18
俺たちは再び歩みを進める。
目的地までは今までの道なき道ではなく、過去に聖樹の民が設えた間道らしき痕跡がうっすらと残っていたのでそれを辿る。時にはハルの不確定な案内を混ぜ、時にはラニーの当てになりそうな勘も混ぜて。
役に立ってないのは俺とレイだけという事実に愕然としたくなる。この世は役割分担。出来ないことをやろうとしても上手くはいかないのが世の中なので大人しくがガキんちょを背負うのが俺に与えられた役割と言うことだ。
「ここかな」
ザシャが口に出したのは大人なら背を屈ませないと通れないような小さな祠だった。
「……ここが入り口だってのか」
「いやこれは違うでしょ。あたしだって都なんて言われてた場所の玄関口っていったらそりゃもう豪華で首が折れるぐらい見上げないといけないって感じの奴想像するもん」
「本来は脱出口。非常時にしか使われないはずのもので、私もここを通って……いえ違う、私じゃないです私じゃ」
言動の怪しいハルだった。
脱出口。非常時。不穏な気配漂う単語にちょっとした想像力が働いてしまう。
もしかしたら夢の中のハルになった誰かは本来は招かれざる客だったのかもしれないと。
そこからさらに連想されるのは悪魔のような何かを従えた大きな目の女なのだが。
「とりあえず俺が一番先に潜る。何もなければ呼ぶ。いいか」
「無論だよカナタくん。君のタフネスと美々しい肉体を僕はとても敬しているのだからね」
物言い。
注意するのも面倒くさいのでレイをハルに預けて祠に体をねじ込ませる。
通路とも呼べない道は壁に苔がついていたり小さな虫の住処になっているようだ。
獣の往来もなかったようで獣臭さもない。糞尿に塗れていないのは助かるわ。
当然、人間が通った形跡もない。
外の光が届かないぐらい奥まで来るとザシャに借りたランタンに光を灯す。
真っすぐに伸びた道で奥までは見通せない代わりに奥へ行くに従って縦幅と横幅が広くなっていくようだ。
空気も少しずつ冷たくなっていく。茹だるような熱気に包まれていたのにここは数百年間も空気が止まっているように感じられる。
その通路の終端から一歩踏み出る。
危険な生物の気配はない。
ランタンを掲げてかざすとどうも行き止まりになっているようだった。
さて、これはどういうことだろう。
周囲の壁を強めに叩いて実は向こうが空洞でしたとかになってないか確認してみたがそうでもないようだ。
部屋の中心になんだか細かい装飾のされた細長い棒があるけどもそれ以外に目立った物はない。
棒の頭部分には蛇の装飾。牙は剥いていないが見つめていると平伏しそうな威厳がある。
蛇の胴体部分が持ち手部分にまでくるくると蜷局を巻いていた。
見ようによっては杖に見えなくもない。
一人で考え込んでいてもしょうがないので外で待ってる連中を呼ぶ。
「紛うことなく行き止まりだね」
「うん。どこを触ってみても行き止まりだね」
「で、この先はどうすんだ」
「ここを使ったのは見ているんですがどうやって通ったかまでは……。ごめんなさい」
いや謝らんでも。責めるような口調だったろうか。いかんいかん。
「ふふん。やはりここは僕の出番かな。古今東西あらゆる遺跡を網羅する予定のこの僕の足跡を辿る道程の一ページにここも刻まれてしまうというわけだね!」
ザシャが棒を掴んでくるくるとまるでポールダンサー。お前の職業はなんだったかな。
嫌な絵面だ。
そして不本意ながら華麗と言えるキレの良さで回って回って回りまくって、おいそろそろ止めないとバターになっちまうぞと言いかけたところで勢いにまけて飛んでいくザシャ……アホの末路。
ラニーとハルが物珍し気に杖に触れる。
「気を付けたまえ。それは恐らく古代の煌遺物。現代の杖が煌戦器の形として知られているのは遺物を模したからとされる。翻ってその杖にも煌戦器の機能があるかもしれない。いきなり暴発したりね!」
ハルとラニーが顔を見合わせてびくっとして杖から手を離す。
そうしてすぽんと穴から杖が取れた。
「何もしてませんよ。何もしてないのに取れちゃったんです」
最新機械に触るお祖母ちゃんみたいな物言いのハルだった。
だけどお祖母ちゃんの機械音痴も役には立つようで、壁面に一斉に走る光の筋。いつか見た遺跡のようなあれか。
警戒と言っても何をどう警戒していいのか分からないがともかく全員が一塊になって身を寄せ合う。
それと同時に鳴動する地面。
揺れて、ずれて、沈む。
わずかな土埃を巻き上げて俺たちが立っている場所そのものが形を残したまま下へと降りて行く。
「昇降機のようなものだね。古代の遺跡ではこうしたものが多々見受けられるのさ」
「俺の知ってるようなやつとは全然違うけどな。せまっ苦しい箱に人を詰め込んで機械の力で無理やり上下に運んでるって感じだったが」
「まあ、我々現代人は失われた歴史の文明を後追いしているのが現状だからね。色々と不格好になってしまうのは致し方がないのさ」
なんとも言えない浮遊感に気持ち悪さを覚える。
しばらく誰もが無言でいた。
この先に待っているのがなんであるのか、ある程度の想像が働いているからだ。
そうしていきなり視界が広がった。ずっと変わり映えのない岩壁が突如としてなくなって、陽の光が差し込んでくる。
暗がりに目が慣れていたから思わず顔を背けてしまう。
もう一度、視線を戻した時に広がっていた光景に言葉をなくしてしまう。
そこにあったのは、想像していたような豪奢な宮殿や思わず感嘆したくなる白亜の街並み、そして天を衝くほど巨大な樹の有り様じゃなかった。
その逆だった。
広々とした空間。たぶん小さな町一つ程度なら飲み込めるだろう。そして底を見通せないほどの暗がりの穴。穴の縁にあるぽつんと朽ちた輪のような物だけが人々がここで生きていたという証だった。
昇降機から降りる。
遠くには巨大な鳥が威嚇するように高く鳴きながら飛んでいる。その視線は獲物を駆る狩猟動物そのものでいきなりの侵入者を警戒しているのかもしれない。
地面には動物の巣穴にでも通じているのかいくつかの穴が開いていた。俺らからちょっと離れたところで警戒するようにずんぐりとした小動物がこちらを眺めていた。
「ここが聖樹の都か?」
影も形もないが。
「そんな……。そりゃ滅んだって聞いてたからぼろぼろになってるんだろうなって思ったけど、こんなに何もないものだったんだ……」
ラニーの言い分も理解は出来る。
母親が夢見るように語っていた都市の姿と目の前に広がる光景の落差といったらないだろう。
ハルもどうしてこうなっているのか分からないといった感じで景色を見ている。
ここで終わりか。
もやっとするがこれ以上がないというのならどうしようもないだろう。それに、全く無意味だったわけじゃない。聖樹の民の痕跡も見つけられたんだ。生きて戻れば聖樹の民についての研究の助けにだってなるだろう。
あの聖樹の民の成れの果てをどうにかしてしっかりとした行路と設定して安全の確保さえ出来れば将来的に大きな冒険団を送り込む余地も出来る。
そうすればこの跡地だったりを詳しく調べて色々と分かることも出てくるだろう。
俺たちが下りてきた昇降機以外にもここに至る道がいくつかあった。何かあるかもしれないしそっちも見てきた方がいいだろう。
俺がそちらに向かって歩き出すと小動物が道に逃げ込もうとして立ち止まり、方向転換して離れて行った。
「カナタくん!」
眉根を寄せて足を踏み出そうとした俺を制止するザシャの強い声。
ザシャは興奮しながら昇降機に突き刺さっていた杖を振り回していた。
朽ちた輪を眺めたり触ったりと比較的大人しくしていたが何か見つけたのだろうか。
あいつの周りではハルとラニーがぺたぺたと輪っかに触ってたが特になんも起こらなかったはずだが。
「見てくれたまえ!」
輪が置かれた台座には小さな穴が開いている。
ザシャがそこにあの杖をはめ込む。
「なんも起こんねぇじゃねぇか」
「落ち着きたまえ! 本番はこれからさ! さあ、ハルくん!」
ザシャから杖を手渡されたハルが杖の先を穴にはめ込む。
台座に光が灯る。
そして輪からは聞き取れないが機械音声のような何かが流れた。でも、そこまでだった。
「さあラニーくん。君も杖に手を!」
ラニーが杖に手を触れると首筋の聖樹の紋様が光を強く放つ。
台座から輪へと光が伸びる。
思わず俺も身を乗り出した。
「最後は君だよ。カナタくん」
片眼をつむって目配せしてくるザシャ。
正直聞きたいことは多々あるがここは黙って言う通りにしよう。予感はある。これから何かが起こる。良きにしろ悪きにしろ備えておかなくてはならない。
腹に力を籠める。何があっても頭の中は冷静に、身体は命令に即応して動けるように。
杖に触れる。
時計から音がする。
蓋を開くと狂ったように針が逆に回っている。
かつて魔女を封じていた鍵とされたこれも同じように強く光る。
輪に光が完全に巡る。
そうして――開かれる。
聖樹イルミアと呼ばれ伝説の都市があるされ、幾人もの探検家、冒険団が見つけようとして果たせなかった幻の都への道が。
それは激しく波打つ渦のようで、波紋の生まれた湖面のようで、雲一つない空のようだった。
輪で作られたのはこちらとあちらを隔てる境界面だ。
その向こうにあるのは巨大な、どれほど巨大なのか見当もつかない大きな樹が見えた。
間違いない。
あれが聖樹イルミア。
「聖樹の都は女神の加護を受けし者こそ頂くって言葉にヒントを貰ってね。女神にまつわるものは数字の三を用いることが多いのさ。そこで、巫女たるハルくん。聖樹の民であるラニーくん。そして女神に纏わる魔女を封じた遺物を持つ君。どうにもここは正規の入り口ではなさそうだから鍵が必要なんじゃないかと思ってね。僕は本当に女神さまに愛されているなぁ」
そうだな。
ザシャがとんでもない幸運の持ち主なのは誰もが認めざるを得ないだろう。
こいつの言葉真実なら、俺、ハル、そしてラニーの誰一人として欠けていればこうなりはしなかったのだろうから。
「やだ、なにこれ。胸痛いし、なんか勝手に涙が出てきて困る」
泣き出したラニーの涙をハルが面倒見の良い母親っぽく拭ってやっていた。
それぞれがそれぞれに、感無量と言ったところだろうか。
俺はそんな感動など全く無視してそいつらの背中を押す。
こっちと向こうを隔てる妖しい境界へと突っ込ませようとしたのだ。
「なんだいなんだいせっかちだね。この感動を後世に残すため今のこの感動を詩にまとめようとしているところだよ」
三人がやいのやいのと文句を言うがそれを受け付けるような時間はない。
なぜってそれは、その達成感をぶち破る無粋な奴らが俺一人じゃなさそうだったからだ。
「ようやくやって来てくれたね」
耳に残る甲高い男の声。
当然、俺でなく、ザシャでなく、ハルやラニーが声を作ったわけでもないこの場にいないはずの全く別の誰かの声。
それはとはまた別の低い男の声。
「撃て」
慈悲なき色で、そいつは告げた。




