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 重なる銃声。

 それは市街地の方から聞こえてくるようだった。

 ザシャを抱えて崩れ落ちた都市の中を巨大な聖樹に向かってひた走っていた俺はいったん止まり、適当な高い建物を駆け上がって眼下を見下ろす。

 遠くから銃声が聞こえてくる。

「なにが起こったか分かるか?」

「待ちたまえ。冒険家七つ道具のチャント=ミエール=ケツノアナーくんを使おう」

 要するに望遠鏡なのだが愛用の道具に名前をつけて擬人化させ、孤独な自分を慰めているのだろう。

 命名に関しては突っ込まない。

「どうやら彼らの向かう先で聖樹の民の成れの果て。セヴェロはヴィルヴィスと言っていたか。彼らが大量発生しているようだ。ハルくんの逆鱗にでも触ったのかもしれないね」

「非道な王様よりもお優しい巫女様を取るなおんざ当たり前だろ」

 ハルの煌術のおかげで完全復活とまではいかないがそんなんは走ってりゃそのうち治るので、奴らよりも先に目的地に辿り着いて目的の物を手に入れようとしている俺たちだった。

 ラニーは嫌がるだろうがあいつのペンダントは今は俺が持っている。ハルによればこれも種らしい。

 奴らの、ヘルダルフの目的ってのが聖樹の種やら実やらにあるってんならそれを先に確保しておけば交渉するにしろ決裂するにせよ有利になるだろうと判断してのことだった。

 それがあるのは聖樹の天辺。

「この繭のようなものからヴィルヴィスが生まれてくるようだね」

 蜘蛛の卵を包む繭のような物体。それがヴィルヴィスらが出てくる源泉。視線をどこにやっても入り込んでくる。いつ出てくることかと冷や冷やもんだ。

 どんだけ時間が掛かるか分からんが、ヘルダルフらがヴィルヴィスらを相手にしている間に大樹に辿り着いてしまいたい。

 そう思うけれども、俺の遠近感が狂っているのかどうなのか。かなり急ぎ目に走っているのに近づいている感じがしないのは大樹のスケールが桁違いだからなのか。

「聖樹の民ってのはどんな方法で移動していたのかね」

 ぼやきたくもなる。

「ヘルダルフらが使用していた自動で動く床のようなものやそのほかの古代都市の文献などでは空を飛ぶ機械や一瞬で別の場所へ移動出来る装置のようなものがあったそうだよ」

 それがどんなものなのか、今もって使えるのかどうかも併せて分かってないと意味がない。

「どんなだか分かるか」

「うむ、あれだね」

 ザシャの指さす先には円筒形の台座めいた何かが地面に張り付いていた。

 そいつをごちゃごちゃした機械みたいな装置で俺の頭ではどう使うのかさっぱり分からん。

「生きてる?」

「死んでる」

「使えねー」

「古代の文明には頼るのはまたの機会にしようか。機械だけに」

 うるさい。

 そうして背中に憑りつこうとしてくるザシャだった。そこはレイの特等席だ。成人男性を乗せるような余地はない。

 それになにより、

「あ、たんま、横っぱら腹痛くなってきた……!」

「流れた血の補充とか言ってたらふく水を飲むからそうなるのさ」

 てめ、俺に担がれてる分際で、涼しい顔して寝言ほざいてんじゃねえぞこら。

「それに――」

 光が閃く。

 俺の顔のほんのちょびっと横を飛んで行ったそれは何かをぶっ倒したようだった。

 ザシャの手には銃。なるほど。俺の背後にいる何かに向けて撃ったらしい。

 振り返ればヴィルヴィスらが盛大に花を咲かせて俺らを包囲しようとしていた。

「雑談してる暇もくれないようだよ」

 ザシャを担ぎ上げて建物から飛び降りた。

 今この場所で騒ぎを起こしてヘルダルフたちに気づかれるわけにはいかん。あいつらは俺らがくたばったか虫の息かでどちらにせよ行動なんて出来ないと思ってるはずで。その有利を手放すわけには絶対にいかんのだ。

 隠密。隠密行動。つまりは隠忍自重が寛容である。

 あいつらの目指している聖樹のお膝元にある神殿みたいな建物に辿り着くまでは速やかにしめやかに。

「そしてお淑やかに嫋やかに」

 うるさい黙れ。そんなどこかの女学院のような標語は知らん。

 神殿に辿り着いたらどうするか。どうやって聖樹の天辺まで行けるのか。聖樹の種や実をどうするのか。そんな細かいことまで考えていられないが今はともかく、ヴィルヴィスらを撒かなくては。

 幸いにして動きは前と同じで足は速くない。

 ザシャというお荷物を抱えていても振り切るのにわけはない。どうかそのままヘルダルフらの足止めに向かってくれ。

 建物から建物へ。木々から木々へと飛び移る。さながら気分は猿の王様だった。

 古代の超巨大な猿が街中に連れられてきて大暴れする映画をなんか思い出した。

 そうして何度も何度も猿真似を繰り返し、聖樹に近づいた時、猿の王様ではないと思い出した。

「あん?」

「おや?」

 一応、大丈夫じゃないかと検討をつけて飛び乗ったはずの巨木の枝が見た目に反してめちゃめちゃ脆かった。つーか、腐ってた。

 体重をかけた瞬間に嫌な音を立てて折れた。

 当然、空を飛ぶ術を持たない俺たちはそのまま落下する。

「おいおいおいおいちょ、待てよ!」

 呼び掛けたところで空を飛ぶための翼なんて持たない俺たちに抗うすべはなく、体は当たり前に落ちていく。

「あー!」

「こうして若く美しく貴い不世出の天才冒険家ザシャ・シュラールは永遠の旅路につくことになりましたしかし案ずることはありませんなぜなら彼は誰の心にも住み着いていてそして誰もが彼になれてしまうのですからつまりは明日の君が今日の僕」

 ある日、隣人のはげオヤジが唐突にザシャの皮をひっかぶる。

 それはオヤジだけに留まらずまるで感染症のように広がっていく終末世界の始まりのようだった。

 いや、怖いわ。

 いつも通りに見えるがやっぱり取り乱していたザシャの混乱っぷりと狼狽えようのせいで思わず冷静になったわ。

 落下するといっても途中に何もないわけではない。

 密に絡み合った堅牢な巨木から分岐した枝は惚れ惚れするほど節くれて筋骨粒々な男の上腕二頭筋のようだし重なり合った葉は一等地に建てられた豪奢なホテルのロイヤルスイートに誂えられた一生お目にかかることの出来ないベッドにも見えた。

 勢い込んで落ちていないのであれば、彼らは真実、俺らを熱い抱擁で受けとめてくれただろう。

 実際にはこうだ。

 葉の連なりは手を伸ばす俺をさりげなく、けれどすげなく振りほどく高級コールガールのように袖にして、枝は彼女らを守るボディーガードのように俺をしたたかに打ち付けた。

 中には躾のなってない野良猫のように俺の頬を引っ掻く奴もあった。

 だけどまあ、何度も何度も振られ続けた甲斐はあったかもしれん。

 下に行くにつれて彼ら彼女らはどんどんと太く逞しく隆々と大きくなっていき、やがては俺らを受け止めてくれた。

 と、思いきや。

 転落続きの時間もようやく終わるかと安心したその先で、最後の最後にまた放り出される。

 このまま少なくとも数百年は放置され続けた地面と熱烈な出会いをするかと思いきや底無しみたいな真っ暗な穴が待ち受けていた。

 崩落の跡。

 しかもそいつは受け止めてくれる枝葉のない地獄行き直行便だった。切符を検めてくれる車掌はいないから無賃乗車し放題だった。

「いやいやいやいや、いやー!」

 泣いても叫んでも救いの手は伸びてこない。ついでに俺の腕も延びたりはしないので枝を掴むことも出来やしない。

「ふふん。ここは僕の愛しいオルディアンナの出番だね!」

 ザシャが取り出したのはいつ使うのか、そしていつ振るうのかと不思議に思っていたあの鞭だった。

 オルディアンナというらしい。何も言うまい。彼女が俺らを助け出してくれる光明になってくれるんならなんでもいい。

 運を天に任せるなんて殊勝な心がけは俺には出来なかった。

 なるべくザシャを固定する。俗に言う肩車で。後頭部に成人男性の股の感触がする。その気分といったら最悪で、金輪際しないと誓わざるを得ない。

「どっこいしょー!」

 なんだそのヘンテコな掛け声は。

 枝を壊さないようにか力加減のされたそれは狙い通りに枝に巻き付いた。ぴんと伸びた鞭に従って俺らの身体が流れていく。

 が、そのあとがよろしくなかった。

「腕、肩、外れるるるRRRR!」

 凄まじい巻き舌で。涙と鼻水を撒き散らしながらザシャが暴れる。

 性格的にはアレでも身体的には常人の域を出ないザシャの腕力では自由落下する俺たちの体重を支えきれずに振り子の重りのように振り回される。

 そうしてザシャの手からオルディアンナちゃんはするっと抜け出しだ。正確にはザシャが彼女を繋ぎ止めておく握力がなくなったからなのだがとにもかくにも手が離れた。

 ザシャは今後、妄想の中の彼女と戯れるしかなくなった。その尊い犠牲を無駄にしたくない。

 でも本音を言うならもうちょっと我慢してほしかったな!

 どうにか薄暗い視界の中で飛び移れそうな足場を見つけたけれど、女神はここでも俺たちを見放したのか届かなかった。

 真っ暗な闇の中を落下する。

 ここで終わりかと覚悟をした。

 悪いレイ。お前の面倒もう見れんかもしれん。ハルの言うこと聞いてせめて人並み程度に育てよ。すまんハル。ガキンチョはお前に任せる。やっぱり引き受けられないってんならあいつの後見人のところに連れて行ってやってくれ。

 などと、女神さまに祈るような殊勝な心掛けがあったら俺はとっくのとうにくたばっている。

 せめて叩きつけられる瞬間に意識が飛ぼうとも受け身だけはとってやろうと身構えたのだが、予想していた衝撃は違った形で訪れた。

 盛大な音と一緒に俺は地面に叩きつけられる。

 でも死んでいなかった。

 地面というのは飲み込まれるようなもんだったか。

 両手両足は動くがやけに鈍い。

 耳元でコポコポと音がする。

 本能的に呼吸を止めていた。

 つまりは水の中。

 浮上する。

 落下の最中の至る所で減速してたのが大きかったと心底思う。

「ザシャ!」

 とにもかくにもザシャは無事かと不用意に声を上げてしまった。ヴィルヴィスがいたらどうすんだとか、水の中にモンスターがいたらとかは吹っ飛んでいた。

 声を張り上げると俺の声が響き渡る。見えないけどかなり広い空間だと推測する。

 そう遠く離れてない場所から返事が来た。

「ハァ、ハァッ! 冒険はいつだって命がけだけれどもこうも心臓が咲き乱れそうな体験が続くのは……興奮するね! ハァ、ハァッ!」

 ……余裕そうでなによりだよ。

 崩落した穴を見上げると、ほんのり僅かに光の針のようなものがあった。とんでもない高さすぎてよく生きてたもんだと半ば他人事のように自分の無事を思う。

 あの穴よりもさらに高い場所から落っこちて来て生きてることが奇跡めいたもんだと思う。ザシャの幸運の賜物かもしれん。

 しかしまあ、ここからどうしたものか。

「カナタくん、あちらを見てくれ。かすかにだけど光だ」

 すいすいとそばまで泳いできたザシャが言った。

 首を巡らせてみると確かに、ずっと遠くの方に翠色の淡い光が見えた。

 あれが何なのかとか、危険はないかとかはもう置いておいた。この状況で何か変化が起こせるのならなんだって大歓迎だ。

 このまま水に浮かんでちゃぷちゃぷ浮かんで目的を遂げられないなんてのは認めない。

 そこに前進する方法があるのなら向かわない選択肢なんてありえない。

「僕たちはまるで蛾のようだね。そこに光があるのなら飛んで行かずにはいられない。呪われてるね」

 やかましい。

 光を目指していくにつれて周囲の地形がどんな風になっているのかが分かるようになってきた。

 ここは聖樹の根本にあたる部分になるのか。硬く節くれだった表皮。根に近いせいだからなのか枝はほとんどない。

 光は穴倉……巨大な洞の奥にあるようだった。

 だけどまあ。

「こりゃなんだよ」

 光は壁面にびっしりと群生した苔の中から漏れていた。

 その正体はごてごてと機械めいた物。樹皮の中に埋め込まれている。

 それらは光の中心へ網目模様のように伸びているように見えた。

 覚えがあるな。いつかの遺跡でも似たような装置があった。よくよく観察してみれば表皮にも似たような模様が刻まれていた。あれだ。煌力を一か所に向けて集めるあれだ。聖樹のでかさからして規模は桁違いかもしれないが。

 この先には煌力を必要としている何かがあるわけで、その終着点には光がある。

 光の輪郭が何を模しているのかを見た時、驚かなかったといえば嘘になるが情けない叫び声を上げたりはしなかった。ここに来る散々驚かせてもらったからな。眉が寄るのは避けられなかったけれども。

「僕の美的感覚ではありよりのありなのだがカナタくん的にはどう思う」

「俺は嫌だね。自分そっくりの銅像が建ってるところか想像すると恥ずか死ぬ」

 俺らの目の前。

 翠の光の終着点。そこにあるのは女の姿を模した何かだった。

 ぼろぼろになってほとんど朽ちた姿は廃墟になった街の銅像にも似ている。

 ただし、手足と下半身は完全に樹木に飲み込まれ、表皮の一部は樹皮となり、瞳が収まるべき右の眼窩には翠色の花が燐光を振りまいていた。

 女は樹に繋がれ、樹に囚われ、なにより樹に喰われていた。

 恐ろしくて、悍ましい。

 それが俺の偽らざる感想だった。

「で、ザシャさんよ。アレは一体なんなのよ」

「……ふむ。一つ、完全なる機械。人間と見まがうような機械が作られていたというのは古代の失われた文明では当然のように存在していたようだよ。僕の幾つかの名残を見たことはあるけれど残念ながらほぼ原形を留めていない物がほとんどでね。生きた彼ら彼女らが動いていればそれはどんな感動をもたらしてくれるのかも想像出来ない。もう一つ、機械と人間を繋ぐ技術があったそうなんだ。繋ぐよりも融合と言った方が適切かな。確かに機械と人体を繋げば飛躍的に身体能力が向上する面もある。現代の技術水準ではそれ以上に管理維持の煩雑さがある上に、煌術なんて便利なものがあるから滅多に見かけないけれどそれでも機械化する者はいる。カナタくんなら見たことがあるんじゃないかな。協会にも幾人かはいるだろう。ともあれ、現代の義体技術など及びもしない水準にあるはずさ。もしかしたら自分の肉体と寸分も変わりない一部分を生成することだって出来たかもしれない。ともあれ、彼女がどちらであるにしても、そのどちらであるにしても淑女には紳士であるべきさ、そうだろう」

「で、彼女さんは生きてるのか死んでるのか」

「少し待ってくれたまえ」

 ザシャが女の直下に据え付けられているボタンの群れを押していく。度胸があるのか単純に考え無しなのか、果てしなく後者な気もするが考えない。今必要なのはザシャのような細かいことを気にせず前に進む姿勢なのだし。

 さて、ザシャがごちゃごちゃしている間、俺は何をしていたかというとこの周辺を見て回っていた。

 真っ暗で見通せないところもあるから絶対とは言い難いが出口はないようだった。とすると樹を登るしか脱出手段はなさそうだ。力技で出来ないこともなだろうが骨が折れそうだ。

「どうだ」

「たぶん行けるんじゃないかな」

 どうにも心許ない台詞だが俺がどうこう出来るはずもない。

 ザシャの周辺には支えもないのに絵やら文字やらが浮かんでいる。しかもそれは触れても実体がなくてすり抜けてしまう。端的に言って薄気味悪い。これも古代の技術なのか。

「これぐらいなら現代技術でも研究はされているし一部再現可能ではあるけれどこれだけ精緻かつ密にとはいかないよ」

 俺の心を読んだみたいなザシャだった。

「ふふん、これで行けるはずさ! 古の眠りより目覚めよ大樹に繋がれし者! そして古代の叡知と知られざる空白の歴史を我に伝えたまえ! お砂糖たっぷりの紅茶を添えて!」

 変なお願いをして痛い目にあったことを忘れてしまったようだった。

 ザシャが天高く右腕を掲げると奴の目の前に浮かぶパネルだか絵札だかの表面をさっと撫でる。

 遠くで何かの音がなった。

 翠の閃が女に向かって集まっていく。

 半人半樹の女の目蓋が震え、ゆっくりと右目が開かれる。蒼色の暗い輝きを宿しながら。

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