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千年戦争  作者: 温泉郷
32/35

三十一戦目:オーランド

 北の大陸の中心地、そこには昼間でも日の光が届かず、年中薄暗い、深い深い樹海が広がっている。一旦中に入ると、不気味な鳥の鳴き声が響き渡り続け、さらに変わり映えのしない景色が続くため、ほとんどの者は気を狂わせたのちに、死ぬ。ある者は自ら命を絶ち、またある者は猛獣にその身を喰われて。

 そもそもそこに入って行くものが少ないのだが、人の噂とは不思議なもので、時折、この樹海の奥に一生遊んで暮らせる程の財宝が埋まっているという根も葉もない話が湧き出るのだ。

 人々はその話に飛びつき、樹海へと入って行くが、出てきた者は誰一人としていない。

 また、噂はそれだけではなく、例えば、樹海の奥には神がいて、そこまでたどり着ければ願い事を何でも叶えてくれる、といった現実味のない話もある。

 とにかく、そういった話は定期的に浮かび上がり、疲弊していく北の民の心を捕らえて離さない時期もあった。

 死へと手招きするように枝を垂れさせる、深い緑を携えた樹々の間を抜け、一度沈むと二度と浮かび上がれないと言われる灰色に濁った沼もこえて行くと、山の斜面の途中にぽっかりと口を開けた洞穴が姿を現す。ここまでたどり着いたことだけでも奇跡ではあるが、さらに奥へと進むと、自分の手足すらまともに見えなくなる程の暗闇が広がる。

 一歩洞窟へと脚を踏み入れると、そこからは果てしなく広がる地下への螺旋状の階段が存在する。誰が作ったのかは誰にも分からないが、自然にできあがるようなものではないことは確かである。その中ではひたすら無音が支配しており、肌を撫でる微風すらも吹かない。

 気の遠くなるほど長い時間を、自分がなぜ下へと降りて行くのか分からなくなるほど降り続けると、目の前には巨大な石造りの門が広がる。

 この大地に歴史というものが生み出されてから、ここまでたどり着いた者は、ただ一人である。



 目もくらむ様な光に包まれたかと思うと、次の瞬間グレイたちはひんやりとした石床の上にうつぶせになっていた。


「うっ……」

 鈍く痛む頭を押さえながらグレイが立ち上がる。

(ここは……?)

 辺りを見回すと、そこは薄暗い広間のようである。巨大な柱がいくつも上から床を貫いている。その柱一本一本からは不気味な緑色の光が溢れ出しており、暗い空間を淡く照らし出している。


「エリィ、ロイ、大丈夫か?」

 二人ともグレイと同じく頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。二人ともぼうっとした表情を浮かべながら、辺りをうかがっている。ここがどこなのか、皆目見当もつかない。


「ええ……。ここはいったいどこなの?」

 エリィはじっとグレイを見つめるが、当然グレイに分かるはずもない。グレイはけわしい表情のまま、広間の奥、柱から漏れだす明かりのとどかない暗闇の先を見据えていた。何か生き物がいる気配を感じたからだ。人であって、人ではないような、そんな気配を。


「やっと会えたな、グレイ……。さあ、こちらへ来い」

 それは静かで、かすれたような声であるのに、グレイたちの耳には滑らかに入り込んでくる。

 グレイにはその声に聞き覚えがあった。そしてそれを思い出すのにさほど時間はかからなかった。

(夢の中の声だ……!)

 何度か夢の中で聞いた、あの声の主に違いない。そう断定すると、次にはなぜ、という疑問が溢れてくる。

 その疑問の答えを求める衝動を抑えきれず、グレイはその声のする方へゆっくりと進み始める。ロイとエリィも戸惑いながらもそれに続いた。

 グレイが近づくのを見計らったかのように、ぱっと彼の目の前に光が上から射し込んだ。その光が、自分が抱いている疑問の答えを持つ男を照らし出す。グレイは心臓がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

 光に照らし出されたのは、グレイにはまったく見覚えのない、老人の姿だった。ほんの少し灰色をのこした白髪を肩まで伸ばし、額にしわを深く刻んだまま、玉座のようなものに深く腰掛けている。見た目は老人だが、なぜかその姿はグレイの体に警戒を促していた。目の前にいるだけで、まるでのしかかられるような圧迫感を感じていた。

「おかえり、と言った方が正しいか……。やっと帰ってきたな、グレイ……」

 その老人は頬杖をつき、注意深く見ていなければ見逃してしまう程小さく頬の緊張を緩めた。


「どういう意味だ」

 グレイは少し声を荒らげた。


「そのままの意味だよ、グレイ。お前は、……ここで生まれたのだよ……。信じられないだろうな。しかしお前がどう思おうが、それは変えようのない、事実だ……。お前はここで生まれた。それも、私の手によってな……」

 激しい衝撃がグレイの体を直撃した。気になっていた自分の出生、それをこうも軽々と告げられてはそれも仕方がなかった。それでも完全に信じたわけではない。しかし、動揺は隠しきれない。


「そんなこと、信じられるわけないだろ! いきなり言われたって、俺の何かが変わるわけじゃない! ……いいから、俺の願いを叶えろよ!」

 グレイは荒々しく叫んだ。その声が巨大な広間に長く響き渡る。


「やはりお前はこれまでの者たちと少し……、だが、大きく違うようだな。ではなぜ、お前はここに来れたと思うね? まだ魔法の力を手に入れてすらないお前が、なぜここに来れたのか……。それが証明にはならないかね? お前が普通の人間とは違うことの……。とにかく少し待て、グレイ。すべて聞いてからでも遅くはないだろう? なぜ、という疑問がいろいろとお前の中で渦巻いているはずだ……」

 それを聞いたグレイは歯を食いしばっていた力をゆるめ、目で話すよう促した。

 男はふっと少し表情を柔らかくした。


「さて、何から話そうか……。ああ、最初に自己紹介をしよう。私の昔の名は……、オーランド。オーランド、と呼ばれていた。昔の話だがね……。そっちの——ええと、ロイ、だったか。私の本を読んでくれたようだね……。あれは私が、私だけが書いたものだよ」

 ロイは驚愕の表情を浮かべた。自分のことを知っているということも驚いた理由ではあったが、それよりも、今目の前にしている男がオーランドだということが何よりも信じられないことだった。


「そんな……! そんなはずはない! オーランドが一人の人間であるはずがない!」

 その声に驚き、エリィの口から疑問がついて出る。


「どういうこと? ロイの本のことと何か関係があるの?」


「僕が持っていたあの本、あの本が書かれたのは、多分百年……、いやおそらくもっと前からなんだ。それに、かなり最近のことも書かれている。数百年も生きる人間なんているはずがないだろう? だから僕は、あの本はオーランドの名を継いでいった者たちが書き続けていったものだと思っていたんだ。それなのに……。今この目の前にいる人物がただ一人のオーランドの名を持つ者だとすると……」

 ロイはきっと目の前の男を睨みつける。大きな不安感を抱かずにはいられなかった。


「人間ではない……。そういうことになるな。何百年も生き続ける人間などいるはずがないからね。……しかし、些細なことだよ、私にとってはね。……さて、それも含めて、話すとしよう」

 頬杖をつくのをやめると、オーランドは肘掛けに腕を置いた。


「今から数百年前にもなるか、……私はほどほどに名の売れた詩人だった。妻は早くに死んだが、私には愛すべき娘がいた……。さほど裕福ではなかったが、あの頃は良かった。しかし、馬鹿な人間どものせいで娘は……」

 オーランドが感情を押し殺していることは、グレイには充分感じられた。その声を聞いていると、理由は分からないがなぜかもの悲しい心持ちになる。エリィもその話を聞いて複雑そうな表情を浮かべている。


「ああ、同情はいらない。今となっては、どうでもいいことだ。むしろ、それがあったからこそ今の私がある。……とにかく私は、探し求め始めた」


「何をだ?」

 グレイは思ったままの疑問を口にする。それとともに、何か胸騒ぎがし始めているのを感じていた。

 オーランドは口元をゆっくりと緩めた。その場に居るグレイたちは背中を撫でられるような気持ち悪さを感じた。


「すべてだよ……。お前たちに分かるように簡単に言えば、……力と、知識だ。私は旅をしながら探し求めた。そして遂にたどり着いた場所が……ここだ。そして私はすべてを手に入れたのだ……。ある御方の力によってね」


「それが、死人を生き返らせる方法なのか?」

 ロイとエリィは驚いてグレイを見やる。まさかそのようなことのためにここまで来たとは思ってもみなかったからである。

 ロイは本の中に書いてあったある内容を思い出していた。それは暗号のように書かれており、使ってはならないことが直感的に分かるような魔法の一種であった。

 エリィも、自分の力について考えた。癒しの力、それは珍しい能力の一つであり、生きている者を癒すことですら大きな『力』が必要になっている。力とは、あるいは生命力と言い換えてもいい。実際癒しの力を使うと、エリィはいつも倒れそうな程の疲労感を覚える。しかしそれが、もし死んだ者を生き返らせるとなると、いったいどれほどの生命力が必要なのかは想像もつかない。十や百といった単位では決して叶うことはないだろう。


「その通り。確かに死人を生き返らせる方法は存在し、私はお前のためにそれを使ってやることもできる。しかしそれにはまず、君の力をみせてもらわなければならない……。実際に生き返らせることは、現時点ではできないのだ。しかし、お前に私が求めるほどの力があるのなら、それは限りなく近い将来叶うだろう。さあ、私に一太刀いれてみろ。そうすれば、今度こそすべてを話してやろう。すべてをな……」

 オーランドはゆっくりと立ち上がった。

 グレイは剣をすうっと抜くと、最初は歩くように進み始め、そしてオーランドに向かって駆け出した。

 しかしグレイにはほとんど力が入らなかった。それは兵士でもないグレイにとっては仕方のないことで、戦う理由がない者には剣を向けることはできないと思ったからだ。しかし、すべてを話してもらうためにはそうせざるをえない。

 両手で剣を掲げ、力なくオーランドに向かって振り下ろす。避けるか、あるいは反撃してくれることを願いながら。

 しかしそのどちらもオーランドは選択しなかった。剣が、彼に当たる前に止まったのだ。

(これは……風の……鎧?)

 肌に伝わるぴりぴりとした風、そのせいで剣が当たらないことは感じられた。その風はグレイの肌を剣先で突くように触れていく。もう一度剣を手元に戻し、少し距離をとると、今度は踏み込みながら横に斬りつける、さきほどよりもはるかに力を込めて。しかし、やはり刃はオーランドの体には届かない。オーランドがグレイの顔に向かって手を伸ばす。

 たまらずグレイは再び距離をとった。


「くそっ! どうすれば当たるんだ……!」

 グレイは無意識にさらに二、三歩退いていた。冷たい汗が、こわばった体にびっしりと浮かび上がる。

 一方オーランドは腕を組み、深いため息を一つついた。


「まったく、人間というのは面倒な種族に違いないな……。戦う理由がなければ力を発揮することができない、弱い存在だ……。まあ、そのようにお前をつくったのは私だがね。だが安心しろ、お前に私と戦う理由をつくってやろう」

 そういうとオーランドはじろりとエリィの方を睨みつけるように見た。グレイとロイの頭に、最悪な光景が浮かんだ。

 グレイが「アンテ」と叫びながら飛びかかる。グレイの脚には炎が巻き付き、力がみなぎり、オーランドとの距離を一瞬でつめる。

 ロイはエリィに向かって走り始めようとしていた。いつもの冷静な表情とはまったく違う、獣のような必死の形相である。

 エリィはどうしたらよいのか分からず、完全に動きが止まっている。

 まずはグレイがオーランド手前で飛び上がり、頭に向けて渾身の力を込めて剣を振り下ろす。その速度はまさに疾風のようで、剣が風を切る音がその場一帯を貫くように響いた。もはやなりふりかまってなどいられない、この目の前の男を殺さなければ、エリィは確実に殺される、そういう確信がグレイにはあった。何の制止力も働かせていない、完全に殺意を練り込んで放った一撃だった。

 しかしやはり、オーランドの手前には風の衣のようなものが存在し、彼の剣が毛程も触れることはなかった。グレイは空中で一瞬静止する。その間にオーランドは呪文をぼそっと唱えながらグレイに向かって手を軽く振るった。

 グレイの体を突風が襲い、彼の体は後方にはじき飛ばされ、柱に打ち付けられた。衝撃で削れた柱の破片がぱらぱらと舞落ちる。以前ティアの風の魔法は目の当たりにはしていたが、それとはまったく次元の異なる威力であった。気をしっかり保っていなければ気絶してしまう程の痛みがグレイの全身を襲う。

 オーランドはすぐさま掌を石床に押し付けるようにしながら呪文を唱える。その瞬間、石床からぼこぼこと生えてきた土色の手がロイの足首をしっかりと掴み、ぎりぎりと締め上げ始めた。ロイは動こうともがくが、その手は決してはずれなかった。槍で何度突いてもまったく問題にならない様子である。

 オーランドはゆるやかに立ち直った。


「どうやらお前にとっては、これが正解だったようだな……。それにしても、分からんな……。お前にとって大事な者はあの娘だけだろう? どうせ、お前があの女を生き返らせるためには、この地上の人間をすべて殺す必要があるのだぞ? ここで人間の娘が一人死んだくらい、どうということはあるまい……」

 痛みで混乱するグレイの頭の中を、オーランドの言葉がさらに刺激していく。


「お前は何の犠牲もなしに死んだ者を生き返らせるなどという大価を得るつもりだったのか? それこそ人間らしい、愚かな考えだ……。何かを得るには、何かを捨てなければならない。現に私も、今見せたような力を得た代わりに、ここから動くことはできなくてね……。それでグレイ、お前や、あのバルドという圧倒的な力を持った者を生み出したというわけだよ。お前はより人間の部分を大きくしてあるが、そのせいか強さという点においてはバルドなどと比べると、やはり弱いな……」

 グレイは何とか上半身を起こすと、まだ激痛の残る体のまま片膝をついた。


「やらせるかよ! エリィ! お前もぼさっとしてねえで逃げろ! とにかく、とにかく遠くへだ!」

 剣を握る力を込め、再びグレイは力強く床を蹴り、オーランドへと向かっていった。ただただ、がむしゃらだった。心の奥底では叶わないと思いながらも、残されている力を振り絞り、切り掛かる。

 エリィは何とか逃げようとしたが、気がつくと自分の足首にはロイと同じく土色の手が巻き付いている。


「もう、あきらめろ……。認めるんだ、お前は限りなく無力だ……」

 オーランドが手を振りかざすと、飛びかかっていったグレイの体は空中でぴたりととまり、グレイは自分の意志ではそこから動けなくなった。必死に手や足を動かしても、彼の四肢は空を漂うばかりで、なんの変化もおこらない。

 グレイの獣のような荒い鼻息が辺りの空気に浸透していく。


「どうやって生き返らせるか、そこが重要だ。私の椅子の後ろをよく見るがいい」

 そう言いながらオーランドが手をすうっと挙げると、今までは光が届かず暗闇に見えていた場所がぱっと明るくなった。

 ロイ、エリィ、そしてグレイでさえも、その場に現れたものに目を奪われた。

 頸を真上にあげてやっと頭が目認できるほどの巨大な石像が、何も言わずにそこにあった。真っ白な石で作り上げてあるその像は、人間を象ってあり、その巨大な体に見合う程の椅子に座りながら、飽き飽きしたように頬杖をついて、足下に広がる者たちを見下ろしている。その胸のところには人間ほどの大きさの、水晶のような光り輝く卵状の物体が埋め込まれており、耳を澄ますとそれからは胎動の音が聞こえてくる。そしてその胎動の動きとともに、青色の光がその卵の中でゆっくりと光っている。まるで何かが生まれてくる前触れのようである。


「グレイ、お前なら感じることができただろう? あの中に宿る、圧倒的な存在を……。あれが、神の卵だよ」


「神の……?」

 冷静になってしまったグレイが口にしたのは、何てことのない疑問だった。目の前にある巨大な塊。暗くうごめくその存在にグレイは完全に圧倒されている。


「かつてこの世界には絶対的な王がいた。名をジュラス。ドラゴンの王だ。かれはその圧倒的なまでの力をもって地上を支配していた。地上に住まう生物は皆彼を畏れ、敬い、そして同時に疎んでいた。神々はジュラスを危険視し、神々とドラゴンたちとの戦いが始まった。結果神々は勝利し、彼を封じ込めた。あの水晶の中に……。よくある神話の一つのようにきこえるが、これは紛れもない事実だ。……そして私は出会ったのだ! ジュラス様に!」

 オーランドは声を震わせた。


「神の卵は割れるのだ。人間の恨み、妬み、憎しみ、人間が持つ負の感情……、それらを神の卵は、ジュラス様は糧とし、封印は解ける。そのために戦争は、…………グレイ、お前は存在するのだ。……お前なら分かるだろう? その腕輪を手にしたあの森で、お前は理解したはずだ。人間の感情には、人智を超えた力があるということを……!」

 オーランドはグレイを鋭く睨みつけた。グレイもまた、うめき声とも、怒声ともつかぬ罵声をオーランドに浴びせかける。


「ヒトが負の感情を最も抱く瞬間、それは、何者かに大切なものを奪われた時だ……。それは家族、友人、そして、自分の命……。数百年もの間戦争は続き、ようやく、ようやくここまできた。あと少しでジュラス様は再びこの地に光臨される。そして、この地上に住むすべての人間を、一匹残らず殺すのだ……! グレイ! その手助けをしろ! そうすればお前の愛した女だけは生き返らせてやるぞ! さあ、この手をとれ!」

 グレイの体はふっと軽くなり、宙からあっという間に地上に落とされた。そのグレイに向かってオーランドの右腕が差し出される。


「ふざけるな! そんな……、そんな犠牲を伴う幸せなんかいるものか! そんなもの! 俺が切り捨ててやる……!」

 グレイは剣の柄を握りしめた。心なしか、剣の刀身がぼんやりと黄色く光った気がした。

 頭では分かっていても、全身が痛むことには変わりはない。うつぶせの状態からゆっくりと腕を地面に押し付け、顔をあげると、グレイはオーランドを煌めく瞳で捉えた。ぐっと歯を食いしばり、剣を杖のようにつくと、体を震わせながら立ち上がった。その様子を、オーランドは失望したように、壊れてしまった玩具をみるが如く、深く暗い瞳で見下ろしていた。


「人間を元にしたお前はやはり失敗作だったようだ……! 貴様には失望した。どうしても従う気がないのなら、ここで死ぬがいい……!」

 その言葉が終わるや否や、オーランドは地中に手を置き、そこから掌を上に挙げた。すると、その手には、青く光る剣が握られている。その剣はまるで水のように表面が波打っている。

 グレイはそのようなことはおかまいなしにオーランドに切り掛かる。

 グレイの斬撃を軽くいなすと、オーランドは再び腕をグレイに向かって振り払うような動作をした。

 グレイはまたもや空気の壁に弾かれ、地面に打ち付けられた。


「弱い……。弱い弱い弱い弱い弱い……! なぜお前はそんなに弱いのだ。馬鹿な人形だ……! まだ、お前にはなにも分からないようだな……! ならば、お前から何もかもを奪ってやる……! そうすればお前も……」

 オーランドは手を宙にかざした。するとその上には矢状の炎が現れた。それは轟々と燃え盛り、すべてを飲み込むかのようにあやしく揺らめく。

 そしてそれは、グレイが声を発する間もなくオーランドの手から放たれ、エリィの体の中心を、深々と貫いた。


「エリィー!」

 グレイのその叫びは、寂しく、激しく、虚しく、そして冷たく空を切るばかりだった。

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