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 どこだここは。


 己の愚かな思考を捨て置いてとにもかくにも状況把握をしなくてはならない。それこそ長生きできる秘訣。


 視界は見果てない空の彼方まで見通せそうなぐらいに明瞭。両手はなんか抱えていて塞がっている。柔っこくてほんのり幸せになりそうな重みと鶏ガラみたいで泣けてきそうな重みで誰だか分かる。


 足元はぷらぷらしていて不安定。もうふわっふわだった。不安定どころか地に足がついていない。もう一度言うけどふわっふわだった。


 このふわっふわな感触は頭の中がふわっふわなだけじゃなくて目が覚める前に味わっていた、二度と味わいたくないと思った感触と同じで、下を見てみると底の見通せない黒い穴と周辺に広がる色んな緑色した木々と木々。そうしてこちらを憎々しげに睨み付けるたくさんの目と目と目。


 女の叫び声が上がる。なんだかぎゃんぎゃんと盛りのついた雌猫だか雌犬だかのような甲高い声が耳に刺さる。耳の穴にくそはつまっていないようだ。


「あー! 落ちます! 高! 怖ッ! 死ねますッ!」


 基本的に取り乱さない奴だが取り乱すとこんなになるのか。こんな時でも敬語とか面白い。


 反対側のガキんちょは泰然自若なのか無感なのか暴れる様がない。ちょっと持ち上げて顏を覗いてみるとほんのり青ざめてた。もしかして気持ち悪いか。そりゃこんな高いとこから落ちてんだからそうだよな。


 ……こりゃいかんじゃないか!


 でもどうするか。


 このまま着地しても俺は大丈夫だという謎の確信はある。ちょっと前に良い感じの挽き肉になりかけたくせになんでだよと思うけども置いておこう。


 だけど女とガキんちょはそうじゃない。段階を踏んで落ちる力を消していかなくちゃならない。このなんにもない空中でだ。


 足場になるものはなんにもない、いくら樹の背か高いたって届いてない。だったら、どうやって。

 

 頭の中が妙にすっきりしている。まるで危ない薬をやった直後のような自分にはなんでも出来るという奇妙な万能感。


 そんなもんは夢しか知らない純真純情な少年少女時代の特権で、半端に擦れた中途半端な野郎が持っていいもんじゃない。


 ないがしかし乗る!


 乗るしかない。他にどうしようもないからとか消極的な理由ではなく、普段の俺なら絶対に出来ない方法で、いつもの俺にとっては窮地でも、他の誰かにとっては簡単な解決法が存在する。


 要するに、不安定だというのならつまり、足場があれば良いのだ。ないなれ作れ。そういうことである。


 流れが見える。世界に遍在するきらきら煌めく光の粒子。願い、想い、形作って成立させる。なんでそんなもんが見えるのかなんて疑問はやっぱり置いた。


 なんにもないはずの中空に現れる煌鉄のようなひらべったい塊に着地する。足場はすぐに消えてしまうがそれでいい。消える前に次を作り、降りる度に次へ。まだまだ作り出して次へ。


「?? ッ!? ッ!!」


 ハルがなんか言いたそうだが言葉になってない。


 俺もなんか言いたいが言葉にならない。


 ついでにレイちゃんは借りてきた猫!


 なんでこんなことが出来る。なんでこんな真似が出来る。理屈は分かる。煌力の励起、具象、統制を基盤に据えて、その中でも具象に才長けた者らが物質を想像し創造するのは普通だ。


 だけど俺にそんな才能はない。煌素を自分の煌力へと変換する励起はまだしも具象なんてもんがあればこんな脳筋人生歩んでない。


 何故という疑問。やはりという確信。


 正反対な思いに頭はやっぱり追いつかない。だけど体の方は先行して必要なことを必要なだけ、それも精妙正確にこなしてく様はやはり普通の俺なら考えられない。だって俺って基本的に雑だしこんな細やかな仕事とかありえんし!


 近づく地表。前と違ってまったく危なげなく柔らかに着地。その時もなんかいい感じに上手く着地出来ますようにと思いすんごいふんわり。ちょっとした段差から降りた時のように強い衝撃などなく。


 なにこれなんなのなんか面白怖いんだけど!


「カナタさん……」


 ハルが何か言いかけた。


 名前。名前を呼ばれただけだってのに頭の中の快楽中枢をわし掴まれて砂糖付けにされたみたいに甘く感じる。口の端に残る血の痕の。そのあまりの芳醇さに意識が吹っ飛びそうになりそうで、いややばいまずい他の女ならいいがこいつには持ったらいかんぞと自制する閂を自らぶち壊してしまいそう。


 興奮し、欲情し、つまりは子ども生んでもらいたいと痛切に思っちゃったわ!


「………………」


 レイちゃん様が白けた目で、俺の勝手な妄想だが、見ていてくれなかったら場所も場面も弁えず押し倒して服剥ぎ取ってそんでそんであ”――!


 鎮まれ本能とは言わん!


 そりゃあ生きる力だ希望の象徴明日への扉!


 そろりと俺の手を取り白鳥のように優雅に麗しく、いやいや目が可笑しい!


 踏みしめるハルは地上に舞い降りた女神の化身といっても過言ではなく、頭も可笑しいー!!


 じっと俺を見つめる黄金色の瞳は切ない憂いを秘めて美しく、感性が沸騰ー!


「あなたになにが起こっているかは……」


「ダメ! 話しかけんな! 見るのもダメ恥ずい! そういうのは全部は後でいい! 何が起こって、この先に何があるのかも全部あと!」


 なぜって俺たちの最優先はレーヤダーナ・エリス。どんなに発情しようがそいつが飛ぶことはない。そう決めている。俺らのことなど後回しでまったく構わんだろう。


 と、冷静ぶっている化けの皮を自ら剥ぎ取ってしまいたい。


 声まずいって! 海綿体にくる! 匂いもビンビンする!


 心臓がバクンバクンと音を立てて口の中から飛び出しそう。なんだこれなんだこれ初心すぎる童貞くんが好きな女と手を繋ぐ最高潮を前にした時みたいな高揚と緊張ってこんなもんなんだろうか!


 もっと適切に下品下劣な表現をするなら童貞が■◆△▽○◎%%$&&◇▲!!!


 良くない。とくにかく良くないぞこれは!


「……はい。ごめんなさい」


 ええい。腹立たしい。何が腹立たしいってそんな言葉を吐き出させた原因がおそらく俺にあること。


 神妙な、沈んだ、そんな声音をするんじゃあない。心底申し訳なさそうな態度もするんじゃあない。いつもみたくだらしないなこの人みたいな適当に呆れた感じになってくんないと……なんか困る!


 色んな雑念は振り払えずそれどころか溜まっていく一方で皮膚を突き破ってしまいそう。だからそうなる前になんとかしないと。


 ちょうど良く、なんもかんも受け止めてくれるどころか迎え撃って発散させてくれそうな化け物に成り果てた王さまがいるじゃないか。


 嫌な感じに口の端が歪んでるかもしんない。


 と、ハルが俺を見ながら口を開け閉めしている。なんか湿っぽい言葉が吐き出されそうだったの遮った。


「お前はレイつれて遠くに離れてろ。ザシャとラニーも生きてる。そいつら拾ってやれ」


 なんでだか分かんないが色んな感覚が拡張されている、ような気がする。あいつらがいるだろう方向を指差した。


 さて、行くかね。


 頭の中まで腐れた王さまに、恐れながら拳骨をしてさしあげよう。


 と、足を踏み出したところではっしと腕を掴まれた。


 冷たい黄金瞳に、重苦しい微熱めいたものが灯っている。その熱が、手を通して俺にまで伝わってくる。そうすると体のどこかからか気力に活力、色んな意味の精力が溢れてくる。


「……なんだよ」


 一杯一杯精一杯の自制と我慢を重ね、喉の奥から絞るようにしてなんとか平静に聞こえそうな声を出す。振り返ったら抱き着いてくんかくんかしてしまいそう。


「男が喧嘩しに行くんだ。景気の良い発破をかけてほしいもんだな」


 ハルは停止された機械みたいに止まった。なんか頭の中でぐるぐると考えてるっぽい。


「……あ」


 なんか思い出したっぽい。


「……ぶ」


 ぶ?


「ぶっとばしちゃってください!」


 なんかもう割りといい加減で言われされた感が満載。そうそうそれだよ。そんな感じでいい。そんな感じが俺らにゃあ丁度いい。直前の重っ苦しい空気は旅に出たようだった。


「たりめーだろ」


 そうして思いっきり背中を押された。所詮はハルの腕力なので大したことはない。だけども、やる気って竈によく燃える薪が放り込まれたってとこに変わりはない。


 さあ、王様。


 短いようで長かった、しぶとすぎるあんたとの因縁、今度こそ終わりだ。

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