序章
「……っ、沙織!」
全国選抜高校テニス大会が開催されている中、あるコート内が一時騒然とした。
あと一ポイントで試合終了を控えたデュース五回目の大接戦。アドバンテージサーバーで迎えたサーブをサービスラインぎりぎりに決めたが、相手側もさすがに食らいついてくる。打ち返してきた。そこからラリーが続く。
『もう、早く終わらせて……』
苦しい息を吐きながら、思った。
相手側が打ったスマッシュが、ペアを組んでいた沙織側に落ちる。
ワンバウンドした球は――高い。それに、距離が離れすぎている。それでも、沙織は諦めなかった。必死で球に食らいつく。
一瞬、沙織が滑ったように見えた。体が、転ぶ時のような前のめりの体勢になる。そのまま、ラケットを振りかざし、腰を捻りながら全力で振り抜いたのだ。
球は、綺麗な放物線を描きながら、ネットすれすれに……相手のコート内に――落ちた。
「ゲームセット! マッチウォンバイ秋月・深山ペア。五ゲームトュー三!」
周りから歓声が上がった。しかし、コート内は静かだ。相手側は、肩を抱き合いながら涙を流している。そして、こちら側は……。
「……っ、沙織!」
転んだまま起き上がろうとしない沙織のもとへ駆けつける。沙織が、手首を押さえていた。額には大粒の汗が浮かび、眉間には深いしわが刻まれている。
「沙織、どうしたの? 手を痛めたの?」
答えることができないのか、沙織はただこくこくとうなずくだけだった。そこで異変に気付いたのか、大会側のスタッフが何人か集まってきて、沙織を救護室に運んで行った。その後、救護室だけでは処置ができないと判断されたのか、スタッフの車で病院に向かったと顧問から聞かされた。
こうして、春の選抜は幕を下ろした。
利き手を負傷しながらも決めてくれた沙織のおかげで、三対二の成績で決勝戦をなんとか突破することができたのだ。
次は、全国――。
目指すのは、夏のインターハイで優勝することだ……!