ア・テンペラ【A tempera】 ~ラッツェロと私の肖像画対決~
連載版でちゃんと書きたいのですが、書ける気がしないので、できている一話だけつっこみます。
(こちらは企画外になります)読まなくて大丈夫ですので!
あらすじ:
ナルウル家専属の肖像画家・ココ=ピーワークスは思い込みの激しい28才の乙女である。
ある日、彼女のパトロンのナルウル夫人が、若い男を連れ帰ってきたので「奥様の愛人がお屋敷に住むの!? もしかして養子にするの!? 金食い虫は出てけって言われたらどうしよう」と気をもむが、彼は夫人の甥で、ココにとっては弟弟子にあたる彫刻家だった。
彼…ラッツェロは “皇太子殿下の肖像画コンペ” に出場したいらしい。
彫刻家としては天才でも、絵画の経験はないため教わりにきたのだと言う。
期間はたったの一週間。「あんたは道具の使い方だけ教えてくれればいい」と自信ありげな彼に、不安を感じながらもテンペラ画を教えるココ。たしかにラッツェロの覚えは早く、ココにはない人体の知識とデッサン力があるのだが――――
「私はあなたみたいな天才じゃない、小器用なだけの三流画家ですよ。でも肖像画の難しさは知ってるんです。ラッツェロ、私と勝負してください」
“肖像画の心得” を伝えるために、ココが提案したのは、お互いをモデルにして描く肖像画対決だった。
三流肖像画家と天才彫刻家がテンペラを通じて恋するアート・ラブストーリー。
※ネットで調べた知識で書いているため、矛盾があると思います。ご指摘があれば直せそうなところは直します。(異世界設定優先)
「奥様は、お客様と朝食を召し上がるそうです。ココは遠慮してくださいね」
「えっ!? 私は奥様と一緒に……」
「四の五の言わずに、あっちに行きなさい。しっしっ」
食堂に入りかけたところを執事さんに止められて、行き場がなくなった私は、よほどぼんやりしていたのだろう。
厨房の人たちに声をかけられ、皿を持たされて背中を押され、気がついたら厨房の外階段でスープを啜っていた。
ふぅふぅ、ずずず……。
皿に唇をつける下品な飲み方だけど、誰もいないから問題はない。
スープの具材はふんわりした卵の白身に、青い芹。味も色合いも素晴らしい。
ひんやりした二月の空気の中で、この一杯のあたたかさが心にしみる。
隠し味のチーズがいつもより濃いのは、きっと料理長の気遣いだ。
だって私は毎日、このお屋敷の一番りっぱな食堂で、奥様と朝食を食べていたのだから。
子供の頃からお世話になっている、このお屋敷――――ナルウル家は、近隣の村から葡萄を買って、自前の醸造所でお酒に仕上げ、ボトルに詰めて販売する。いわゆる “ワイン商” だ。
商売で大切なのは “売ること” なので「他人に任せてられないわ!」と奥様は馬車で出かけていき、大きな街の高級食堂のほか、貴族や商人の社交場にも顔を出して、いろんな方とお話をする。
この国の大人で、ワインを飲まない人は滅多にいないから、奥様が自ら商品の説明をすれば、たいていの人は興味は持つらしい。
「じゃあ一度、買ってみようか」という話になるそうだ。
そうやってコツコツ着実に販路を増やしていく。
とても格好いい、私たちの自慢の奥様である。
けれど奥様はスケジュール管理が苦手で、同日に予定を重ねてしまうことがしばしばあったので、大口顧客には同行する私が――――高級ワインを木箱買いしたお客様に、小さな肖像画を描いてプレゼントする販促品の肖像画家なのだ――――スケジュール管理を引き受けているのだった。
だから予定を確認する朝食時は、いつも奥様と一緒だったのに。
今日の私はお邪魔虫のようだ。
しょんぼりしながら、さっき厨房で聞いた言葉を思い出す。
小芋の皮をむいていたメイドさんによれば “お客様” は男性らしい。
昨晩遅くに連れ帰ったことから、“おそらく愛人だろう” とお屋敷中で噂になっているそうだ。
「でも、親子ぐらいの年差がありそうなのよ」とも教えてくれた。
奥様に、愛人かあ……。
十年以上前に離婚してからは「もう夫はいらないわ」と笑って、ずっと独身だった奥様だけど、綺麗で若々しくて活発な方だから、愛人が1ダースぐらいいたっておかしくないと思う。
私が男性だったら、間違いなく奥様にメロメロになってるもの。
愛人をお屋敷に連れてきたってことは、ここに住まわせて、ワインの事業を継がせて、いずれは養子にするのだろうか。
もし、画家を養うことに興味がない人だったら、どうしよう。
私はクビになってしまうのだろうか。
メイドとして使ってもらえればありがたいが、今は人手が足りている。
やっぱり、お屋敷を出ることになるだろう。
荷物をトランクにまとめて、葡萄畑の横をとぼとぼ歩く私。
想像するだけで鼻の奥がツンと痛んで、涙が出そうになる。
もう、ワイン嫌いになってしまいそう――――と思ったところで、ひらめいた。
そうだ! 醸造所で働かせてもらえるよう、お願いしてみよう。
美味しいワインをつくれば、奥様への恩返しにもなるし、これは名案だわ!
私を育ててくださり、先生をつけて絵を学ばせてくだり、肖像画家としても使ってくださった。
大恩ある奥様に、どんな形であっても、一生お仕えするのだ!
グッと拳を握り、決意を新たにしたところで、「ココ!」と奥様の声がした。
顔を上げると、孔雀色のドレスが麗しい奥様と、袖を膨らませたシャツの若者が――――きっと愛人だ――――並んで歩いてくる。
くっそー! あの愛人が、私のかわりに奥様と朝食を……!
対抗意識全開で睨みそうになるのを、なんとかギリギリでこらえる。
ここは我慢だわ、私!
スープ皿を置いて階段をおりながら、憎き愛人を視界に入れないように、奥様だけを見るように、向き直って笑顔をつくる。
「こんな寒いところにいたの? もう、屋敷中探したわよ」
奥様はやっぱり優しい……。
心配させてごめんなさい。もう大丈夫です。
「すみません奥様。今朝はにわとりが騒いでいたので、気になってしまって」
「あら、それじゃ仕方ないわね。朝食の席で話したいことが色々あったのよ」
どうやら執事さんの早とちりで、私は一人寂しくスープを飲むハメになったらしい。
執事さん。今回のこれ、貸しイチにしときますからね。
「今週は営業に出ないことにしたわ。そうなるとココは手が空くでしょ? この子に肖像画の描き方を教えてあげて欲しいの。
次の月曜の午後には帰すから、それまでにみっちり仕込んでちょうだい」
――――は!? 私が、愛人に絵を教えるのですか……!?
荷物をトランクにまとめて、お屋敷を出ていく姿が頭をよぎる。
ああ、やっぱり私はワイナリーに行って、ワインを作る人生を送るのだろう。
そうしたら奥様には滅多に会えなくなる。
覚悟はしていたけれど、きゅっと胸が痛んでつらい。
それでも奥様にお願いされたら、全力でやるしかないのだ。
「肖像画の描き方ですね。かしこまりました」
「頼むわね。――ほら、ラッツェロ。ちゃんとご挨拶なさい」
奥様にうながされた愛人は、海色の瞳を見開いて「なんだこいつは」と言わんばかりだった。
いや、声が漏れてた。私は地獄耳なのだ。
「俺はラッツェロ=バウル。王都の彫刻家・ヨーン師の工房で働いているんだが……。あんたのその顔、外国人か?」
きっぱりと首を振る。
こう見えても、生まれも育ちもこの国だもの。
「祖父母は極東北部の古代湖の民だと聞いております。ですが、父はラティニア生まれで、母は生粋のラティニア人。ゆえに、私もラティニア人です。
ナルウル家専属の肖像画家、ココ=ピーワークスと申します。どうぞ宜しく」
黒く染めた衣装をつまんで、屈膝礼を見せたら「ほう」と感嘆の声が聞こえた。
成人女性としてはかなり小柄で、平坦な顔と直硬毛の黒髪、黄色の肌を持つ私は、“異国の人形みたい” と形容されることが多い。
褒め言葉のように聞こえるが、ようは珍獣扱いなのだ。
対する愛人は典型的な “この国の人” だった。
眉間からまっすぐスラリと下りた鼻筋は山脈のよう。こまやかに波打つ淡色の髪に、ちょっと日焼けした肌――もとは白磁のような色味に違いない。
古代彫刻さながらの美しい若者だ。
背は大人ほどに高いが、首はやや細く感じるから、十代後半ぐらいだろうか。
なるほど。若いツバメってやつですね……。
悔しいけれど、これだけ整った顔なら、奥様がよろめいても許せます。
絵を描く者として“美” を認めない訳にはいきませんから。
納得の意味をこめて頷いたら、なぜか奥様は片眉をひそめた。
「夫の部屋に泊めたせいで、メイドの子たちが勘違いしたようだけど、ラッツェロは私の甥ですからね」
「えっ!? 愛人じゃないんですか!? 本当ですか! 奥様!!!」
「ちょっと! ココもそう思ってたの? まったくもう……」
照れた顔の奥様は、怒りも悲しみも一瞬で浄化するぐらい可愛らしい。
でも、それは誰だって勘違いしますよ。
奥様と旦那様の部屋は、寝室がつながってますもの。
親戚だと知ってから見れば、たしかに二人は似ていた。
ラッツェロがもしも女の子だったら、奥様みたいに優しい目元になって、そっくりになるだろう。
ふふっ。
さっきまで身の振り方を考えていた反動で、顔が笑ってしまうが、これは仕方なかった。だって、これからも奥様と一緒にお仕事できるのだ。
これを喜ばずにいるなんて、私には絶対無理です。
ふふっ、ふへへ。
ああ、良かった……!
「笑いながら泣くのか、気持ち悪い女だな」
なんとでもおっしゃい。今は許してあげます。
そういえば、彼がヨーン先生の弟子だとすると、彫刻と絵画で分野は違うけれど、私は姉弟子になるのかもしれない。
卵を使った彩色技法―― “テンペラ画” ――を私に教えたのは、ヨーン先生だからだ。
王都の先生のところで教わらずに、こちらに来たということは、工房のほうがお忙しいのかもしれない。
よーし!
肖像画家歴十四年の私が、みっちり弟弟子を教えますね!
「それでは奥様、テンペラの準備にかかりますので、このぐらいの肖像画を描けるように~……とかの、目安などはありますか?」
私の手元にある額縁は、販促用の小さな小箱型額ばかりで、一般的な肖像画サイズの額縁は、二~三枚あるかないかだ。
それより大きい絵を描かせるとなると、支持体づくりからになる。だから、私は絵の大きさを尋ねたつもりだった。
しかし奥様の返事は――――
「希望ね。ラッツェロは皇太子殿下の肖像画コンペに出たいんですって。半年後にあるんでしょう? そこに出場できるぐらいに仕込んでね」
「はえっ!? 皇太子殿下の肖像画コンペ――――!?」
あまりの衝撃に、すっとんきょうな声が出た。
★支持体について
キャンバスは油絵用の布を張った板のことですが、この作品においては「テンペラ用の描画ゾーンを」分かりやすくつたえるためにキャンバスとして、ルビをふっています。
※額縁とキャンバスは分離できない、一体型だからです。
※額縁を先につくり、その真ん中の板にニカワを塗って、布をはりつけて、石膏を塗り重ねて、支持体にしています。
※油絵はまだ無く、基本的なテンペラが主流になってるイメージです(異世界ですが)




