19
静寂をかき乱す夥しい銃声。
全員を伏せさせてその上に覆いかぶさる。
銃弾に穿たれた台座の欠片が体中に細かい傷を作る。
全員を押しやっていた効果があったのか、それとも最初から脅しのつもりだったのか。
俺たち全員に大した怪我はない。けれども目標に向かって前進する意気を削がれたのは確かだった。
背を向けたままだとそのまま撃たれてくたばると知っているからか。
「こっちへ来い」
それは命令以外の何物でもない。要請でなく、依頼でなく、ましてお願いなんて優しいものじゃない。
相手を重んじたり思いやる。そんな要素は微塵も入っていない傲岸不遜な言葉だった。
感情などなくまるで機械めいた温度のない声。
土煙が立ち込める中、立ち上がって向き直って前に出る。
「ヘルダルフ……‼」
ラニーが短刀を抜いて襲い掛かった。
勝手に突っ込んで行くんじゃないこの猪娘が。
やるなら俺と連携しながらの方が成功率が高いだろうがよ。
謎めいた聖樹の力でブーストを受けたラニーの素人ながらに速さだけは一丁前で、俺とも良い勝負してる。
出鼻をくじくなら今しかない。
なぜって銃弾の嵐に晒されて、意気を削がれて訳の分からない状況に陥った人間が咄嗟に何をするかって、その場で這いつくばって何もしないってのがほとんどだからだ。
素人揃いのこちら側でラニーがそんな反応をするとは俺も思っていなかった。それほどまでにラニーが憎む男に対して強い執念を持っているのか。
まだ土煙が晴れていないこの今が仕掛ける好機なのは俺も同意。
ラニーを追いかけて疾走を開始する。
土煙から飛び出てきた俺とラニー目掛けて銃が撃ちだされるが幸いにして当たらなかった。
頬に傷のある男。
猟兵団に命じて俺らをこの森へと追いやった男。
その周りに付き従う兵たちや、男の傍にいるくたびれた中年になんて目もくれない様子でラニーは突進して行く。
「母さんの仇だ!」
飛び上がって切っ先をヘルダルフに向けて振り下ろす。
動きも剣筋も太刀筋も単調なそれが危険とされる猟兵団の長であるヘルダルフに通じるはずもない。
少し屈んで胸に突き上げの一発を貰ったラニーは容易く吹っ飛んだ。
あいつを助け、かつヘルダルフを制圧する。そんな都合の良い真似は俺には出来ない。言葉は悪いがラニーを利用させてもらった。
ヘルダルフの視線が飛んだラニーを追って上に逸れる。
そこを狙い澄ましてこちらも低姿勢からの顎を穿って失神狙いの掌底打ち。
だが十字にされた両手で塞がれた。
このまま接近戦を継続する。
離れたら銃弾の嵐が来る。
俺にそれをどうにかする術はない。
ホルスターから抜かれる短銃を見逃さずに払い除け、だけど逆から抜かれたナイフには対応できず、振り上げられるそれは背をそらして大きく退けざるを得なかった。
だからなのか、ヘルダルフは俺側に踏み込んでくる。
腹に力を入れる。けれど上半身は柔に溶かして両手は大地に触れ、そのまま弓を張るように月の軌跡を作る足刀。
視界の外から繰り出されただろうそれはたたらを踏んだヘルダルフの鼻面を削るに止まった。
「お鼻が綺麗に咲いてるじゃないか」
「生意気な小僧め」
言い捨ててヘルダルフが無防備に駆けてくる。
ギアが上がったのかそれまでとは段違いの速さで迫ってくる。
迎撃のために繰り出したの拳の連打は外から叩かれて上手くいなされてしまう。
そして失敗を悟る。深く踏み込みすぎた。それは相手側に付け入る隙を与えてしまう。叩くだけだったそれが次の瞬間には思い切り弾かれて俺の体勢が崩れる。
肩口へ回り込まれた。ヘルダルフの右手が俺の後ろ頭を掴み地面に打ち付けられる。
ちくしょうこのお顔に傷をつけるなんて世界の損失だなんて戯言も出せやしない。
起き上がる時間は与えられない。かろうじて空に振り返った俺の目に飛び込んできたのは絶対臭いに決まってる中年オヤジの足の裏だった。落ちる前にあいつの足を引っかける。
「ぬ……!」
逆に倒れ込むヘルダルフの左足を引きちぎる勢いでもぎ取ろうとすると右足からの強烈な蹴りを受けて手放してしまう。
逃がすものかと前のめりになったのが良くなかったのか今度は俺の方が首を極められそうになる、のを強引に腕力と勢いで振り解く。
極めて外して極められまた外し。
苦しい。
呼吸が出来ない。呼吸を挟めば極められる。だけど呼吸しないままでは苦しい。頭がぼんやりしてきた。
「格闘能力の高さは認める」
男の声が聞こえた気がする。
少し距離が出来たところで飛んでくる右足での蹴りを同じように蹴りで相殺するも、続いて放たれた左の回し蹴りを受けられず、肩口でまともに受け止める。
頭の中では方がひしゃげて骨もばらばら、肉は圧縮されて破裂するイメージが浮かんでいた。
だけど俺ばかりが破裂するだなんて不公平だろう。
かなり力を込めて打っただろう。だけど残念。頑丈さが俺の取り柄なんだよ。くっさい足、つっかまぇた。
感覚がなくなりそうな右手でやつの左足を固定する。ヘルダルフはまともに動けない。ここを逃すわけにはいかない。
引き込んで距離を縮める。
踏み込む。大地から下半身に力を伝える。腹を巡って生まれる力は左手に収斂される。
掌底。がら空きの胸に。
身体はあくまで水のように柔らかく、されど威のみは煌鉄と為し、触れ、徹す。
「ぬぐ……!」
くぐもった声が熱の篭った頭の中に、耳からぬらりと入ってきた。
だが離さない。離せない。離せばなんだっけ。とにかく離したらいけないことだけは覚えている。
俺はヘルダルフの胸元を掴み、ヘルダルフは俺に捕まれていて離れられない。
だけど。
顔を突き合わせ、口の端から血を流すヘルダルフが薄く笑いながらこう言う。
「離せ小僧」
離すわけがないだろうがよ馬鹿野郎。
だけど俺の腕は意志に反して奴を手放した。
そんな馬鹿な、何がどうなっている。
「お前の仲間を始末しろ」
何を上から目線で言ってきやがる。いつ俺がお前の部下になったよ。いつお前が俺の上官になったよ。スカウトに応じた覚えはねぇよ。
だけど俺の身体は意志に反してザシャたちに向き直る。
俺を見るあいつらの視線が怪訝そうだ。
ゆっくりと歩き出し、そしてやがては走り出し、勝手に腕を振り上げて振り下ろそうとする。
倒れたラニーを無視すればただの男にまともな格闘訓練を受けたことのない女。それにただのガキんちょだ。三回腕を振り回せばそれで終わる。
そうして俺を見上げる、灰色の目玉に出会う。
ぎしりと糸の絡まった人形のように身体が硬直する。頭の中で攻撃しろと言う命令と、守り通せと言う命令が殴りあっているみたいだった。
「何をしている『王』の命令だ。聞けないのか?」
うるさい黙れ。
誰がてめえの言いなりなんぞになってやるかってんだ。
心はそう言い返し、意志は折れてなんてない。
しかし身体は命令を遂行しようと動いている。
まずは女が立ちはだかり、その後で男が両手を広げて割って入ってきた。
そいつらを弾き飛ばして押しのける。なぜって、俺の目標。俺の在り方。俺が俺であるために、何より必要なのはそう。レーヤダーナ・エリスに他ならない。
その小さな頭に手を伸ばす。ひねり潰すなんてここにいる他の誰より簡単で、だけどだからこそ誰よりも難しい。ゆっくりと髪の毛に触れる。撫でる。いつもなら丁寧に梳かされているはずの髪の毛は荒れている。
俺を見上げる灰色の目玉に見入ってしまう。
なぜってそこには甚だ不満そうな色があったからだ。
ガキんちょが俺の手を取るとそれだけで俺の身体は一切が硬直してしまって動けなくなる。
そうしてそのままレーヤダーナ・エリスは俺の人差し指を――。
「イイっだァー‼」
噛みちぎらんばかりに噛んできた。
痛い痛いマヂ痛い!
レーヤダーナ・エリスの歯はめちゃ白い! ちょっと犬歯が鋭くて! なによりとっても歯並びイイ! それは分かった! 分かったからもう噛むな離して許してお願い! マヂすまんもうやんない何でも言うこと聞くからレイちゃん様もう勘弁してくれ!
俺の願いが通じたのか目玉の奥に不満の燻りを残してレイは指から滲む血をペロリと舐めとった。
「おやおや、面白い結果になったようだよ『王』様。やはり君の律は今のままでは不完全の様だ」
「だからこそここにいる。聖樹の都が俺の為にようやく開かれた」
どこかで見かけた冴えないオッサンとヘルダルフが並ぶ。
くそったれ。ヘルダルフを離してしまった。あいつの部下たちが一糸乱れない様で銃口を並べる。猟兵というよりも軍隊みたいな様だった。
「だぁかから、だぁから言ったろう君たちぃ。聖樹に近づくのは止めた方がいいって。年長者の言うことは聞くものだよねぇ」
どっかで会ったろうか。
目まぐるしく置き換えられていく記憶の棚を探していると、棚から抜き取られてゴミ箱に向かおうとしているとこにそれはあった。
確かに会っている。
俺たちがラティエラに来た直後に話しかけてきた冴えないオッサンだった。
「彼がセヴェロ・エイフレットだよ」
その男についての情報を記憶は勝手に掘り出してくれた。
セヴェロって、確か考古学者で聖樹探索にも加わったことのある何かと悪評の多く、イオニア猟兵団とも関わりのある人物だったな。
ザシャの声色はいつものこいつらしからぬ冷たく固い。
前にも思ったがこいつ、あのおっさんに対して何か含むところでもあるのか。
「これはこれはご紹介に預かり光栄だよザシャ君。君のご両親には随分と助けられた。実に親切にして頂いた。本当に感謝している」
「それはどうもご丁寧にありがとう。両親が親切にも君を助けたのなら君も感謝を示して僕らを助けてくれるのだろうね」
「ああ、勿論。勿論だとも。君のご両親の悲願たる失われた聖樹の発見。道半ばで倒れた両親の願いを健気にも受け継いだ君。私は感謝をしよう。聖樹を見つけ出した私とその協力者だった君たちを後世に残るように配慮してあげてもいい。なんて優しいんだろう私は」
「随分と都合よく現れたものだね。ずっとここで待ち伏せしていたのかい」
「まさかまさか。ずっとというわけではないよ。途中であの花草人らが起きてしまったからねぇ。ここに辿り着くまでに何人か犠牲者を出してしまった」
ヴィルヴィス。
聞きなれない言葉だけど直感的に、聖樹の民の成れの果て。それを指していることは分かった。
「では、なぜこの場所にいるのか、てっきりここに来ることが出来たのは僕らが初めてだと思っていたのでね。是非とも教えてもらえないかなセヴェロさん」
「当然だ。当然だとも。かつて教鞭を取ったこともある身だ。後進を育成するのもこの身の義務と言うものだ。とても頼りになるとある冒険家夫妻に案内してもらったからに他ならないよ」
誰を指しているのかなんて言うまでもないだろう。
ザシャは氷のような視線でセヴェロを貫いている。
セヴェロは興が乗ったか両手を広げて話し出した。
「ある所にとても優秀な冒険家夫妻がおりました。
そしてある所にはどうしても聖樹を見つけ出したい人々がおりました。
ある日、彼らは冒険家夫妻に一緒に聖樹を見つけようと言う話を持ちかけました。
なぜなら夫妻も聖樹を見つけたいという願いを持っていたからです。
しかし夫妻には断られてしまいました。
彼らにはまだ幼い息子さんがいたからです。
息子さんが大きくなって、独り立ちできるようになるまでは命の危険を冒すような真似は出来ないと幸せいっぱいの顔で告げたのでした。
それに、この世界はもっと沢山の謎で満ちている。
大きくなった息子と一緒にそれを見つけることがその時の彼らにとっての最も大きな希望だったから、聖樹をともに見つける申し出を丁寧に断ったのです。
しかし、彼らに話を持ち掛けたのはとある怖ーい猟兵団ともお付き合いのある偉い学者さんでした。
怖ーい猟兵団はもうずっとずっと、それこそ百年以上も昔から聖樹を探し続けていたのです。
けれど他の誰かに見つけられるわけにはいきませんでした。
人の文明文化はとてつもない勢いで進化していきます。
このままでは自分たち以外の誰かが先に見つけてしまうのもあり得ない話ではない。
いつでも冒険団の邪魔が出来るわけではないのだから。
だから彼らは夫妻の幸せの象徴である息子さんをいつでも奪ってしまえるのだぞと脅迫したのです。
息子の命を盾に取られては夫妻も断るわけにはいきません。
彼らは持ち前の優秀さで今まで誰も見つけられなかった失われた聖樹の都へ至る道を見つけたのです。
それが――」
「ここ、というわけか」
異様に平坦な抑揚でザシャが引き継いだ。
「そうだそうだその通り。聖樹の都への正規の入り口は失われてしまったようでここはまあ裏口のような物だったので、扉を開くまでには至らなかったのが非常に残念なことだったがね」
「それで、残念にも扉を開けなかった冒険家夫妻はどうなったのか」
「うん? うん? ああ、どうなってしまったのかを知りたいのか。そうかそうか知りたいか。なんのことはない。聖樹の都への道を知る者は私たち以外に必要ではないからね。そこから落ちてもらったんだったかなぁ」
そこ、とはどこか。
底の見通せない奈落めいた巨大な穴。
こともあろうにセヴェロはそこにシュラール夫妻を落としたと言う。
瞬間、ザシャが暴発した。




