四戦目:旅立ち
ロイは気絶している兵士を皆ロープでキツく縛りあげると、エリィと一緒に老人たちを解放した。
老人たちは口々にロイたちを褒め称え、そして神への感謝の言葉を述べる。
グレイはようやく目を覚まし、股間に手をあててピョンピョンと跳ね回っている。
「今回こそはやべえぞ、エリィ! ねえロイ! コレちょっと診てくれ! ねえ血ィ出てない?」
「平気だよ。それだけ喋れるならね」
エリィは完全に無視していて、ロイも老人たちの解放で忙しいためグレイをチラリとも見ていない。
「フンッ! まさか俺がやられるとはな……」
グレイが声のする方に振り向くと、先ほどの上官の兵士が目を覚ましていた。縛られているものの、どこか余裕がみられる。捕まったものの、自分が殺されるわけはないと、高を括っている。
「カッコつけてんじゃねーよ。あんた自分が今置かれてる状況分かってる?」
その余裕が気に食わなかったのか、グレイは食ってかかり始める。
「十分にな。だが、お前らに人を殺すことはできまい」
兵士は気味の悪い笑顔を顔に浮かべた。この男には余裕があった。自分が人を殺したことがあるからこそ、このようなことが言えるのである。
「たしかにそんな重いもの背負うにはちょっと若すぎるな。でも、拷問はできるぜ? お前たちにはいろいろと聞きたいことがある」
「拷問だと? 軍人をナメるな! そんなことで口を割ると思っているのか!」
グレイはそれを聞くと、やれやれといった様子でため息をついた。
「俺が死因として一番最悪だと思うものを教えてやるよ。それは、笑い死に、だ。あ、それともう一つ教えてやる。俺は他人を責めるのが大好きなんだよ。あんた、後悔するだろうよ」
グレイの顔に悪魔のような笑みが浮かんだ。その後グレイは兵士を近くにあった倉庫の中に引きずっていった。少しした後、倉庫が壊れそうなほどの大きな笑い声が聞こえてきた。
爆発のような笑い声が響くなか、ロイもエリィも、そして気がついた若い兵士たちも皆、中で行われているであろう惨劇を想像し、青ざめた。
そして、スッキリとした顔つきのグレイが倉庫から出てきた。じつに晴れやかな笑顔だった。
「いろいろ聞けたぞー! あんだけ追いこめば嘘つく余裕もないだろうから多分全部本当だ」
ロイは苦笑いを浮かべ、グレイを敵にすべきではないことを再認識した。グレイも基本的には優しい男であるが、いったん敵と認識した者には非情になれる。以前旅人がエリィに手を出していた時も、その旅人をひどい目に遭わせたことがあった。
「まず、今回こちらまで来た兵士の数は五十人で、今回はただの偵察だそうだ。たまたま小さな村があったから襲ったらしい。ヤツらは東の海上に新たな進行ルートを発見したため、そこが使えると分かればすぐに攻めこんで来るだろう。といっても、軍隊を動かすんだ。奴らが動くのに時間はかかるだろうな。……そしてここは辺境の村だが、ここから攻められれば王都は背後を突かれることになる。それはマズいよな……」
グレイは自らの推測も含め、淡々と説明した。ロイとエリィはその説明を目を丸くしながら聞いていた。
「じゃあ、このことを王様に報せないと! すぐにでも連合国の兵士が攻めてくるかもしれないよ!」
ハッと我に返ったロイが反射的に口にした。近くの町などにも治安維持のための兵士がいるにはいるが、ロイたちの話をまじめに聞いてくれることはなさそうだった。それは、基本的に戦場はこの大陸の北側で起こっていて、敵国の兵士がいきなりこんな所にくることなど、あるはずがなかったからである。
「でも、あたし達が言うことなんていちいち王様が気にしてくれるの? 相手にされないんじゃあ……」
ロイの発言を聞いたエリィが当然の質問をした。
「それなら今の英雄、バルドに話してみてはどうじゃ?」
しばらく耳を傾けていたマリアが突然口を開いた。
「バルド様に?」
エリィはすぐさま聞き返す。バルドとは帝国の英雄として崇められていて、エリィたちからすれば雲の上の存在である。
「あやつはこの村、ナミジ村の出身じゃ。それにわたしの教え子でもあるからね。王都の城でこの村とわたしの名前を出せば、きっと取り合ってもらえるはずじゃ」
「バルド様に言えば、連れ去られた人たちを連れ戻してくれるのかな? 母さんを連れ戻してくれるのかな……?」
エリィは寂しそうな表情を浮かべた。
「そればかりは分からんが、言ってみる価値はあるじゃろう。とにかく、バルドに会うには王都に行くのが一番確実じゃ」
しばらくの間静かに聞いていたグレイが突然口を開く。
「……じゃあ俺が王都へ行くよ。それ以外ねえだろ? ここにいるのは老人ばっかしだしな。……多分、連合国の奴らが準備して攻めてくるまではおそらく二、三カ月はかかるだろう。とは言ってもあくまで普通の場合は、だ。ぐずぐずしてる時間はないな」
もっともらしいことを言ってはいたが、それは普段のグレイを知っているエリィやロイには到底信じられない言葉だった。
「ふーん……。アンタがこんなこと進んでやろうなんて、何か裏がありそうね。まあいいわ、わたしも行く」
「あっ、僕も行くよ!」
エリィとロイは待ってましたと言わんばかりだ。
「当然だろ! 俺一人じゃつまんねえよ」
グレイは二人がそう言うのを知ってたかのように落ち着き払っていた。
「決まりじゃな。では、しっかりと準備をして行きなさい。我々は隣村へ行って面倒をみてもらうよ。この兵士たちも連れて行く」
マリアは杖で兵士たちをつつきながら言った。
「ばーちゃん大丈夫か? 盗賊とかが出るかもしれないぞ?」
「ナメるんじゃないよ。ここにいる皆は全員兵士を引退した者たちだ。そこいらの奴らにやられるほどヤワじゃないさ」
マリアは杖をヒュンヒュンッと振り回して笑っている。
「だそうだから、俺たちは準備して行くとするか!」
三人は旅の支度を整えるために各々の家へと戻っていった。
グレイは日持ちの良い食料や、旅人の命とも言える水をリュックの中にパンパンにつめこんだ。その他ろうそくやロープなどもリュックに適当に入れていった。
「よし、こんなモンかな……」
グレイは鉄製の胸当てと肩当てを身につけると、大きなリュックを背負い、壁に立て掛けてある剣を腰に差して、家の外へ出た。
「遅い! 男のくせに準備が遅いのよ!」
エリィは待ちくたびれた様子でドアの前に立っていた。
エリィとロイはグレイと同じように大きなリュックを背負っている。グレイと違うのは、彼らがナミジ村で皆が着ている薄い水色の服を着ているだけで、防具類は一切身につけていない点だ。そしてエリィは武器のような物は持っていないが、ロイは連合国軍の兵士が持っていた槍を右手に握っている。それは少し削ってあり、使いやすい長さにしてある。
「ロイ、それって……」
グレイはロイの持っていた槍を指差した。
「ああ、なかなか良い作りだからね。使わせてもらおうかなって」
「ふーん……。ま、いいか。そんでロイ、最初に行くべき所はどこなんだ?」
「まずはウィングリバーっていう村を目指そう。ここからなら歩いて三日ってところかな。王都まではまだまだ距離があるし、そこでまたいろいろ補給しなきゃ、もたないよ」
ロイは地図を広げて難しそうな顔をしながら言った。
「わかった。じゃ、行くか! ばーちゃん、行ってくるよ!」
「ああ、気を付けてな。……あ、そうじゃ、少しだが、このお金を持って行きなさい」
マリアは小袋に入ったお金をグレイに渡した。
「ほんとに少しだな……」
小声でそう呟くグレイのこめかみににエリィの平手が飛んでくる。
「あ、ありがとう! 大切にするよ。それじゃ、いってくる。ばあちゃん、体に気をつけてな」
はたかれたこめかみを押さえながら、グレイはにっこりと笑っているマリアに向かって手を振った。
村人からの応援を背中に受けながら、三人は並んで同時に村の外への一歩を踏み出した。