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千年戦争  作者: 温泉郷
23/35

二十二戦目:北へ

 ドラゴンは低く唸るような、おぞましい声で一声鳴くと、城へ向けて急降下する。まず城の各方角にある見張り台に向けて体全体で体当たりをし始めた。一撃で見張り台はばらばらといとも簡単に崩れ、見張りの任に就いていた兵士たちが人形のように地面へと落下していった。


「バルド様、ドラゴンです! ドラゴンが現れました! 数は、じゅ、十二です!」

 バルドにそう報告した兵士はすでに狼狽していた。ドラゴンはもはや天災と言っていいほどの力を持っていて、そして群れで行動することなどまずない。そして王都をドラゴンが襲うなどということも、かつてなかったことなのである。

 バルドはドラゴンと対峙したことはあった。以前王の命令で、ある街を襲うドラゴンを退治しに行ったのである。バルドはその時勝利した。しかし、相手はたった一頭のドラゴンで、バルドはその戦いが終わったときに瀕死の重傷を負っていた。歴代の英雄のなかで最強の力を持つと言われるバルドでさえ、それほど苦労したのだ。まして、一般の兵士が相手になる存在ではない。

 バルドは剣を取ると城の中庭に向かった。自分が少しでも敵の気を引かなければ、あっという間にこの城は破壊されてしまう、英雄はそう考えていた。


(しかしドラゴンが群れで街を襲うなど考えられない……! もしや連合国が……? いやしかし、ドラゴンを意のままに操れる者など……)

 考えても分からないので、バルドはさらに脚に力を込めた。

 中庭はもはやがれきの山だった。がれきの下からは赤い血が流れ出しており、下敷きとなった悲惨な兵士の姿がバルドの頭には浮かんだ。しかし十二頭ものドラゴンに攻め込まれてはそれもしょうがなかった。

 バルドはすぐさま剣を抜いた。ちょうどバルドを見つけた一頭のドラゴンが、バルドめがけて襲いかかってきたのだ。人を丸ごと飲めそうな巨大な口から、刃のように鋭いドラゴンの牙が見える。

 バルドは死を覚悟した。それは数えきれない程の戦いに身を投じてきたバルドにとって、初めてのことであった。最後にドラゴンの二、三頭でも道連れにしたい、それがバルドの頭にはあった。

 しかしバルドにそのドラゴンが襲いかかることはなかった。バルドめがけて急降下してきたドラゴンは突然進路を変え、尻餅をつかせるほどの強風をまき散らしながら、飛び去って行ったのである。十二頭ものドラゴンは、来たときと同じ方向である北へ向かって、耳をつんざく雄叫びをあげながら、嵐のように飛んで行った。


(助かった……のか?)

 バルドは辺りを見回した。堅固であったはずの城壁は完全に崩れ去り、見る影もない。耳に入るのは兵士のうめき声と、助けを求める悲痛な叫びだった。黒いドラゴンたちは火も吐いたらしく、あたりには焦げ臭いにおいと、真っ黒な煙が満ちていた。

 その日、城にいた兵士はわずか二百名ほどだった。それはこのようなことが起きるとはだれも考えもしなかったからであり、また戦いの前線に送る兵士を減らすことはできなかったからである。しかし、兵士がたとえこの十倍いたとしても、結果は同じであっただろう。ドラゴンの力は人の考えの及ばない程強大だったのである。

 城はほぼ破壊され、地下にいた魔導士たちや王が助かったのは奇跡と言えた。


 その夜は、地下において緊急の会議が開かれた。出席したのは、英雄であるバルド、王に次ぐ権力を持つ魔術師であるフェムト、そしてヴェルギニア帝国の王である。


「して、いかがいたしましょう」

 まず口を開いたのはバルドだ。


「ふむ、城がこのような状態では、守ることなどかなわぬ。もちろん、連合国がここまで攻め込んでくることなどありえる話ではないが……。フェムトよ、お前はどう考える?」

 フェムトは黙ったまま髭を撫でていたが、やがて王に提案をした。


「王、連合国に攻め込むのはいかがか? つまり、全面戦争でございます」

 それを聞くとバルドは血相を変えた。


「フェムト殿、なにを言っているのかわかっているのか? このような状況のまま連合国に攻め込むなど……!」

 それに対してフェムトは落ち着き払った様子のままだった。


「わかっている。それはそうと、バルド殿、私が以前から進めていた兵器の開発の件、覚えておいでか? 実は、もうほとんど完成しておる。魔法の力を自由自在に発射できるボウガンのようなもの、と考えてもらえればいい。魔鉱銃、と名付けてあるがね」

 フェムトが二度、手を叩くと、兵士が二人、会議をしている広間へ入ってきた。一人は魔鉱銃と呼ばれる、矢を発射する部分に鉄製の筒を取り付けてあるボウガンに似た武器を持っていて、もうひとりは兵士の訓練用のわら人形を持っている。そして片方の兵士は、部屋の隅にそのわら人形を立たせた。


「放て!」

 その言葉を聞き、魔鉱銃を持った兵士は、わら人形に狙いを定め、引き金をしぼった。筒からは爆発音とともに大きな炎の塊が飛び出し、それはわら人形を跡形もないほどに燃やし尽くした。


「王よ、いかがでありましょうか。この兵器を量産できれば、連合国軍など物の数ではありませぬが?」

 まだ黒煙ただようなかで、フェムトは王に尋ねる。


「可能か?」

 王はもうほぼ答えを決めていた。


「もちろんでございます。アルガーの工場ですでに大量生産を始めています。二週間もあれば……」

 王は円卓を力強くたたき、立ち上がった。


「よし、一ヶ月ですべての準備を行え。城の改修は無用だ。バルドよ、兵を使い、食料や武器などの調達を急ぎ行うのだ。船の用意も忘れるな。そして十万の兵士を南に送れ。あとの全兵力百万を北の城塞、ラクールに送るのだ! 準備ができ次第、北の大陸へと攻め込むぞ! 最初の目標は、連合国の貿易町レンドだ! あの場所を攻め落とし、我らの軍用拠点とする!」


「しかしレンドは、条約で攻めてはならないことになっているのでは……」

 バルドはそういったが、王が答える前にフェムトが口を出した。


「バルド殿、我々は戦争をしているのだよ? そんな、誰がいつ取り決めたか分からないような条約など、守る義務はない。現に、帝国でも共和国でも、貿易町は武装しているではないか。それは襲われるかもしれないと、どちらの国も考えているからだろう?」

 バルドはフェムトの返答に反応しなかった。もはや戦争は避けられないと、感じていたからである。常に決断を急がないはずの王が、そう言ったのである。バルドは了解の意を伝えると、席を立って地上へと向かった。

 バルドが視界からいなくなるのを見届けると、フェムトは笑みをこぼしかけた。彼は秘密裏に食料や武器の準備などを半年も前から始めていた。そこで何か全面戦争のきっかけがないかと、ずっと探していたのである。ドラゴンの来襲はフェムトにとってはいいきっかけとなった。


(あの娘が手に入らなかったのは残念だが、仕方がない。しかしこの魔鉱銃さえあれば、問題はない。ついに、ついに戦争を終わらせる日が来たのだ……。それもわたしの力でだ……)


 時代はこの時、確実に大きく動き始めていた。



 ドラゴンの来襲から一週間後、全面戦争が近づいていることなど知る由もないグレイたち三人は帝国の貿易町、アッヘルまで来ていた。

 貿易町では、もちろん一般の国民には秘密ではあるが、北の大陸との貿易が行われていた。北には北の、南には南の特産品があり、貿易許可証が王から与えられた商人は、自分と貿易品への厳しい検査を受けた後、それらを売買することが許されている。

 帝国側の商人たちはみな帝国民ではあるが、彼らはむしろ第三勢力といってもいいほど、自由な存在であったのである。

 まだ筋肉痛が残っていて、満足に歩けないグレイは、ひたすら後悔していた。というのもグレイはエリィに、ナミジ村の者たちを助けることを国に頼ることはできないと、つい言ってしまったからである。それはエリィの剣幕に負けてしゃべってしまったということであるが、そんなことを漏らしてしまったことをひたすら後悔しているのである。

 エリィの意志はますます固くなり、いっそう強く北の大陸に行くことを希望するようになってしまっていた。国に頼ることができない以上、自分で助けるしかないと、この世間知らずで優しい少女は考えたのである。

 グレイとロイは、結局エリィを説得することができないまま、ずるずるとこの王都の北西に位置するアッヘルまで来てしまった。この町で北の大陸との交易がなされていることを、エリィはロイの書物から知ったのである。


「なんと言われようと、あたしは北の大陸へ行くわ。お母さんを助けたいもの。もちろん、あなたたちも来るわよねえ?」

 それは拒否を許さない言い方だった。グレイとロイは顔を見合わせると、力なくそれを承諾した。


「しょうがない。一緒に行ってやるか……」

 そういうとグレイはロイに目配せした。どうするか考えを言ってくれ、という合図である。


「やっぱり船で渡るしかないからね。うーん……、とりあえず、商人の人にお願いしてみようか。多分、というか絶対断られるだろうけど……」

 そういうとロイは少し短くなった髪を撫でた。この短くなった髪についてはグレイがいち早く気づき、その理由を尋ねたが、ロイは、面白いことがあるから、といっただけでそれ以上答えはしなかった。

 そのあと、ロイの提案により、三人はざわつく大通りに面している酒場へと入っていった。中ではこんがりと日に焼けた船乗りと見られる者や、でっぷりと太った商人で賑わっていた。本来ならまだ子供であるグレイたちが入っていけば目立つものだが、だれも気にする様子はない。皆、手に持った酒を、なんとも旨そうに飲み干しながら、何か面白い話でもしているのか、下品な笑い声をたてている。

 ちょうど三人分空いていた席に座ると、物珍しそうに三人を見つめる酒場の主人にロイは尋ねた。


「あの、この町で一番儲けている商人って、誰ですか?」

 ロイは主人をまっすぐ見つめる。少しの間、がっしりとした体つきの主人は黙りこくっていたが、やがて口を開いた。


「そういうことを聞く前に、坊主たち、ここは酒場だぜ? 何か注文しなよ」

 ロイは慌てて飲み物を注文した。グレイは乳酒を頼んだ。ペッペと呼ばれる動物の乳を酒にしたもので、色は白で甘く、子供でも飲みやすい飲み物である。しかし酒には変わりないため、村では祖母に飲むことを禁じられていたのである。グレイたちの村に立ち寄った行商人に話を聞いてから、いつか飲んでみたいと思っていた飲み物だった。

 三人は目の前に出された飲み物を一口飲むと、同時にグラスを置いた。グレイは乳酒がえらく気に入ったらしく、ロイとエリィの二人をそっちのけでがぶがぶと飲み始めた。しかしそんなグレイを無視し、ロイとエリィは酒場の主人の答えを待った。


「あそこに眼鏡をかけた奴がいるだろ? ほれ、あの端っこの席だ。バングって野郎でな、ここ最近がっぽりと儲けてるらしい。いろいろと危ないモンを運んでいるって噂もあるしな。この町の連中からはあまり好かれちゃいないがね。まあとにかく、奴が一番金回りが良いだろうよ」

 それを聞くと、乳酒を再び注文しているグレイをおいて、二人は店の端へと歩き出した。バングと呼ばれている商人は、四人がけのテーブルに一人で座り、眼鏡を時々あげながら、ちびちびと酒を飲んでいた。よく船に乗っているのだろう、その顔は船乗りたちと同じように真っ黒である。二人に気づくと、バングは顔を上げてロイとエリィを不思議そうな顔で見つめた。


「何か用かな? あいにく、俺はお前たちのような子供に用はないんだが」

 バングはまるで高いところから二人を見下ろしているかのように、低い声でそういった。エリィは内心いらっとしたが、ロイが冷静なのを見て自分も落ち着きを取り戻した。


「バングさん、あなたをこの町一の商人だと見込んでお願いしたいことがあるんです。僕と彼女とあともう一人、三人を北の大陸まで運んで欲しいのです。理由は聞かずに、お願いします」

 ロイが頭を下げたのに合わせて、エリィも頭を下げた。

 

「そんなことを言われて俺がお前らを、はいわかりました、とでも言って船に乗せるとでも思っているのか? ……だが、なかなか面白そうな話ではあるな。……ちなみにお前らの全財産はどのくらいなんだ? それによっては、考えてやっても、いい」

 そういうと、バングはまた下がってきた眼鏡ぐいっと上げた。


「三万ガリンと、ダグー、それに食料が少し、そのぐらいです。足りますか?」

 ロイは金が入った袋をバングの前に差し出すと、そういった。バングは馬鹿にしたような冷ややかな笑みを口元に浮かべると、答えた。


「たったの三万? しかしダグーは五十万ぐらいの価値はあるな。しかし、全然足りないな。せめてその五倍ぐらいは用意してもらわないと。こっちも命がけなんでね。悪いが、他をあたってくれ」

 二人はその桁違いの金額に驚愕した。しかし、エリィはなおも食い下がる。


「お願いします。わたしたち、どうしても北に行きたいんです。お願いします!」

 バングはエリィの顔をまじまじと見つめていた。そして閃いたように言った。


「これは、掘り出し物かもしれないな。そっちの嬢ちゃん、あんたがもしこれから一年間、俺の言う通りに働いてくれるっていうなら、三人とも無事に北に送ると約束しよう。なんなら、連れの二人を先に送ったっていい。もちろん、あと払いでな。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

 それを聞くとロイは激昂した。冗談ではない。このような男の考えていることは、ロイには充分にわかっていた。もちろん、彼はそんなことは絶対させたくなかった。


「いこう、エリィ」

 ロイがエリィの手を引いてその場から離れようとすると、バングはすぐに二人を引き止めた。


「まあ待てよ。俺以外にそんなことを引き受けてくれる奴はいないと思うがな。どうだ、一つ賭けをしないか?」


「賭け?」

 エリィはすぐさま聞き返す。


「ああ。俺は勝負ごとも好きでね。そうだな、ここは酒場だし、こうしないか? 俺の部下の船乗りと飲み比べをして、もしお前たちが勝ったら、俺が責任を持って北の大陸まで送り届けてやる。もちろん、有り金はいただくがね。もしお前らが負けたら、潔くその嬢ちゃんを差し出してもらおう。どうだ? 悪い話じゃないだろ? 殴り合いなんかよりよっぽど平和的だ」

 ふざけるな、とロイが言い出す前に、エリィがそれに答えた。


「分かりました、うけましょう。……そのかわり、約束は必ず守ってください」

 ロイは一度離したエリィの手を荒々しくつかんだ。あまりにも軽率で、愚かな行動だと思ったからだった。


「エリィ、自分が何を言っているかわかってるの?」

 興奮していたため、大きな声だったが、周りは騒がしいためバングには聞こえていないようだった。


「これしか方法がないんだから、しょうがないじゃない。大丈夫、祭りの時に一度、グレイの飲みっぷりを見たことがあるんだけど、あいつは底なしよ? 村の大人にもひけをとっていなかったはず。まあその後マリアさんにこっぴどく叱られてはいたけどね」

 そう笑顔でいうエリィに、もはやロイは何も言えなかった。


 店の中央にテーブルが置かれ、二人の男が向かい合った。グレイとバングの部下だ。グレイより頭一つ分体が大きい。いかにも、といった豪快そうな船乗りである。彼はあまり事情を理解していないようで、酒が飲み放題ということに嬉々としている様子である。二人が座るテーブルは店の客にぐるりと囲まれ、大騒ぎとなっていた。

 グレイの顔より少し小さいグラスに、黄色の液体がなみなみと注ぎ込まれ、どんっという音ともに二人の目の前に置かれた。


「ルールは簡単だ。人によっては一杯飲んだだけでも酔って倒れると言われるこのラッテ酒を一杯ずつ飲んでいき、先に倒れるか、降参した方の負けだ。そこの坊主、文句はないな?」

 バングはそう説明すると、グレイの方を見た。グレイは嬉しそうな顔でうなずいただけだった。


(馬鹿な子供だ。こいつは飲み比べでも負け知らずの男だ。我ながら、考えたものだな……)

 くっくと、バングは意地が悪いような笑みを浮かべた。そして開始の合図をする。


「ようし、では始める! まず、一杯目!」

 グレイはその声を聞くとすぐに、一口ラッテ酒を口に含んだ。口の中にじゅわっと酸味が広がり、そのあとに苦みが広がってきた。しかし、それは嫌な苦みではなく、癖になる苦みだった。グレイは一言、旨い、とだけ思った。

 グレイはかなりその味を気に入ったようで、がぶがぶと飲み進め、相手が半分を飲む頃には、ほとんど飲み干してしまっていた。にわかにバングの表情が曇り始めた。

 二杯目、三杯目と飲み進めていくうちに、相手の男の顔は紅潮し始め、五杯目を飲んだ頃には顔色が悪くなっていた。一方のグレイは、飲み過ぎによる腹の膨張感にはすこしまいってはいたが、体調そのものはまったく問題ない様子である。

 六杯目の途中で、相手の男はついに耐えきれなくなったようで、化け物か、という言葉とともに、口を抑えながら便所へと駆け込んでいった。周りからは歓喜の声があがり、皆口々にグレイをたたえている。


「俺の勝ちだな、おっさん。約束は守ってもらうぜ? ……あ、おじさーん、もう一杯!」

 グレイは勝ち誇りながらそう言うと、店の主人に乳酒を注文した。バングは何か言いたそうに口をもごもごとさせていたが、結局何も言わずに、顔を真っ赤にしていた。


「ふん、きっちり金はいただくからな! 今から港へ来い!」

 そういうと、さっさと酒場から出て行った。ロイとエリィは、それを満面の笑みで見送る。


 ご機嫌なグレイを先頭に三人が港へ行くと、すでにバングは巨大な商船に乗り込んでいて、三人を苦々しげに見つめた。

 そのまま三人を荷室に通すと、巨大な箱の中に押し込んだ。彼らの数少ない荷物と金は、バングに預けてある。


「それじゃあ、良い船旅を」

 バングは皮肉たっぷりにそう言うと、そのまま三人の上に一枚の板がかぶせ、さらにその上に魚介類を載せた。三人は文句を言う暇もなく狭い空間の中に閉じ込められたのである。

 しばらくすると、振動とともに船が動き始めた。船長と思われる人間の声が、甲板に響き渡っている。

 暗く狭い空間で三人は楽な姿勢を取ろうと必死だった。どこかに空気穴のようなものがあるらしく、息が詰まるようなことはなかったが、それでも彼らには息苦しく思われた。


「ちょっと! どこ触ってんのよ! グレイでしょ!」

 エリィの尻にだれかの手が当たったようで、そうエリィがわめき散らした。エリィはその手があると思われる方向に向かって蹴りを突き出す。ロイの悲鳴が小さく響いた。


「きゃっ、ロイだったの? ごめん!」

 エリィは申し訳なさそうな声をだす。


「おいエリィ、お前なんでロイだったら許すんだよ!」

 グレイがさも不満ありげにそんなことを言ったが、エリィは、日頃の行いが悪いのよ、と一言言ったきりだった。


「なんだよ、でか尻……」

 グレイがぼそっと言ったのを、エリィは聞き逃さなかった。その声の方向に、渾身の力を込めた蹴りを放った。三人が押し込められた狭い空間に、グレイが出した悲痛な声が残っている。

 船は順調に進んでいた。

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