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千年戦争  作者: 温泉郷
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五戦目:“風車の村”ウィングリバー

 ナミジ村は王都の南東に位置している。王都の東と南一帯は険しい山脈が広がっているため、人の足ではとても越えることはできない。

 三人は西からぐるっと迂回して王都を目指す。連合国軍が今にも攻め込んでくるかもしれないので時間はないが、王都への道は険しく遠い。

 グレイとロイ、それにエリィは一晩だけの野宿には慣れていたものの、何泊も野宿をするのには慣れていなかった。家の柔らかなベッドで寝るのとは違うため、夜中に何度も目が覚めてしまい、なかなか疲れは抜けない。それでも、夜に見上げた夜空の美しさは格別で、まるで無限にあるかのような星の輝きは、彼らの胸を満足感でいっぱいにした。

 お世辞にも旨いとは言えない保存食の味にも慣れ始め、三人が故郷のナミジ村を出発してから三日目になった。ウィングリバーまではあと少しである。

 見渡す限りに緑と色鮮やかな花々が広がり、三人は気分良く足を交互に前に出していく。肺いっぱいに空気を吸い込む度、旅への活力が心の奥底から湧き出てくるのを三人は感じていた。


「ねえグレイ、そろそろあなたの旅の目的を教えてくれてもいいんじゃない? もちろん、村の人たちや帝国のためなんて言わないわよね?」

 エリィは唐突に口を開いた。ロイもそれには興味があったため、ジッとグレイの顔を見つめている。二人はグレイが人助けのためだけにこのような旅をするなどとは考えられなかった。


「さすがだなエリィ。そろそろその疑問に答えてやろう」

 グレイは口元をゆるめ、続けた。


「俺たちももう十七歳だろ? 来年は兵役が待ってる。いつ帰れるのかは分からない。たしかに手柄をたてれば早く帰れるという噂もある。だがもし、想像するのも恐ろしいが、もし中年になって帰って来た時は……、おそらく一生独り身だ。俺は、それだけはなんとか避けたい! 言ってる意味、わかるよな?」

 エリィとロイは口をあんぐりと開けたままだ。


「あんたまさか……」


「そう! これは俺の花嫁探しの旅だ! できれば可愛くて巨乳で、なおかつ優しくて巨乳な子がいい!」

 言い終わるとグレイは腕を勢いよく振り上げた。完全に一人で盛り上がっている。


「前々から馬鹿だとは思っていたけど、ここまでの馬鹿だったなんて……」

 エリィは大きなため息をついた。


「村にはいい子がいなかったの?」

 ロイが不思議そうな顔をしている。


「うん、いいところに気がついたね、ロイ君。それも考えたんだが、いろいろなことをしすぎたせいか、もう誰も俺のことなんて相手にしてくれねえんだよ……。そりゃロイはいいよな! 女の子にいっつも人気があってさ! この前も告白されてただろ!」

  ロイは照れ隠しに長い髪をかきあげた。ロイは文武両道で、おまけに顔も性格も良いため、グレイとは違い、ナミジ村の女の子たちからは大人気だった。しかしロイは告白されてもすべて断り続けていて、それもグレイが嫉妬する理由の一つである。


「だから俺はこの旅の間に必ず花嫁候補を見つける!」


「はいはい。それでロイ、ウィングリバーまでどのくらいなの?」

 エリィは気をとりなおして、真面目な顔になる。


「えーっと……、このままのペースだと約三時間で着くはずだよ」

 ロイは地図から目を離さずに返答した。


「そういえば、ウィングリバーってどんなところなの?」

 エリィはロイに質問を投げかけた。博識なロイなら何か知っていると思ったからだ。


「ちょっと待って……」

 ロイは大きなリュックから古ぼけた一冊の本を引っぱり出した。それは古い、というより、ロイが何度も何度も繰り返し読んだため、ぼろぼろになったと言える。そして本の黒い表紙にはかすれた文字で著者の名前が刻まれていた。


「オー……ラン……ド?」

 グレイは目を細めながら表紙に書いてある文字を読み上げた。


「そう、伝説の詩人オーランドだよ。世界中を旅したって云われてるんだ! この本は彼の旅行記みたいなもので、必要だと思って持ってきたんだ」

 ロイは目を輝かせながら話した。ロイは本を読むのが好きで、役にたちそうな本は何冊か彼のリュックの中に入っている。


「この本によると……、『彼らは風を愛し、風は彼らを愛する。風は彼らの命。風車は回る。今日も回る。彼らの命を乗せて……。』と書いてあるから……、まあ風車がある村ってことかな……?」

 ロイは自信がない様子だ。所詮本のため、信憑性は低いと感じたのだろう。


「そんなボロっちい本が役に立つのか怪しいもんだけどな」

 三人は途中で三十分の休憩をはさんだ以外は足を止めなかった。三人とも疲れているが、早くウィングリバーに着きたいという気持ちが現れている。

 三人がなおも歩き続けると、草原の向こうに小さな点が見えてきた。三人がそれに近づくにつれ、点は増えていった。やがてその点の正体が明らかになってくる。

 その点の正体は、形自体には何の変哲もない風車だった。しかし普通の村にある風車とは大きさがまるで違う。下に立つと風車の一番上が見えないほどである。


「でっけーなー!」

 グレイはなんとも陳腐な言葉を口にしたが、それも無理はない。それほどその風車には圧倒的な存在感があった。

 しかし三人はその風車がどこかおかしいことに気がついた。その風車はピクリとも動いていないのである。


「ねえあれって……、動いてないよね?」

 エリィは不安そうな顔を浮かべて風車を指さしている。

 グレイとロイは同時にコクリと頷いた。村の中には川が北から南に流れていて、家や風車が川をはさむように建ち並んでいる。

 村の中に入ると違和感はさらに大きくなった。風がいっさい吹いていない。そして風がまったくないという不気味さは、なぜか彼らの額に流れる汗を冷たくした。

 三人はそれまで意識していなかったから分からなかったが、ずっと前から風は吹いていなかった。

 耳をすますと、村の奥からざわめきが聞こえてきた。

 村の中央にあるひときわ大きな風車の下に百人ほどの村人が集まり、口々になにかを言い合っている。


「あのー……」

 ロイが複雑な表情をしながら近づいていき、村人の集団にその言葉を放り込んだが、彼らはロイの姿などまったく見えていないかのように反応がなかった。


「あのさあ!」

 それにイラっとしたグレイが大きな声を出すと、村人はいっせいにぐるりとふり返った。不気味な光景である。


「あなた達は……もしや旅の方ですか?」

 村人たちをかきわけて、立派なあごひげをたくわえた中年の男が現れた。


「失礼。わたしはこの村の村長のワイルと申しますが、あなた達は旅人の方ですか?」

 ワイルはその深い彫りのある顔に似合わない、きらきらとした瞳でグレイたちを見つめる。


「ええ、わたしたちは王都に行こうと思っていましたが、食糧などの補給のためにこの村に立ち寄ったんです。できれば食糧や水を分けていただきたいのですが……」

 エリィはワイルの質問に淡々と答え、自分の要求も伝えた。

 エリィの返答を聞くとワイルの顔が嬉しそうな表情になった。


「そうですか! やはり! いやいや、食糧などいくらでも持っていってください!」


(怪しい……!)

 ロイたちの頭には同じ思いが浮かんだ。


「オイオイ、このオッサン怪しすぎるぞ!」


「うん……」


「わたしもそう思う」

 三人はささやき合った。


「ですが一つ条件がありまして……」


(きた……! 一つ条件! ロクなことじゃないだろうな……)

 三人の頭にはまたも同じ考えが浮かんだ。


「いやあのすいません。俺たち時間がないんで……」

 グレイがその言葉を口にすると、みるみるうちにワイルの顔は冷たくなっていった。 


「そうですか……。ならば仕方ありませんね。しっかりお金を払っていただきます」


「お金? ……そういえば……」

 グレイがポケットの中を両手で探ると、チャリンチャリンという硬貨がぶつかり合う金属音がした。ポケットの中にはマリアから貰った肝心の小袋があるはずだが、どこを探しても見当たらない。リュックの中もすべて引っ張り出してくまなく探したが、それでも小袋は見つからなかった。

 嫌な汗が目に入り、グレイは目を腕でぬぐうと、ロイとエリィを不安げな表情で見つめた。二人は額に汗をため、うつむきながら首を横にプルプルと振る。

 すべてを悟った三人は、諦めたようにがっくりと肩を落とした。

 草原には、三人に忘れさられた小袋がぽつりと、横たわっていた。

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