11
夜。
俺はぐったりしていた。
背もたれに深く背を預け、時折水を飲む以外動く気力を失っていた。
それはここにいる一名を除き、皆同じような状態になっていた。
当たり前と言えば当たり前の話か。あんな、戦場のど真ん中にぶち込まれるような経験は俺にしたって外側から眺めてたのがせいぜいで、他の連中に至っては皆無だろう。今も生きた心地がせんのも仕方がない。
運転している最中は気分が最ッ高にハイになって奇声を上げまくっていたザシャも今はハンドルにつっぷして一昼夜踊り続けたポールダンサーのように肌艶を失って一言も話そうとしない。こいつも人間だったようだ。
ラニー嬢ちゃんは顔色が真っ白で魂が抜けたように口をぱっくりと開けている。あの口を閉じたら魂と体を繋ぐ糸も途切れてしまうだろうな。
ハルもハルでレイを抱え込むようにして息を潜めていた。
感情がお散歩してそうなレイだけは車の周りを目に見える範囲内でうろうろしていたが日が落ちるにつれて心配したハルが連れ戻し、いつものように抱っこちゃん人形と化してそのうち寝た。その図太い神経が今だけは羨ましい。
「で、ここからどうすんだ」
喉の奥の粘っこい唾をどうにかこうにか飲み込んで発する一言がとても疲れた。
「……その前にいいだろうか。デルナの村での一件についてだよ。どうにも君は何かを画策していたようだがそれがはうまくいかなかったということでいいのかな」
ザシャが聞いてきた。
当然と言えば当然の疑問。
落ち着いてきたし、答えてもいいが答えると気力が削られていくのであまり答えたくはないが答えないわけにもいかないというジレンマ。
「お前がさあ、聖樹を猟兵団に売るとか間違った情報流れてたろ。だから次もまた流れてんだろうなぁって予測の上で、導きの星協会ラティエラ支部に協力してもらって猟兵団を抑えようとしたわけだよ」
「僕にも内緒で?」
「婆さんには協力してもらったけどな。というか、あの人の財力がなければラティエラ支部の大半の人員を動かすなんて出来なかった。まあ、上手くいかなかったんだけどな」
当初の予定では、何日か前からデルナの村に支部員を紛れ込ませ、そこを拠点にしてイオニア猟兵団の情報を収集。
彼らの動向次第で討伐やら捕縛やらその辺りは臨機応変に動いてもらう。場合によっては俺もそこに加わったりとか、囮で出た後に追ってきた彼らを伏せていた支部員で挟み込むようにして包囲したりとか。
その辺りについて掻い摘んで説明する。
「俺にとっちゃあ聖樹とやらを見つけるよりもお前の命が最優先だからな。打てそうな手は打ったわけだが。逆に潰された。こっちの用意した戦力を超える人員の導入に、デルナの村を襲うなんて凶行。あわよくば猟兵団の戦力を削いでしまおうって考えはかくして脆くも崩れ去りってわけだ」
「僕に秘密でそんなことをしていたなんてね」
「非難したいならするといいさ」
「いいさ。僕の命を考えての事なのだからね。ツィラも協力しているというのであれば僕から言うべきことは僕のことをそんなに考えてくれるだなんてそれはもはや愛なのかなとしかないね」
「ねーよ」
そういってくれるのはありがたいがね。依頼者によっては自分勝手に動くなとか言うから。いや、秘密にしてるってのも大概良くないからなそういわれるのはしょうがない面もある。
「イオニア猟兵団の連中は何を考えてんだろうな」
猟兵にも最低限の仁義ってもんがある。村一つを襲って壊滅させたりなんて正気じゃない。自分自身で死刑執行にでかでかとしたサインを記入したのが分かってないのか。
「あいつらにとっては聖樹が全てで、それ以外についてはその他がどうだっていいんだよ」
「どういう意味だラニー嬢ちゃんよ」
「その嬢ちゃんってのやめてくれる。あんたに言われると馬鹿にされてるようにしか聞こえないから」
「分かった分かったラニー嬢ちゃん。これで打ち止め。お前その辺りが分かんのか」
「はぁ」
と、もうすっごい嫌な顔でこれ見よがしに盛大なため息を吐いたがそよ風みたいなもんだ。
「あいつらはね、聖樹を何より信仰しているの。その目的は、いつか聖樹の御許に帰還して自分たちこそが聖樹の正統な民であると証明することなの。猟兵稼業は効率とか団の気質に合った副業でしかないの。だから目的の為なら自分たちがどんな悪名や悪評をこうむったって気にもしないよ」
だからあいつらは売名行為にも団の拡充にも興味がなかった。
活動地域がここいらに集中していたのはよほどの仕事でなければここを離れる旨味がなかったから。
そう紐づけることは出来る。
「聖樹の御許に辿り着けるのは聖樹の民だけってされてるでしょ。普通の冒険団なら鍵がないかぎり辿り着けやしないから放っておいて大丈夫だろうけどザシャは違う。聖樹の在り処を示す地図に鍵も持ってる。万が一、見つけられでもしたら自分達は何の為に存在するんだってなっちゃうじゃない」
「それだけの理由で村一つを潰すのか」
「それだけの理由でね。そのそれだけが普通の基準じゃないってこと」
「良く知ってんな」
「危ない橋を渡ったり少なくないお金を使ったりしたからね。敵のことだもん。これぐらいは知っておきたいよ」
「さいで」
ラニー嬢ちゃんいよる敵についての情報開示はまあこのあたりでいいだろう。
そして話は最初に戻る。
イオニア猟兵団に追われている可能性は否定できない。途中で泥沼めいた川を進んで痕跡は途切れているから撒けたと思うがそれでも可能性は除外出来ない。
月と星の光も届かない真っ暗な森の中。そしてここがどこだかも分からない。
「僕を星が見える位置まで連れて行ってくれたら場所は測量しよう。一家に一台あると安心安全ザシャ・シュラールをよろしくね」
流石は冒険家ということか。
役には立つけどうるさいからいつもは地下の倉庫の一番奥に閉まってるだろうな。
「場所の特定は僕に任せたまえよ。出発についてだが流石にこの真夜中を動き回るなんてのは自殺行為だから朝を待つことにしたい。どんな魔物が目を光らせているのか分からないからね。幸いにして、この車には豊富な食糧に水に生活用具一式。そしてなぜか積まれている武器弾薬の数々があるから着の身着のままで歩くよりもよほど安全だ。移動についてはこの四駆で行けるところまで行く。通れそうにないならカナタ君が道を作って進む。それでも無理ならしょうがない。そこからはこの車を拠点として徒歩で聖樹の都を探すことになる。この無難な案でどうだろう」
ザシャが俺たちを見回す。異論反論なしなようだった。
ここじゃあこいつが俺たちの頭だ。今こそ多くの冒険で培った経験測を役立ててほしいもんだ。
「そうと決まれば行動開始さ。僕とカナタ君はお空を眺めにランデブーさ。とはいっても、測量にしばしの時間が掛かるから終わるまでは自由にしてもらって構わないよ」
「お前一人だと危険だろうが」
「なるほどつまりはこの僕が心配で心配で堪らないと言うのだね勿論傍にいてもらって構わないとも!」
「オラ行くぞ。さっさと行ってさっさと終わらてせてこい。一人寂しく夜空を眺めてこい」
「熱烈だねカナタくん。今夜は寝かせないつもりかな。いいとも受けてたとうどんとこいさ。おっと、ハルくんたちはとびっきり美味しい食事を用意してくれたまえ。今後の余裕なんて考えなくていい。素晴らしき明日を迎えるためには素晴らしき晩餐が必要なのさ」
はっはっはと笑うザシャはもう通常運転だった。
冒険家というのはこうもマイペースな奴じゃないと務まらないのかもしれない。いや、こんなのが複数存在するだけで嫌な気持ち満載になるけども。
背の高い木を見つけてザシャを抱えてひょいひょいと上り、周囲の安全と最低限の迷彩施してザシャ一人を残して放置する。断言しよう。やつはそれでも自分勝手な理屈を見つけて楽しんでしまうのだと。
そういう奴は総じてしぶとくしつこく粘っこくてなにより強い。
早々に地上への帰還を果たした俺が次にすべきなのはこの周囲の確認だろうな。
ハルにも煌導杖を持たせてるがあれにはもう二か月ぐらい触ってないしうまく扱える保障もない。
火を警戒する動物は多いけど、そうでない動物だって普通にいる。普段とは違う環境に興味を持って近寄ってこないとも限らない。それになんだか美味しそうな匂いがしてきたのなら余計に。
現金なもので俺の腹はとたんに不平と不満を合唱で知らせてきた。
「うおぉ……巫女さまあり合わせの材料でちょーうめぇ……」
「調味料がたくさんあったので単純な技法さえあれば誰でも上手に出来ますよ」
ハルが料理している横でラニーがちょろちょろ、レイがのそのそしていた。
「お前よー。つまみ食いするぐらいならレイの面倒でも見ろ」
「いや、あたしも巫女様のお手を煩わせないように見ようとはしたんだよ! だけどなんか近寄ると遠ざかるんだもん!」
ほぅ。
そうか、まあしょうがないな。レイは誰にでもへそ天するようなやつじゃあないからな。
今もハルを真ん中に挟んでラニーがレイに近寄ろうとするとその分だけ身を遠ざけている。
あいつの中ではラニーは信用するに足らん奴らしい。
「なんであんたはしたり顔してんの」
「は? 誰が? したり顔? してねぇし? 目ヤニ取れよ」
「うっわムッカツクー!」
「あの、二人とも煩くて集中できないので大人しく他のことしてくれませんか」
そういう訳でハルの支配権から放り出された。
当初の予定とは違ってラニー付きだがこの周辺の見回りを始める。都合が良いっちゃあ都合が良い。
「巫女さまに怒られたじゃんかー」
「お前が突っかかってくるからだろ」
流石にきゃんきゃんと喚きはしなかったもののそれでも喧しいラニーである。ザシャとは違う方向性で煩い。俺とは相性が悪いのだろう。
「巫女さまにも大人しくしろと言われたろうが」
虎の威を借る狐として、ハルの名前を出したら不承ながらも付いてきた。
「なにしてんの」
「車ん中に置いてあったやつ。野生の獣が嫌う匂いの素。お前はこれを適当な距離感で置け」
「あんたは」
「俺は臨時の縄張り」
文字通り縄を張る。引っかかると音が出る。音が出たら俺が起きる。寝ずの番をするには変わりが出来そうなやつがおらんししょうがない。
「お前こういう森の中でのサバイバルみたいな技術はあんのか」
「流石にないわよ。人の少ない地域で食うや食わずの生活はあったけどそれでも文明圏だったからね。自殺志願でもなけりゃ特別な理由がない限りこんな場所には来ないでしょ。煌力を使える素養もそんなあるわけじゃないし」
人間、誰しも煌力を扱える資質はある。
そして残念ながら誰も彼もが平等に同じような力を引き出せるわけではない。
煌力をどのように扱えるか、その能力をどのように伸ばせるか、そしてその伸びしろは。
これらは完全に本人の資質任せだ。
多くの人は自身の力の身で煌術を発現させることが出来ない。だからこそ代わりに簡易的な煌術を発生させるような煌導器なんて便利な発明品もされたのだ。
しかしながら、これを使うにしても普通の人と落とし子では扱える技術や展開力なんかで差が出てしまう。
これが社会問題になってりもしてるがどうしようもない。
「おいラニー、これは極めてマジな話だ。茶化しもごまかしもなしだ。お前はイオニア猟兵団の一味じゃないんだな」
「あんたまだそんなこと言ってんの?」
「マジな話って言ったぞ。俺の身体は一つっきりしかない上に、頭の可笑しい猟兵団に狙われる中、本来なら連れてくる予定のなかった二人の連れ。この面白くない状況で信用の置けない同行者なんぞ堪ったもんじゃないんだ。それは分かるな」
「そりゃあまあ、うん」
「だから俺はお前を信用したい。いざという時、当てにしていい奴なのか見極めたい。俺なんぞに信用されたいかっていうとまあ微妙な話だろうがそこは置いとけ」
「別にそんな風には思ってないけど。なんかつい言い返したくなる空気してんだよね、あんたって」
うん。俺の口の利き方にも問題はあるだろう。
「お前は外様だ。いきなり外部から来た異邦人だ。ザシャはお前にどんな考えがあったって毒を食らわば皿までの精神で同行させたんだろうし、ハルはまあ自分に懐いてくるやつを悪し様に出来る奴じゃない。お前はそれに甘えて自分自身を信用してもらう努力をしていない」
「う……」
自覚はあるらしい。表情からもなんとなくと伝わってくる。基本的には素直で嘘のつけない奴。それが俺の見立てだ。
こういう素の態度や普段の身のこなし。結構なアホっぽさから俺はこいつがイオニア猟兵団の一味じゃあないと判断しているのだけど決定打に欠ける。
「今のままでいいってんならそれでいいさ。それも一つの自由だからな」
「あのさ」
「あん?」
「し、信用されるって、どうしたらいいのかな」
あー……。
自分で言っててなんだけど、それはかなり困る質問だな。立場、機会、時間。そんなもんの制限もあったりなかったりでもう人それぞれとしか俺には返せん。
「あたしさ、人付き合いとか上辺だけあんまり深く付き合ってなかったからそんなの考えてなくて……。どうしたら巫女様にもっと信用してもらえると思う⁉」
巫女様限定でその他については視界に張ってなさそうなのはらしいっちゃらしいか。なんか見るからに必死だし。
頭をがりがりとかいた。
お前と大して年の違わん奴にそんなこと聞くんじゃねーと返したいところだが真剣な質問なのでそうもいかんのが困ったところだ。いい年した大人に聞けと言いたいところだがいい年した大人がザシャしかいないのなら完全に人選ミスになっちまうね。
俺はいつから子供相談室室長になったのだろう。
「手前の中の一等大事な部分を話して共有して理解してもらうことじゃねえのか。それで例え共感されなくったって自分はそういう奴だって証立てすりゃそれなりに信用される。そんなもんだろ」
「自分の中の一番大事な部分……」
なんとなくで答えたがこれは適当な答えだったのかどうだろう。
あ……、ちょっと冷静に振り返ってみたら少し恥ずかしいこと言ってないかな。言ってるよねこれ。いや少しかな、結構恥ずかしくないかな。ちょ、勘弁してよ。気分が最ッ高に入ってんなら乗り切れるけど今は無理! 無理無理無理! なんか熱い!
恥ずかしさに虫の息になりかける俺と無言で作業を進めるラニー嬢ちゃん。
話しかけられないでマヂ助かった。
あ、虫よけとかあったっけ。あれないと蚊とか寄ってくるかもしれないからな。蚊と侮るなかれ。手のひらサイズの蚊に血を吸いまくられればそのまま死亡なんて事例もある。
中には麻痺液で動けなくして生きている限り少しずつ血を搾り取っていくなんてのもいるからな。気を付けるに越したことはない。
「あのさ……」
「なんだ」
「あたしとヘルダルフって血が繋がってんだよね」
はぁ、なるほど。そうきたか。なるほどうんうん。これはかなりの新情報だな。
思わず真顔になっちゃったよお兄さん。
いや、え、いやいや。ちょっと、えぇー。そんな情報をポロリと出すんじゃないよ。
「あー……。とりあえず、作業を終わらせてからにするか」
「分かった」
人、これを逃避と言う。




