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それはそれこれはこれという言葉がある。
主に話の切り替えなどに使われるがたいていの人間にとって、自分に都合の良い面と悪い面を切り分ける時に使う便利な言葉でもある。
あの白骨死体に対して弔いの念はいささかも減じることはない。
だが、だがね、だがねだよ。
何が原因でそうなったのか。偉大なる先達の痕跡を確認し、俺たちがそうならないように傾向と対策を立てるのは別の問題だろう。そうだよな。な。
あんま見てんじゃねーぞガキんちょよ。見られて気持ちのいいものじゃないからな。
「ふーむ。後ろからガツンって感じだったね」
ザシャが前を見ながら考え込んで言う。
その通り。後ろからガツンなのだ。それもこれから俺らが行くべき方向から逃げている最中に。
彼、または彼女が残した物についての確認。
まず衣服。これはぼろぼろになっているがまだなんとか服としてのまっとうな活躍は出来ないだろうが形は守っている。腰に巻き付ける布切れだったら役目を果たせるだろう。
ハルと同じようなジャケットやらズボンだったっぽい。
遺留品一覧は次の様。
水筒。壊れたライト。賞味期限の切れたシリアルバー。おそらくは地図の切れ端。腕時計。コンパス。筆記用具。なんかのメモ用紙。そして拳銃一丁に手榴弾数個。
「冒険団メンバーだったのかね」
「僕の先輩だったのかな。ますますご冥福を祈らざるをえないね」
銃を握りしめたままやられたようで指先は銃把を握りしめ、いつでも発砲出来るように引き金に人差し指はかかったままだった。今は土の下でお眠りになっているけれども。
「日付からして十年以上前の一団だったようだね。この方も聖樹を探していたのに志半ばで道を絶たれたのだ。その無念、このザシャ・シュラールが晴らして見せよう。だから、まだ使えるものを融通してくれまいか。なんと! 快く譲ってくれるようだよ!」
土の下に語り掛けていたザシャの面の皮は厚い。
いや、まあ、ザシャがしなかったら俺がしてただけの話だが。
後頭部を一発で砕く膂力。拳銃では歯が立ちそうになかった何か。魔獣の類だとは思う。思いたい。思うけども、この人がいつかの大規模な一団を率いていた探検団の一員だとするのなら、他の随行員はどこだ。
俺らとは違って数も構成も比べ物にならないほどに豊かで厚みもあっただろう。その彼らはどこ行った。
その疑問はすぐに解き明かされた。
「ひどいですね……」
ハルが言った。
俺も目を細める。
ラニーの顔色は青ざめて、ザシャは唇を丸くすぼめた。
そこは周囲の森林から切り離されて少し開けた場所だった。
背の低い緑の雑草に紛れて覗く、白い石ころのような何か。
至る所にばら撒かれるように散らばっているそれは紛れもなくさっきの白骨のお仲間だった。
新緑の迷彩服を着た白骨は雇われた猟兵か。
自動小銃がそこら中に散らばっていた。ここまで牽引するのは面倒だったろう大型の機関銃もあった。
それらは長い間、雨ざらしにあったせいなのか赤錆びて、煌鉄機構の大部分はもはや役に立たなくなっていた。
こんな深い森の奥で間違っても着るような服装を纏わりつかせているのは金持ちの夫婦ってところか。高価そうな幾つかの金の指輪も朽ちた白を装飾する為に生まれたわけじゃないだろうに。
なんでこんな場所に来たのか馬鹿じゃないのと言うのは簡単だけど、当人にしか分からない理由があったのかもしれないし、本当に物見遊山気分でついてきたのかもしれん。
その当人が口のきけなくなった今は永遠に謎なままだが。
「カナタくん、あれはなんだと思う」
「防壁のようなものじゃないのか」
ザシャの指さす方向。
森の入り口を塞ぐようにして積み上げられた石材木材土嚢。即席感が見え見えなそれもところどころ崩れて今では触っただけでぼろぼろと崩れ去りそうだった。
身を預けるようにして備え付けられた何門かの大型機関銃は多くが同じ方向を向いていた。
「あちらは僕たちの目指す方向なのだろうけどね」
「なんだ今更イモ引いたか。だったらすぐに帰るぞ。猟兵は……まあなんとか遭わない方向で」
「まさか。期待感は高まる一方だよ。危険だからと背を向けて逃げ去るようでは冒険家を名乗れない。勿論、無謀と蛮勇を弁えていなくてはならないがそれでも突き進んでしまうのが冒険家という人種の欠点だね。この僕も例外ではないのさ!」
そうだろうよ。
そうして無謀と蛮勇が天運によって覆された時に選ばれた冒険家になれる。大半は振るい落とされて目の前の絵面になってしまう。選ばれるのは一握りだけだ。
「なんだかラニーくんが暴れているよ」
今度はラニーか。こんな場面であいつは何、アホを晒しているのか。
防壁にほど近い、敵がいたと想定するのなら乗り越られてしまった場所。手榴弾がいくつか暴発したのか綺麗な更地になっていた。そのすぐ近くでラニーはバタバタと身振り手振りで何か伝えようとしているようだった。
さっぱり分からんがラニーが言葉で伝えられないのはそれを見て分かった。
「ああ、うん……なんだろうな、これは」
下半身の吹っ飛んだ白骨遺体。
それに絡みつくような形をした同じく下半身の吹っ飛んだ枯れた植物。……植物に下半身は変だろ。ただ、そう表現するより他になかった。
両手のような蔦が頭蓋を包み、胴体のような茎が肋骨に這うように絡んでいた。それは確かに植物だったし、大半が吹き飛んでいたが人間の身体の形に似ていた。
頭……のような部分なんだろうか。ご冥福を祈ったあの白骨遺体に咲いていたのと同じ花があった。これも枯れていたけども。
「なんの花か分かるか」
「いえ、見たことないです。辞典にも載っていたかどうかは……」
この場で最も植物について知識が豊富なハルが知らないのであれば誰も知らんだろう。
念の為、手袋をしたハルが触れると花弁はあっけなく落ちた。
「あの、これからどうするんですかザシャさん」
「ふむ。このまま突っ切る。これが目的地に向かっての最短ルートであるのは間違いない。ただこれは戦力も装備も心許ない僕たちが先細った断崖に向かって歩くのと同じだと思うね」
「そいつは俺も同意だ。どんな危険があるのか分からない以上、避けて通るのが無難だろう。幸いにして、水は……分からんが食い物ならそこらの獣をとっ捕まえて捌けるしな」
こういう時、水を自前で作り出せる落とし子の存在は非常に貴重で大幅な助けになるよなと常々思う。
「うん。避けて行こう。目的は聖樹の都を見つけることで、一時の探求心を満たすことじゃあない。君子危うきに近寄らず。うずうずして堪らないのだけれどね」
そのうずうずは心の奥底でずっと眠らせておいて欲しいね。
危惧していたのはハルやラニーがこの惨状で怯えやしないかってところだったが幸いにして二人とも気分が悪そうにしているだけで進むのに支障はなさそうだった。
胆が太くて何より。尻込みせず歩き続けるだけで上等だ。
ザシャが地図を見る。
ぽっかりと口を開けた薄暗い緑色した得体の知れない何かが潜む森の入り口を迂回して進む場合、どのルートが効率が良いか考えているのだろう。
迂回したところで難に出くわすのかは分からないのに変わりはないが心理的な抵抗感は段違いだ。
「おいレイ。なにをぼーっとしてんだ」
いつもぼーっとしてるけど。
夥しい数の命が終わらせられた場所をじぃっと眺めている。
適当に穴を掘り、適当な骨を拾い、適当に穴に埋め、適当に土を掛ける。それだけ。
……俺らの真似をしてんのか。その行いの意味も実感もないだろうけど。
「そうやれば、この大地の奥深くにいらっしゃる冥の女神の御許へ迷わず旅立てんのさ。冥の女神は死や終わりといったものを司っててな。それはそれは怖い女神さまなんだが同時に安息や安寧ってもんも大事になさるお優しい一面を持ってんだ。死者は冥の女神の腕に抱かれて真っ白な何者でもない魂に洗い上げてもらって時女神の審判を受け、陽の女神さまにお迎えしてもらい、その後またこの世界に生み落としてもらう。そうされなかった魂は不浄に穢れて魂を腐らせながら生きながらえるらしい。腐りながら生き続けるなんて俺はまっぴらごめんだね。死んだ時は身綺麗にしていたいもんだ。じゃないと冥の女神さまにビンタされて追い返されっちまう」
今のレイの年なら知っていて当然の日曜学校で習うような内容だ。
レイは細っこい指をあちらこちらに散らばっている骨に向ける。それ止めなさいね。失礼だから。
「流石に数が多すぎる。俺らだけでここの全員を埋めると日が暮れる。ここは危険なんだ。そうなる前に離れたい。次に来た時にでも埋めてやろうや」
嘘にするつもりはないが、嘘になる可能性の高い言葉だった。次にまたここを来るってどんな時だろうな。今の冒険がどんな形にしろ終わった時に俺が野ざらしの死体になってる可能性だってあるのに。
それでも動こうとしないレイである。
「つまりですねレイちゃん。カナタさんは、ここで亡くなった方たちを埋葬したい気持ちはあるけれど、俺は今を生きてるお前の方が大事なんだ。危険に晒したくないんだって言ってるんですよ」
お前は横からなにをわけのわからんことを。
何も言えずに固まった俺の隣でハルがこっぱずかしいことを口走っていた。
「私もそうです。亡くなった方たちよりもあなたが大事です。あなたが怪我をしたり危険な目にあったりするのは嫌です。でも、どうしてもあなたがこの方たちを埋葬したいと言うのなら、わたしはそうしようと思います」
「おい、いの一番に危険に身を晒すのは俺なんだがな」
頼りにしてますとハルは事も無げにしれっと告げる。
っかー、このクッソアマ、っかー!
「そして、最悪の場合、訪れるのは死です。触れることも出来ず、話すことも出来ず、暖かさを感じられることも、二度とありません。こんな風にむにむにすることも出来なくなっちゃいます」
レイの顔を挟んでむにむにと、タコ口の変顔レーヤダーナの出来上がりだった。
「カナタさんはそんな目にあなたを合わせたくないんですよ」
ぼんやりと俺とハルを見上げるレイは口をなんかもごもごした。
声が出せないからなんて言ったのか分からないし、なんならそれは本当に言葉を形作る動きだったのかも分からないがなんか納得したみたいだった。
俺とハルの手を引いてえっちらおっちら進みだした。小さくて冷たくて弱弱しい手だけどなんかいつもより急ぎ足のような気がしないでもない。
俺は中腰を強制されるから案外疲れるんだよな。
にまにまと気色の悪い笑顔のザシャが俺の隣に並ぶと小声で呟いた。
「レイくん。僕の得意な読唇術によると『あっかたい』って言おうとしたみたいだよ。愛されてるね、君たち二人は」
「うるさい黙れ。どんな思考でそれに行きついた。いや、説明はせんでいい」
あっかたいってお前子どもの間違、あーいや、子どもの間違いだけども。
ひょいっとレイを抱き上げてハルに手渡す。手を引かれるのはいいがあの態勢だと自由に動けないからな。決して、中腰が辛くなったとか間違っても恥ずかしくなってきたとかそんなんじゃあない。
「それよりもどんな道を辿るつもりだ」
それなんだけどねとザシャは地図を見せてくる。
「おそらくは聖樹の民。その集落が存在した痕跡のある場所が示されているんだ。まあ、やはり遠回りになってしまうけれどね」
そちらが安全な保障はどこにもないけれど正面突破よりはマシなはずだ。そう決めつけた。
その村とやらがどんな場所かは分からないしやはり危険は潜んでいるんだろう。
聖樹の民。
ラニーを見る。
なんとかレイに好かれようと頑張っているみたいだがその努力が実る気配は微塵もない。それでもめげずに果敢に攻勢に出る根性は評価出来る。
かつては聖樹より特別な力を与えられていた一族。ラニーからはその片鱗はこれっぽっちも窺えない。どこにでもいるはちょいと語弊があるが、平均より若干アホめなだけの娘っ子にしか見えない。
落とし子としての特殊性もさほどない。
では与えられた特別な力とはいったい何なのか。そしてその力はヘルダルフら猟兵団の連中にももたらされているんだろうか。
集落に行けばその謎の一片でも解けるんだろうか。
考えれば考えるほど疑問と不安はいや増していく。
ザシャの底抜けにタフなアホさがちょっと羨ましいような気がしてくるのは末期の証明だろう。
ぱしんと頬を叩く。
しっかりしろ。思考を削ぎ落せ。不要な疑問符は切って捨てろ。己の為すべきことを思い出せ。
ザシャ、レイ、ハル、そしてラニー。
この四人を守りきる。
それこそが俺の為すべき最優先事項。
色んな謎は考えるべき奴が考えればいい。その考えるべき奴とはザシャ・シュラールに他ならない。
それぞれと繋いだ手の暖かさを思い出せ。
そして神経を研ぎ澄ませろ。
これまでも、この先も、下手な失敗は許されないだろうから。




