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 バタンと大きくドアを閉める音がする。

 見上げる空は木々の葉に隠されて途切れ途切れにしか見えない。

 朝の冷たい空気は立ち去って太陽に燻られた空気が熱を伴って充満していくのが肌で感じられる。

「水と食い物はなるべく多めに持ち出せよ」

「どこで補給出来るか分かんないもんね」

「煌石はどうしますか」

「使う機会はさほどないだろうから必要な分量だけで構わないさ」

「暑くならないで欲しいなぁ」 

「ここに素敵な巫女さまがいらっしゃるだろ。陽の女神にお祈りしてくれれば聞き届けてくれるんじゃないか」

「ははー……」

「土下座やめてくれません。ザシャさんも。レイちゃんは真似しないでください。ほんとお願いですから。ね、止めて。止めましょう」

「なんにせよ。無事に聖樹の都に辿り着けたらいいな」

「………」

「………」

「………」

「………」

 ガキんちょ除く全員がおそらくは聖樹の都があるだろう、いや、あって欲しい方向に跪いて拝み倒した。

 どうか何事もありませんように! 猟兵なんぞに追い付かれませんように! ザシャのアホが治りますように! ちょっとばかしイケメン面になれますように!

 昨日のザシャの宣言通り、行けるところまではこの旅の頼もしい相棒の四駆で進んできた。

 だがここから先は徒歩での行動となる。

 時には鉾として魔獣を蹴散らし、時には盾として魔獣の攻撃から俺たちを守ったこの四駆。ここに置いていかないといけないのは心を引き裂かれんばかりの痛みを皆に齎した。

 頼もしく信頼のおける厳つい鉄煌の塊が側にあるってのはやっぱり心強いからな。これから体一つで大自然の中にほっぽり出される不安感の大きさと言ったらないね。

 思わず頬ずりしちゃうぐらいには恋していると言っても過言ではないだろう。

「大人しく待っていてくれよガルガドットちゃん。すぐに迎えに来るからね」

「何言ってんのこの子はドウェイン。それ以外は認めないから」

「男は愛車に女性の名前を。そして女は男性の名前を。そして僕はペットの名前を送ろうか。そうだねティピー」

「あー、そういうのいいんで早く行きましょう。陽が完全に昇る前に休憩出来る場所を見つけておきたいたいじゃないですか」

 いやはやまったく。

「では、行こうか」

 へらっとした笑顔をキリリと引き締めてザシャが最初の一歩を踏み出した。俺たちもそれに続く。待っていておくれガルガドットちゃん。

 鬱蒼とした森の中を一塊になって歩き出す。

 基本的には俺を先頭にしてザシャを中心に、ラニーとレーヤダーナ・エリスというオプションが背中に張り付いているハルだ。

 戦闘能力皆無なザシャを守るための隊列だった。そうでなくても案内役だからな。万が一があってはならん。

 こんな事態になってアレだが正直、ハルには期待している。戦力としてではなく女神さまの目を持つ巫女様として。

 冒険小説だったらこんな文明から離れた森の中だと定番の展開として未開の蛮族が現れるわけだ。

 なんやかんやあって囚われの身になるんだがなんやかんやあって聖樹の巫女であるハルに恐れ戦いてどさまぎでなんやかんやで脱走したりとかな。

「ぷっふー。カナタ君は想像力豊かだねぇ! でもそんな展開だって望むところさ! なぜならその方が楽しそうだからね! 我が人生において歓迎すべきは未知との遭遇! そして浪漫との邂逅! 忌むべきものとはなにか。現状への停滞とぬるま湯への耽溺さ!」

 なるほどねぇ。

 だからこんな底抜けにアホアホな性格が出来上がってしまったのか。

 持ち込んでたぶっといジャーキーを食い千切りながらとてもいい笑顔で乗り出してくるザシャだった。

 それからどんだけ歩いただろうか。

 お日さまが真上に上ろうとする頃だろうか。

「暑い………」

 誰かが言った。

 言った奴、鼻毛むしるぞマヂで。いやもしかしたら俺だったかもしれん。その場合は当然のこととして無罪判決なのだが。

 鍋の中で蒸し焼きにされる芋の気分はこんなんだろうか。流れてくる汗が目に入ってきてうざい。目どころか額から頬から顎先から滴り落ちてくる。

 日差しが直に当たらないのに涼しくない。それどころか熱気が全身を離さねぇとばかりに絡みついてくる。

 俺らには見えない部分で水資源が豊富なのか地面から立ち上る空気は茹ってるようだ。

 地熱のせいで空気が肌に纏わりついてくる感じがなんとも不愉快だった。

 ザシャもラニーもあまりの暑さで汗だくになっていた。だからと言って気軽に脱ぐわけにもいかんのが苛立つ。

 小さな虫に刺されたり葉で切ったりした場合、毒でも注入されたら堪らんからな。こんな場所では外傷一つだろうと油断ならん。文明が恋しい。

「ふむ。これは日差しがきつい……きつすぎるねぇ。昼の間はどこか涼を取れる場所で休憩をしていた方がいいなぁ。このままだと類まれなる美に彩られた男の干物が出来上がってしまうよ」

「美しき干物云々は心底どうでもいいが言ってることは同感だ……このままだと偉大なる魂を持った男の干物が出来上がるかもしれん」

「干物とかどうでもいいから。ちょっと黙って……」

 今の俺たちにとって最大の敵は気温に他ならなかった。そしてそこから生まれていく相互不和。水も食料も尽きて最後に待っているのは身内同士の醜い争いなのだ。定番すぎる展開だがそれだけは御免こうむりたいところだった。そこに浪漫はないだろう。

 そしてこの中で一人だけ涼し気な顔をしているのがいる。いや、勿論、汗を掻いてはいるのだが俺たちのような追い詰められたみっともなさは見受けられない。

 どころか爽やかすらあった。良い運動してますよとでも言いたげに余裕そうだ。お荷物も抱えているというのに。これが生まれ持った素質の差なのか。

「うーん、流石巫女さま。健康的にとってもエロいですね!」

「……その褒め方は人を選ぶので使って喜んでくれる人に向かって言ってあげましょうね」

 ハルは背中にレイを、手には煌導杖を抱えて一息ついた。

 空を見上げて額から鼻梁に向かい、頬から首筋へと流れる一滴の汗はなんかもう俺らの粘度の高い液体とは物質の組成が違うんだと確信させる。

 孫がいたら色んな服を着せ替えてあげたのにねぇという生い先の短さを主張する生い先が短いとは微塵も思えないとある婆さんの願いにより、いつもレイを好き勝手着せ替えしている罰が当たったのかハルは着せ替え人形にされた。

 その結果、冒険家、探検家とはかくあるべきとでもいうような伝統的なカーキ色のブッシュジャケットを着せられていた。勿論、合わせ技でブッシュなハットもついていた。

 あくまでなんちゃってなので本格的な物ではない。なのでどこかコスプレ感ある。背中に張り付いてるレイも同じ格好をしているので猶更に。

 ハルはレイがおそろいの恰好をしていることを感謝すべきだろう。お前単体だけだとその手のお店かなって思われるだろうからな。

 厚手のくせに軽めな生地は吸汗性に速乾性、通気性にも優れているだのなんだのと説明されていたが今となってはかなり羨ましい。

 こっちに来る時に着ていた余所行きのお嬢服だったらきっと汗で下着がまるっと見えるようになっていたに違いない。特にその形の良い胸あたりが。ちくしょうめ。

 その分、生足がまるっと見えるようになっている上に尻の形も分かりやすい。俺の怒りはどうにか吹き出物にならずにすんだ。

 常々思う。

 あの服装、映画とか本の挿絵とかでも見るけどやっぱり足元の守備力低いよ。

 俺も着てみないかとか言われたが運動靴に半ズボンと膝丈までの眩しい純白ハイソックスの組み合わせのせいで断念せざるを得なかった。

 あれを着こなせるのは心技体をソリッドな筋肉で覆った真なるイケメンだけだ。

 あー、頭ん中ぼんやりしてきたー。

 で、そのハルはと言えばきょときょと辺りを見渡しては地面に躓いたりと注意力散漫なことこの上なかった。

「なにか気になることでもあるのかい?」

「ああいえ。見たことのない植物がたくさんなのでつい」

「なるほど。僕らの旅路に役立つ発見はあったかな」

「例えばロアクの木は水分の豊富な実を付けますしエトウィスの葉はすり潰して肌に塗ることで防虫対策に使えます。あ、カワノギとツユメギの根はそれぞれだと何の効能もないんですけど細かく砕いて天日干しして粉末状にすることで疲労回復の効能が、そこの苔も消臭に抗菌効果があるんですよ。ギントウの花は特定の獣が嫌う香料の材料として広く知られていますね。見たこともない物も多いんですけど。とりあえずすぐにでも対策出来る葉と花を確保しておきましょうか」

 俺にはなんの変哲もないただの雑草にしか見えない葉や花をいそいそと集め出すハルだった。

「おい、レイを寄越しな」

「はい?」

 たぶん、休憩の間にでも作るつもりなんだろう。防虫だかなんだかの軟膏っぽいやつ。

 まあなんだ。いくら落とし子でそこらの人間よりも体力があるっても俺らみたいな脳筋系体力馬鹿ってわけじゃあない。涼し気にしていたって暑さを全く感じてないわけじゃないはずだ。元々、戦う人間ではないハルに警戒の真似事をしてもらってるのも気が引けてた。

 そんな中でさらに負担をかけるのもあれなので手っ取り早く負担減に繋がる提案をしたのだが。

「いや、いいですよ全然。レイちゃんとっても軽いですし」

「馬鹿野郎。そういう奴に限って後でぶっ倒れたりするんだ。いいから寄こしやがれ」

「ちょ、取らないでください」

 執拗に嫌がるのでこれは何が何でも奪い取ってやると決意した。

「カナタさんこそ色んな荷物持っててお疲れでしょう。だからレイちゃんは私にお任せください」

 怪しいと直感したね。

 どこか急ぎ足で俺を追い抜いてココホレワンワンだか知らないが聞いたこともない草花の名前を挙げるのだ。俺の中の勘がハルが逃げたぞと伝えてきた。

 そのハルは背中ががら空き。どうぞ狙ってくださいと言わんばかりの間抜けさを晒している。

 ひょいっとレイを取り上げた。

「あ、この体力お化け! 返してください!」

 体力お化けてお前、それどんな言葉のチョイスよ。

 だが、レイを抱え上げた瞬間になるほどこれは罵られても仕方がないと納得した。

 いやいや、この子、とっても冷たいの。ヒンヤリしてるの。そうだよ、人間アイスだったわ。そりゃハルも背負いっぱなしになるわ。手放せないもん。ずっとくっついていて欲しいもん。

 俺は厳かに告げる。

「ハルよぉ……お前よぉ……そういうことさぁ……するかぁ普通によぉ、如何にも自分はずるしてません的な面してよぉ……」

 ハルが後ろめたさに負けて目をそらす。

 レイを背中に装着する。

 すると背中を中心にしてじんわりと快適な冷たさが広がっていく。

 両腕を首に巻き付けさせるとどうだよ。

「あふん……」

 気持ち悪い喘ぎ声が漏れた。

 いやこりゃ漏れるって。漏れざるを得ないって。

 暑い時、人間に纏わりつかれると苛立つだけ。

 そんな風に考えていた時期が俺にもありました。

 俺の常識が今、壊れた。

「よぉレイ。俺の背中はいつだってお前の為に開けてんだぜ……。いつまでも……乗っかっていてくれて構わねぇんだぜ」

「あー! 自分だってあー! イケボ作ってそんなこと言ってますしあーあーあー!」

 ハル煩い。

「だって、仕方ないじゃないですか! レイちゃんちょー気持ちぃですもん! お肌だってさっらさらですっべすべでもっちもちなんですもん! くっつかない方が罪! お肉の厚みが足りないのが唯一の欠点ですよ! 絶対に何とかしてみせますからね!」

「え、なになに、なんなの?」

「ああ、そういえばレイくんはとっても冷たい片田舎の雪ん子だったね! 僕に抱かれてくれたのは最初の一度きりで悔しくて悔しくて夜毎に枕を涙と鼻水とあと涎で濡らしたものさ! さあレイくんあれから毎日鍛え上げたこの僕の抱き上げスキルをとっくと味わうがいいよ! ちなみに雪ん子は基本的に小さな女の子として描かれてるのだけれど中には小さな男の子もいるのさ騒動と一緒にね!」

「あ、ほんとだ! すっごい冷たいちょー気持ちぃ! 次あたし! 次あたしね!」

 ここに馬鹿どもによる第一回チキチキ熱帯林の雪童争奪杯が始まる。

 これには流石のレイもいつも通りの抱っこちゃん人形ではいられなかったようで構われすぎて尻尾を振りつつ窓から抜け出す子猫のようにするりと俺たちの輪から抜け出してよちよち歩き出した。

 俺らはその小さな体を次は誰が背負うかを真剣に討論していた。筋力、体力、知力、技術力、包容力、時の運。それぞれ誰が一番かで揉めていた。馬鹿ども以外の何者でもなかった。暑さで頭やられてたと言い訳したい。

 そんで俺らがきゃっきゃと戯れている間にガキんちょはのろのろながらさっさと進んで行き、姿が見えなくなりそうになったところでべちゃっと転んだ。

 転ぶのはいつものことだ。あれがドジっ子だから転んでるんじゃない。転ぶのにもそれ相応の理由がある。それに理由があったとしてもそれと付き合っていかなければならないのだ。

 だが今回についてはそれが理由じゃなさそうだった。

 追いついたレイが自分を転ばせた原因を拾い上げてこちらを振り向いた。

 全員引いた。

 ところどころに泥や赤茶けた土がついていて罅割れてもいたが見覚えのある白っぽさもちゃんと持っているそれ。

 盛大な穴の開いた頭頂骨。相当脆くなっているのか持ち上げだけで欠ける頬骨。下顎部は外れかけていてくわんくわんと揺れていた。

 その骨を取り巻くように伝う植物の蔦か茎。

 眼球が収まるべき二つの眼窩の内側には見たこともない花が咲いていた。

 どう見ても、人間の頭だった成れの果て。

 ぞっとした。

 骨に対してではなく、それを抱くレーヤダーナ・エリスがあまりにもはまりすぎて、ぞっとした。

 多かれ少なかれ誰もがそんな気分を抱いたんだろう。

 馬鹿な空気は瞬でなくなって、レイを黙り込んで見つめている。

「あー……おい、レイちゃんよ。その女神さまの御許に旅立った方を元の場所へ丁重に戻してあげなさい。ね、お願いだから」

 しげしげと自分を躓かせたモノを眺めた後、不意に興味を失ったように雑に落とした。その頭蓋骨はくしゃりと潰れてしまった。

 あー……やっちまった。

「ちょ、ちょっとあんた。仮にもその、なんていうか、どんな人だったか分かんないけどさ。そんな風に人様を扱うのはどうかと思うよ。ええと、悼むとかなんかあるじゃん」

 久しぶりに見た。

 レーヤダーナ・エリスの側面。人間社会の中で生活しているとこんな場面には出くわさないが、そうだよな。元々こいつはそういう奴で、見知らぬ人骨を悼むとかそんな感傷は抱けない。

 あいつにとっちゃ人骨だろうがなんだろうが石ころや雑草と大して変わりがないんだろう。

 人はどうして死体や骨を見ると悼むなんて感情を抱くのか。

 それは死を恐れているからだとかなんだとか。

 いつか必ず訪れる終わり。その具現化具象化。末路の姿。それが自分に降りかかる時、少しでも恐怖や怯えが和らぐように悼むんだと。

 死を敬って、少しでもマシな終わりが来てくれるように祈願するのだ。

 ラニーの言ってることは非常に真っ当だからレイにはおそらく響かない。

 死。終わり。末路。それらに対する恐怖と畏敬。

 果たしてそんな概念が今のレイにあるのか。あったとしたらそれはどんな形をしているのか。なんにせよ実感できているとは思えない。

 そしてレーヤダーナ・エリスは感じられないモノを恐れるなんて複雑怪奇な情動を持ち合わせていない。知らないモノはないも同然なのだから。恐れる道理はない。

「カナタさん。レイちゃんはその、誰かを失って悲しいと思える心はあるはずですよね。だって」

 四月の時にと続けた。

「どうだろうな。あれがどんな道を辿って怒りに結び付いたのかなんざ俺にも分からん」

 そうであって欲しいとは願えるけど。

 だからこそ。

「ふむ。僕も手伝おう。この方がどこの誰だかは分からないけれど一人の大人として、せめて未来ある子どもに向かって恥ずかしくない姿を見せたいものだからね」

 埋葬する。

 冥の女神に辿り着けるように。この世に迷い出ないように。

 その間、レイは灰色の目玉に俺たちを収めてじっと眺めていたのだった。

あー失敗したー

この次の次あたりで今考えてるのとは別の差し込みたいー

でもつじつまがー


ま、最後まで書いたら考えよう

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