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あぶねぃ。
アップし忘れるとこだった。
やっぱ予約よね。
で、だ。
ザシャは準備が済み次第すぐに出発しようなんて意気込んでいたが無理言って遅らせてもらった。
俺の方の準備が終わっていなかったからだ。
探索メンバーは悠久の変態ザシャ、喧しき小型狂犬ことラニー、高邁闊達のカナタの三名で変更はなし。
遠回しにこの三人で行くのは諦めた方がいいやら増員した方がいいのではとやんわりと提案してみたのだがザシャは顔に縦皺を作るだけで色よい返答は受けられなかった。
両親の無念を晴らしたいと願うのは自然だと思う。冒険家としての本能的な未知への探求心も分からないでもない。それらがザシャの中では自身の安全よりも優先されるってんなら仕方がないような気もするが。
ま、所詮、俺はしがない三等煌士。雇い主の意に沿う形で手助けするのが本分。ただし、俺なりのやり方で。
出発する地点はザシャの両親が最後に訪れた場所デルナを指定させてもらった。
元々そこには向かうつもりだったらしいので反対はされなかった。
で、そのデルナなんだがまあ特に変わったところのない村でしかない。聖樹を探す一団は必ずと言っていいほどこの村に逗留するぐらいで、ザシャの両親もそこは同じだったようだ。
「ちょっと物々しい雰囲気しない」
「こんなもんじゃねーの」
胡散臭そうに俺を見るラニー嬢ちゃんである。
俺の誤算としてはハルとレイがここまで付いてきてしまったことだ。なんでもこの近辺では怪我に良く効く草花があるとかなんだとかで興味を持ったらしい。忘れがちだがハルの本業は薬師である。そして珍しく自分の為に自発的に動いたのであんまり反対も出来なかった。
「あたしさ、一人になってから危険みたいなもんを嗅ぎ分ける能力が身に付いたと思うんだよね。その感覚に従うとこの村、なんかおかしいよ」
「なにが可笑しいのか具体的に言え。気のいい奴らしかいねえだろうがよ」
俺は笑顔で村民に手を振る。するとそこらを歩いていた俺よりもちょいと年かさの兄ちゃんたちが陽気に手を振り返してきた。いい村だ。おかしいところなんざ一つもない。いやはやまったくもっておかしくない。
「なにがってわけじゃなくて、えーと、あー、巫女さまはどう思いますか⁉」
「ラニーさん。巫女さまではなくてハルでいいと何度も言ってるじゃないですか」
体を小さくしているハルだ。
大昔ならいざ知らず、公衆の面前で巫女さまなんぞと呼ばれればそりゃ体も声も小さくなるだろうよ。恥ずかしいったらないね。
実際、へーほーふーん、巫女さまなんだーどんなプレイなんだろうーみたいな目で見られている。二次災害で俺の方がプレイの主犯に見られているのは堪ったものではない。
しかしだね。
「巫女さま的な服はないのか」
「伝説だと巫女さましか着てはいけない衣装みたいなものがあるっぽいみたいだけど、それがなに」
「学術的見地に基づいた好奇心なんだけどな。失われた都における権力者が纏う衣装とはどのようなものだろうかと。煌びやかなのか麗しいのか薄いのか透けているのか肌面積広めなのか」
「そこまで知んない。あ、あんたまさか巫女さまでイヤらしいこと考えてんじゃないでしょうね⁉」
「学術的見地に基づいた好奇心だと言ってんだろうが。いちいち噛みついて来るんじゃあない」
ぎゃんぎゃんとやりあっていたら村人に両親の足跡やこれまでの冒険団の情報を仕入れていたザシャが戻ってきた。
「絵画などではよく三柱の女神とそれに仕えているのかあるいは世話役なのか、多くの女性が描かれているね。そしてそれらの女性たちは皆、一様に美しく露出の多い衣服を纏っているようだったよ。研究でも男性が指導者的な立場にいた可能性は低いとされていたね。女性主権の政治体制が敷かれていたのかもしれない。その当たり、ラニー君が知っていることを色々と教えてほしいところさ。そして、この僕は興奮仕切りさ!」
ザシャの言葉はどうでもいい。
実際にハルが巫女さま的な薄かったり透けてたりする衣服を着て所望するプレイに付き合ってくれるのであれば汚名を喜んで受け入れる度量は持っている俺である。
俺の頭はイヤらしいことで一杯だった。だってハルなら押して押して押しまくればなんか着そうな危うさあるんだもん。いや、しないけど。
ラティエナから煌力車に揺られて移動すること数時間。
イオニア大森林に接するデルナの村まで辿り着いたわけだ。ザシャの両親はここから大森林へと足を踏み出したわけだ。ちなみに、イオニア猟兵団の団名はここから取られているわけだ。
興味深いことに彼らの行動範囲はこのイオニア大森林を中心として皇国の北方にはまったく関わり合いがない。あとはそれなりに近い帝国国境方面と南洋方面か。
目的に沿う依頼があって、各地を回れる足を用意出来るのならもっと色んな場所にちょっかい出して顔と名前を売って実績を得て、規模を大きくしていくのが普通の猟兵だ。
その当たり、猟兵社会だろうと普通の会社と変わりはない。
有名な猟兵団の一つである『銀灰の屍鳥』は大陸各地の紛争地域に顔を出しては他の猟兵団と揉めている。俺たち導きの星協会とも揉めている。適当なところで手打ちにしないと戦闘の規模がどんどん大きくなって手に負えなくなるからとかで教会からも要注意されているらしい。
とにかく、イオニア猟兵団はそうした普通の猟兵団とは行動理念が違って団の規模を大きくしたいわけじゃないようだ。協会の調べによると団の設立から今の今まで団員の数にさほど変動がない。
だから彼らがどのような依頼を受けてこなしていたのかに着目してみると猟兵らしく紛争当事者の片方に雇われて敵対勢力の殲滅や軍事行動の支援に軍事教練など一般的な物から要人警護もあればその逆もあったりとつらつら並んでいる。
その中にはある人物について継続的ではないものの、契約を結んで護衛任務を受けていることが分かった。
ずらっと並ぶ依頼一覧の中で気にかかったのは俺が受けている仕事と近しいからだった。そしてその人物の職業についても。
猟兵だし契約を結んで護衛をするってのは珍しくない。珍しくないが武闘派猟兵団と契約を結ぶような人間はあまり真っ当な職にはついていない。そしてその人物は考古学者という胡散臭い職についていた。胡散臭いのはその立ち居振る舞いにもある。
他人の発見についてケチをつけたり不当に奪ったりとあまり良い評判を聞かない。
セヴェロ・エイフレット。四十八歳。男性。どこどこの大学に教授として招かれていただのどこどこでこんな発見をしただの情報はこの際いらない。とにかくやり方が汚く悪辣で同業者からは嫌われているらしい。
重要なのは聖樹探索行に加わったことがあるって部分だ。
「なあ、セヴェロ・エイフレットって知ってるか」
「うむ。あまり美しくない人物だね」
「具体的にはどう美しくない」
「人間が」
即答。そして余計な修飾がない。
基本的に言葉数が多くて鬱陶しいザシャにしてこれは嫌い度数が高いのかどうなのか。もうちょいと長ったらしい口舌を広げるもんだと思ってた。
その間、じっとりとザシャを観察していたがこの名前になにか含むところはなさそうだった。
村の外れに停めている婆さんがこの日のために購入したという四輪駆動。ちなみに鼻汁で噴水が出来るほどお高い。大人でも六人ぐらいなら余裕で詰め込めるほど広いしでかい。パワーも装甲も段違いの代物だ。
こいつで俺の時計が指し示していた光の方向へ一直線と言うわけだ。まあ、あの光は件の大森林に一直線に延びていたのでどこまで進めるかは分からないけども。
「それで、私たちはここで待っていればいいんですよね」
「おう、一泊すりゃ婆さんの迎えが来るはずさ。レイの面倒頼むぞ。あんまり世話焼きすぎんじゃないぞ。お菓子とかジュースとか糖分多目の物食いまくらせんな。あとは本人の自主性が芽生える方向でだな。それと」
「あーもう分かってますよ。本当にレイちゃんのことになると口うるさいんですから」
「レイのことじゃねーよ。お前のことだよ。せっかく珍しいもん探しに来たんだろ。見つけられるといいな」
「あぁ、はい。そうですね。まったくもうあなたときたら……。怪我をするなというのはお仕事上、きっと難しいと思いますからせめて帰ってきてくださいね。じゃないとレイちゃんが……ええと、悲しみます? 落ち込みます? ……拗ねます?」
その語尾の連続した疑問符がなくなってくれたら嬉しいなぁ。
ぼんやりと俺を見上げているガキんちょ。クソださ眼鏡の奥の目玉はやはりぼんやりとして感情ってもんがあるのか分からん。いや、あるんだよ。なにかしらの感情。あるんだけどね。全く伝わってこないのよこれが。
くそう。猫だってもうちょいなんかあるだろうにこいつと来たら。いや、最近はなんとなくお腹減ったーとか眠いーとかトイレいきたいーとか思ってる節が見受けられなくもないような時もあるけれども。
前途の多難に頭を痛める。
「ほらレイちゃん。カナタさんお仕事ですよ。いってらっしゃいしましょう」
そしてハルは俺の悩みも知らずにレイを抱き上げてふんわりと微笑むのだ。
お前は若奥様気取りか。そういうところが実年齢よりも老けて見えるのがまだ分からんのか。
この女、割りとこういう天然的な部分がある。これで素なんだから恐れ入る。別に抱き上げなくて普通に促すだけでいいのに。
チャラ男に騙されそうな雰囲気とともに特殊な性癖を拗らせたモテない男を意図せず惑わしそうな雰囲気も併せ持っていた。ハル。怖い女。
「え、なになんなのこの三人。本当はどういう関係なの。お父さんにお母さんなの。え、巫女さまもしかしなくても趣味悪い?」
「しっ、ここで口出しするのは野暮天の極みと言うものだよラニーくん。ともにこの美しい光景を見守り愛でて明日への活力にしようじゃないか。赤の他人同士が幼き子をかすがいとして一つの共同体を形成する。その様のなんと麗しいこと。ああ、ここにマルくんがいたのなら後世に残し伝わるほどの素晴らしい絵を描いてくれただろうに惜しい悔しい口惜しい」
外野うるさい。
レイがちょっと頑張ってますって感じで俺を見ながらゆ~るゆると手を振る。愛想の欠片もないがこの反応が単純にハルに教え込まれた反復動作、条件反射なのか、それとも自発的にしようと思っているのか。俺は泣けばいいのか笑えばいいのか。毎回のことながら余計な力みだけは抜けてくれるからまあ、役には立っている。
いつものように、わっちゃわちゃとレイの髪の毛をくっしゃくしゃにすると、なんとな~くくすぐったそうに見えたりするあたり、俺の目玉も歪んできてるのかもしれんよな。
助手席に乗り込む。運転席にはザシャ。本来なら広々とした後部座席はラニーがいる。
「巫女さま本当に来ないんですか~?」
未練たらしくハルにせがむラニーだった。
「ごめんなさい。私、どうしても見つけたいものがあるんです」
こいつの一族が聖樹の都にたどり着くことを悲願としているのは聞いた。それを叶える為にハルが必要になる場面が出てくることもあるかもしれん。ハルが本当に巫女さま~とかいう立場であれば。
「う~」
そのせいか納得しきれていないラニーだった。
「まあ、しょうがないか。巫女さまにしたいことがあるのならそれを全力で応援するのがあたしの役目。誰かに何かを強制されたり無理強いされたりするのはあたし自身大嫌いなので! あたしが聖樹を見つけた暁には巫女さまを頂点とした絶対王権をお約束します!」
夢はでっかく果てしない。本人の同意を得ないままラニーの野望は肥太っていくようだった。うまくいけばいいな。応援はしないけど。
ラニーお嬢のアホさ加減を考えるともしかしたら本気も本気なのかもしれない。ハルは困り顔の苦笑いである。顔にはっきりとありがた迷惑ですと書いてあるがそれに気づかないのは武器にもなるが弱点にもなる。
「じゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。無事に帰ってきてくれることを祈ってます」
「偉い巫女さまのお祈りなら女神さまも耳を傾けてくれそうだ」
いつものようにからかって耳を傾ける。もちろんハルの返答にだ。俺が耳に入れたかったのはハルの仕方なさげに返してくる軽口であり、決して遠くから届いてくる爆発音と悲鳴じゃない。
目を向ける。デルナの村。俺たちがいる場所とは反対の位置。
誰かが落とし子にしか出せないすさまじい速さで駆けてきた。村の中で俺と会釈を交わした男だった。
「イオニア猟兵団がきたぞ! やつら村を壊滅させる勢いで攻め込んできてる! 後先考えてねぇのか!」
え、いや、なに言ってるのかちっとも理解出来ない。理解は出来ないが舌先は考えるより先に返答していた。
「今来てる支部の連中で何とか出来ないのか。その為に腕っこき集めたんだろうが」
「数が違いすぎる。残ってる村の連中を避難させるだけで手一杯だ。俺もすぐさま戻って加勢する。だいたい、あんな大規模な襲撃聞いてねえぞどうなってる?」
頭が回ってきた。
「誰が村そのものを襲ってくるって考えんだよ。襲ってくんなら村から離れた俺らだって思うだろうが」
ああ、くそ。段取りがめちゃめちゃだ。馬鹿なのかあいつらはそれとも狂ってんのか。
一つの村をもしかしたら地図上から消すかもしれないなんて蛮行。
協会の知るところでそんな蛮行を働いたとあっちゃ俺たちは勿論、国家権力に同業者からだって付け狙われ猟兵団の壊滅は勿論所属している団員達だって根絶やしにされても可笑しくないし文句は言えない。
「俺たちがここに潜んでいるのがばれてたのか、それとも最初から村を襲うつもりだったのかは分からんが、とにかく当初の作戦は実行できん。お前たちも一刻も早くここを離れるろ!」
そう言って彼は村の方へと戻って行った。
この場にいる全員が俺を見ている。どういうことだと説明を求めている。
お生憎様残念でした。そんな時間は繋がった眉毛をそり落とす時間ほどもございませんのことよ畜生め!
人生、自分の思い通りに事がうまく運ぶなんて小指の先ほども思っちゃいないがたまにはタイミングを考えてくれよ女神さま。それともこれはあんたら所縁の場所へ向かおうとする俺たちへの試練ですか。
爆発と悲鳴は逡巡なんて贅沢な時間を与えてはくれなかった。
ええい、くそが。
「ハル乗れ!」
「はい!」
強く言うとハルは聞き返しもせずに抱えたレイをそのままに後部座席に乗り込んできた。
当人はびっくり顔で何にも分かってないの丸わかりだが俺含む誰もが同じような顔してる。
不本意だ。本当に不本意だ。なんでこの二人を連れて行かなきゃならんのだ。
「出せザシャ!」
「了解だよカナタくん! 状況はまったく分からないがこのまま留まっているのが不味いことは僕にも分かっているからね! この僕の華麗なる運転妙技をご覧あれ!」
「いいから出せ馬鹿!」
ぶん殴りたい衝動を殺しまくって発進させる。
重量に相応しい重低音が唸りを上げる。煌力機関に光が走ればこの四駆はそこらの魔物など軽く蹴散らせてしまうんだろう。
周囲の景色も爆音も悲鳴も置き去りにして俺たち一向は大森林の中へと突っ込んで行く。
だけどそのまま逃げられるかと思いきや、俺は窓に顔をくっつけてそいつらを確認する。
窓の外のずっと遠くに猟兵の集団。
その先頭に立つ男。浅黒い肌に頬に刻まれた大きな傷跡。灰色の迷彩服に身を包んだ男が構える物。
「ヘルダルフ………!」
ラニーが憎々しげに唸った。
そうして奴が構える獲物――先端に取り付けられているアーモンドみたいな形をした携行型の支援火力兵器――煌力を付加せずとも落とし子を殺しえるそれは、誰でも分かるように言うとロケットランチャーと言う。
そいつが一基、二基、三基と数えるだけ馬鹿らしい。全員持ってる。
いやはや壮観絶景まったくもって素晴らしい敵意で笑えない。
隣で引き攣った笑顔になったザシャがアクセルべた踏みで速度を上げる。あんなんもん当たったらこの四駆だって貫通されて爆発四散するだろうから当然か。
発射。
着弾。
爆発。
衝撃。
誰か悲鳴を上げたかもしれない。雄たけびだったかもしれない。だけどそれら爆音に紛れてなんだか遠く聞こえた。
人間に追い立てられる魔物の気分ってこんなかもしれない。




