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千年戦争  作者: 温泉郷
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六戦目:お仕置き

一バル……約一・二メートル

「条件をのんでくださるならば、食糧や水の他に、わたしたちの村の宝も差し上げます」

 ワイルはそう言うと、三人の反応を待った。


「……わかりました。なんでも言ってください」

 ロイは一呼吸分間をあけると、そう答えた。


「ありがとうございます! ではさっそく本題に入ります。お気づきかもしれませんが、この村の風車は回っていません。というのも、風のオーブと呼ばれる、秘宝が盗まれて、風が吹かなくなったからなのです」


「風のオーブ?」

 グレイたち三人の声がきれいに重なる。


「ええ、魔力のこもった緑色のオーブで、それがあったからこそこの地域には良い風が吹いていたのです。しかし、それがつい先日盗まれてしまいました」


「盗まれたって……、誰に?」

 グレイは間髪入れずにその言葉を出した。帝国内の治安はかなり良く、犯罪を犯す者はなかなかいない。


「それがよく分からないのです。三日前、いつもより風が強い日にそいつは現れました。黒いローブを上から被っていて、顔は見えませんでした。そいつがわたしの家からオーブを奪っていったのです……」

 ワイルは拳をギュッと握り込んだ。


「奪われたって、抵抗はしなかったんですか?」

 エリィが不思議そうな顔を浮かべながらワイルの顔を見つめた。


「そりゃあしましたよ! あれはわたしたちの宝で、命ですからね! ですがアイツが手をかざして何かを呟くと人が壁に叩きつけられるのです! 一人がやられると、他の者は恐怖で一歩も動けませんでした……! 風車が回らなければわたしたちは生活もままなりません! どうかお願いします!」


 ワイルは小さな目に涙を浮かべ、ブルブルと体を震わせながら話した。


「……分かった。ロイとエリィは準備してくれ。ワイルさん、ちょっと……」

 グレイはロイとエリィに手で合図をすると、ワイルと共にその場を離れ、ぼそぼそと会話した。


「よし行こう! オーブを奪ったヤツは川沿いを北に向かったらしい。俺たちも北に向かうぞ! なにか手がかりが見つかるかもしれないからな! ほら早く!」

 ロイとエリィが準備し終わったのを見ると、グレイは張り切って言った。その顔は笑みを必死に堪えている。


「ねえロイ……」

 それを怪しいと感じ取ったエリィは、ひそひそとロイに話しかける。


「うん、何かあるね……。まあ付き合いは長いし、なんとなく想像はつくけど」

 二人はグレイには聞こえない音量でささやき合った。

 村の中では村人たちが不安そうな声を吐いていた。


「村長! なぜあんな子供たちを行かせたのですか? 無理に決まっているじゃないですか!」

 ワイルは落ち着いた声で質問に答える。


「そんなことを言っている場合じゃないだろう。あれが無くては我々は暮らせんのだぞ? 次に旅人が来るのはいつか分からん。それに彼らがもし失敗して死んだとしても、我々に損はないだろう?」

 ワイルはいとも簡単にそう言ってみせた。納得したのか、それきり村人は皆黙った。彼らに多少の罪悪感はあったものの、自らの命より優先するものはなかった。 

 太陽が真上を通り過ぎた頃、三人は川沿いを北に向かって出発した。夏の訪れを感じさせる強い日差しを浴びるだけで体力はどんどん奪われていく。エリィは出発当初から暑いだのなんだのとわめき、我慢強いロイでさえあまりの暑さに泣き言を多少は口にしていた。

 しかし普段は文句ばかり言っているグレイは、文句一つ言わずに黙々と歩き続けている。

 風景は変わり映えもなく緑が続き、そのせいもあってか三人に疲労感は溜まっていった。川には魚が見られだし、また産卵をするために川にやって来た多くの昆虫が空を自由に駆け回っている。

 三時間ほど休まずに歩き続けると、背の高い針葉樹が多く生えている場所が見えてきた。川はその中に続いており、三人は川を追っていく。木陰に入ったため急にひんやりと涼しくなり、汗をかいた体には寒く感じられるほどだった。

 泉のほとりには丸太で組まれた小屋が立っていて、人の存在を感じさせる。


「あの小屋の住民に話を聞いてみるか」

 グレイはその小屋の前に立ち、ドアを二回ノックした。中からは人の気配はしない。それでも何回かノックを続けていると、突然強い風が吹き始めてきた。


(風……? 風といえば……)

 エリィは風が吹いてきた背後を振り返った。するとそこには黒いローブを被った人物が立っていた。体格はかなり小柄で、ローブは裾が土でかなり汚れている。


「誰だ? 何のようだ?」

 その声は高めで、静かなその場によく響いている。


(まさかコイツが……? しかしこの声は……)


「なあ、風のオーブって……、知ってるか?」

 グレイはいつでも剣を抜けるように構えた。


「そうかお前たち、アレを狙って来たのか……。ならば!」

 そう言うと手のひらをエリィに向け、聞いたこともない言葉を口から発し始めた。


「イアロ!」

 辺り一帯に大声が響き渡り、エリィの体を爆風が襲った。


「キャア!」

 エリィの体は五バルも後方に吹き飛ばされた。彼女は意識がないのか、うつ伏せに倒れたまま動かない。


「エリィ! くそっ! ロイ、やるぞ!」

 グレイは鞘から剣をスラリと抜いた。エリィに危害を加えた相手に対して怒りの感情しか頭になくなったロイは、返事もせず、怒りの形相を浮かべて槍で薙払った。黒いローブは槍の先に引っかかり、その人物の姿を露わにする。


「……え?」

 ロイは自分が槍を向けている相手を見てあ然とした。

 ローブが無くなったその人物は、まだあどけない少女の姿だったからである。服はボロボロの白い布切れだが、髪は輝いているかのような美しい金髪が腰のあたりまで伸びている。緑あふれるその場所ではその存在はきわめて異質で、まるで触れることのできない花のように、凛として立っている。その長い前髪の間からは大きな目が見えていて、噛みつくかのように二人を睨みつけていた。そしてその少女はグレイとロイがボーっとしているうちに再び距離をとった。


「ガキ……?」

 グレイはまるでその少女に質問するかのように口を開いた。


「ガキじゃない!」

 苛立った声でそういきりたつと、その少女は手をグレイに向けてまた何かブツブツとつぶやきだした。少女と二人の間には少し距離があり、すぐには間合いを詰めれそうにない。


「グレイ! 僕の後ろに続いてくれ!」

 突然ロイがそう叫び、グレイと少女の間に入り、少女に向かって走り出した。グレイは言われた通りロイの後ろに続いて走りだす。


「イアロ!」

 少女がその言葉を発すると、またもや爆風が吹き荒れ、ロイの体を襲った。

 後ろに吹き飛ぶロイの体を左に移動して避け、グレイは少女との間合いを詰めた。ロイが風避けになったためグレイには風の影響は微塵もなかった。

 グレイは黒い鞘を持ち、戸惑っている少女の眉間に軽く振り下ろした。少し鈍い音がしたが、少女はフラついただけで、意識は失っていなかった。グレイはその隙に鞘を捨て、少女の腰に背中側から手を回してヒョイと持ち上げた。少女は地面と向かい合っており、その小さな尻はグレイに見下ろされている。


「さて、ここからはお仕置きタイムだ。昔っから悪さする子供にはこれって決まってるからな!」

 少女はじたばたと動くが、グレイはがっちりと左わきに挟み込んで離さない。

 グレイは右手に力を込め、少女のお尻に平手を叩きこんだ。何度も何度も、自分の手が痛くなるまで叩いた。もちろんそれなりに手加減はしているが、少女が耐えれるものではなかった。


「痛い痛い! やめろよ! やめて! もうやらないから!」

 少女は泣きわめいていたが、グレイの尻たたきが終わると、放心状態になってその場にへたり込んだ。グレイの攻撃は少女の身体にも心にも大きな痛みを与えたのである。


「いやー懐かしいな! 俺もよくばーちゃんにやられたもんだ! ……まあ俺の場合は女の子を追いかけ回したり、村の連中に悪戯したりしたせいだけど」

 グレイは顔をしかめ、赤くなった右手をプルプルと振った。


「おいガキ! 二度と悪さすんじゃねーぞ! 今度やったらそんなモンじゃすまさねえからな!」

 グレイは放心状態の少女に向かってそう言い放つと、エリィとロイの方へ駆け寄った。二人とも起き上がっていて、ぽかんとした表情でグレイを見ている。


「カタはついたぞ。あのガキには俺がしっかりお仕置きしといたからな!」

 グレイはさわやかに笑うと、二人に向かってグッと親指を立てて見せた。

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