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ひと夏のきらめき  作者: 高山 由宇
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第一章

 私立聖凛(せいりん)高等学校の三年生である秋月(あきづき)紫苑(しおん)は、硬式テニス部の部長だ。

 彼女は、ここ最近、あることでとても悩んでいた。


『もう二週間だ……。どうしよう。誰も見つからない……』


 紫苑は、新たな部員を探していたのだ。


『夏だけでいいのよ。……夏だけで』


 しかし、五月ももうなかばに差しかかっている。部活に入る意思のある新入生なら、とっくにそれぞれが希望する部に入部済みだろう。

 それに、まったくの初心者ではだめなのだ。少なくとも、硬式テニスの経験者でなくては……。

 垂れた横髪をかき上げ、ついでにがしがしと頭をかいた。

 盛大なため息をひとつ吐き出すと、うつむいていた顔を上げる。口元に笑みを浮かべた。そしてそのまま、紫苑はテニスコートへの扉を開いたのだった。


「やっほー! みんな、お疲れ様」

「あ、部長、お疲れ様です!」

「紫苑先輩、お疲れ様です」

「もう、遅いですよー」


 紫苑に気づくと、後輩たちが口々に挨拶をしてくる。それに笑顔で応えながら、紫苑はざっと部員たちの顔を見渡した。


「体育館での練習はどう?」


 一年生に尋ねると、


「音が大きいですね」

「ボールも、跳ね方が大きい気がします」

「なんか、走った感覚も、外と全然違うんですね」


 みな口々に感想を述べた。


「そうだね。試合は晴れたら外でやるけど、雨天の場合は体育館になることもあるから、どちらの感覚も覚えておいた方がいいんだよね。まあ、でも、基本は屋外のコートなんだけど」

「今日は雨ですものね」

「最近多いよね。梅雨にはまだ早いと思うんだけどなあ」


 紫苑が部長を務める硬式テニス部の現在の部員は七名だ。三年生は紫苑のみであり、二年生と一年生が三人ずつである。

 そのうち、副部長である二年生の深山(みやま)沙織(さおり)は、春の選抜大会で利き手を骨折して今も通院中だ。時折部活をのぞきにはきているが、練習に参加することはできない。そして、もう一人、沙織以上に部活に顔を出していないのが、二年生の木場(こば)愛羅(あいら)だった。もともとやる気の乏しい部員だったが、春の選抜大会以降はことさらに部活に出てこなくなってしまった。

 紫苑も体操服に着替えると、ウォーミングアップに取りかかる。


『ここにいる子たちは、みんな頑張ってる。でも、だめ……。全然、足りないの……』


「……部長?」


 アキレス腱を伸ばしながら見つめてくる紫苑の視線が気になったのか、一年生の一人が素振りの手を止めて首を傾げた。


「あ、ごめん。何でもない!」


 紫苑がそう言うと、一年生は素振りの練習へと戻っていく。

 この三人の一年生の存在も、紫苑を悩ます要因のひとつとなっていた。

 とはいえ、一年生に問題などはない。彼女たちは、みんな真面目で練習熱心で、いい子たちが入ってきてくれたと思ったのも事実なのだ。

 ただ、彼女たちは、硬式であれ軟式であれ、テニス自体の経験がない。全員が、まったくの初心者だったのだ。

 しかし、普段なら、そんなことは問題ないと思えただろう。せめて、沙織が万全な状態でいてくれさえすれば……。


「紫苑先輩」


 声をかけられて振り向くと、二年生の早瀬(はやせ)七海(ななみ)が深刻そうな面持ちで見つめてくる。


「なに?」


 『もしかして、私、強張った顔してたかな』などと思いながらもつとめて明るく返したのだが、


「見つかりました?」


と直球で尋ねられ、努力も虚しく表情が固まるのがわかった。


「……」


 ただ、首を横に振ることしかできない。

 紫苑は、三年生だ。夏のインターハイが終われば硬式テニス部を引退することになる。


 高校生最後の大会。

 出場するからには、優勝を目指したい。

 ――それが、紫苑の切実なる願いだった。


 夏のインターハイの団体戦は、ダブルス一組、シングルス二組で競われる。だから、団体戦に出るには、少なくともそれなりに実力のある四人が必要なのだ。

 今、試合に出られる実力を持っているのは、部長である紫苑と二年生の七海だけ。愛羅にも実力はあると思う。けれども、実力以前に、愛羅は練習に顔を出さないのが問題なのだ。怪我をしている副部長の沙織はドクターストップがかかっているし、初心者の一年生たちにポイントをとることは期待できない。


『最悪、一年生をシングルで出してポイントを落としたとしても、確実に決めてくれる経験者があと一人ほしい……!』


 ぎりりと奥歯を噛みしめた時、ふうっと息を抜くように笑う声が鼓膜を震わせた。


「優勝、したいですよね。やっぱり」

「……え?」

「じゃあ、声をかけてみますね」


 七海はそう言うと、まるで薫風が吹き抜けたあとのような、爽やかな笑顔を紫苑に向けたのだった。

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