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第2回 次世代作家文芸賞の一次選考は通ってたみたいです。
※白の魔女編です。
二次選考はむりだったようですが。
何が良くて何が悪くて何が駄目だったのか。
色んな視点から知りたく思うので感想など頂けますとこれ幸いとやる気がアップするかもしれませんね!
六月上旬。
本日も晴天なり。
春の陽気も絶好調な今日この頃。俺は再建中の住宅街の一区画。いずれは屋根を支えるだろう梁の上をお天道様に照らされながらあくせくと建材持って上に行ったり下に行ったりと大回転していた。
皇国西方の地方都市ブルーノは四月に起きた事件の爪痕がまだまだ残っているがそれを乗り越えようと気合と根性をフル稼働させていた。
「おい兄ちゃん次はこいつを頼むわー」
「あいよー」
文明の利器が発展を遂げる昨今、重機導入もどんどん進んでいるが扱いが難しく管理や維持に金もかかるそれらに比べて安全かつ安く雇える力自慢の落とし子はこうした現場ではまだまだ現役で重宝されている。
三等煌士に昇格したところで俺のやるような依頼なんぞこんなもんだった。こっちに支払われる単価が上がったのは素直に嬉しいけどな。
過度な危険やスリルなんぞも求めとらん。そんなもんは命知らずのやんちゃな奴らに任せておけばいい。
出来れば平穏無事な日々を送りたい。
そう願ってはいるけれど、そうもいかないのが世の中というもんで。
例えば俺が如何にそういった危険から徹底的に身を遠ざけようと決意したところで危険の方から近づいてこられてはどうしようもない。しかも奴らは一見すると無害そうでしかも大きな音を立ててこない。致命傷を与えられると確信したら隠し持っていた切れ味鋭いナイフでぐさっと首を切り落としてくる。質が悪い。
それは最初、手紙の形をしていた。
手紙の送り主はマールヤヴィ・エリス。エリス、という姓から伝わるように、レーヤダーナ・エリスの縁者にして叔母にして現在の公的な後見人でもある。
継続的に俺を雇用している依頼主でもある。
ちょっとは世間的に名の知れた画家で放浪癖がある。変人だが話は通じる。あくまで通じる程度で言葉が右耳から左耳へと二人三脚でよく通り抜ける。
「カナタ君。君にお手紙ー」
それなりに手早く再建された星の導き協会ブルーノ支部は頭に仮という鈍色の冠を被っていた。
ボロ小屋とまでは言わないが急造感の否めない開放的な仕様は訪れる人々を思わず笑顔にしてしまう魔的な力を秘め、代わりに中で動く人に偽りの笑顔を張り付けさせてしまう。魔的だ。実に魔的だ。
「分かってはいるのよ分かっては。人々の平和と安寧を守るためにある私たちがどこよりも速く以前の形を取り戻しては示しがつかないって。分かってはいるのだけれど」
敏腕受付であるマリーダ嬢はにこやな笑顔の裏に情念を秘め、守られるべき対象に含まれない俺らに対して愚痴愚痴と小うるさかった。
気持ちは分かる。以前ならそれなりの格式と快適な環境で集中して業務に臨めていた。それは何故か。人の目がない瞬間があったからだ。
「どうして海の家風にしちゃったのかしら……?」
我らが拠点であるブルーノ支部は現在、その外見を南洋諸島連邦のチャラけた海の家のように人々に対して心の扉を開け放っていた。全周天開放型だ。どこを見渡しても人々から笑顔が向けられている。
マリーダさんはにこりとかつてはお嬢だったと感じさせる完璧な会釈を振りまいた。
受付とはその支部の顔だ。その支部がある民間人に名前が知られているのは当然として、煌士間だとどこそこの支部にいるあの受付さんと言えばぱっと名前が出てくるほどだ。
ちょっとした有名人なのだ。
こんな話がある。かつて導きの星協会受付名鑑なる本が刊行された。売れた。需要があった。中にはその本を通して見合いをして結婚したとかどうとかもあり、いつしかあの人に会いたーい的な馬鹿げた企画が民間で立ち上がった。業務に支障が出るということで続刊はなくなった。
親しまれてるのはいい事なんだけどな。
「例えて言うなら高級ラブホから」
睨まれた。
「おほん、高級ブティックホテルから場末の萎びたユースホステルになった感じか」
「公共の場ということを忘れないように」
人々から見えないよう救え熨したで俺のふとももの肉を引きちぎらんばかりにつねるお嬢風の笑顔の持ち主。それがマリーダさんなのだ。
「あ、本部から君宛に煌士の証が届いたから。ようやく身分証明が出来るようになったわね」
「押忍。あざす」
そうして手紙に戻る。
白い封筒にはマールヤヴィ・エリスと流れる様な綺麗な文字で差出人の名前が書かれていた。
『カナタ・ランシアさまへ
お久しぶりです。お元気ですか。
この手紙が届く頃、私は南洋諸島連邦の名前もないような島にいるかもしれません。
この近海域にだけ生息するというブルーフランパーニという花を描くためです。
ですがその花はとても珍しく咲いているかどうかも分からないそうで見つけることすら困難だという話です。
次の手紙を書く頃には私はおばあちゃんになっているかもしれませんね』
南洋諸島ねぇ。
前は共和国方面だったか。性格の割に腰の軽い人だ。
『ところであの子、レーヤダーナは』
ここで何を書こうか迷ったのかちょっと文字が乱れていた。
『元気でいてくれたらそれでいいです。私はあの子に関しては全てあなたに任せっきりにしている不甲斐ない人間です。そのような人間よりもあなたのような方が側にいてくれる方がきっとあの子にとっても望ましい結果になると思います』
会うぐらいはいいんじゃねえのと思うけどな。
『さて、この度、筆を執らせて貰ったのは何も近況報告をするためだけではありません。
件の花について友人と話をする機会があったのですがその友人がちょっとした悩みを抱えているということであなたについてなんでも解決してくれる期待の煌士だとお話しました。そうそう、最近難事件を解決したそうですね。遅ればせながらお疲れさまでした。
彼は変わり者ですが悪い人間ではありません。
もし訪ねてくるようなことがあればその時はどうぞよろしくお願いします』
どうぞよろしくと言われてもあんた肝心な友人の名前を書き忘れてんよ。誰だよ友人て。てか友人付き合い出来る人だったんだ。
『追伸
ハルという少女について承りました。あの子が懐いているのであれば私から言うべき事はありません。
彼女の同意を得られるのならあなたと同様の待遇で扱わせて頂きたいと思います。
それと、彼には訪ねるのであれば南洋の林檎をお土産に必ず買っていってくださいと伝えています。あの子も嫌いではないはずですから一緒に食べてください。必ず食べさせてください。私からというのは言わないでください。
それではまたお手紙お送りいたします』
また林檎かいと思いつつ、一緒に食えと言いつつ、必ず食わせろと念押す割に、自分からというのは黙ってろと。
もし友達とやらが来て林檎を持ってきたのなら一緒に食ってやるし必ず食わせてやろう。そしてお前のおばちゃんからだと伝えてやる。はっはっは。
「なーに気持ち悪い顔してるの君ー」
「悪いだけだろ、気持ちはないだろ。この年頃における顔面コンプレックス舐めんな」
「はいはい」
顔面コンプレックスとは無縁の青春を送ってきたと見られるマリーダ嬢だ。その代わりに青春に男運はなかったのだろう。仕事に生きる女である。ある意味、世界はバランスが取れている。
背筋を伸ばすと肉が伸びる。
取り立てて急ぐような依頼もなし。このままのんべんだらりと無為かつ無意味な時間を過ごすかね。帰宅できる時間まで。
そう考えて新聞を広げる。
八月の建国祭が近づいてきたということで皇都ではなんか盛り上がってるーとか、お隣の帝国にいる有名煌士さんが大活躍ーとか、まあ腹を抱えて思わずゲロを吐いちゃうような面白記事はなかった。
夕方の終わり。
日が沈む時間も遅くなってきたがこの時間に協会を訪れるような人はのっぴきらん程に追い込まれているような人しかいない。
だから誰も来ないってのは歓迎すべき事態である。
マリーダ嬢も全周囲に振りまいている笑顔をようやっと止められると心持ちお愛想に色が付いているようだった。
けれどもまぁ手紙という先触れがあった以上、その続きもまた訪れるのだった。
ただね、手紙が今日届いた以上ね、いつか来るとしても日は開くだろって思っていたわけだよ。
ざわついた人の声。
新聞から目を話して顔を上げる。
耳に届く、ギターの音。
なんだあいつは……。
ちょっとボロけた白いシャツの上にこれまたちょっとボロけた皮のジャケット。春とはいえそろそろ暑いだろう。そして中折れ帽にカーゴパンツ。茶色のワークブーツ。
それだけなら別にいいんだよ。ないよりのありだから。
腰にぶら下げてるのはあれ鞭か。でかいリュックをしょってギター弾きつつ現れる。性別、男。
その男が通りをまっすぐにこちらに向かっていた。
男の形容なんざしたって何一つとして面白くないがそいつの目線はすんごいきらきらしていた。
俺がまだ洟垂れ小僧だった時にどっかで落としたまま存在を忘れてしまった未知への楽しさをいまだに持ち続けているような目玉だった。
そんな目が勘違いであって欲しいのだが俺に向けられている。男にそんな視線を向けられても全く嬉しくない。
かといって女にそんな視線を向けられてもなにかやったかと過去の所業を顧みるばかり也というところに俺と言う奴のどうしようもなさが滲み出ている。
とりあえず新聞で顔を隠した。だってあの視線、圧が強いんだもん。
「カナタくん。あれ、あなた見てるわよ」
「知らん知らん何も知らんし見られてなんてない」
当てになるんだかならないんだか分からん俺の勘だがこれは間違いない。あれ、絶対厄介事だ。お近づきになりたくない雰囲気びんびんしてるもん。
ギターの音が近づいてくる。
聞こえない聞こえない何も聞こえんから何にも分からん。
「やぁ、僕は来たよ!」
ぶすりと新聞にでかでかと掲げられたどっかの政治家のおっさんの目玉に穴が開く。奥から除くのはきらっきらしたおそらく二十代男性の瞳が。
やめろよ声デカすぎだろ。周囲の視線痛いよ。何でまたお前かみたいな目で見られなきゃなんねぇのよ。俺は何にもしてないよ。無罪だよ。
マリーダさんお客さんですよ。あなたが応対するべき相手ですよ。はやくどけてよこれ。
「あれれ、可笑しいぞ。聞こえないのかな。僕は来たんだよ!」
いやだ。知らない見えない聞きたくない。だいたい誰だ僕は。俺は僕じゃないしお前は俺じゃないお前が俺でお前が俺であれれ可笑しいぞ。
そしてかすかに香る林檎の匂い。
ぴーっと新聞紙が縦に引き裂かれていく。
ニッという擬音がぴったりの眩しいばかりの直視したくない男の顔が間近でマヂ勘弁。
「聞いていると思うけれど僕がザシャ! ザシャ・シュラール! 今回はよろしく頼むよ!」
「いやほんと誰だよお前!」
特級の厄介事になりそうだった。
まったくもって我流なのでなにか小説が上手くなる本とか読んだ方がいいのかな。