。
「いや、そんな警戒するようなとこじゃない。昼と夜に落差があるってぐらいだ。飯と酒が美味くてガキんちょの前で話すにゃちょいと刺激の強いデカい歓楽街があるってぐらいさ」
「あー……なるほどですねー……」
なぜ聞かれたことに答えたら白い目を向けられなければならないのか。
「カナタさんも成人男性ですからそういうことは仕方ないと思いますがあんまりレイちゃんの前では話さないでくださいね」
「ラティエラには女性向けの店だって完備されてんぞ。お前もそういうとこで身を持ち崩すなよ。なんかお前ってチャラけたどうしようもない屑に嵌って金を貢ぎそうな雰囲気あるからな」
「とんでもない言い掛かりすぎて怒ってもいいんですよねこれ。むしろ怒るべきですよねこれ」
溜息交じりに睨まれるけども果たして本当に大丈夫だろうか。
レイに対する構いっぷりを見る限り、こいつ男が出来たら結構危ないんじゃないかと個人的には思うね。
屑なダメ男に尽くしまくる報われない幸薄い女役に女優としてデビューとかしたらはまり役で一躍スターダムに駆け上るも現実でも屑なダメ男に引っかかって炎上して失意のうちにひっそり引退。惚れた男に尽くしても尽くしても報われず挙句の果てに売り飛ばされちゃったりして最後には……。
あ、あ、あ、あーーーー‼
「お前しっかりしろよ! 悩んでるなら相談しろよ! いいな、男が出来たら屑かどうか調査依頼するんだぞ!」
「あなたの頭の中ってどうなってるんですかねー」
肩を掴んでわっしゃわっしゃと振り回すと首をかっくんかくんさせながらそんなことを言う。暢気な奴だなまったく。
そうこうしているうちに幾つかの駅を通り過ぎる。
一瞬で過ぎ去っていく駅の姿は最初は如何にもな僻地の駅で駅員なんかも一人しかいないし列車に乗るのも降りるのも年食った爺さんやら婆さんやらがほとんどで人も少ない。だけど時間が経つにつれて駅の構造は大きく立派になり線路も増えて列車を使う人も老若男女と増えていくんだろう。
各駅停車はあれはあれで味があるが今回はお預けである。別の機会があればその時に楽しもう。
「見えてきましたよ」
なんだハルの奴、涼しい顔して実は楽しみにしていたのか窓から頭だけだして弾んだ声をしている。危ないからやめなさい。ほら、レーヤダーナちゃんが見てるよ。
気づいたハルは顔を赤くして咳ばらいをした。
俺は半笑いである。
しかしハルが興奮する理由は分かる。
遠目から見る終着駅のラティエナはいやいやあんた駅じゃなくて大聖堂の間違いでしょうと言いたくなるぐらいの重厚な壮麗さを誇っているので初めて見た人間はだいたい声を上げる。
実際、駅となる前は三女神教の聖堂として使われていた時期もあるらしい。そこから駅として作り替えられる過程で昔の姿形は残したままで増改築が行われ、今では世界で最も女神に祈りたくなる駅として知られている。
駅の中央広場ではあなたもお祈りしてみませんかと小さな祭壇が拵えられたりしている。訪れた幾人かの観光客はまずそこで記念写真の一枚でも撮るわけだ。
歩廊に降り立つ。
多くの人が楽しくなるだろう未来を頭の中で思い描いているのか笑顔だった。俺としてはお仕事で来ているわけで満面の笑みを浮かべるわけにもいかんのだがやっぱりこういう普段とは違う光景、空気に触れると気分が盛り上がってくる。
気を引き締めなくてはならん。俺は遊びに来たわけではないのだ。
……ちくしょう。遊びてえなもう!
「ザシャさんが迎えに来てくれるんでしたっけ」
「騒ぎにならないようにと願うのは大それた望みなのかね」
そう言うとハルは苦笑した。こいつも難しいと思ってんのかもしれない。
いつものハルはだいたい動きやすさ重視の見映え無視な格好をしている。初めて会った時の外套付きの旅装姿よりもお前年頃の乙女としてその格好はどうなのよと突っ込みたいこともたまにある。おばちゃんみたいなやつ。
今回は観光ということで外に出しても恥ずかしくない服装になっている。指導したのはマリーダさんだ。自分については案外ずぼらだったりするのだ。
アンサンブルがどうとかボリュームがどうとか俺にはいまいち分からん単語が飛び交っていたが出来上がったのはあの人の得意とする清楚系お嬢風味のハルだった。眼帯付きなのでちょっと危険な香りもしてる。
スリーブなニットがなんたらでとにかく袖が膨らんでいるので女性らしいとかなんとか。つまりは灰色のニットなのだがよくまあそこまで用語が飛び交うもんだ。スカートは薄紫色のドレープがうんたらで鼻ほじりながら聞いていたので覚えてない。あとはかかとの高すぎないブーツがうんたらで小物にバッグがなんちゃらと鼻提灯を膨らませていたので覚えていない。
要するに全体的にふんわりしていて柔らかい感じが大変によろしいですねとしか俺には言い様がない。
その証拠といって言って良いのか。
お一人様の寂しい男もお二人様の片割れの男もちらりとハルに目を向けて、その後に俺という邪魔な鼻くそに目を向けて露骨になんでお前という疑問の視線を向けてくる。
実態がどうであれ、俺はいま羨ましがられる女連れという世の男たちに対して最大のアドバンテージを持っている。
正直、高笑いしたいね。お前らざまー!
レーヤダーナは今日は俺の日だから無難にゆったりとしたハーフパンツにゆったりとした長袖シャツに運動靴。ぴったりとした服着せると嫌がるのよこいつ。あとは日射病に気を付けて帽子だよ。そしてあのくそダサ眼鏡。なんの特徴もないが髪の毛が長すぎるので逆に目立っているような気がしないこともない。切らせて欲しいところだ。えらいことになるけど。
浮かれた良い気分で駅の入り口広場まで歩くと人でごった返していた。皇国人に帝国人に王国人に連邦人と各国出身の人々が揃い踏み。それでも人混みで狭いと感じないのは理由がある。
「見上げてみな」
「……空が近くて広いですね」
呆けたハルの感動混じりの言葉に笑う。
普段、空の下であくせく動き回ってる時には意識もしないがここだと違う。見上げた空は広く高いのに手を伸ばせば届きそうなほどに近い。風は陽の温もりをほどよく冷ましてくれる。太陽が眩しくて目を細める。
「同じ国なのに全然違うものなんですね……!」
ここはどちらかといったら南洋側の気候に近いからな。こっち側に来たことがないならそう感じるのも無理はない。
「太陽があんなに近いのにあまり暑いとも感じません」
そりゃあ治水工事のおかげだな。
ラティエラはとにかく水が豊富だ。そこら中に水路が作られていてそれが暑さを視覚的にも体感的にも和らげてんだろ。
レイも空を見上げてぼんやりとしている。いつもぼんやりしてるから特に変わってはない。眩しそうに目を細めているけどなんか感じ入るものがあってくれたらいいんだがなぁ。
「あれが陽の女神の像ですか」
広場の中央に大きな翼を持った鳥を従える女の像がある。炎の女神や翼の女神とも呼ばれる主神三女神の中で最も広く知られて信仰されている一柱でもある。時女神は三女神でたぶん一番マイナーだろう。いや、別に優劣なんかないけど役割が時の運行とかいうすごそうだけど良く分かんないやつだから。
陽の女神は生命の再生やら大地の豊穣やら誰から見ても分かりやすく有り難いと思えるしな。当然、その反対の面もあるわけだが。
「なんですかにやけて」
「はしゃいでんなぁと思っただけだ」
「わ、悪いですか」
「いいんじゃないのか。お互い枯れるにはまだ早すぎる年だからな。なんてーの。先輩ら曰く、青春が生活のための仕事とガキんちょの世話だけじゃ侘しいだろ。だからたまにはいいんじゃないのか」
「……行きましょうレイちゃん」
なんだか悔しそうだが知ったこっちゃないね。
俺は言葉を剽窃しただけなので、その言葉に対して悪感情を抱いたとしてもそれは先輩らへ向かってしかるべきもの。だから俺は無傷。痛くも痒くもないね。
レイの手を取ってどこか弾んだ足取りのハルの後を荷物抱えてついて行く。
待ち合わせはあの女神像の下だ。
大勢いるとしてもあのザシャなら悪目立ちするだろうなんて考えてたがどこにもいないな。まぁ、遅れることもあるだろう。俺はそこらの出店まで行く。
「よお。そこの菓子と飲み物三人分頼む」
「へい毎度。ご旅行かなにかですか」
出店の親父が菓子を包んでくれる合間のちょっとした雑談である。
「残念ながら仕事だ。ここらを満喫したら連邦の方にも足を伸ばす予定でね」
「ははぁ。どこかいいとこお家のお付きですか」
「そんなとこ。そこのお嬢様が古い伝記や伝説に興味があってね。あんた聖樹伝説って知ってるかい?」
「確かに古い伝説ですな」
「何人もの探検家やら冒険家やらが探索しても見つからないんだろう。正直、どう思ってる。見つかると思うか」
「旦那。伝説ってのは見つからなかったから伝説になってるもんでさ」
「なるほど。見込みなし、と」
「何年か前にも大々的な探検団が結成されて挑んでみたはいいものの結果はさんざんでね。団長が死亡でその時に雇った猟兵団も壊滅。こりゃあ聖樹さまの呪いじゃねぇのかって噂になったもんでさ。ほうぼうの体で帰ってきた生き残りが嘯いてたよ」
「ってことは何かあったんだな」
「ええ。あったらしいですよ。具体的なことは何も分かりませんが。呪いだなんだと喚くばかりで」
なんだいそりゃ。
「別の誰かが行方不明になったって話はないか。俺は冒険家夫婦が聖樹を探して行方不明になったって聞いたけどな」
「冒険家夫婦ってぇとシュラール夫妻のことですか。あのお二方は確かに行方が分からなくなっちまったって話がありましたが聖樹を探してたんですかい」
「どうなんだろうな。有名な冒険家夫婦が揃って消えちまったんだ。聖樹伝説の呪いにこじつけられたってだけかもかもしれん」
「そいつはありそうですな。今は息子が有名になってきてご両親も浮かばれるんじゃないですかね」
毎度どうも。あんがとよと挨拶して別れる。
ザシャの両親が誰かや何かと連携して聖樹を探していたわけじゃないって裏付けの一つにはなかったか。まあ、俺みたいに個人単位で雇われていたりしたら分からないが。少なくとも協会の方にはそうした話は来ていなかった。
あんまり考え込んでいても仕方がない。買ったのは氷菓子だから溶ける前に食わせてやらんともったいない。
「やあ」
声をかけられた。
中年のおっさんだった。
にこやかな笑顔を浮かべている。
サングラスにポロシャツに膝までのハーフパンツ。若くて背の高いイケメンだったら様になる格好をしていた。冴えない中年のおっさんが観光地で浮足立ってます感満載だった。
「あー……どっかで会ったことありましたっけか」
「いやいや、そこの店で聖樹伝説について聞いていただろう。私も伝承や伝説と言ってモノに興味があってね。ま、古いもの全般にだがね」
「はあ、そうすか」
「時に君はシュラール夫妻のお知り合いかな。僕らの業界じゃ彼らは有名人だったからね。有能で誠実な冒険家だったんで行方不明になったと聞いた時には残念に思ったものだよ」
「や、直接的に知ってるわけじゃあないすよ。俺らの話を聞いてたんなら分かるだろうけどお嬢様がそういった話が好きでね。俺もそういった話題を収集しなきゃならん立場なんすよ」
嘘だけど。
「うん。悪いことは言わない。これはなけなしの親切心から言っているんだが聖樹に近づくのは止めた方がいいね。聖樹の都は女神の呪いで枯れ果てたと聞いているからね」
「それは一体どういう意味ですかね」
「うん? ああ、それは聖樹の民が禁忌を侵してしまったからで、その禁忌というのが……あ、いかんいかん。これはまだ研究の途中段階で無暗に話してはいけないことだった。オフレコで頼むよ君。では精々職務に励みたまえよ勤労青年」
そう言って冴えないオッサンはむしゃぶりついたかき氷のせいで真っ青に染められた蛇めいた舌先をちろちろと見せて去って行った。
俺に残された物は溶けかけてほぼ飲み物と化してしまった氷菓子だった。
……そいつらを飲み干して新しく買い直す時の店主さんがにこにこ笑顔だったのが救いだわ。
「子連れなの?」
「あの年で?」
「でも似てないよ」
「眼帯ついてるし」
「かっこよきお母さま?」
ハルたちのところに戻ろうとすると若い男どもが遠巻きにハルを見て何かひそひそ話をしていた。いくら見た目落ち着いたお嬢様風を装っていても所詮はハル。やってるのはレイの世話なのである。
それがどうも母親っぽく見えているらしい。十七歳で子連れに見えるほど雰囲気が老成しているようだった。不憫と悲しむべきか。奴らしいと笑うべきか。せめて姉妹と言ってやれ。いや、妹じゃないけど。
紳士である俺は顔面を微調整しながら戻る。
だが、中には子連れでもいいから女性とお近づきになりたいと願う根性と気合いの入った男もいるようだった。その溢れんばかりの気概に同性として感服せざるをえない。
いやだって観光地で女口説くのって基本的に後腐れのないヤり目だし。
そこんところ子持ちっぽく見えるハルははっきり言ってリスクが高すぎるだろ。子持ちで子連れなのにほいほい男についていく女もどうかと思うけども。まあ、それでもハルがいいってんなら俺は暖かく見守らせてもらおう。
「だからそういう目的の時はなるべく尻の軽い女を探すんだぞ。男女逆の立場にしたら責任感のある奴を探すんだ。身元も確かな証拠を握るのを忘れるなよ肉食女子」
「なに意味不明で最低なこと口走ってんですか。したり顔で。お迎えのかたですよ」
なんだつまらん。
「カナタ・ランシア三等煌士さまとそのお連れさまですね。ザシャさまより丁重にお迎えするよう言いつかっております。まもなくあちらに貸し切りのトラムが到着いたします」
そして一礼する男の人。
貸し切りって。トラムって観光客だけじゃなくてここに住んでる人たちも普通に使ってんだけどもどういうことだ。確かどっかの商社が独占的に運営しててそういうことって基本的には出来ないって決まりじゃなかったっけ。
まさかザシャがその商社の会長とかそういう人生の不公平感に無情感を抱き合わせ商法してくるオチじゃないだろうな。
もしそうだったら俺は女神さまの鼻毛を引き抜くほどには決意を固めてしまいそうだぞ。
覚悟しとけよ。
後書きとかって何書いたらいいんだろう。