20
銃を抜き様に放つ。
青い光の軌跡はセヴェロに当たるだろう。そうして奴は人格にふさわしいあっけない末路を迎えることになる。
しかしそうはならなかった。
ヘルダルフの部下が身を挺してやつを庇ったからだ。そいつは眉間に小さな穴が開いてどうと倒れた。
顔色一つ変えず、死すら厭わずにセヴェロを庇いやがった。
「乱暴だ。実に乱暴だねザシャくん。これを機に自制という言葉を学びなさい若人よ。尊い命が一つ失われてしまったじゃないか」
「その自制が僕に素晴らしい体験を与えてくれるなら喜んで実行しようじゃないか。あなたの言う自制はそうではないようだけれどね」
冷静そうな口調な癖にザシャは怒り狂っているようだった。
両親を追いやった元凶。そいつらがのうのうと目の前に現れて、しかも両親を手に掛けたことを大したこととも考えていないどころか覚えているかも不明瞭。怒りを覚えて当然だ。
しかも知らぬ間に自分が人質に取られていただなんて事実があれば暴発するのも良く分かる。自制なんて言葉は辞書から消え失せるわ。
「いやしかし、しかしだね。仕方がない面もあったのだよ。彼らは私たちをここまで連れてきたくせに私たちを聖樹の都に入れるわけにはいかないと言い出すのだから。冒険家として最低限の矜持を守るだのなんだのと実に詰まらないことを言い出してね。だからまあ、ヘルダルフの意志に従って口を割るように君のご両親にも協力してもらってね。君がどんな目に遭うのかも懇切丁寧に説いたのだがやはり物理的に距離が離れていると恐れも失せたのだろう。だから夫人の方を死ぬまで痛めつけてどうやったら入れるのか教えてもらったのさ。煌遺器に巫女と、血を受け継いだ聖樹の民。夫人のほうだけでは不公平で可哀そうなのでご夫君も同じ目に遭ってもらったらいつの間にかぼろ雑巾のようになってしまっていたから掃除の意味でも底にね。だけどこれは失敗だった。鍵となる三つを用意してもらってからの方が良かったと心底悔いたよ」
なによりこのセヴェロの口調。
自分の口から吐きだされる言葉がどれだけ腐って悪臭を巻き散らかしているのかまったく自覚がねぇときたもんだ。
他人の俺だって義憤めいた物を抱く。
だけどもよ。
俺は一応のところ、人々を守り支えて導く煌士だ。
人殺しの手助けは出来ないし、なによりここにいる全員を無事に生還させるのが一番の目的だ。
「それで、あんたらはこの先どうするつもりだ。聖樹の道は開かれた。俺たちに構う暇なんてないんじゃないのか」
「目的というのなら聖樹の天頂に生るとされる実を食することにあるのだけれどそれは私の目的ではなくてね。私としては聖樹への道が開けれればそれでよくてだね。ああ、そうだそうだ感謝をしなくてはいけないね。いやいや。聖樹に続く扉を開けてくれた君たちには感謝の念が堪えないよ。堪えないけれど、聖樹へ至る道を知っている人間が他にもいるのは困るんだよねぇ。だぁから、あの愚かで間抜けな冒険家夫妻と同じように、ここで消えてくれるのが一番と思う訳だよ」
予想はしていた。
ザシャの両親を追いやった理由が理由だ。俺たちも同じ目に合わないはずもない。
出口は猟兵団で固められていて相変わらず銃口は突きつけられている。そいつらを全部蹴散らして突破するなんて絵空事だ。
底の見通せない穴に落ちてみる。ないわ。馬鹿か。
全員が生きてこの場を退くとしたらやっぱり道は一つきり。聖樹の都へ逃げ込むっきゃなさそうだ。他に良い案があるのなら女神さま頭の中に植え付けてくれよ。
問題は吹っ飛ばされたラニーだが気が付いたようで瞳に怒りを燃やしながら俺たち側に戻ってきた。
「こっちには扉を開けた鍵みたいな物もあんだぞ。それも道連れに消しちまうのは考え無しすぎないか?」
「確かに。確かにそれは惜しいねぇ。どうだい王様。彼らからあの杖を奪うことは出来るかな」
「俺は杖より巫女が欲しい。これまでの経緯を見る限り本当に資質を持っているようだからな。俺の代で現れたのだから有効に使うべきだと悪魔が告げてんだよ。だがあの煌士は面倒だ。それに女本体はともかく、巫女という特性についてはどんなものかお前も分かっていないだろう。手駒が減るのは惜しい」
「もっともだ。君の言うことはもっともだ。ならばどうだろうか『王様』よ。その権能で、面倒を取り除いては。ちょうど良い手駒があるじゃないか」
じろりと俺たちを見るヘルダルフ。
違う。見ているのは俺たちじゃない。あいつが見ているのはラニーだった。
「あたしはあんたを許さない」
「貴様如きが俺を許否するなど増上慢が過ぎる。だが俺は貴様を許してやる。これから貴様が為すこと。貴様が達すること。それが俺の役に立つのなら」
「ふざけんな! わけわかんなことしゃべって!」
「分からんか。分からんだろうな。分からんままでいい。そうだろう。愛しい我が娘」
愛しいと吐き捨てるように告げた。
浮かべた笑顔にあるものは侮蔑と傲慢。
自分の目的の為によく生み出され、ラニーを産んだ母も殺した男がぬけぬけと。
頭に来るな。
親ってのは、例えば子どもの成長を見守ったり、例えばこの世に先に生を受けた先達として理を教えたり、例えば我が身を顧みずに愚かな子供を救ったり、そんなのを親って言うんだ。
その全部を放棄してる男が吐き出す言葉に重さなんぞ全くない。
だけど。
「カナタさん!」
あ?
衝撃は一瞬だった。
次いで熱くて鋭い痛みが脇腹を貫いた。
痛みの発生源を見るとでかい短刀が突き刺さっていた。その柄を握っているのはラニー。俯き加減でその表情は分からない。突き刺さったそれを深く押し込み捻ってぐちゃぐちゃに痛みを与えてくるのが分かってることだった。
ラニーを弾く。
その拍子にラニーがつけていたペンダントが手に引っかかる。
「ガハッ!」
口からと言わず鼻からも血が噴き出た。
やべぇなあれ確か毒が塗ってあったっけなんてぐちゃぐちゃに混乱する頭の片隅で冷静に起きている事態を見つめている自分がいた。
だけど身体は勝手にずるりと崩れ落ちる。
ふんばりが効かない。力が抜けていく。視界がぐるぐる回ってチカチカ点灯する。
狭まった視界の中、倒れ伏して見上げたラニーは。
なんて顔してんだお前。無表情でぼーっとした面のレイとは対称的にくるくると目まぐるしく変わるやかましい元気印がお前ってやつだろうに。
初めて会った時みたいな無味乾燥な面しやがって辛気臭え。
そいつが徐々にいつもの顔に戻って行く。
「あたし、あたし、なに…なんで。カナタ、あんたなんで倒れてんの?」
自分が握りしめている短刀。それについたぬらぬらとした血。倒れ伏している俺。それら代わる代わる眺めながら蒼白になっていく。
気にすんなと言っても無理だろう。
あん時のお前はまともじゃなかったってのは言ってやれる。
「どいてくださいラニーさん!」
ハルがラニーを押しのける。
服を裂いてどくどくと流れ出す傷口に手を当てながら「動かないで」と小さく耳打ちしてくる。
動かないでも何も動けないのだが。
朦朧とした意識の中でぼんやりと思う。
レイもちょこちょこと近寄ってきてハルの手の上に自分の手を重ねた。
「ヘルダルフ。いったいラニーくんに何をした」
だけどヘルダルフは答えない。
ニヤニヤとした嫌な笑みだけが歪んだ視界に映っている。
セヴェロが変わって答える。
「彼はね。聖樹の民の王にならなければならないんだよ。最後に残った純血の聖樹の民の一人として。期待を一身に背負わされたからかこぉんな傲慢な性格になってしまったのだよ。そしてその祈りも実に、実にらしいものでね。自分以外の意思などいらんと思っているんだよ。その祈りは今はまだ聖樹の民の血を持つものにしか効き目は薄いけれど。ああ、そこのラニーくん、君は自分がどうして彼らと出会ったのか覚えているのかな」
「それは、ザシャが、聖樹の情報をあんたたちに売り払うって聞いたから」
「ああ、ああ。なるほど、なるほど。そういう風になっているのだね。少しは疑問に思わなかったのかね。君が彼らを襲撃した時、都合よく猟兵団が現れて君らを攻撃したこと。その猟兵団が君らを追撃しなかったこと。どうしてもっと苛烈に攻め立てなかったのかと」
「それは、あの街の下水は入り組んでで追ってこれないからで」
「まあ、そこまでは正直、どうでもいいのだよ。ザシャ・シュラールという冒険家が聖樹の探索に乗り出そうとしている。あのシュラール夫妻の息子だ。それについて少しでも情報が集まれば御の字程度だったのだから。さて、重要なのはここからだ。君が彼らに連れられた先でとても重要な人物たちとであっただろう。そう、巫女の彼女と扉を開くための鍵かもしれない遺器を持つ彼。私たちは扉の場所を知ってはいても扉を開けることは出来なかったからね。だから君にここにいる皆を連れてきてもらおうと考えたんだよ。彼らが本物かどうかを見極めながらね」
「あんた何言ってんの。全然理解出来ないよ」
「ふむ。こらこらヘルダルフ。君の娘は頭の出来がよろしくないようだよ。教育がなってない。いや、教育など施さなかったのだったね。仕方がないな。私が説明しよう、してあげようじゃないか。つまり君は体の良い監視役と報告役を兼ねてたんだよ。普段の人畜無害そうな間抜けな顔で彼らの懐に潜り込み、随時彼らについての情報を伝える。デルナの村の襲撃には驚いただろう。あれは前もって君が私たちに情報を伝えていてくれたから対処出来たんだ。デルナの村に大勢の煌士が集まっている。目的はイオニア猟兵団を足止めあるいは捕縛するための物と思われるってね。随分と助かったよ。まさに君たちが大森林に入った後を追う予定だったからね。邪魔をされては堪らない」
ラニーが爆発する。
「あたしがここにいるのはあたし自身の意志に従った結果だ! あたしはあんたらなんかの言ってることなんてちっとも知らないしやった覚えだってない! ここにいる皆を裏切ってなんてない!」
否定だ。
心の底からラニーはそう思っているのが伝わってくる。
それはもしかして、声を大にして違うと言わなければ恐れに飲み込まれてしまうからなのか。
「そうだ」
重く冷たくヘルダルフが否定する。
ぎくりと身を竦ませるラニーにやつは無慈悲に告げた。
「貴様は奴らを裏切ってなどいない」
「止めて」
「なぜなら貴様は元よりこちら側の人間」
「いやだ聞きなくない!」
「貴様の正体を告げてやろう」
「止めてって……!」
「貴様は俺の愛しい操り人形だ」
「嫌ーーッ‼」
絶叫するラニー。
すとんと何かに憑かれたように無気力無表情になる。
「ヘルダルフ。お前の落とし子としての力は聖樹の民を良いように操れるという物なのかな。背後に控えている君の部下たちの様に。揃いも揃って無表情。自分の命にすら頓着しない。まさに操り人形というわけだ」
「そう。聖樹の民に対してであれば、そして血が濃ければ濃いいほどそこのラニーくんのように素晴らしく効果があるんだけれど聖樹と関係の人間に対しては効き目が薄くてね。彼はその不完全性を克服し、新たな聖樹の民を興して王になるために聖樹を、正確には聖樹が生すという種であり実を欲しているのだよ」
種と実……。
俺の手の先で引っかかってるこのペンダント。ハルが言ってたな種だって。
「巫女の女。お前は俺にとって価値がありそうだ。その杖を持ってこちらに来い」
「大人しく従うと思っているんですか」
「やれ」
幾つかの銃声。
貫かれ、倒れ伏すザシャ。
絶句するハル。
「いきなり……!」
「いきなりでなければ良いのか。では告げてやる。次はそのガキを撃つ」
「止めて! 止めてください! 撃たないで!」
「おお、麗しい。なんとも絵になる光景だね。優しい優しいとてもお優しい巫女様よ。彼が冷酷で無慈悲な男だっていうのは充分に伝わったろう。そこでどうだろうか。君の方から彼に申し出てくれれば時間の浪費も防げるというわけだ」
「……従う。従います。でも、彼らの傷を塞ぐ時間をください。そうしたら従います」
ぼやけた視界の中で俺は見た。
苦しそうに従うと絞り出したハルを冷徹に殴りつけ、ハルから引き離されたレイを蹴りつけるヘルダルフを。
俺から失せる暖かな光。
「あー! こらこらヘルダルフ! 従わないなら従うまで殴りつけるのが君の流儀だろうけれどそれで前回は失敗したのを忘れたのかね。どうせ彼らは虫の息。巫女様がなにをしようともすぐにくたばる。なにより、息を吹き返したところで聖樹の力を得るだろう君に抗し得るはずがない。そうだろう、そうだろうとも。であれば、彼女を傷つけるのは愚かというものだよ。死んでしまってはどうするんだね。君が生きている間に次の巫女が現れるとはとうてい思えないよ。ああ、君の持ってる人間をどれだけ痛め付ければ死ぬのか、あるいは従うほどに柔順になるのかの知識を疑っている訳じゃない。万が一という事態もあるからね。用心するに越したことはない。そうだろう、そうじゃないかね」
ヘルダルフが片手をあげると部下たちもそれに倣い、一斉に銃口を外した。
「まあ、その子どもは彼女の弱みのようだから連れて行くとしよう。君の好きな人質だ。これなら君も納得だろう。寛容さを見せるのも王としての資質だよ」
何も聞こえないがヘルダルフは納得したんだろうか。
「……ザシャさんも見させてください」
「これは驚いた。この場面、この状況、そして殴られても全く怯みもしなんて芯の強い女性だね。やはり新たな聖樹の民の母になる人物はそうでなくてはいけないということかな、なぁヘルダルフ?」
「その娘に人格など求めていない。必要なのは巫女としての資質と機能だ」
好き勝手な言葉が飛び交う。
自分たちは勝者で強者だと驕るやつらの上から目線の会話。
覚えたぞ。忘れない。お前たちがハルにしたこと。レイにしたこと。絶対に忘れないし忘れてやるものか。
這いつくばったままの俺がどう思うがお前たちにはどうでもいいことだろう。
だけどな。
ハルが離れていくその間際。
「レイちゃんはお守ります」
小声でそっと囁かれる。
「逃げていいですよ」
そんなことを言われて。
大人しくくたばっていられるほど、俺の反骨心は萎えちゃいなかった。




