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 あなたの巫女に会わせて欲しいなどと言われても、まず最初に思い浮かんだのはハルは俺の巫女じゃないけどなぁという非常にぼんやりとした感想だった。

 ……あいつはレーヤダーナの姉ちゃん代わり兼教育係でしかないんだよなぁ。後ろの奴はまだ了解とってないけど。

「で、なんであいつに会う必要がある」

「聖樹の都は本来ならば三人の巫女が共同で統治を行う合議制の運営管理体制をとってた。私たちは大樹に繋げられることにより延命処置を施され、長い時間をこの都を支える役目を持っている。けれど時が減るにつれて巫女の徴を持つ者は現れなくなり、その出現は奇跡めいた確率となった。その為、単独での運用を余儀なくされ、都市機能の発展は停止され、機能を維持することのみに権限を用いざるを得なくなった。時には百年単位で現れず、繋がれた巫女もほとんど休眠状態で延命維持に力を注がなくてはならない時もあった。停滞。けれどその時の方がよほど平和で安穏とした時期だったと思う」

「それがどう繋がる」お

「この都市は真の人を迎える為に様々な機能が内蔵されている。その中にはあなたたち外の世界の文明を一夜にして一変させてしまうものも数多く存在している。とりわけ兵器の類については。野心や害意を持つ者にそれらを悪用させないよう聖樹の都そのものに崩壊プログラムが組み込まれている。そして、これを起動させるためには彼女が必要」

 物騒な単語が出てきたな。

 崩壊プログラム。

 伝説の都市の最後はお決まりで。だいたいが跡形もなく消えるもんだ。

 いや、まさか。そんなベタな展開が現実で、しかも俺の周囲で起こり得るとは。

 だとしたら脇を固める助演男優賞受賞間違いのないのはこの俺だな。主役はザシャで。ヒロイン不在。一応、マスコット枠でレーヤダーナ・エリスをノミネート。

 いかん、ちょっと現実逃避しちゃったよ。最近多くて困る。

 崩壊ね。崩壊。それは別にいいさ。俺からすればこの都市がどうなろうが知ったこっちゃあないのだし。

 でもだな。

「それ、ハルがあんたみたいに樹に繋がる必要があるんじゃないだろうな」

「この根の底こそ基幹中枢。都市を制御するために最適化を行った果てがこの姿。この都市が生まれた直後にこの技術は確立されていなかった。そのため、彼女を最適化する必要はない」

「じゃあどうやってその崩壊プログラムとやらを使うんだ」

「都市成立直後はこの台座から三人の娘たちの持つ固有の煌素振動波形を読み取らせ、そうやって都市を制御していた。最適化技術が確立された後もまた、緊急動議の機能として今も生きている。そしてぷろぐらむの起動には最低二人の巫女の承認が必要。それに……」

 大樹の巫女さんは続けた。

「この様になり果てるには条件とは大樹に自らを餌として喰わせる。餌とはその巫女の持つ肉体、人格や記憶に煌力。結果として、器は半人半樹へと変貌し、人間性は淘汰され、この都市を制御するに相応しい機能を付与される。そこには苦痛しかない。彼女をそんな目に遭わせるのは私の本意ではない」

「本当だろうな。仮にあいつになにかあった場合、うちの子の癇癪で都市がぶっ壊れかねんぞ」

 といっても、レーヤダーナ・エリスを知らんこの巫女さんにとってはこんなのただの冗談にしか聞こえんだろうが。

 実際、あれの癇癪はただの子どものそれとはあらゆる意味で訳が違う。

 あれの感情の発生源とその結果。

 何が琴線へ触れるかについては分からないが現象における方向性は分かっている。

 殺し、壊し死なせ滅す。

 無慈悲に無情に跡形なく。それ以外に何も知らないし何も出来ない。そんな奇跡しか起こせない。

 それがあのガキんちょが顕す神たる形質らしいがそんな説明されてもマジ意味不明。

 大問題なのは本気で地図の形を変えかねないほどのマジ意味不明さを持っているって点で。

 そんな壊すしか能がないから出来損ないとしてエリスに扱われることになった。

 いつ何時暴発するか分からないから喉を潰され眼を塞がれ、両手両足を封じられ、死の泥沼に命を浸らせながらも怪物ゆえに生き永らえて。

 そんな真似をされりゃそりゃなんもかんもぶっ壊したくなるだろう。

 まあ、そんな真似されたからぶち壊したいのか、それともぶち壊したいからそんな奇跡しか起こせないのか、それは分からんがな。

「子どもの癇癪で滅ぼされるのならそれもまた一興」

 まあ、この姉ちゃんにとっちゃ冗談だろうがなんだろうがこの都市を滅ぼせればどうでもいいのかもしれん。

 とにもかくにも俺と大樹の巫女の間で合意がされた。

 俺はあいつらを助け出したい。大樹の巫女さんは大樹を壊したい。その為の相互利用。よきである。

 が、横から口を挟むやつもいるもので。

「まままままま待ちたまえ! 横で黙っておとなしく聞いているのもいい加減にしとこうと言わざるを得ないよこの僕は! この都市を破壊するだって!? こんな綺麗に残された美しき灰亡の都を跡形もなくなるまでぶち壊すだなんて滅びの美学にもほどがあるというものだよ! 一人の冒険家として納得しがたいと主張せざるを得ないよこの僕は!」

 まあ、やつの立場としてはそうだろうな。

 それに、もしこの都市の機能の一部でも持ち帰ってどっかの研究所にでも持ち込んで仕組みを解明出来たらそれだけで人類の文明水準がぎゅんぎゅん上がる可能性がある。

 俺からしてみればさっきも思ったけれど、この都市がどうなろうとしったこっちゃないのだ。過去現在未来は全部大事なものだけど、今この時においては現在を優先させてもらうわ俺は。

「もちろんハルくんを助け出すのに否やはないさ。現在、もっとも優先すべき事項として僕は心に決意の火をともしているさ。けれどしかし、こうね、どこかにね、妥協点のようなものはございませんか!? どうか平に平にご容赦くださいませ!」

 土下座である。

 はるか東方の失われた国にあったとされるそれである。前も見たけど美しき土下座だ。相当な修練を積んでいる証。

「ない」

 間髪入れず、断られた。

「協力の見返りとしてあなたに条件を提示し、それを受けたと認識している。さらにそれ以上を望むのであればあなたからも何かを提示すべき」

 まったくその通りだった。

「ずっと願っていたから。私を縛り付ける大樹なんて滅びてしまえばいいと。これは私に残された譲れない願いで祈りで想い。その邪魔はさせない」

 訥々と静かな口調だったが有無を言わせない迫力があった。

 こりゃ翻意させるのは無理だろう。

 ザシャが俺を見た。縋りついてきやがった。

 なんだその目は。俺を見たってどうにもならんぞ。文明の進歩だの進化だのはそれをしたい奴がしたらいいのだ。俺みたいな日々を生きていけたらそれでいいなんてありきたりな志しかない奴にそんなもん求めんな。

 目を閉じ、肩を竦め、掌を上に向けた。

「無慈悲!」

 大の男がおいおいと泣き出した。ああ、いい年した男がみっともない……なんてのは思わなかった。だってザシャだし。晒せるだけの恥は晒しまくったやつだ。最早何も思うことはない。

「で、ハルをあんたに会わせるとしてもヘルダルフが邪魔だぞ。結局のところ、奴らとは一度はかち合う必要がある。正面からやってもどうにもならん。数の暴力で死ねる」

 数で負け、装備で負け、実力で負け、てるとは思わないが嵩にかかって襲われたらどうしようもない。出来れば奇襲かつ一撃離脱でどうにかしたい。

「往時の機能はほとんど喪失して見る影もないけれど、巫女本来の感応能力でエオニアを差し向けることは出来る」

「どの程度だ」

「この大樹を守るために特殊調整された個体が十数体存在している」

「能力的には」

「外世界の人であれば造作もなく捻り潰せる。経年劣化による能力低下が懸念」

 いいさ。

 それだけ数が揃っているのなら攪乱するぐらいは出来るだろう。勝ちの目はあるかもしれない」。ヘルダルフとその部下たちを分断させてくれりゃなお良し。

「彼らの目的は星天の園庭で合っているの」

「その園庭ってのがどこかは知らんが大樹の天辺だとさ。そこにある実を食って王様になりたんだとさ、いい年したおっさんが夢見すぎだろ」

 だから厄介だとも思うのだけども。

 巫女さまは笑った。蔑笑。嘲笑。失笑。どれだかはご本人様にお任せするがいずれにしても怖い嗤い方に居心地が悪くなる。

「身の丈に合っていればいいけれど」

 冷たい、とても冷たい、北の大地の奥深い森の中の空気を思い出したりもした。

「……あー、でだ。その王様になる為の実ってのはまだ残ってんのか」

 ある、という前提でヘルダルフらは行動していると思える。

 どうもこの大樹、とんでもない火災に見舞われたようでどこもかしこも燃え落ちている。

 しかも今もって燻っているとかどんな炎だったのか。

 俺の貧困な想像力ではどんな絵図を描いても追いつけそうにない。

 してみると、黒い雪のようなモノは灰なのかもしれない。

 それはともかくとして、あいつらの目的のものがまだ存在しているのか。把握できるならしておきたい。先に確保しておけばもしかしたら、気分的にはありえないが、交渉という手段も取れるかもしれない。

「燃え尽きていなければ代々の巫女のなした樹がまだあると思う」

 ああ、そうだ。

「これを天辺で植えれば実が生るのか」

 ラニーのペンダント。ハルは種とか言っていたが。

 それを見せると巫女さんが目を丸くした。

 暗い色の目玉に唐突に浮かんだそれは驚き以外の何物でもなく。

「それをどこで」

「あんたのいうエオニアの生き残りが持ってたのさ」

「……あなたにあげる」

 いやいや。あげるもなにもこれはラニーのもんで、あんたが好き勝手していいわけじゃあ……。

 種と巫女さまを交互に見て頭ん中に閃く直感。

 これはもしかしてあんたが今の様になった時に、とは言わなかった。

「何かの役に立つかもしれない。その時は自由に使って」

 ものに対する支配権だの所有権の三つの権利だとかはガン無視のようだった。

 俺にしたって使える場面が出てくるなら最初から利用させてもらうつもりだったから巫女さまを咎めらるはずもない。

 むしろ免罪符が出たことでありがたく使わせてもらう気満々になった。

「じゃあ、こんなところでいいな」

「上手くいくよう祈ってる」

 と、俺と巫女さまの間では段取りも決まってあとは乗り込むだけという段階に至ったのだが隣でおいおい泣き続けるアホが煩い。

 人間、ここまで素直に自分を曝け出せるなら実に生き易いだろうなぁ。だからこそこの男には女神さま方々も仕方なく幸運をお与えになっているのかもしれない。

 すげえなぁとは思うが全く羨ましくはない。世間さま的にはただの変人かつ変態なので。けれどここが凡人と天才の境目なのかもしれん。だった俺は凡人で構わないと激しく考える。

 こいつにも協力して貰わないと困るんだよなぁ。

「巫女さま、お砂糖たっぷりの紅茶に寄せた、あいつが涎垂らす餌」

 俺がそう言うと、巫女さまが繋がれている台座の一部がせり出して、その中から角ばった立方体の何かが出てきた。

 なんぞこれ。

「大樹の創生から破滅までの記録が保存された記録装置。一部破損して」

「いぃぃやっほぅぃぃ!」

 巫女さまの言葉が終わるよりも前に馬鹿が復活し、それを分捕っていった。

 それは素早く、貪欲かつ強欲で、人を人とも恐れない獰猛な性格で知られるエオニアック手長ゴリラ(大人並みの大きさをした魔物。人間も食べる)を思わせる姿だった。

「あぁぁありがとうございますぅ巫女さまドゥフフ迸るほど愛をドプドプと胃腸に注がれて注がれているように感じられますグフフぅこれはもう辛抱堪りませんなぁコポォ排泄ぅ排泄してしまいそうな高揚感ニュフフ未知へ至る道はいぃつだっていぃつだってあぁあふれるほどのフォカヌポウ!」

 うっわキテるわぁ。

 なにそのキモイじゃなくて、気持ち悪い笑い方。それ古代語かな。あるいはオノマトペか。もしそうだったら思いついた人は天才だと心底思う。

 見ろよ。滅多なことで動じなさそうな巫女さまが全力で蔑み、見下げ果て、死ねばいいのにと目で語っているなんて相当なものだぞ。

 その巫女さまが俺を見た。とても綺麗な蒼い瞳に氷の大陸が発生している。別に俺が悪い訳じゃないのに何故だかすごく申し訳ない気分になってきた。

「正気に返れ」

 高速で振られる尻を蹴りあげる。

「あん」

 おぞましい声をあげるんじゃあない。

 巫女さま違うからね。これ、現代社会代表の人間じゃないからね。かなり端っこにいるからね。つまり恥っ子だからね。これを基準にしてその他大勢をひとくくりにしないでね。同類のように俺を見るのは即刻、止めていただきたい。名誉毀損も甚だしい。

「おら満足したろうが」

 巫女さまがなにを言いかけていたかは気になるが。

「ふぅ、僕としたことが少々取り乱してしまったようだね。だけど安心安全しておくれ。未知への探求に心奪われてしまったがこんなことは滅多にないよ。今後、一億と二千年経っても二度とないと言いきれるだろうね! 僕は乱さないとこの都市と巫女さまと君に誓おうじゃないか!」

 お前が乱れてない時なんてあったかと思ったが余計なことは言わない。

 前向きにやる気になってるようだし、きっとこいつの手も借りたいのだから。

 さあて、どうやってあのクソ野郎に意趣返ししてやろうか

 人様の懐から荷物を掠め取って平然としている様は猟兵なんぞにしておくに惜しい。自分の欲望のために働くのなら薄汚い盗人と変わりない。あいつには流儀も仁義も礼儀もなんにもない。ただ奪うだけの獣でしかない。そんなやつに猟兵名乗ってほしくない。 

 だからそう、奪ったのなら奪われるのも道理だろう。それを考えると楽しい楽しい未来絵図に脳汁止まんない。

 それを知らぬというなら教えてやろう。

「カナタくん怖い顔になってるよ」

「おっと」

 いつものプリティな笑顔を作る。

 こっからはもうあーだこーだと後ろを振り返ったり出来ないぞ。ただ前を向いて俺のなすべきをなす。そんだけだ。

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