12
ぱちりと火の爆ぜる音。
ひと際大きな火の粉が空にひらひら舞いとんだ。
お食事タイム。人生を幸福に彩る為の大きな要素。
得体のしれない葉っぱを巻き付かせられた焼かれた肉があるとする。
だけどあら不思議、葉っぱを取ってみるとなんとも空きっ腹に刺激の強い香りがしてくるじゃありませんか。
そしてそこに薄く引き伸ばして一枚のパンっぽい何かを引き延ばした生地で肉と葉菜を仕込み、好みのソースをぶっかけるとお手軽な軽食の出来上がりです。
「お肉とお野菜の量はご自分で調整してくださいね」
製作者は言った。
「あまり日持ちのしない果野菜から使っていってください」
製作者は言った。
「いざとなったら食べられる野草で凌げるとは思いますけど下処理とか面倒なので」
製作者は言った。
俺たち食の奴隷はこの場の支配者の言に全面的に従うのみであった。
「それで、なにかお話があったのでは」
そして製作者は切り出した。
「実はですね。あたしの血の繋がった父親がヘルダルフ・アレクセイって話なんですけど」
誰かが喉を詰まらせたが些細な事だ。今は腹を幸せにする方が先決だろう。
その事実がハルにはぴんと来ていないようでちっちゃい子用にちまちまと小さな肉と野菜を生地にまいて作り上げると手渡していた。
俺は肉と肉のコラボレーションを試すべく、新たなトッピングに挑戦しようとしていた。
「あ、でも、これだけは、あたしはヘルダルフが心底嫌いだってのは信じて欲しいっていうか」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ……げふんほふんおふん」
なんだその咳払いは。
「これは驚きの新情報だよ! どうして君らは落ち着いていられるんだい⁉」
「俺はさっき聞いた」
「私は父親というのが良く分からないのでなんて返していいか分かりませんでした」
なんか、さらっと重たい発言があったな。
「いやしかし、ラニーくんと彼にはそういう繋がりもあったんだねぇ……。とすると、母親の仇が父親ということになるのだけれど、その辺りは聞いていいことなのかな」
「うん。さっきこいつに言われた。こんな状況だし、信用されるためには自分の一番大事な部分をさらけ出す必要があるって。あたしはみんなに、特に巫女さまに信用されたい。だから秘密にしてること話すよ」
なんかハルが口をもごもごさせていたので塞いだ。
辛いなら無理に話さなくてもとか無難な発言の可能性があったからだ。
そいつは秘密を打ち明けようとするこいつを別に信用しなくてもいいって意味にも繋がる。相手の発言を軽んじるもんだから。
なにより、ハルに言われたからやっぱり止めますとか言い出しかねないからなラニーは。
そしたら俺の中の下品な好奇心はどうなる。
「ちょっと長くなるかもだけど。なにから話せばいいのかな。私が生まれた理由?
あ、お母さん。私のお母さんについてだけど。
聖樹の民といっても聖樹の都がなくなってからは色んな場所でそれぞれの生活をするようになったみたいで、それでまあ普通の人の中で普通に生きてたみたいなんだけどさ。
えーと、お母さんはまだ聖樹の都があった頃に巫女さまにお仕えしていた結構、偉い人をご先祖様に持ってたみたいで、その血があたしにも受け継がれてるってわけ。
あっ、だから巫女さまを見た時、一目惚れしちゃったのかもしれませんね!」
「その言い方は誤解を招くので止めてくれれば。それと巫女さまも」
「ラニーくん。君がハルくんを大好きなのは重々承知している。是非とも続きを教えてくれたまえよ。そして僕も巫女さまという言葉に含まれる様々な浪漫的要素にはとてもそそられる。つまり大好きってことさ!」
「ザシャ煩い」
「巫女さまにお仕えする絶対条件として女であること。次に聖樹の民としての血が濃いこと。
これはいざという時に巫女さまの代理として女神様の声を受け取るためだって伝えられてるけど本当にそんなことが出来るのかどうかは分かんない。
あたし自身も巫女さまにお会いするまで血の特殊性なんて忌々しいだけだったしね。
あ、お母さんの話だったね。
お母さんが生まれた聖樹の民の集落でもとても濃い血の持ち主だったみたいで聖樹の都が残っていたのなら巫女さまにお仕えすること間違いなしって言われてたみたい。あたしにとっては普通の優しい、ただのお母さんだったんだけど。
聖樹の都はお母さんたちの間でももう御伽噺みたいなものになってたみたい。
私たちはただの人。聖樹の民だったのは大昔の話。与えられた力も失い、今はもうどこにでもいる市井の人でしかない。その証拠に聖樹の印が現れる子も少なくなってきた。いずれその印もなくなり聖樹だって寝物語にでも語られるだけの存在になるだろうって。
それがお母さんがいた集落での考え方だったみたい。
だけどそうは考えない人たちもいた」
「それがヘルダルフたちイオニア猟兵団ってわけか」
「うん。正確にはその母体となった一派みたいだけどあいつらはお母さんたちとは違う。
今でも聖樹の都へ帰還してかつての力と栄華を取り戻すって目的で生きてる。
聖樹へ帰り着くには聖樹の民が必要。聖樹の民の印はその証明。さっきも言ったけどこの印が現れる子どもは生まれなくなってきてた。それはあいつらも同じ。だから血の純粋性を保つためにお母さんが必要とされたの。
ヘルダルフ。あいつらは聖樹の民の血を絶やさない為にお母さんにあたしを産ませた。
どんな風にかは言わなくていいよね。
あたしが産まれたのは聖樹の都へ辿り着くため道具として。
でもそんなのあたしは知ったこっちゃないし、あいつらのために生きるなんてまっぴらごめん。
あたしはあたしの都合で聖樹に行くの。
お母さんの残した願いとあたし自身の意志で」
「血統を重んじる部族というのは少なくない。部族に限らず歴史と伝統を重んじるような一族は問題にならない程度に近親交配を重ねて血の純粋性を保ち、そして最も純粋な血の持ち主がその一族を主導していくのものさ。それどころか問題が出たとしてもそれこそが純血の証だと有難がる風潮すらある。察するにヘルダルフは残り少ない純血の聖樹の民というところかな」
「うん。
あいつらは純血性を保つためにお母さんたちの集落を襲って無理やり連れ去りあたしみたいな子どもを産ませた。
でもそれが不味かったんだろうね。
得体のしれない集団が民間人を襲って攫っているらしいって話があんたたち導きの星協会に知られちゃったの」
「マヂか。それって何年前の話だ」
「十年前。知ってる?」
「いや知らねぇ」
十年前って言えば俺が性根のひん曲がったクソガキだった頃だ。
「協会がヘルダルフたちを壊滅させるために動いてくれたの。
その混乱に乗じてあたしやお母さんは逃げ出した。
その時にヘルダルフたちはたくさんの人員が捕まえられるか失うかして壊滅状態になったって話を聞いたよ。
それからしばらくはずっと平和だったな。
あ、お母さんその間に結婚したの。
聖樹とはなんの関わりもない人でその人があたしの本当のお父さん。ヘルダルフなんかじゃないよ。ここは間違えないでね。あたしをあいつの娘のなんて言ったら蹴り飛ばすから忘れないでね。
お母さんは言ってた。ヘルダルフは哀れだって。聖樹を求めるのは自分たちにとって半ば帰巣本能みたいなもので、ヘルダルフはそれに取り憑かれているって。
自分にもそれはあるし、時たま狂おしいほどの郷愁に襲われることがある。そういう時はお父さんやあたしを思い浮かべて自分のいるべき場所はそこだって強く信じてなんとかするんだってさ。
でも、あたしは知ってる。
あたしが眠った後、お父さんがお母さんに君たちの神様の元へ帰りたいかって聞いた時、躊躇いながらも頷いたお母さんの姿を。そんな自分を哀れだって言ってたお母さんを。そしてだったらいつか三人で見つけてみようと言ったお父さんを。そうなったら楽しそうねと笑ったお母さんを。
その時にあたしは初めて思った。
聖樹を見つけたいって。
そうすれば幸せな今がもっと幸せな未来になるんだって思えたから」
でも、とラニーは続けた。
それは幸せの終わりだ。
「あいつらがやってきた。
暴力で武装した血の繋がった他人が幸せをぶち壊した。
お父さんはあたしを逃がした後でお母さんを助けに行って殺された。
お母さんはお父さんを庇って殺された。
一人になったあたしはお母さんのお父さん。あたしにとってはおじいちゃんにあたる人のところに転がり込んで、そこで一族や聖樹について学んだ。
それからはヘルダルフたちの目から逃れ、あいつらの行動を監視しながら過ごしてた。
おじいちゃんには危ないから止めなさいって何度も注意されてたんだけどね。
そのおじいちゃんも亡くなっちゃった」
「そうして聖樹を探す僕がイオニア猟兵団と懇意の仲だと噂になり、巡り巡って今に至るというわけかな」
「そう。あたしはヘルダルフたちが聖樹を見つけるのを止めたい。あんな奴らなんかに見つけられてたまるかって思ってる。見つけるのはあたしだって」
失った家族との幸せな思い出。幼い時分に思った秘め事。それをぶち壊したヘルダルフらイオニア猟兵団の連中。
なるほど。強引について来た背景にはそういった理由があったか。
復讐のようなもんだろうかね。
道徳心のある煌士としての立場なら復讐なんて止めろと言った方がいいんだろうが、あんまり道徳心のない煌士である俺だから言ったところで説得力は鼻息程度で吹き飛ぶ程度の重さしかないだろう。だから何にも言わなかった。
ぱちりと火が音を立ててまた爆ぜた。
「あたしが聖樹を見つけたいのはお母さんに勝手に約束したからってのもあるけどもう一つあるの。それがこれ。ペンダント」
ああ、あのペンダント。
いかにも訳ありっぽかったがさらに訳ありな俺の懐中時計のせいでそれがなんだってのは聞き出しそびれたまんまだったな。
ペンダント。外してるとこ見てないな。
そういやハルもペンダント持ってたな。なんでだろうな。大事なものがそれっぽい形しているのって。身に着けやすいし無くしてもすぐに分かるからか。
俺の人生が何度か買えるぐらい価値のあるでかい宝石だったがあれは失われたまんまでその後、ハルの首回りを飾る物はないままだ。
「元々はお母さんが受け継ぐはずだったものなんだけど、ヘルダルフに捕まって機会がなくなっちゃったからね。
おじいちゃんの家に伝わってきた聖樹に関わる道具っぽいよ。なんかすっごい道具みたいって言い伝えがあるみたいだけど具体性がなんにもなくてあたしも困ってる。
お母さんもしかるべき時にしかるべき場所で必要になる物だってしか教えてもらえなかったみたい。
おじいちゃんは先祖が聖樹の民であることを忘れないように作ったなんの力もない道具かもしれないなぁなんてぼやいてたよ。
このペンダントがなんの意味もない物ならそれでいいんだ。
ただお母さんがいつかあたしに受け取ってもらいたい物があるって言ってたのがこれのことだったみたいだから気になってる」
「見せてもらっても構わないかい?」
ザシャがラニーからそのペンダントを受け取る。
瞬間に視線が鋭くなる。真面目だ。とっても驚きだが真面目。こいつに真面目なんて機能が備わっていたのかと妙な感心を抱いてしまったほどだ。
矯めつ眇めつ。あらゆる角度からペンダントを見定め表面の紋様に指をなぞらせ熟考する。
妙な緊張感。口やかましいラニーも口を挟まず見守っている。
「ラニーくん。これは古物商などで鑑定などはしてもらったことあるのかな?」
「ないと思うけどあたしは知らない」
「主な素材は銀だと思うのだけどそれにしては劣化がなく妙に真新しく感じるね」
「やっぱりご先祖様の作り話なのかな」
「どうだろうね。重さも銀にしては軽いような気がするね。表面だけが銀で中身は別の何かを混ぜているのかもしれないし。ハルくん、これを」
ハルに手渡すが何も起こらない。
「ふむ。巫女たるハルくんの手に渡っても変化はなしと」
そういって再び自分の手に。
「しかるべき時、しかるべき場所については何か教えてもらっているかい?」
「その辺りもぜんぜんなし。お母さんもおじいちゃんも知らなかったんじゃないかなって。なにせ」
「具体性なんもなし」
「そ」
半笑いのラニーである。
「これはヘルダルフだって存在を知らないから。もし、言い伝えが本当ならあいつらに対して大きなアドバンテージになるんじゃないかって期待してたんだけどなぁ」
ぼやくラニーだった。
「ふむ。これが君のご先祖様の作り出したお茶目な悪戯だと判断するのはまだ出来ないね。なにせ具体性なしだからね!」
そうしてザシャはペンダントを口にくわえた。
噛んでしゃぶって嘗め回しソムリエのように余すことなく堪能した。
「ふぅ。ほんのりと薫る切ないしょっぱさ。そう、これはつまり、ラニーくんの若さ溢れる乙女の汗の味。それに混じるほんのりとした甘み。これは」
「変態!」
蹴った。蹴り飛ばした。乙女の力強さ溢れる足から繰り出される蹴りの味はどんなだろうと思ったね。
いや今のは蹴られても仕方ないよ。圧倒的にザシャが悪い。それに汚いし。
ザシャの口内で育まれた新鮮な唾液に塗れたペンダントに持ち主のラニーは触れるのを戸惑っていた。当たり前だわ。俺も時計がザシャ液に汚れた状態だったら触りたくないもん。
けれどまあそんな障壁を物ともしない不感症なやつもいる。うちでお預かりしているガキんちょだった。
「おいやめろや馬鹿野郎。病気とか移ったらどうすんだこの野郎」
「そうですよ。ばっちいから触っちゃダメです」
散々な言い様だが悪いなんてこれっぽっちも思ってない俺である。
ハルが自分から遠ざけるようにしてチェーンの部分を摘まみ上げる。ちっちゃなおこちゃまではどう背伸びしたって届かないがなんと足から背を伝ってよじ登ってでも手を伸ばそうとしている。
「そんなにその汚いのが欲しいのか」
「汚いって言うな! 家の家宝みたいなもんだよ! 汚いけど!」
レイに纏わりつかれてちょっとだらしなく笑うハルがしげしげとペンダントを眺めた。
俺はと言えばそれを横目にいい感じに焼けた肉にタレをつけるのに忙しかった。
ぬらりとした光沢に火の緋色を照り返す夜空の下でしか味わえない玄妙さを醸し出す銀の模様。しかしそれもザシャの唾液あってこそだと思うと玄妙さも珍妙さに早変わりだ。
食欲も減退せざるを得ない。
「これ、カナタさんの時計の模様と一緒ですよ」
あん?
「ほほう、それは興味深い」
ザシャが復活した。
とりあえず時計を取り出して二つを並べて見比べる。
表側はまったく違う模様。
ペンダントは大きな樹が刻まれて、時計の蓋にはなんて言うんだっけ。時計内部の構造を正確に再現したような模様が刻まれている。一見しただけで全く違うと分かる。
だけど裏側。
余計な装飾のない綺麗な表面の隅に共通して描かれている模様。身を寄せ合うようにした三頭の蝶。いずれも同じ方向へ羽を広げて飛び立とうとしているようなそれは細部に至るまで確かに同じだった。
「銘代わりのようなものなのかな」
「なにそれ」
「製作者が誰であるかを簡単に表すものさ。しかし図柄となると署名の方が近いかな。しかし三頭の蝶か。残念ながら僕の知る限りでは同じような図柄は見たことがないね。とは言えど、同じ特徴を持った煌遺物とその可能性がある物。奇しくも聖樹に関わりがある物でもある。製作者は同一人物であると僕は考えたいね。そちらの方が浪漫を感じられるからね」
……肉うめぇ。
ザシャの蘊蓄をぼんやり聞いていたが要するに、時計とペンダントは同じ誰かが作ったのかもしれないってことだろ。そしてそれが誰だかは分からない。
「年号でも書いてあれば実際に作られた年代も特定出来たのだろうけれど、煌遺物には何百年経とうとも劣化しないような信じられない物もあってね。僕たちの悩みの種でもあるのさ」
「ふーん。まあ、結局の所、分からないってことだろう」
「はははこらこらカナタくん。馬鹿を言っちゃあいけないよ。今は判断材料が少ないだけであくまでも保留なだけであって色々な事実が分かればすぐさま謎を解き明かして見せようじゃないか」
自分の職業についてプライドはあったらしい。良いことだ。
「それに、そのペンダントがただそれだけのものであるかどうかはまだ分からないな。それ、本当に金属で出来ているのかい。なんというかこう味がね。なんとなく銀や鉄のそれとは違ったような気がしてね」
なんか納得がいかなさそうなザシャだった。頭の片隅には置いておこう。
「とりあえず、あたしの事情はそれぐらい。もう隠してることはないと思う。忘れてることはあるかもだけど」
「それで、君はこの先、どうしたいんだい。一番、何をしたいんだい」
「あたし、あたしは……聖樹を見つけたい」
「イオニア猟兵団への復讐よりも優先して?」
「……うん」
「そうか。ならば僕から言うべきことはなにもない。みんなはどうだい?」
「私は、私も母を亡くしてますから少しはラニーさんの気持ちも分かるかもしれません。母の仇を討ちたい気持ちも、それより約束を優先したい気持ちも。それにもとより、疑ってなんていませんよ」
「み、み、み、みこざむぅぁ~~~」
感動してぶわっと涙を流し始めるラニー嬢。鼻水とかも出てる。苦笑してハンカチでそれらを拭ってやるハルは心が広いなー。
そして俺に向けられる視線。向けていないのはガキんちょだけだった。
みんなの人気者である俺に注目が集まるのは自然なことなのでそれ自体に特に驚きはない。何を求められているかを察してこその人気者である。ここでは空気を読むとかいう謎の対同調圧力対抗技術が必要とされていた。
言いたいことは分かってる。
「イオニア猟兵団やヘルダルフと出会っても先走らないと誓ってくれ。そうしたらまあ」
しがない三等煌士として民間人の安全に配慮を払うぐらいはするさ。
手を差し出す。
おそるおそるといった風情でラニー嬢ちゃんの手が伸ばされて、やがてそれはしっかりと繋がれたのだった。




