ショッピングセンターにて
レレイを肩に乗せたケンは、ユウくんの家には向かわず、近くのショッピングセンターに寄ることにした。
「店の中は涼しいなぁ」
「なんと……この建物の中は別世界か? なぜこんなに気温が違うのじゃ?」
「ここはエアコンが効いてるからね」
「エアコン?」
キョロキョロと周りを見渡すレレイ。
「気候を操る魔法か、それとも、風、あるいは水魔法の類いか……それにしても、この大きな建物全体に冷気を漂わせるほどの魔法となると、よほど腕の立つ魔法使いを雇っておるようじゃの」
感嘆しながら、そう呟くレレイ。
口ぶりからして、エアコンを賞賛しているようだが、ケンには、その内容がよく理解できなかった。
「ここで色々買わなきゃ。自由研究を書く画用紙とか、鳥かご、エサ……。ボク、そんなにお金持ってたっけ?」
ケンはポケットから財布を取り出し、中のお金を数え始める。
「さっきもチラッと聞こえたのじゃが、研究とな。ケンは小さいのに、なかなか勉強熱心じゃの」
「まぁ、宿題だからね。やらないと怒られちゃうんだよ。えっと、千円札が2枚に……」
「ふむ。この国は、後進の育成に力を入れておる、よい国なんじゃな。して、ケンはなんの研究をするのじゃ?」
「決まってるでしょ。鳥の研究だよ」
「ほう、鳥…………ん?」
「そう言えばさぁ、レレイってさぁ、メスだよね?」
「メス?!」
「うん。メス……だよね?」
「何じゃ、人を犬畜生みたいに、メス呼ばわりしおって! ワシは女じゃ、女! いくらワシが年老いているからとは言え、男子たるもの、女性の扱いには気をつけるのじゃぞ!」
「ご、ごめん…………」
「それと、やはりおぬしは何か勘違いをしておる! ワシは鳥じゃなくて、人間じゃ! ニ・ン・ゲ・ン!」
「わ、分かったよ、そんなに耳元で大きな声を出さなくても……。て言うか、なんで自分のことを『ワシ』って呼ぶの? 変だよ」
「なんでじゃ? ワシがワシをワシと呼ぼうが、おぬしには関係あるまい!」
「だって、どう考えても変じゃん」
「変……? なにが、変なのじゃ?」
「だ、だって、キミみたいな……か、かわいい女の子が、『ワシ』だなんて……」
「……は?」
最後ところで、ケンは少し歯に噛みながらながら言う。
「おぬしは、何を言っておる? 齢73になるワシが、女の子? エルフならともかく、人間の73歳など、もはやヨボヨボの……」
ハッとしたレレイは、たまたま近くにあったファッション雑貨屋の鏡に目をやる。
そこに映っていたのは、背丈130センチほどの少年・ケンと、その少年の肩に乗る、桃色のおさげ髪の、小さな少女……。
「ワ、ワシ、若返っとる……」
◇
ケンがまず向かったのは、ショッピングセンターの中にあるペットショップである。
「いらっしゃいませー」
「すみませーん。鳥のエサどこですか?」
「ちょ……」
慌ててケンの左耳をつねるレレイ。
「痛ててっ!」
「ワシは鳥じゃないと、言っておろう」
「で、でも……じゃあ、さ。レレイは何のエサを食べるのさ」
「エサってそんなもの、人間が普通に食べる物を、食べるに決まっておろう!」
「えーそうなんだ。意外だなぁ」
「…………」
「いらっしゃいませ。鳥のエサですか?」
店員のお姉さんは二、三度、不思議そうにレレイの方を見た。
だがその後、にこりと微笑んで、すぐにレレイから目を離す。
きっと、レレイのことを、おもちゃの人形か何かだと思ったのだろう。
「あ、いえ、鳥のエサはもういいです。エサじゃなくて、鳥かごはありますか?」
「鳥のゲージですね。ございますよ。こちらにどうぞ」
ケンたちが案内されたのは、カラフルな鳥が入れられた、鳥かごが並ぶエリアだ。
「ゆっくりご覧くださいね」
そう言って去っていく、店員のお姉さん。
「ていっ!」
店員が離れたのを見計らい、レレイがケンの頬にパンチを見舞う。
ーーぺちっ
「コラ! 鳥じゃないと言っておろう! 何じゃ、この檻は!」
「わ、分かってるよ。でも、うちの家はアパートだから、ペット禁止なんだ。レレイを何も入れずにしておくと、絶対ママに叱られちゃう。ちゃんとゲージに入れて、静かにしてないと」
「ワシは獣みたいに、無闇に吠えたり、うろうろ徘徊したりせんわぃ……」
「ホントに? じゃあ、鳥かごもいらないかなぁ?」
「当たり前じゃ!」
◇
自由研究用の画用紙を買い、ショッピングセンターをあとにするケンとレレイ。
「外は、暑いの……」
「うん……。もう少し中で休憩したかったんだけど、あそこって、ぼく一人行っちゃいけないところなんだよね。学校の先生に見つかると、『ほどー』されちゃうらしいんだ」
リュックから首だけ出していたレレイが、周囲に人がいない事を確認してから、ヒュッと飛び出し、ケンの肩に着地する。
「それより、急にどうしたのさ? リュックに隠れたりして」
「ふむ。ワシがこの世界で他の人間と接するのは、色々と問題があるかもしれんのでな。人気の多いところでは、身を隠したほうがよかろう」
「え? なんで?」
「ワシの元にいた世界と、この世界とは、まるで『理』が違うからじゃ。ワシが人目につけば、騒ぎになるじゃろう?」
「ふーん。騒がれると、マズいの? レレイは恥ずかしがり屋なんだね」
「いや……まぁ、そこら辺は、どのような認識でも構わぬが」
「レレイは恥ずかしがり屋っと」
ケンは手元に目を落とすと、何やらサラサラと紙に書き始めた。
「何を書いておるのじゃ?」
「自由研究のメモだよ。あとで家に帰ってから、画用紙に書き写さないと」
「ふむ。見た事のない文字じゃ。翻訳の魔法を使わなければ、何を書いておるのかさっぱり分からん」
歩きながら、器用に文字を書くケン。
それをマジマジと見つめるレレイ。
「本当は、自由研究はユウくんと一緒にやる予定だったんだけどね。ユウくん、一人で終わらせちゃったみたいだから、急いでやらないと……」
「そう言えば、その、ユウくんとやらの家には、向かわなくてよいのか?」
レレイのその質問に、しばらく押し黙るケン。
その顔は、前を見据えたままだ。
「……今日は辞めておこうかな」
「何でじゃ?」
「喧嘩、してるんだよね。ユウくんと」
前方をじっと見つめたまま、ケンは顔をこわばらせて答える。
「ふむ。喧嘩のぅ。じゃが、今日はそのユウとやらに、会いに行く予定だったのじゃろう?」
「そうなんだけどさ……」
そう言って、言葉を詰まらせるケン。
見栄や意地の張り合い、あるいは誤解、そもそもの性格の不一致によるもの……。
古今東西、老若男女。
喧嘩における諸事情など、本人たちにしか分からないし、理解できないことが多い。
だがそれでも、子どもの、しかも男の子の喧嘩というのは、割とサバサバしていて、一日も経てば丸く収まるものだというのが、レレイの認識である。
長い休みの期間中ということもあり、長引いているのかもしれない。
レレイはケンの様子を気にかけながらも、深く追求することはしなかった。
◇
翌日から、ケンの自由研究が本格的に始まる。
タイトルは『レレイの観察日記』。
ケンの部屋でくつろぎながら、レレイは本を読んでいた。
今読んでいるのは、異世界ファンタジーを題材にしたマンガである。
レレイは翻訳の魔法を使いながら、「ほう、スライムが王になるとか滑稽じゃな」とか、「マンガの中にはオークやらオーガ、はてはドラゴンまで登場するのに、この地球という世界には、一切、モンスターがおらんのじゃな?」などと、首を傾げたりしている。
それをつぶさに観察しては、その様子を紙に書き出していくケン。
「レレイに質問。レレイは小人なの? それか、もしかして妖精とか?」
そう問われ、レレイが顔を上げる。
「ワシか? ワシは小人族でも、ましてや、妖精でもない。前にも言うたが、ワシはれっきとした人間じゃ。イシュタール王国から転移する際、時空の歪みによって、このような体の大きさに変換されてしまったようじゃが」
「それだと、やっぱり困るなぁ。夏休みの自由研究で『人間を観察しました』だなんて……きっと先生に怒られちゃうよ」
「困る、と言われてもな……」
「レレイは鳥ってことでいいかな?」
「お、おぬし。いつも、強引過ぎないか……?」
マンガに顔を向けたまま、眉間にしわを寄せるレレイ。
「まぁ、ケンにはお世話になっておるから、な……。致し方ない理由があるのであれば、便宜上、ワシは『鳥』という認識でも構わぬぞ?」
「じゃあ、レレイは鳥ね! 」
「…………」
かなり腑に落ちない表情のレレイだが、諦めたように肩を落とすと、再びマンガを読み始めた。
「それで、好きな食べ物は?」
「ワシの好物か。好物はやはり、肉じゃな。王国の東部に生息する魔獣・グレートボアの肉を、特に好んで食べておる」
「グレー、ぼ……」
「グレートボアじゃ」
こんな調子で、ケンの自由研究は着々と進んでいく。
ーーこれまでに倒したモンスターで、一番強かったモンスターはケルベロスである。
ーーレレイは50種類以上の魔法が使える。
レレイの話は、憧れのアニメやゲームの世界観をリアルに体験しているような感じで、ケンは興奮しながら、それらを画用紙に書き込んでいった。
事前に、自由研究の書き方や進め方を調べていた訳ではない。
だが、自由研究を始めとする、『研究』を進めるために必要な原動力は、興味や好奇心の掘り下げである。
ケンは幸運にも、効率よく自由研究を進めることに成功したのである。




